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リアクション
part4 更衣室前の戦い――前哨戦
「どうしてこうなった……」
百合園の更衣室の前で、夜月 鴉(やづき・からす)が絶望に暮れて立ち尽くしていた。
ゴスロリ風の華美なドレスを見事に着こなしている。その姿はたいそう美しく、まるで一輪の水仙が咲いたようだった。
だが男だ。
「なんでこんなことに……」
隣に佐野 和輝(さの・かずき)が立っている。百合園の制服とエクステを装備。生徒会長を務めるお姉様風の、凛とした容貌だった。
だが男だ。
百合園の更衣室は他校とは違い、白と橙のレンガで彩られたおしゃれな建物だった。
だが男だ。
「きゃーっ、和輝可愛いっ! 卑怯なくらい可愛い! 女の子を冒涜した罪で逮捕するっ!」
パートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)が和輝にむしゃぶりついた。
和輝は渋い顔をする。
「なぜ女装する必要があったんですか……? 塀のあっち側で待っていれば、女装しなくても良かったのでは?」
更衣室は百合園の敷地の最も外側にあった。十メートルほど西に塀があり、その向こうはヴァイシャリーの公共道路。パラ実の行進を迎撃する生徒たちの多く、特に他校の男子は、塀の外で待機している。
「そんなの、女装した方が面白いからに決まってるじゃない! なに言ってるの!」
「なに言ってるのはこっちのセリフですが……そうですか、やっぱり面白さ優先ですか……」
和輝はうなだれた。
しかし、もっとうなだれ、顎が胸にくっつくほどになっているのは、鴉。
「あんたはまだいいさ。俺なんか……なんか、肌色なんだぞ……」
鴉のドレスはセパレートタイプ。たわわな胸(偽乳)を申し訳程度の布切れが締め付け、お腹も二の腕も太腿も丸出しなのである。
アニスが鴉に抱きつく。
「キミも可愛いっ! ていうか綺麗系!? 歌舞伎町にデビューして稼いでみない!?」
「断る!」
鴉は額を鷲掴みにしてアニスを押し退けた。
「まさかこんなに似合うとは思わなかったわ……。可愛すぎよ……」
スノー・クライム(すのー・くらいむ)はパートナーの和輝を眺めながら頬を染めていた。彼とはまた違った理由で恥ずかしい。
いつ敵が来るか分からないし、気を引き締めていなければならないのだが、予想外の眼福になかなか目を離せない。
鴉のパートナー、御剣 渚(みつるぎ・なぎさ)がスノーに話しかける。
「私たち以外にも同じことを考える人たちがいたのですね。失礼ですが、お名前は?」
「スノー・クライムよ。女装してるのが契約者の佐野 和輝、抱きつき魔になってるのが和輝の契約者でアニス・パラス。シャンバラ教導団から来たの」
「私は御剣 渚。契約者は夜月 鴉です。蒼空学園から来ました。以後よろしくお願いしますね」
「こちらこそ。発想が同じだし、仲良くなれそうね」
スノーと渚は微笑み交わした。
渚は塀越しに、敷地の外にいる生徒たちの中で一番近い炎羅 晴々(えんら・はるばる)に声をかける。
「そちらはどこからいらっしゃったんですか?」
晴々は読みかけの本から顔を上げた。一瞬ためらい、意を決したような表情で告げる。
「波羅蜜多実業高校だよ」
「パラ実!?」
スノーは顔を硬直させた。
「スパイですか!?」
渚が険悪な声で問う。
鴉や和輝、アニスたちも武器を握って警戒態勢を取る。
炎羅は慌てて手を振った。
「違う違う、スパイだったら自分で学校を明かしたりしないでしょ? パラ実の新入生ではあるんだけど、ただ参加するだけじゃつまらないから、あえて百合園側についてみようかと思って。ね、ピアノ?」
彼のパートナー、ピアニッシモ・グランド(ぴあにっしも・ぐらんど)はこくりとうなずいた。
「ここに入ろうとする人は、悪い人たちなの。マスターがそう言ったの。ピアノは、マスターに従う。だから、ピアノはここに来る人を一歩たりとも通さないわ」
「怪しいな……というか、信用できる要素が一つもない」
鴉は表情を緩めなかった。
パラ実生たちの蛮声が、西の方向から聞こえてくる。建物を破壊する音、一般市民の悲鳴。
そして、不良の軍勢が現れた。天から授かった貴重な髪をピンク、黄緑、青、虹色など、およそ人間とは思えぬ色に染め、全身にピアスを施した者が多数。
かろうじて人間に踏みとどまっている生徒たちも、服はぐしょ濡れで髪の毛がお化けのように垂れ下がり、あちこちから血を流している。
もはやそれは、妖鬼の一団。百鬼、夜行だった。
「ヒャッハー!」
弁髪のパラ実生が叫びながらアニスに飛びかかってくる。
「え!? うえええ!?」
女装少年たちに夢中だったアニスは、急な展開についていけずに混乱した。
晴々は碧血のカーマインを連射する。飛び退いて弾丸を避けるパラ実生。ピアニッシモが急迫し、白の剣をパラ実生に振り下ろす。
「ぐ……」
パラ実生はどさりと倒れた。
「お前ら……」
鴉は驚いた顔で晴々とピアニッシモを見やった。
晴々は小さく笑う。
「どう? 少しは信用してもらえたかな?」
「少しだけね! まだ来るわよ! 気を抜かないで!」
スノーはランスを握り締め、パラ実生たちに向かって走った。
「私がパラミタ最強のイコプラバトラーだ! あーっはっはっは!!!」
三鬼と三二一の前に立ちはだかったのは、レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)だった。
百合園の制服、金髪ぱっつんロングと、非常に可憐な風貌なのだが、顔をレスラーの覆面で隠している。
「ええっと……パラミタ最強のイコプラバトラーさんが、なんの用?」
三二一は当惑気味に尋ねた。
「百合園にはこういう諺がある! 『イコプラを超えるイコプラは無し、イコプラは千の言葉に勝る』! つまり私にイコプラバトルで勝ったら覗きを許可しようという事だ! この世はイコプラバトルが絶対にして全て! 万が一、君達が勝ったら私も率先して覗きに協力しよう!」
「けど俺ら、イコプラなんか持ってきてねえしな」
三鬼がつぶやいた。というか、こんな場にオモチャを持ってくるような人間はいない。普通。
「構わんさ! 一番大事なイコプラは、みんなここに持っているのだから!」
レロシャンは平べったい胸にそっと触れた。戦闘用イコプラ『リリー・オブ・ホーリー・ドラゴン』を握って突進してくる。
「行くぞ! 静香方式、百合園レギュレーション、リリーズファイト! くらえ必殺! ナチュラル・ホーリー・ウォーター・エクセレント!」
「えい」
三二一がレロシャンを殴った。
「うあああああっ」
レロシャンは華麗に吹き飛ばされる。決して弱いわけではないのだが、防御しようともしていなかったのがまずかった。
「ゲームセット……か」
レロシャンは地面に倒れ伏した。
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