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春を知らせる鐘の音

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春を知らせる鐘の音

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 春のお祭りは、当然カップルだけのものでもない。ザンスカール風のエリアでは世界樹に見立てた大木と小動物が駆け回る庭園がある。きちんと躾けられたウサギたちは、何故追いかけられているのかもわからないまま、参加者と追いかけっこを楽しむ姿も見られた。
 ピノ・クリス(ぴの・くりす)もその1人。ペンギンがウサギを追いかけるというのも珍しい光景だが、白波 理沙(しらなみ・りさ)とともに春の野原を駆け回っていた。
「むー、うさぎさん早いよぉ……あっ、ちょうちょさんだー」
 あっちでウロウロ、こっちでヨタヨタ。新しい標的を見つけては脳天気に喜ぶ姿を見て、理沙も笑顔になる。広い会場の案内板を見たとき、なんとしても海や水路のあるギリシャとヴァイシャリーだけは避けなければと、ピノに怪しまれぬようこのエリアへやってきた。緑豊かなこの場所なら、ピノが暴走することもないはず。
「それにしても、本当に凄いわね。たくさんの花に小鳥のさえずり、水の音まで――……ん?」
 蝶を追いかけ数歩先を走っていたピノが一瞬立ち止まる。蝶から新たに目標に設定されたのは、煌めく水しぶきが魅力的な噴水だ。
「きゃーっ! お水っお水ー!!」
「ま、待ってピノ! 誰かっ、その子を捕まえて!」
 ペンギンの姿をしていても、彼女は泳げない。噴水で溺れることは無いと信じたいが、それでも危険を回避しなければならない。いつもは遅い足も、大好きな水場を見て興奮しているのか速くなっている気がしなくもない。
「……よっと。あまり心配をかける行為は関心しないな」
 噴水の縁に腰掛けていた長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が、抱き留めるようにしてピノを噴水ダイブから救う。正義漢な彼にとって、助けを求められたら何かせずにはいられないのだろう。
「ありがとう。この子、怖がらないけど水がダメだから助かったわ」
「なんだ、俺と同じだな」
 小首を傾げるピノは淳二の言葉よりも、どうやったらこの先にある噴水へ入れるのかと考え込んでしまう。和やかに世間話を始めそうな2人を前に、何かを転がしているリスが目に入るとピノの興味は再び切り替わった。
「理沙ちゃん卵! 卵あったよー」
 きゃあきゃあと嬉しそうに追いかけるピノを、理沙も慌てて後を追う。振り返りざまに大きく手を振る彼女に振り返す淳二は、なんとなく切なくなってしまった。
 とくに目的もなくふらりとやってきた淳二にとって、無くなったイースターエッグもさほど気にならなかった。ウサギが隠したというのなら、そういうイベントにのっかってもいいかと辺りを見回せば、周りにいるのはカップルばかり。結婚式場という場所を考えれば仕方無いのだが、相手もなく歩き回るには虚しさの募る場所だ。
「あなた、そんな所に立ち尽くして困りごとでも?」
 気の強そうな声に振り返れば、メイドを従えたお嬢様白雪 魔姫(しらゆき・まき)。冗談半分で出逢いがないことに困っているなどと口には出来ず、仮に言えたとしても冗談は通じそうにない。どんな話題を振るべきか悩んでいると、後ろに控えていたエリスフィア・ホワイトスノウ(えりすふぃあ・ほわいとすのう)が可愛らしく頭を下げた。
「魔姫様のメイドをしていますエリスです。あなたのことは、何とお呼びすれば良いでしょうか?」
「あ、ああ。淳二だ、挨拶が遅れてすまない」
「淳二様、ですね。魔姫様は少々気の強い部分がありますが、とってもお優しい方なんですよ」
「ちょっとエリス、何を勝手に……わっワタシはただ、立ち尽くされていると通行の邪魔だから声をかけただけで」
 板で舗装された庭園内の道は、淳二1人立っていたところで塞げるような小道でもなく。その上噴水の側に寄っていたとあっては、善意で声をかけてくれたと言うことがわかる。
「……実は、アクセサリーを作るのが趣味なので参考に見て回ろうと思ったのですが、男1人だと尻込みしてしまいまして」
