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SPB2021シーズン キャンプ~オープン戦

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SPB2021シーズン キャンプ~オープン戦

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【七 オープン戦・ワルキューレ】

 スカイランドスタジアムでは、透き通るような真っ青な晴天のもと、蒼空ワルキューレとヒラニプラ・ブルトレインズとのオープン戦緒戦の開始を告げるプレイボールの声がかかった。
 右翼側の外野スタンドの最前列では、山葉オーナーがいつになく真剣な表情で試合の様子をじっと凝視している。あまりに集中していた為か、いつの間にか、隣に火村 加夜(ひむら・かや)が腰を下ろしていたことにも、中々気づかない有様だった。
「……おめぇ、びっくりさせんなよ。一体いつから、そこ居たんだ?」
「涼司くんってば、珍しく真剣なものだから、私の方がびっくりしちゃった」
 いたずらっぽく笑う加夜に、山葉オーナーは露骨に嫌そうな顔を見せた。
「うるせぇやい。しかしそりゃそうと加夜、おめぇ一体、何持ってんだ?」
「あ、これですか?」
 加夜が嬉しそうに見せたそれは、スコアブックだった。わざわざ買い求めてきたものらしい。するとそこへ、ビデオやらお茶のセットやらを抱えているエレナと舞がのそのそとやってきた。
「あらあら、良いものを持っていらっしゃるじゃありませんこと? わたくしにも見せてくださいましな」
「良かったらお茶も一緒にどうです?」
 野球観戦の外野スタンドで、のどかなティータイムというギャップに、山葉オーナーと加夜は互いに顔を見合わせて苦笑したが、結局、舞のお茶を振る舞われることになった。
 ところが、別の一角では全く異なる空気が漂っていた。
 左翼側外野スタンド。
 そこに、みっつの人影がある。
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)雉明 ルカ(ちあき・るか)、そしてビンセント・パーシヴァル(びんせんと・ぱーしばる)という組み合わせであった。
 特にミルディアとビンセントという野球好きに挟まれる格好となったルカにとっては、この遭遇は最悪であるといって良い。
「いや〜、ぶっちゃけどんなもんかなぁって気がしてたんだけど、この布陣、意外に凄いね!」
 いささか興奮気味に話すミルディア。
 彼女は当初、パラミタのプロ球団がどの程度のものか見極めてやろうという考えを抱いていたのであるが、ヒラニプラの選手達を見た瞬間、興奮度がMAXに達していた。
 というのも、ヒラニプラのスタメンはいずれも、彼女が地上に居た頃に見たことや聞いたことのあるプロ選手や3A選手,或いはメジャーリーガーばかりが並んでいたのである。
 まさかここまでとは……という思いが、ミルディアの胸中に激しく去来していた。

     * * *

 ヒラニプラの先発投手はナックルボーラーとして有名なサルバトーレ・ウェイクフィールド。対する蒼空ワルキューレは、ジャイロボーラーのミューレリアが先発のマウンドに立っている。
 正直なところ、フォーシームジャイロを決め球にしているミューレリアについてはあまり語るべきところはないと考えたミルディアだったが、流石にウェイクフィールドの魔球と呼ぶに相応しいナックルには、息を呑む思いだった。
「なぁ、すげーよな! ジャイロ対ナックルだぜ! こんなキャスティング、なかなかお目にかかれねぇ!」
 ビンセントもビンセントで、魔球対決に興奮を隠せない。
 しかしミルディアの見方は少し違った。
「うーん、同じジャイロでも、ジャイロカッターぐらい使ってくれてたなら、もうちょっと面白いカードになったんだけどねぇ」
 ジャイロカッター、正式にはワンシームジャイロ。
 かつて北海道のエース・ダルビッシュが投じたことで、一躍魔球として広まった究極のジャイロである。ミルディアとしては、ミューレリアがワンシームはおろかツーシームジャイロすら投げていないことに、多少の不満を感じている様子であった。
 ともあれ、わいわいと盛り上がっているミルディアとビンセントだが、ルカはといえば、全くこのふたりに同調する気分にはなれなかった。
(あぁウザい……ひとりでもうるさいのに、妙に話の合う人なんか居たら、この始末だものね……)
 ルカの滅入った気分など、しかしビンセントはまるで気づいた様子もない。
 ヒラニプラ側の打者達が徐々にミューレリアのジャイロにタイミングを合わせ、連打が出始めた頃になると、もう完全にひとりでお祭り騒ぎ状態である。
「うぉっ、すげぇ! あのめちゃめちゃ速ぇえジャイロを、いとも簡単に打ち返し始めたぜ!」
「そりゃそうよ。どんなに速くたって、相手は現役メジャーや3Aだもん。ジャイロのタイミングで待たれて、カーブはファウルカットで対応されてたら、いずれ狙い撃ちされるのは分かってたわ」
 捕手の真一郎が物凄く困っているのが、外野からでもよく分かる程であった。

     * * *

 結局、ワルキューレの記念すべきオープン戦緒戦は、10対2という大差での敗戦に終わった。
「あらら、残念……でも、まだオープン戦だって始まったばっかり。これからですよね!」
 加夜が声を励まして山葉オーナーに呼びかけると、エレナと舞も同調するように慌てて頷く。
 ところが山葉オーナーは、グラウンド上に視線を固定させたまま、仏頂面を崩さない。見ると、ワルキューレのマスコットガール達が一塁側ダッグアウトから飛び出して、試合を終えたばかりのワルキューレ選手達にインタビューを敢行していたのである。
「いくら仕事とはいっても、ありゃやってる方もつらいだろうな」
 山葉オーナーが気を遣う程に、マイクを持って走り回っているセレンフィリティと鬱姫の引きつった笑顔が、どうにも気の毒に思えてならなかった。
 そこへ新たな人影がふたつ、一同の傍らに姿を現した。
「最初にしては上出来かな……ま、ひとりも怪我人が出なかったのが、一番の収穫ですね」
「お、これは九条先生。メディカルチェック、ご苦労様っす」
 山葉オーナーの差し出した手を握り返しながら、九条先生は他の面々にも小さく会釈を贈る。
「まぁあの連中のことだから、そうそう怪我なんかしねぇとは思うけどね」
「いや、それが案外そうでもないのです」
 曰く、昨日行われたワイヴァーンズ対ネイチャーボーイズのオープン戦緒戦で、いきなり怪我人が出たというのである。
 その怪我人第一号というのが光一郎だったというのだから、笑うに笑えない。ピッチャー返しの打球を処理した際、一緒に飛んできたバットの破片がまともに顔面を強打したのだという。
「今回はおんぶじゃなく、きっちり担架で運んでやったからな。仕事してるぜ俺様」
 何故か胸を張るシン。
 加夜、エレナ、舞といった女性陣からは、同情して良いのかよく分からないといった雰囲気の、乾いた笑いしか出てこなかった。