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■迷子

 迷子になった。
「だってなるじゃねーか。ならないわけがない。なるに決まっている。ならいでか」
 ヴァルベリト・オブシディアン(う゛ぁるべりと・おびしでぃあん)がブツブツと悪態をつく。もうどれだけ歩いたことか。歩いても歩いても同じような壁ばかり。前を見ても後ろを見てもまるで同じにしか見えず、ただでさえ鈍いヴァルベリトの方向感覚を奪う。来た道を戻っているはずなのに一向に光景が変わらないとくれば、悪態の一つや二つ、三つくらい出るものだ。
 まだまだ自然と出てくる悪態を思うまま口に出そうとすると、
「あの……どうしたの?」
 南天 葛(なんてん・かずら)のか細い声に、つい先ほどまではいなかったパートナーを意識して口をつぐんだ。
 泣き出す一歩手前な顔の葛を見たくなくて、ヴァルベリトは強引にその手を取った。
「んな顔すんな。お、オレがいるんだから、あんたはオレに任せてりゃいいんだよ、すぐ出れる」
 全く根拠もないのにでかい口を叩く。しかし、葛は冷たい指先が暖まる感覚に安心しきって、
「うん、ありがとう」
 実に無防備な笑顔だ。ヴァルベリトはさっと顔を背ける。葛は不思議がって顔を覗き込むが、ヴァルベリトの頬が赤いことには気付かない。
 一目惚れだった。
 お互い迷子でばったり、ヴァルベリトが一目惚れの勢いでほんの十分ほど前に契約、と語れば、吊り橋効果を感じなくもないが、ヴァルベリトはいいだろ別にっ、と全力でそっぽを向く。葛を守ろうという気持ちは紛うことなく本物だ。
 さしあたって、この迷子の状況を脱することはできそうにないのだけれど。

 四人もいれば役割分担は完璧だ。実に安心して黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)は進んでいる。
「ユリナが話し合いに立てばいきなり殴りかかるような奴はいないし、ミリーネが地図書いてくれりゃ迷うことないし、ルヴィの勘で危険は避けれる。いやあスムーズスムーズ」
「お役に立ててるようで嬉しいです」
 ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)が竜斗の傍らで微笑む。
「いえ、この程度、造作も無い」
 ミリーネ・セレスティア(みりーね・せれすてぃあ)は控えめに謙遜するが誇らしげだ。
「えへへ、ボクにおまかせだよ」
 リゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)が得意げに笑った。
「でも、少し調子に乗っちまったかな。ここらへんなんもないな」
 竜斗は辺りを見回した。部屋らしきものも階段も見えない。窓もなければ廊下は薄暗い。果たしてここは本当に下宿内なのかと疑うが、外に出た記憶がない以上間違いはないのだろう。
「戻った方がいいかもしれませんね……」
「そうだなぁ」
「でも、この先に人いるかも」
 リゼルヴィアが指を差す。
「人? さっきから住人は見ないけど」
「同じ参加者であろう。迷い人かもしない」
 ミリーネの言葉に竜斗は頷いた、
「そうだな、行ってみようぜ」
 リゼルヴィアが指差した先を行けば、そこには同じところを行ったりきたりしている葛とヴァルベリト。分かりやすい迷子だった。
「おーい、大丈夫か」
 竜斗の呼びかけに葛が反応した。驚いたのか顔を強張らせている。遠目からでもヴァルベリトと繋ぐ手に力が入ったのが分かる。そうなればユリナの出番だ。竜斗の視線を受けて、ユリナが前に出た。
「迷子ですか? もう大丈夫ですよ」
 ユリナが穏やかに手を出せば葛も徐々に顔を緩め、
「……帰れる?」
「ええ、安心してください」
「わぁい!」
 葛は満面の笑みでユリナに飛びついた。それを見て竜斗は、人助けはいいもんだ、と口元を緩めるが、
「…………」
「な、なんだ、どうした?」
 複雑そうな顔で睨むヴァルベリトの心境は、この場にいる誰にも理解できなかった。