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リアクション
■亡霊艇の人々4
「はふ……ご飯時が終わると、少し気が抜けちゃいますね」
エルノはお皿を洗いながら、ほっと一息ついていた。
「あ、エルノちゃん。私も手伝いますねぇ〜」
食堂から顔を出した明日香が隣に並んで、皿を洗い始める。
二人並んでお皿を洗いながら。
「明日香さんは今日初めてなんですよね。疲れました?」
「ううんー、全然ですよー。エルノちゃんは、住み込みでやってるんですよね、大変ですか?」
「ボクたちお金が無いから、すごく助かってます。アキ君も機晶技術の勉強が出来て楽しいみたい」
「私も楽しいですよ〜。皆でわいわい一生懸命、楽しくて、まるで文化祭の準備をしてるみたいで――――」
カチャカチャとお皿洗いの音は続く。
■
貯蔵庫の食い逃げ、謎の落書き、ペンキ消失事件を始めとして、人々が集団で生活を行う上で必然的に生じる様々な諸問題……。
レンは、そういった様々なトラブルの対処に追われていた。
様々な所から集まった多くの人間が生活をしている現状では、欠かせない役割だった。
そして、色んな面で板挟みになったり、とんでもなく些末な事件を大真面目に解決しなければいけなかったりで、地味に辛い。
「だから何で女の風呂の方が大きいんだよ! 逆男女差別だぜ、これは!」
「男の癖にガタガタ言ってんじゃないわよ、大体、今の男風呂って壁がボロくて覗きたい放題でしょ! そんなトコでゆっくり出来るわけないじゃない、千切りコロスわよ!?」
言い争う男女のスタッフの言い分に耳を傾けていたレンは、うなずき、静かに言った。
「……分かった。手の空いた技師に現在の男風呂の壁の改修工事を頼む。そして、風呂場は定期的に男女を入れ替えることにする。というものを、俺から親方に提案してみる。それで、どうだ?」
メインブリッジ。
レンは頑張っているようだった。
亡霊艇を再び空へ還そうという想いと、今はジャンクヤードを離れている仲間との約束のために、溜め息一つ吐かずに船内を駆け回っている。
メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)は、トラブルの現場からメインブリッジに戻ってきたレンの姿を一瞥してから、お手伝い機晶姫と機晶ロボたちのスケジュール調整を続けた。
毎度、様々な現場から機晶姫と機晶ロボの手を借りたいという要請がある。
先に申請しておいてもらった分を調整し、円滑に人材分配を行えるようにしておくのだ。
その中にメンテナンスや休憩の時間も、ちゃんと組み込んでいく。
「……ところで、亡霊艇はいつまでも亡霊艇で良いのでしょうか?」
ふと口にした疑問に、全体のエネルギー系統の調整のための資料を揃えていたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が「ん?」とメティスの方を見やり。
「駄目なの?」
「いえ。しかし、宣伝も兼ねて公募してみるのも良いかと」
「宣伝、か」
ローザマリアがバインダーを胸に抱きながら、考えるように零し。
「と、ここで考えていても仕方ないわね。協会長やラットに提案してみたら?」
「そうですね。聞いてみましょう」
というわけで、しばらく後。
「――船の名前? トロピカルジャーニー号とかでよくねぇ?」
ラットの言葉に、その場に居た全員が思わず一度固まった。
「……え? 駄目?」
親方がごりごりと後ろ頭を掻いてから、言う。
「まあ、うちのセンスってなると、どいつもこんな感じだからなぁ。機会がありゃ公募ってのをやってみるのもいいかもな」
■
藤井 つばめ(ふじい・つばめ)は機晶ロボたちが集めてきたジャンクパーツの中から、古ぼけた懐中時計を見つけていた。
「壊れてる……?」
手の中のそれを覗きながら、小首を傾げる。
「そのようじゃのぅ」
隣で、収集した亡霊艇の構造データを整理していたアレーティアが、つばめの持つ時計を覗き込む。
「良い物のようなのに、なんだか勿体無いですね」
「まあ、貸してみ」
言われて、つばめは素直にアレーティアへ時計を渡した。
「ふむ、なるほどのぅ」
「……直せるんですか?」
