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part5 孤島クッキング


 日は傾き、オレンジ色の光が島に満ちている。暖まっていた大気には陰りが差し、涼しげな夜の気配があちこちから忍び寄ってきていた。
 西エリアの大地のふもとでは、垂や一輝たちによるキャンプの設営がだいぶ進み、あと十人分といったところだった。
 狩猟組が倒してきた野牛の巨体が、キャンプのそばにひっくり返っている。ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)が出刃包丁を用い、器用に野牛を解体していく。
「ラムズ、じょyyyyyずー。料理の仕方思い出したnnnnnー?」
 契約者のり・り・しょごす(りり・しょごす)が、一風変わった口調で尋ねた。彼は黒い液状生物で、そのままだと魔物と勘違いされるため白いお面を着けている。
 ラムズは肩をすくめた。
「いや、これまで通り、なーんにも思い出せてないんですがね。料理の方法は体が覚えてるみたいですよ」
「そーかー、残nnnnん。おてつddddddddいするー……」
 り・りは殊勝にも、解体された肉塊をかいがいしく洗い始めた。
 ……自分の体液で。というか液状生物なので、体で。
 ラムズはぎょっとして手招きする。
「……り・りさん、り・りさん」
「どうしtttttのー……?」
「自己犠牲の精神は美しいんですがね」
「?」
「できれば水で洗ってくれれば嬉しいなあと」
「り・りの体は汚いnnnnnー?」
 り・りは悲しそうに首を傾いだ。
 ラムズは答えあぐねる。決して悪意があるのではないのだ。なんと説明して分からせたものか。相手は人間の常識など通用しない種族だ。
「とにかく、自分をもっと大事にしましょう」
 ラムズは説明を諦め、楽な方に逃げた。
「うん、ラムズは優ssssー……」
 り・りも素直だからそれで十分だった。
 一人も傷付かずにうまく事態が収まったようだが、一部始終を知ってしまった不運な目撃者がいた。
 緋ノ神 紅凛(ひのかみ・こうりん)の契約者、ブリジット・イェーガー(ぶりじっと・いぇーがー)である。薪割り途中でライトブレードを振り上げた手が小刻みに震えている。
「も、もう誰も信じられません……」
 この事件はしばらくのあいだ、彼女の心にトラウマを残すことになる。出先では必ず厨房を検査してから食事をいただこうと決意し、おぼつかない動作で木を薪に変えていく。
「なにかあったの、ブリジット! 顔色悪いよーっ!?」
 同じく紅凛の契約者、イヴ・クリスタルハート(いぶ・くりすたるはーと)が砂浜から帰ってきた。人体三つ分ほどはある巨大ゲソを、楽々と頭上に抱えて運んできている。
「……あなたは知らない方がいいですよ」
「なになに、そんな意味深に言われたら余計に気になるじゃん! 教えてよ!」
「要するに……、店主を呼べ! という状況です」
「余計分かんない!」
 イヴは頭を振り振り、紅凛のところに駆けていく。
「お姉さま! イカを持ってきましたっ!」
「お帰り、イヴ。待ってたわ」
 紅凛は熱した鉄鍋を前に腕組みして立っていた。別に遅くなったのを怒っているわけではなく、今夜の献立について考えているのだ。
 今日一日で集まり、キャンプ地に積まれている食材は次の通り。
 野牛の肉。どでかいゲソ。リンゴに似た果物。ゼンマイのような山菜。茶色のキノコ。色とりどりの魚。海草。二枚貝。ウニ。アワビ。ウサギ。テン。真水。塩。農学に詳しい生徒が、カブと玉ねぎも掘ってきてくれていた。
 なんだか端っこにクワガタやらフナムシやら、やけにけばけばしい色彩のキノコやらが置いてあるが、あれらは無視するとして。うーん。
「ああもう、めんどくさいわね! 全部入れればいいわ! スペシャル肉野菜炒めよ!」
 紅凛は食材をシュタタタタンと切り刻み、鉄鍋にぶっ込んで豪快に混ぜていく。
「お姉様、ワイルドですっ! 素敵ですっ!」
 イヴは感嘆しながら、食材を切るのを手伝った。
「あなたらしいですね。では、私はちょっと手の込んだ料理をこしらえましょうか」
 紅凛のもう一人の契約者、姫神 天音(ひめかみ・あまね)も隣で調理していた。
 野牛はステーキにしてキノコソースをかけ、海藻サラダを付け合わせに添える。
 魚は玉ねぎとカブのスライスでカルパッチョに。ウニとアワビはそのまま刺身。
 イカは山菜と煮付けにし、ウサギやテンは大きな葉っぱで巻いて蒸し焼きにする。
 海の幸、山の幸。あらゆるかぐわしい匂いが充満し、周囲にいる者たちは強烈に空腹を意識させられた。
「果物は……と。甘煮にしておきましょう。砂糖はありませんが、夜警の皆さんの夜食に……」
「あたしの夜食は天音だけでいいんだけどね」
「きゃっ!?」
 紅凛にいきなり後ろから抱きすくめられ、天音はびっくりして果物を取り落とした。
「なにしてるんですか! 料理は!?」
「あたしの方はもう済んだわ。そろそろみんなも集まる時間よ」
 いかにもスタミナのつきそうな肉たっぷりのスペシャル肉野菜炒めは、葉っぱに盛られ、地面に直接置かれた木の板の上に載せられていた。
 辺りはすっかり暗くなり、明るいのはキャンプの周りだけだ。孤島の四方から、火術や光術で足下を照らした生徒たちがいそいそとやって来る。
 天音は夜食作りはあとにすることにして、夕食を葉っぱによそった。
 生徒たちは疲れきった、しかしどこか晴れ晴れとした表情で木の板の即席テーブルに群がり、舌なめずりして料理を見つめる。
「皆さん、一日お疲れ様でしたーっ!」
 泪がマイクを片手に朗らかにねぎらう。本人もだいぶ疲弊しているようだが、さすがはプロのアナウンサー、公私の区別は忘れない。
「こうやって、なんとか今日は生き抜くことができました! まだまだ二日残っています。慢心せずに頑張ってください。ですが、今だけは好きなだけくつろぎましょう!」
 生徒たちは『いただきます』を斉唱し、賑やかに宴を始めた。