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百合園女学院からの使者

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百合園女学院からの使者

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第四章

 食堂は相変わらずの大騒ぎが続いている。
「ねえ、教導団の生活ってどうですの? もっとお話聞かせてくださらない?」
 バリケードであったはずの机にちゃっかり腰を掛け、男子生徒を侍らし始めたのは崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)だ。
 百合園の制服ではなく、胸の大きく空いた私服のブラウス姿で、数人の男子生徒を座らせてその隣にピッタリとくっついて座っている。
 くっつかれている男子生徒は夢見心地という感じで、鼻の下はだらしなく伸び、顔は真っ赤、回りの男子生徒も次は俺かいやこっちかとそわそわしているのが丸わかりだ。
「私、今とっても興奮してますのよ……ほら」
 言いながら亜璃珠は一人の男子生徒の手を取ってその豊満な胸に押しつける。
 勿論、押しつけられた方の男子はひとたまりもなく茹で蛸状態。
「ぴぴーーーっ! そこっ、ハンドハンド! おさわり禁止よ!」
 とそこへ、ホイッスルの音けたたましく飛んできたのは月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)だ。
 男子生徒達は慌てて立ち上がり、敬礼の姿勢を取ってから逃げ出した。
「あーあ、行ってしまいましたわ……残念」
「ちょっとちょっと! 純粋な学生達を誘惑しないでください! もうっ……あっ、ぴぴーー! そっちもおさわり禁止ぃっ!」
 超感覚で何かを感知したのか、あゆみはさっさと他の生徒達の元へと飛んでいく。
 それをいいことに亜璃珠が再びイスに男子を集め始めたのは、どうやら見えていないようだ。
 まあそれもそのはずで、食堂ではまだ多くの百合園生達がチョコレートを配布していて、その回りには男子生徒の輪ができている。会場係が見回らなければならない場所は多い。
「愛の詰まったチョコレート、受け取って下さい!」
 笑顔の配布にいそしんでいるのは、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)とそのパートナー・カムイ・マギ(かむい・まぎ)だ。
「あ……ありがとうございますぅう……!」
 トレードマークのTシャツにスパッツではなく、百合園の制服を纏ってしとやかに振る舞うレキの、その仕草に男子生徒が頬を赤く染める。
「顔が赤いですよ?熱でもあるのではないですか?」
 そんな男子生徒を、カムイが心配そうに覗き込む。ついでにぴとり、と白い手のひらで額に触れると、触れられた生徒はいよいよぼんっ、と頭から湯気を出す勢いだ。
 またさらにその横では、イコン用パイロットスーツに身を包んだ葦原 めい(あしわら・めい)もまた、パートナーの八薙 かりん(やなぎ・かりん)と共に笑顔でお菓子を配っている。
「キラーラビット乗りの、葦原めいであります!」
 えへ、と可愛らしく敬礼して見せる姿に、周囲の生徒達もつられて敬礼で答える。
「あとでイコンの訓練に付き合ってくれる人募集だよー!」
 チョコレートを渡しながらのめいの言葉に、イコンパイロットである学生がハイ、ハイ! と我先にと挙手しては、あゆみにホイッスルを吹かれている。

 そんな食堂に、二人の葦原明倫館の男子生徒――杉原 龍漸(すぎはら・りゅうぜん)と、パートナーの冴斑 暫激(さえむら・ざんげき)が紛れ込んでいた。(なお食堂は普段からも見学可能区域なので、別に他校生の参加は禁止されていない。)
「おお……甘い匂いが満ちているでござる」
 龍漸の顔が期待に満ちて輝く。お目当ての大好物、チョコ大福を手に入れる為に。
「つかぬ事を伺うが、チョコ大福はありませぬか」
 くいくい、とその辺りに居た百合園生の制服を引いて聞いてみるが、皆首をかしげる。誰か作ってたかしら、と考えてくれる生徒もいたが、しかし覚えがないわ、とゴメンナサイされる。
「チョコ大福……」
 それでも尚めげずに手当たり次第、女生徒に声を掛ける龍漸に、一人の百合園生……のような顔をした藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が近づいてきた。
「大福はないんですけど、さくらんぼでしたらどうぞ?」
 ニッコリとしとやかな笑顔で差し出されたそれを、龍漸はつい受け取ってしまう。
「おお、かたじけな・・・い?」
 形状は、二つの丸が繋がっていて、確かにさくらんぼらしいのだが、しかしさくらんぼにしては、どうも、シワシワしている。
 ちいさな二つ折りの紙が添えられていたので、恐る恐る開いてみると。