「アクセサリー? そうね、ワタシたちに似合うイースターエッグを見つけてくれるなら付き合っても構わないわ」
 自分にとっては大して興味も無かったイースターエッグも、彼女たちにとっては興味のあるものらしい。ぐるりと辺りを見渡すと、淳二は噴水の中へ入っていった。
「あなた、そんなところで何して――!」
「意外と可愛らしいところのある魔姫さんがこっち、そんな魔姫さんに仕えるエリスさんがこっちでどう?」
 噴水の上でくるくると踊るように回っていたイースターエッグ。手にした淳二は、ピンクのウサギのイラストが小さく描かれたものを魔姫に、気品あるワインレッドの卵をエリスに見せる。
 水の滴る髪を掻き上げながら提案する淳二を、次の瞬間には魔姫が引きずるようにして歩かせていた。
「エリス、卵を持って先に邸宅へ向かいなさい」
「はい、タオルと温かい飲み物を用意してお待ちしています!」
 パタパタとかけていくエリスのあとをズンズン進んでいく魔姫に呆気にとられ、淳二は言葉もない。
「まだ春先だと言うのに水浴びなんてバカじゃないの?」
「手近なところに卵があったから、つい」
「見つけてくれたことには感謝するけど……」
「えっ?」
 まさか近場にあった卵が魔姫たちが探していた卵だとは思わず、淳二は聞き返してしまう。けれど、魔姫が素直に返事をするわけもなかった。
「同じようなことを何度も言わないわ! 次からは1度で聞きなさいっ」
 少し顔を赤らめながら先を行くお嬢様は、水を被った自分の面倒を見てくれる気らしい。少なからず嫌われていないことに、一休みのあとでもう1度誘ってみようと淳二は思うのだった。
 さて、魔姫の指示で足早にかけていくエリスを残念そうに眺める瞳がもう1つあった。ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)は15歳以下の少女を愛でるのが大好きで、探し物の傍ら幸せそうな少女たちを眺めることが出来るこのイベントはファタにとって目の保養にも申し分ないものだ。
「少女の幸せを思えば邪魔をするのは憚られるが、あの慌てた少女であればわしにも助力出来るやも……」
「ファタさん、目的を忘れないでください。俺たちはです――もがっ」
 小言を始めそうなシュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)の口にシュークリームを放り込んで、自分も1つ口につける。この他にも、シュヴァルツにはサンドイッチにクッキー、タンブラーに飲み物もなみなみ入れ、2人分以上のピクニックセットを持たせて散策している。喫茶コーナーで買い占められた食べ物たちは、どうやら矢野 佑一(やの・ゆういち)の払いらしく、ファタの笑顔に一役かっていた。
「わかっておる、可愛い子のためにこうして一肌脱いでおるんじゃ。他の娘にうつつを抜かして本末転倒とバカな真似をするわけがなかろう?」
 佑一が今頃看病しているパートナーのため、可愛らしいイースターエッグを用意する。それがシュヴァルツに課せられた任務であり、出来るだけ可愛らしいものにするためにファタを選んだことも間違いではないと思っている。
 ただ、どうにも女の子好きなファタはシュヴァルツと復活祭を楽しむ様子はなく、留守番をする少女のために奮闘する姿は微笑ましさ半分、なんとも言えない気持ちが半分。どうせなら、楽しそうに卵へ絵を描いていた顔や笑顔でお菓子を食べている顔など嬉しそうな姿を見ていたいのに。
(いや、別にファタが特別どうってことも……うん)
 食べ終わるのを待つようにファタを見ても、胸が高鳴るだとか顔が熱くなるとか、そんな症状は出てこない。知り合いと出かけるなら不機嫌な顔をされるより笑ってくれたほうが良いと思うのは当たり前じゃないか。考えれば考えるほど自分に言い訳をしているようで、ふと視線に気付いて見上げてきたファナと視線がかちあったとき、思わず息を飲んでしまった。
「んふ、わしに見惚れてでもおるのか? おぬしにもなかなか、ういところがあるのう」
 猫かぶりが得意なファタにとって、可愛らしく振る舞うのはお手の物。そこへさらに、飄々と人をからかう言葉が出てくるのだから、見た目とのギャップは凄まじいものだ。けれど似たもの同士なシュヴァルツは、笑ってファタの言葉をかわす。狼狽えず笑うシュヴァルツが面白くないのかファタが上手だったのか、次の瞬間にはシュヴァルツのネクタイを引っ張り歩き始めてしまった。
