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6.侍同好会




「続いては、『侍同好会』。4本続けてご覧下さい」


 道場。
 床の間には「武」の文字が大書された掛け軸が下げられていた。
 その手前には、和風の長槍を持ち、向かい合うふたりの姿。
 杉原 龍漸(すぎはら・りゅうぜん)真田 幸村(さなだ・ゆきむら)である。
 両者、一礼の後、構え。
 数秒の間の後、同時にふたりは仕掛ける。
 柄が渦を巻き、穂先の銀光が螺旋を描く。互いに互いを噛み合う龍の如く、二本の槍が一間足らずの空間の中に激しく暴れ回る。
 瞬間、龍漸の槍が、幸村のそれを押さえ込んだ。直後、龍漸が数歩踏み込み、突き込む。
 幸村、体を反らせ、巡らせる。槍の柄が弧を描き、石突が龍漸のこめかみに肉迫し、寸前で止まった。
「!」
 龍漸の槍は、穂先が真田幸村の首の横一寸を抜けている。持ち手本人の体も真っ直ぐに伸びきり、石突が頭を打つまでの間の反撃などは出来そうにない。
 勝敗は決した。
 龍漸が槍を引くと、幸村も槍を引いた。
 ふたりは最初に立っていた位置に戻ると、静かに一礼をした。


「これ、何回撮り直してもふたりがヒートアップして大変だったんですよねぇ」
 ギャラリー席の柊 北斗(ひいらぎ・ほくと)は、撮影時を思い出し、苦笑した。
「監督のレギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)の『鬼眼』の睨みもなかなか通じなくて……テイクの度に止めるのが命がけでした」
「本槍でやっていたら死人が出ていたかも知れませんね……撮影は穂先を丸くした木槍にして良かったですよ」
 レイカ・スオウ(れいか・すおう)も溜息をついた。
「槍の穂先はCG合成は、動きが速くて合わせるのが大変でした。ただ素材くっつけるだけだと嘘っぽさも出るから、素材の微調整や仕上げには気を使いましたよ」
「その甲斐はあったと思いますよ。穂先が噛み合う音とか、ものすごくカッコいいですよ?」
「百種類近くある素材を吟味しましたからね……作業中は、難聴になりそうでした」
「神は細部に宿る、とはまさにこの事。そういう細かい気配りこそが、作られるものの品質を高めていくんですね」
「……飲み物をもらって来ます。何かご希望はありますか?」


 映像が切り替わる。
 道場の庭。並ぶ巻き藁や林檎の乗った杭の前に静かに立つ九十九 昴(つくも・すばる)がいる。背後には大書された「技」の文字があった。
 一礼後、その手が静かに腰の刀の柄に添えられた。
 ──銀光一閃。
 抜き打ちで目前の巻き藁を刀で切り、それが地面に落ちる前に次の巻き藁が断ち切られる。
 断つ。切る。斬る。
皮切りに次々に巻き藁を断ち切っていく。杭の上に載る林檎も横一文字に切るが、林檎は吹き飛んだり落っこちたりしない。
 風が吹き、若葉が数枚ひらひらと九十九昴の目前に舞ってくる。九十九昴はそれに向けて刀を走らせ、若葉を微塵に切り刻んだ。
 最後の一振りの後、姿勢を正し、納刀。
 そうしてカメラに向かって一礼後、杭の上に乗ったままの林檎のヘタの部分を摘み上げると、真っ二つに切られた上半分だけが持ち上がった。
 画面は暗転し、「しゃりっ」という林檎をかじる音が聞こえた。


「……惜しいね」
「何が? かっこいい表武っつーか演武だったじゃないか?」
「いや、演出の問題」
「? リンゴ食うのダメ?」
「そのリンゴだよ。上下ふたつに割れるんなら、その間で白猫踊ってないと嘘じゃないかって」
「……今日は日曜日じゃないよ」
 ──その感想を耳にしたレイカは、(それはみんなから止められたんですよ)と首を横に振った。
(「明日からまた一週間が始まる」って憂鬱を突きつけられるような気がするから止めろ、って)


