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命短し、恋せよ乙女

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命短し、恋せよ乙女

リアクション

第4章
 明くる三日目の朝。
 最早恒例となったアドバイスの時間。
「俺はカシスと二人で話そう」
 喫茶店で待ち合わせたフレイルは、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)カシス・リリット(かしす・りりっと)夫妻と話していた。
「好きになるって、理屈じゃないと思う」
 ヴィナはそう言って、隣に座るカシスへ視線を向け、微笑みを交わしてから、再びフレイルへと顔を向けた。
「俺にも、妻が2人いるって事で世間では色々言われているけれど、理屈でどうにかなる事だったらどうにかしたから」
 一方を切り捨てる事が出来たなら、悩みはしなかっただろう。世間一般で言われる正しさだけでは切り離せない思い。
「どうにか出来ないのが、恋愛だと思う」
 心の動きこそが恋愛であるからこそに、難しい。
「どうにか出来ない、思い……」
 恋に不慣れなフレイルには、その重さをすぐには理解出来ないようだ。けれど、ヴィナの言葉に何かを感じたのだろう。少女は自らの胸に手を置いて、考えるような表情をした。
 そこでふと、ヴィナはフレイルに微笑み掛ける。
「だからと言って、恋する事に対し身構えないで欲しいと思うよ。君がいい恋愛を出来るよう、手助けするから」
 ヴィナの話の終わりを待ってから、カシスは口を開いた。
「実体験に基づいて言えば、別れ前提の恋愛なんて苦しいし楽しい事は微塵もないよ。だが後悔はしていない……それぐらいに恋したよ」
「そして俺の場合は、幸せなことにその恋を捨てずにいられて、今がある」
 隣の夫が、ふと笑みを浮かべたのを感じたが、あえてそちらに顔を向ける事を意識的に避け(笑顔を見たら、ヴィナに照れ隠しで悪態を吐く可能性がきわめて高かった)、カシスは言葉を続ける。
「でも、焦るのだけはしないで欲しいな。するんなら、本気の恋をして欲しいからね」
 期限付きの恋など、辛い上に相手が見つかるかどうかも分からない。それは分の悪い賭けのようなものだ。
「最期に幸せだって言えるくらいじゃないと、駄目だよ」