『エミリー3歳と14歳のときの首を干したもので型をとり、内部にはさくらんぼジャムが入っている干し首チョコレート。死後も離れない、恋のお守りです(はぁと)』 

「せせせせせっちゃ、これで失礼致す!」
 龍漸は受け取った『さくらんぼ』を優梨子に押しつける、足早にその場を立ち去る。
 残された優梨子は軽く肩を竦め、再び『さくらんぼチョコ』の配布に戻っていった。
 龍漸もまた、めげずにチョコ大福を求めて西東を再開する。
「主、某はここで失礼」
 が、いつまで経っても女生徒手作りのお菓子にありつけない事に痺れを切らしたか、パートナーの暫激はそこで龍漸の元を離れた。
「つかぬことを伺うが……」
「ちょっと、そこの君」
 それでもめげずに手当たり次第に声を掛けていた龍漸を怪しんで、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が声を掛ける。
「さっきから次から次へ声を掛けてるみたいだけど、何してるんだい?」
「い、いや拙者はチョコ大福を……」
 笑顔の下に有無を言わせぬ迫力を秘めたトマスの言葉に、特に後ろ暗いところはないのに龍漸はたじっとなってしまう。
 それを余計に怪しいと取り、トマスは龍漸を問いつめる。
「拙者、何も悪いことしてないでござるーーー!」

 龍漸の悲鳴が聞こえた気がして、暫激はぱっと顔を上げた。が、チョコ大福が見つかったのだろうと判断して、自らのチョコレート獲得のための行動を再開する。
「チョコケーキはないですかね?」
 暫激が優しく問いかけると、声を掛けられたモニカ・レントン(もにか・れんとん)ははい、と満面の笑顔で振り向いた。
「私はチョコケーキは持っておりませんの。普通のチョコレートでもよろしいかしら。ほらほら、光さんも!」
「え、えぇっ……!は、はい、あ、愛の詰まったチョコをどうぞ……」
 モニカに押し出されるように、水上 光(みなかみ・ひかる)もまた暫激へチョコレートを差し出す。
 ボーイッシュな短い髪に、ほんのり染まる頬、決まった台詞を言わされて照れている感、どれを取っても可愛らしい。
「おお、ありがとう!」
 感謝の意を表そうと、暫激は光にぎゅっと抱きついた。
 咄嗟の出来事に、光は目を白黒させる。
「あっ、わ、私の光さんになんてことをなさるの!」
 離れなさい、とモニカが暫激をばしばしとひっぱたく。その勢いに、これはすみません、とにこやかに暫激は光を解放すると逃げるようにその場を離れる。
「あの、チョコケーキはありませんか」
 そしてまた他の生徒へと声を掛ける。
 今度声を掛けられて振り向いたのは、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)だ。
「あ、はい。どうぞ」
 偶々、みことが手にする籠の中に入っていたのは、他の生徒が作ったチョコレートケーキ。
 それをにっこり笑顔で差し出され、暫激はまたしてもみことに抱きつこうとする。
「え、あの……ちょっと……!」
 迫ってくる暫激に、うわー、とみことは悲鳴を上げる。
「ちょっとあなた!」
 と、みことの悲鳴を聞きつけて、姫野 香苗(ひめの・かなえ)が駆けつけてきた。
「嫌がっているでしょ、やめなさい!」
 びしっ、と香苗が暫激を指さす。トラブルは避けたいのか、暫激は大人しくすみません、と頭を下げた。
「まったく、お姉さま達に手を出そうだなんてとんでもない輩だわっ!」
 すごすごと退散する暫激の背中を見て、ふん、と香苗は頬を膨らませる。
 が、その視線の先で暫激が再び他の女生徒に声を掛けるものだから、また慌てて飛んでいく。
「ねえシリウス、流石に止めた方がいいんじゃありません?」
「本人達に任せておいて大丈夫だろ、別に物影に連れ込もうとか言う訳じゃないんだから」
 チョコレートを配布していたリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)がそんな暫激を見咎め、パートナーのシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)に声を掛ける。
「何かあってからでは遅いのですよ。ほらほら」
 言いながらリーブラは、シリウスの背中をぐいぐいと押す。
 そんなに騒ぐほどの事じゃ……とは思いながらも、シリウスはリーブラに押し出されるようにして暫激の前に立ちはだかる。
「あー、ちょっといいか?」
 渋々声を掛けると、暫激はなんですか、と振り向く。
「あんまり騒がれると、こっちとしても放って置けないんだよな。女子生徒への身体的接触は禁止されているだろ?」
 つとめて穏やかに注意を促すシリウスの横で、暫激につきまとっていた香苗もふんふん! と激しく頷いている。
「い、いや、別に某、チョコケーキが欲しかっただけで……」
「それならほら、これ持って行っていいからさ。悪いが、退出頂けるか?」
 ぽん、と暫激の手に配布用のチョコレートケーキを押しつけ、シリウスはニッコリと笑う。目は笑っていないけれど。
 仕方ない、とうなだれて、暫激はとぼとぼとパートナーの元へと帰って行く。
「あの、ありがとうございましたお姉さま。あいつほんっとにしつこくて!」
 香苗はちゃっかりシリウスの手を握って感謝を表す。
「いや……オレは別に……」
 そのぎゅーっと握られた手に何か熱いものを感じ、シリウスは乾いた笑みを浮かべたのだった。