 道場の中。正座する柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)。背景には大書された「技」の文字。
 柳玄氷藍、一礼。
 その正面に、幽霊のようにぼんやりとした輪郭で、同じように正座する者の姿が浮かび上がり――
 「幽霊」が自分の脇の刀に手をかけた瞬間、氷藍が抜き打ちで刀を薙ぎ、片膝を立て、振りかぶって縦に斬る。
 立位に移行。その正面に再び、同じく立位の「幽霊」が浮かび上がる。
 氷藍が動く。正面斜め下を横に薙ぐ太刀筋は、膝を狙ったものだ。「幽霊」はそれを刀で受け、すかさず得物を眼前横一文字に掲げる。その刀身めがけて打ち下ろされる氷藍の刃。
 氷藍の刃は「幽霊」の体を縦に断ち割るが、「幽霊」の体は瞬く間に復元。先刻の氷藍のように、刀を正面斜め下、横一文字に薙ぎ払いにかかる。
 膝前の空間で刃が交差、「幽霊」が退く所に氷藍が踏み込み、左手で「幽霊」の刀を持つ手を取って逆間接に極め、その鳩尾を自分の刀の切っ先で貫く。
 「幽霊」が消えた。
 氷藍は静かに納刀し、カメラに向けて一礼した。
 


「今のって、『型』?」
「多分な。あの『幽霊』みたいなのはCG合成で、『ひとり稽古も相手を想定してやれ』ってことなんだろう」
「『前』の途中から『出会い』『付込み』の連携か?」
「何だそりゃ? 必殺技か何かか?」
「どこかの流派の居合の技だ。それらをひとつひとつ繋げたって所だろうな」
「……その、何だ。『幽霊』の事ばっさりやってたよな」
「そりゃそうだ。剣術は『人殺し』の技だもんな」
「……武士道とは死ぬ事と見つけたり、か」


 映像が切り替わる。
 狭い茶室のにじり口が静かに開いた。
 背をかがめて入ってくるのは、よいこの絵本 『ももたろう』(よいこのえほん・ももたろう)。服装は薄緑の長着に濃緑の袴だが、服に着られているという印象が拭えない。
 正座して待っていたカガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)は、体の向きを変えて一礼した。
 『ももたろう』も、畳の上に上がり座布団に正座して、扇子を前に置いて一礼する。
 カガミは、茶を点て始めた。
 静謐の中で行われるそれらの所作は、不思議な緊張に満ち満ちている。
 作法通りに差し出される茶碗と、茶菓子。同じように作法通りにそれを受け取り、口にする『ももたろう』。
 窓と天井の明かり取りから差し込む陽光は、午後のものだろうか。
 窓から見える影は、外に植えられているだろう木の枝に違いない。聞こえてくるのは雀の鳴き声。
 『ももたろう』が茶碗を前に置き、一礼した。
 カガミも一礼。
 「和」特有の、陰陽と静寂の織りなす空間。そこに、互いを尊重し合う空気がある。
 画面に「礼」の文字が被さり、暗転した。
 