 リア・レオニス(りあ・れおにす)は、寿命の差のある恋について、実体験を交え語る。
 彼はアイシャとの出会いと、彼女の立場をフレイルに伝え、その存在が世界にも等しいのだと、熱く語った。
「そんなにも思える方がいるのは、素敵ですね……」
 感想を求められ、フレイルは言う。
 彼女の恋はいまだ幼いあこがれの部分が強い。だからこそ、リアが語る想いの強さは、新鮮に感じたようだ。
「アイシャは吸血鬼、俺は地球人。この二つの種族は寿命が違う。彼女にとっては束の間の先に、俺の寿命は尽きる」
 君と同じだ、とリアは言った。
 先に逝くしかないのだと。
「……そう、ですね」
 残り時間は、1日を切った。フレイルの表情が陰る。
「だが、運命を受け入れてもなお望みを果たそうとする、君だからこそ分かって貰える筈だ。例え短い命でも、短い命だからこそ……」
 その分精一杯に、相手の為に生きるのだと、彼は言う。
「リア……」
 お茶のお代わりをフレイルに薦めながら、レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)はパートナーを慰めるよう、その肩に手を置く。
 レムテネルに応えるように頷きながら、リアは自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「先に死なれた相手は辛い想いもするけれど、それでも沢山の想い出を残してあげられる。相手の心に、想い出として残るんだ……」
「そうですね……片方に居なくなられてしまうのは、とても……辛いものです」
 リアの言葉に、頷く朱濱 ゆうこ(あけはま・ゆうこ)。彼女は、パラミタに来る少し前に、事故で想い人を亡くしてしまったという。
「本当に……本当に想っていた人を、事故で亡くしてしまって……。だから……フレイルさんがしたがっている恋の話として、頭の片隅にでいいので、留めておいて欲しい事があるのです」
 秀麗な眉をひそめ、ゆうこは語る。
「恋というものは自分だけでするものではなく、相手が居て初めて成るものなんです」
 詩穂の言葉が思い出された。
『恋は二人でするもんなんです』
 フレイルはぽつりと呟く。
「私……とても、ひどい事をお願いしてしまったのでしょうか」
「いいえ、いいえ、それは違います」
 ゆうこは静かに頭を振った。
「わたしはこの辛い思い出が無ければよかった、なんて思った事はありません」
 辛くとも、残された思い出は確かに大切で、忘れがたくて。それがなければ、今の彼女という形はないのだから。
「……心許ないですが、手製の縁結びの貝守りなんてものもありますので、要りようでしたら……」
 ゆうこはそう言って、フレイルにお守りを握らせた。
 素敵な恋が出来るようにと、見送りながら。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「馬鹿な……俺が恋愛不可能と知っての上か?」
「まあ〜、そんな事を言うだなんて〜。『数日後に突然死んでしまう病』 にかかった女の子なんですのよ〜? とても可哀想ですの〜」
 おっとりとした口調でコルデリア・フェスカ(こるでりあ・ふぇすか)はパートナーに作り話を聞かせる。病ではないが、確かに先の短い少女の願いであるから、そう間違ってはいないのがポイントである。
「……そんな事情か。仕方あるまい……先に言っておくが、期待するなよ?」
 難しい顔で、彼はそう言った。
 ……そんなこんなで、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)はフレイルの前に連れて来られた訳だが、元より女性に免疫のない
彼は、生来の性格もあって微妙な距離を保ったまま、秋めいてきた街路を共に歩くばかりだ。
「あの……」
「正直……こういったのは得意ではなくてな」
「それは……申し訳ありません」
 互いに交わす言葉も、なにやらぎこちない。
「もう〜、面白味がありませんわ〜!」
 コルデリアはその様子に、もっと積極的にしないとと、エヴァルトの後頭部を光条兵器の柄でどつく。
「……って、ぶつけなくてもいいだろう!」
「ふふ……仲が良いんですね」
 賑やかな二人の様子に、フレイルが笑みを見せた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


(三日しか持たない命なんだから、思い切り楽しんで欲しいよね)
「ねえフレイル、やっぱり花には詳しいの?」
「そう、ですね。花の名前は詳しくないですけれど……どれが蜜が美味しいのかなら、お教え出来るかも知れません」
「へえ、本当?」
 巳灰 四音(みかい・しおん)は、蝶なら花に詳しいだろうかと、花畑へフレイルを連れていく。
「やはり……花の香りは落ち着きますね」
 心地良さげに花の香りを吸って、あれは何の花だと、秋の花を次々に指さすフレイル。女の子だからか、蝶だからか、楽しそうに花を見る姿は、微笑ましくも思えて。
(彼女を捕まえようと思っている人がいるなら、思い切り邪魔してやるよ)
 いいや、それは嘘。
 容赦せず、倒してやるからと、四音はフレイルの言葉に笑みを返しながらも、そう思うのだった。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「やれやれ……何とも平和なものだな」
 周囲に睨みを利かせていた龍滅鬼 廉(りゅうめき・れん)が肩を竦める。
 明るい空に、花の香り。ゆったりと通り過ぎる雲の形も秋めいて。
 うららかな陽気に気が緩みそうになるが、そんな時こそ危険が待っているのだとより気を引き締める。
「今日で3日目、か」
 廉の瞳に僅かに陰がさす。残り時間は、もう半日を切っていた。
(このまま、静かに終わってくれればな……)
 フレイルが幸せであってくれれば。恋が出来ずとも、良い思い出を作って貰えればと、廉は身辺を警護するかたわら、気を配っていた。
「そうだねぇ、でも、平和なのはいい事だと思うよ」
 それは永井 託(ながい・たく)も同様に。二人の姿に気づいてか、フレイルがこちらへと小さく手を振る。
 それに手を振り返しながら、託は先日の事を思い返していた。
『その前に、どうしても言って置きたい事があるんだ』
 フレイルに出会ってすぐに、託は言った。
 ……恋をされる側になったら、相手に君を失う辛さを長い間持たせてしまうかも知れない。
『君の願いはそれだけわがままな事なんだって事。まあ、その上で、僕は君の願いを叶えてあげたいんだけれどね』
 厳しい内容ではあったが、恋愛は一方だけの思いに留まらないという事実を気づいて欲しかった。リアやゆうこの言うように、残す側も、残される側も、辛いのだ。
 恋に恋する少女には、辛い現実。
 それを知っても叶えたい願いならば、どうにかいい最後を迎えて欲しいと、そう思い陰から支えてきた。