「はぁ、やっぱり男はかわいくないのぅ」
「ふぁっ、ファタさん! 首! 首しまっ……」
 早速音を上げるシュバルツに「情けない」とネクタイから手を離すと、ファタは超感覚で生えていた黒い猫耳をピンと立てる。気配を察知して茂みへ向かうも人影は既になく、そこにはイースターエッグが2つ並んでいるだけだった。
「まあ、傷もないようじゃ。深追いはせんでおこうかの、土産も増えたことじゃし」
「そっちは土産じゃないですよ、ファタさんのです」
 大胆な着色をされた卵を指差すシュヴァルツに、丹精込めて作った可愛らしいイースターエッグを手渡すファタは、自分のそれと全く同じものを作ろうとしたとは思えないデザインに苦笑する。可愛い子も見れて、人のお金で飲み食いも出来て、その上何をくれたのだろうかと手の中で転がしながら中身を予想するファタはとても幸せそうだ。シュヴァルツの手にある卵は寝込んでいるパートナーへ渡されるから、自分には何も残らない。けれど、形あるものが全てじゃない。
「んふ、たまにはサプライズも仕掛けられるもんじゃのう」
 からかいでもなんでもなく、無邪気に笑う彼女を見られたこと。それだけでも佑一が土下座して頼んだかいはあったかもしれない。
 手を繋いで次なる卵を探そうと散策をする2人と同じように微笑ましい姿。草の上に座り込んで卵を交換する姿があった。
「理沙ちゃん、はいっ!」
 無事に取り返したカラフルな卵。開けて欲しそうにわくわくした瞳で見上げるから、なんとなく期待して卵を開ける。
「理沙ちゃんの好きなのだよね、合ってる?」
「……好き、なのかな」
 中から出て来たのは、紫苑の花のブローチ。確かに最近、この花を飾ったりモチーフを見たりしている。それは大切な思い出を忘れないように願っているからなのか、まだあの人を思っているからなのか。つい自分に問いかけながら見てしまう。
「ピノ、間違えた……?」
「そんなことないわ、ありがとね」
 交換するようにパンダの絵が描かれた卵を差し出せば、中身を確認するように軽く振ってみせる。無邪気なその笑顔に、紫苑の花に乗せた想いは少しずつ解れていくような気がした。
 騒々しかったザンスカールの庭園の声も、世界樹をモチーフにした邸宅が併設されたチャペルまでは届かない。ドレスの展示室を見学していたミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)は、飾られたポスターを目にするとペルラ・クローネ(ぺるら・くろーね)の手を取って祭壇の前へとやってきた。
 このエリアではガーデンウエディングを得意としており季節も春。モデルたちも小動物に囲まれ庭園で笑っていれば、必然的に見学者も庭園へと集まっていく。だから、外から温かな日差しが差し込み木をくり抜いたようなデザインのチャペルには見学者が少なくて、祭壇の前を陣取るのも容易いことだった。
「ペルラ、さっき見てたドレス綺麗だったよね」
「そうですわね、内装も素敵ですし……憧れていましたもの」
 目を細めて祭壇の細かな装飾を見つめる姿は夢見る普通の女の子。自分より少し年上で、背の高い彼女と並ぶにはまだ早いかもしれない。けれど、さっき見たこのエリアのポスターは可愛らしい子供たちがモデルを勤めていた。だからこの言葉を口にしても早いだとか勘違いだとか言わせない。
 1つでは段差が足りなくて、2つめの段差を登る。真正面にやってきたミルトは真面目な顔をして見つめてくるから、ペルラも何も言わず彼の言葉を待った。
「ペルラ、僕のお嫁さんになってよ。ぜったいぜったい大事にするし、幸せにするよっ!」
 そのときはきっと、綺麗なドレスを着て髪もアップにして。花をいっぱい飾ってレースの縁取りの白いベールをかぶって、誰よりも綺麗で自分だけのお嫁さんに。
「……段差に頼らずまっすぐ見つめ合えるようになったら、お願いしますわ」
「すぐだよっ! ペルラくらい、あっと言う間に追い越すんだから――」
 目標の身長まで手を伸ばして伝えようとしたとき、バランスを崩して顔からペルラの胸に受け止められてしまう。自分がまだ小さいと自覚してしまうのは悔しいけれど、このいい香りに包まれることが出来るのは子供だからだろうか。
「その日を楽しみにしていますね」
 抱き起こしながら頬にキスをすれば、むくれていた頬は次第に緩んでいく。そんな2人を邪魔しないように、足下には仲良く2つのイースターエッグが転がってくるのだった。