「……ずいぶん礼儀正しいね、うちのももちゃんは?」
 イランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)は客席で首を傾げた。
「相当NG出して怒られまくったのかな?」
「裏方チームからアシスタントが来てくれてのう。オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)と申したか?」
 徳川 家康(とくがわ・いえやす)が答えた。
「撮影前に丸一日時間取って、ほとんど合宿で基本動作を徹底的に叩き込んでなぁ」
「わお、厳しいねぇ?」
「レギオンの監督振りは相当怖い、という評判だったからのう。
 特訓の甲斐あって様にはなったようじゃが……さてさて、作法の奥にある『もてなし』と『気配り』の意味は、察してくれたであろうかの?」
「でも面倒くさいなぁ。食べたり飲んだりなんて、本人が楽しければそれでいいじゃない。そうだよね?」
 言いながら、家康の隣に座っていた黒崎 椿(くろさき・つばき)がその腕にしがみつく。
「そうだ! 今度さー、一緒にどこかにお茶しに行こうよ。あんな風に肩肘張らなくていい所。よし、決まり! にゅふ」
「なぁ、お前はずいぶんとわしを気に入ってるようじゃが、何がそんなにいいんじゃ?」
「ん?前会った時言ったでしょ〜かっこいいから〜にゅふ♪
 でもちゃんとした理由はボクに昔恋人いたんだけど、死んじゃったんだ。
 その恋人に家康が似ていたからだよ?
 もし家康がよかったらボクを家康のお嫁さんにしてほしいな〜なんて。
 にゅふ♪」
(死んだ人間の代わりか、わしは?)
 そんな文句はとりあえずは黙っておく事にした。
 ――自分が心優しい善人だとは思っていないが、正論で無邪気そうにしている子供を傷つけ喜ぶほどの外道でもない。
 徳川家康はそう自分に言い聞かせながら、黒崎 椿に対する内心の妙なむずがゆさを押し殺そうと努めた。


 画面は暗転し、杉原龍漸と九十九昴が並んで板の間に正座する姿が映る。
 杉原龍漸曰く、
「最後までご覧頂いた事、感謝のきわみにござる。
 拙者が目指している侍とは、己の力を最大限に引き出し、戦に望む。時には盾になり、仲間を守る。思いやりの心を大切にする。
 そんな侍に拙者はなりたいのでござる!
 この部はそんな侍になりたい者が集まる場。
 そんな同士達と一緒に学校生活を送りたい者がおれば、ぜひこの部に入ってほしいでござる!
 皆で楽しい学校生活を送ろうではないか!」
 続いて九十九昴が、静かに口を開く。
「このたび私と同様、新たにパラミタの各校に入学し、いずれ出会うかも知れない皆様へ。
 お互いに有意義な、実りある学生生活を送りましょう」
 ふたりは並んで、カメラに向けて頭を下げた。
 「侍同好会」という文字が被さった。
 


「侍同好会代表、杉原龍漸さんにお話を伺います。
 武・技・礼の三つをテーマとして組まれた映像ですが、いずれも画面から物凄い緊張感が伝わっていましたね」
「恐縮でござる。台本や監督を担当したレギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)他、仲間たちの尽力によるもの。拙者は大した事はしてはおり申さぬ」
「奥ゆかしさもまた日本古来の美徳ですね。
 さて、『侍』というと武士道、すなわち『死ぬ事と見つけたり』というのが怖いなあ、なんて素人は思うわけですが、そちらのコミュニティの皆さんは、そういう覚悟を決めてらっしゃるのでしょうか?」
「有名な『葉隠』の一節でござるな。
 左様、絶えず死を意識し、主家のために命を投げ出すのが忠の鑑であるのは確かでござる。また、平時より『死』に向き合う事を習慣とすれば、必然日々のすごし方や立ち居振る舞いも気高く誇り高いものとなるでござろう」
「そういう意味での戦士の誇りは万国共通でしょうね」
「しかし、『葉隠』では一方で、『意見をする場合は、相手の気質を十分に判断して、それから懇意な間柄となり、平素からこちらが言う言葉を信頼するように仕向けておき……』など、他人への忠告には細心の注意を払うようにすすめる箇所もござる」
「それは初めて聞きました。何でしょうか、ビジネス書みたいですね」
「拙者も初めて見た時は驚いたでござる。戦場で刀振るうだけが武士には非ず――武士道とはまことに奥深いものでござるよ。
 武士道とは死ぬ事とみつけたり。ですが、死ぬ事即ち武士道ではござらぬし、ましてや我々は自分にも他人にも死ぬ事を強いるものではござらぬ。
 その点は、どうぞご安心を」
「なるほど。安心しました」
「ただ、こういう事についてともに色々考え、語り合える人が居れば、ぜひとも我が『侍同好会』の扉を叩いて欲しいものでござるな。
 各々方、お待ち申し上げているでござる」