 ……実は、デートに支障ない範囲で、この3日間、フレイルを見守り続けていた者達がいる。彼らもそうだ。
 たとえば、今、花畑で鬼ごっこを始めたキャロ・スウェット(きゃろ・すうぇっと)とフレイルの姿を、孫を見守る祖父のまなざしでロード・アステミック(ろーど・あすてみっく)がベンチに座り小鳥達と共に見守っているように。
「フレイルお姉ちゃん、一緒に遊ぼうなのー♪」
 ちょこまかと、フレイルの足下をハムスターのゆる族がついて回っている。
「あら、ふふ。キャロちゃん、何をするの?」
 小さな彼女に目線を合わせるように、フレイルはその場にしゃがんで、キャロへと訊ねる。
「のー、鬼ごっこなのー。最初はボクが鬼なのー」
 きゃっきゃとはしゃいだ声を上げ、キャロは背中を向けて。
「いーち、にーい、さーん」
「あら、どこへ隠れようかしら」
 くすくすと、楽しげに笑うフレイルに、ロードが翼の後ろを提供しましょうかと、白い羽根を広げた。
 おだやかな午後の日差し。まろぶ子供と、少女の笑い声。
 幸せな光景に、紳士は優しく目を細めた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 その時。
「ふっふっふ……」
 何やらおどろおどろしい、笑いが辺りに響き渡る。
 平和な花畑に、突如現れた黒い影。
 死霊術士、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が襲い掛かってきたのだ。
「ふふふ、そこの蝶のお嬢さんは研究の材料によさそうですね」
「……っ!」
 小さな悲鳴を上げ、フレイルが身を強ばらせる。
(……?)
 託は逸早くその存在を掴んで、フレイルを庇う位置に移動していたが、彼の行動に疑問を覚える。
(今のタイミングなら、もっと早くフレイルに到達出来ただろうに、何故介入の余地を与えたんだろう)
 その疑問には、明確な解答がある。
(申し訳ないですね、可愛いお嬢さんを怖がらせたくはないのですが……やはり、お姫様と騎士の仲を進展させる為には、悪役が必要でしょう?)
 だからあえて、エッツェルは自ら悪役を買って出たという訳だ。

 ただ問題としては、彼の雰囲気といい、その威圧といい、異様に様になるのが厄介だいや、この場合は効果として最適と考えるべきか。

 戦いの術すら持たぬフレイルは、場の雰囲気に飲まれて動く事すらままならない。
「フレイルっ」
 四音が果敢に前へと出る。廉は妖刀紅刀に手を掛け、キャロが慌てた様子でフレイルへと駆け寄った。
「おやおや、騎士のおでましですか?」
「騎士か、なかなか上手い事言うね。でもそんな風に余裕ぶってて平気なの?」
 答える代わりに、エッツェルは楽しげに

(さあ、騎士達よ……見事私を退け、姫のハートをつかんで見せなさい)

(はあ……エッツェルの馬鹿が、また禄でもない事を……)
 エッツェルの側に控える緋王 輝夜(ひおう・かぐや)の目配せに、美緒、イングリッドは軽く顎を引く。
 この襲撃は恋を盛り上げる為の仕込みであると輝夜から先に聞いていたので、二人の様子に混乱はない。
 だが、エッツェルの事である。やり過ぎる事はあっても手加減などせぬだろう。
 フレイルの為を思っての行動だから止めはしないが……注意はしておかねばならないだろうと、彼女は小さくため息を吐いた。
 輝夜の悩みは今日も尽きない。
 半ば同情のまなざしでフレイルを見遣り、輝夜はエッツェルがやり過ぎないようフラワシでフレイル側の援護をする事にした。