「おそらくな――しかし、おぬしも物好きよのぅ」
「え?」
「立ち振る舞いに育ちの良さを感じる。だというのに、パラミタのこんなガラクタばかりの場所へ単身やってくるとは、中々面白い」
アレーティアがかちゃかちゃと時計を弄りながら笑う。
「んー、パラミタに来たのは、まあ、色々あって、なのですが……」
つばめは周囲へ目を向けながら、ふやっと笑んだ。
「ここへ来たのは、単純に興味があったからなのです。こういうのに触れられる機会って貴重です」
「なるほどのぅ。良い趣味をしている」
「できれば、この亡霊艇ごと持ち帰りたいと――」
「……それは、また豪快な……」
「思ったのですが、それはさすがに無理でしょうから、せめて見学したり、機晶ロボや機晶姫の方たちと仲良くなれたらなぁと思っています」
アレーティアの手元を見ているだけでも中々面白い。
つばめは機嫌良くそれを眺めていたが、ふと――
「あ、そういえば、そろそろメンテナンスの時間……」
ここに居る機晶姫や機晶ロボをメンテナンスへ連れて行く約束をしている。
「これで……良かろう。うむ、動く。持って行け」
アレーティアが懐中時計を放り、つばめは、ぱしっとそれをキャッチした。
時計を覗き込む。
ちゃんとカチコチと針が進んでいる。
小さな音と振動が手の中にあって、『生き返った』感じがする。
つばめは嬉しくて顔がほころばせた。
「ありがとうございます」
つばめの礼に、アレーティアが笑んで軽く片手を振る。
十数分後――。
「なるほど、苦労されてるんですね」
つばめは、機晶姫のメンテナンスを行っている秋を興味深く眺めながら言った。
聞けばお金が無くて日々、色々なバイトをしているとか。
今、ここで住み込みで働いているのも半分は生活のためらしい。
「苦労だなんて――楽しいよ。ここは、いっつも人手が足りないから、見習いの俺でも色んな事をさせてもらえるんだ」
心底から嬉しそうに秋が言う。
と、近くで作業していた先輩技師が、
「シュー坊は、まだまだ腕はねぇが、やる気は一番だからなぁ」
「将来が楽しみですね」
つばめは、秋の横に置かれている使い込まれたボロボロのメモ帳を見やりながら、ふくふくと微笑んだ。
■
亡霊艇の甲板の上には、大量の洗濯物が風になびいていた。
バサバサと心地良く騒ぐ風の音の中に、洗濯物に香る太陽の匂い。
傾いた日差しを受けながら、朝野 未沙(あさの・みさ)は鼻歌を歌いながら洗濯物を取り込んでいた。
向こうの方では、プレナとオーエスエスティが嬉々として広大な甲板にモップを走らせている。
と。
「ん?」
ふと、取り込んだツナギの向こうに小さな人影を見つける。
片手に柄のの長い大きな刷毛、片手にペンキ缶を持ってパタパタと走っている。
「なんだろ……? って、あーーー!!」
そちらの方を覗き込みに行った未沙の足元、甲板の上には今まさに巨大な落書きが行われている真っ最中だった。
■
「アームパーツ?」
真司の言葉に親方がうなずく。
「変わった娘が居てよ、どっからかドでかいアームパーツを拾ってきやがった。面白ぇから取り付けようと思ってな。」
親方がアームパーツの詳細を記したメモを真司へ渡す。
「こいつは……趣味だな。だが、出来ないことはないだろう」
「よし、細かい変更点については後で相談だ」
「タイミングが良かったですわ」
ブラダマンテ・アモーネ・クレルモン(ぶらだまんて・あもーねくれるもん)は言った。
真司と親方が振り向く。
「ちょうど隔壁の駆動系統に関して、配力装置のことでご相談があったもので」
エリシュカたちはローザマリアの意を受け、親方の指示を受けながら隔壁や防衛システムの復旧を行っていた。
「アームパーツを取り付けるのであれば、そちらの方へ送るエネルギーも考慮していかなければいけませんわね」
「塩梅はどうだ?」
真司の問いに、ブラダマンテは視線を向けた。
「そろそろ全体でテストを行えそうですわ」
「そうか」
真司がうなずいてから、少し間を置いて。
「……防衛システムにこだわるのは何故だ?」
「経験、ですわね」
ブラダマンテは薄く微笑んで答えた。
「はわ……絡まった、なの」
エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)は、メインの動力制御室でケーブルに絡まっていた。
機晶技術のマニュアル片手にブラダマンテの手伝いをしようとして、結果的に一人面白いことになっている。
と――ローザマリアからの連絡。
『エリー! アナウンスの準備をしていおいて。ブラダマンテが戻ったらすぐに隔壁のテストを行うから』
「うゅ?」
『いきなりだけど実戦データが取れるかもしれないのよ。タイミングが来たら、指示を出すからよろしくね』
ローザマリアが口早に言って通話が切れる。
「はわ……どうしましょ、なの」
エリシュカは、ケーブルに絡まった格好のまま、こてっと小首を傾げた。
メインブリッジ。
「――というわけで、落書き犯を亡霊艇内部に追い込んでもらって、隔壁を使って捉えてみたいの。ちなみに親方の許可は取ってあるわよ」
ローザマリアの言葉にレンは、うなずいた。
「了解だ。しかし、内部の区画データはまだ不完全なのでは……」
「心配無用や!」
バシュッ、と景気良くドアが開いて陣が入ってくる。
データの入ったメモリーをこちらへ放り。
「たった今、終わらしたったとこや。使ってくれ」
「もしかしてドアの向こうでタイミング待ってた? ありがとう、使わせてもらうわ――レン、私は隔壁作動の指示を行うから、あんたは誘導の方をお願いできる?」
「やってみよう」
レンは、モップ掛けをしながら落書き犯を追っているというオーエスエスティへと連絡した。
「現在の状況は?」
『絶好調、ペンキ跡を掃除しながら第2格納庫方面へ向かってるよ! ちなみに、プレナはイケメンが居たから置いてきた』
「……?」
『百合園にいると男子欠乏症になるもんでさ』
その頃。
「…………」
「じー」
作業を続けていた真司は、後方のジャンクの上に両手で頬杖をついた格好で眺めているプレナの視線をジリジリと感じていた。
振り返る。
プレナが微笑む。
「……なんというか……」
「問題ありませんよ〜」
「……そうか」
真司は、よく分からないこの状況を受け入れることにして、作業に戻った。
ピンポンパンポーン、と響くアナウンス。
『うゅっうゅっうゅ〜っ♪ ただいまマイクのテスト中、なの!』
えほん、とワザとらしい咳払いの後。
『うゅ、今から隔壁の作動テストを行います、なの。隔壁付近に工具やパーツを置いている人は注意、なの』
「わわわわわわわわわわ!!」
ミーナは、両手にペンキの刷毛とペンキ缶を持って駆けていた。
その後方を、浮かぶ球体に乗っかったオーエスエスティが大きなモップを床に走らせながら、ふよふよと迫って来ている。
落書きをしていたのはミーナだった。
白竜や親方に、たしなめられたのにいじけていたのだ。
いじけて落書きしている内に楽しくなったのだ。
うっかり気付いたら色んなところに落書きしてしまっていたのだ。
「あぅーーー、でも、なんだか大事になり過ぎてる気がするよー!」
行く先々の通路で隔壁が降りていく。
そうして、とうとう逃げ場を失ったミーナへとオーエスエスティが迫り、彼女の頬へ手を伸ばす。
「やれやれ、やっと追いついた」
「あぅぅぅ……」
そして。
「――ほい、綺麗になった!」
ミーナの頬に跳んでいたペンキをごしごしと拭ったオーエスエスティは、満足そうに笑った。
■
亡霊艇、甲板の上。
「というわけで、皆、本当に……本当に……ありがとーう」
とラットはジュースの入ったジョッキを片手に言った。
ジャンクヤードには明るい月が登っていた。
まだまだ冷える冬の夜だが、掻き集められたジャンク暖房器具が、甲板のそこらじゅうで熱を放っていて居心地は悪くない。
甲板の上に引かれた大きな布の上には、様々な料理が並べられ、そして、その美味しそうな匂いの中、この船で働いていた全員が思い思いの場所に腰を下ろしていた。
「俺、なんていうか、皆の気持ちとか、この船にかける想いとか……」
ラットが何やらフラフラとしている。
気が抜けたのだろう。
「よくまとまらないけど、嬉しいっす。かんぱーーい! ――おやすみっ!!」
甲板の上に乾杯の声が沸き立つ中、ラットは、ぐーっとジュースを飲み干して、そのまま仰向けにぶっ倒れ……寝た。
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