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海水浴したいの

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第一章 海水浴に来たけれど
「やっしーが海へ遊びに行こうって誘ってくれて、一緒に遊びに来たんだけれども……何だか凄く海が荒れてるなぁ」
「やっと恋人になれたオリバーとデートに来たっちゅうのに、この嵐はなんや!」
 困惑気味な五月葉 終夏(さつきば・おりが)と憤る日下部 社(くさかべ・やしろ)と。
 初々しいカップルが初デートにチョイスしたのは海!
 夏の海辺で嬉し恥ずかしデートにシャレこもうとしていた二人の眼前に広がるのは、勿論海である。
 但し、空は曇天、吹き付けてくる風も強くて「「あれ〜?」」な感じである。
 家を出てくる時はそんな気配はなかったし、天気予報でだって言ってなかったのに。
「花音の失恋の傷を癒そうと…海に誘って来たのはいいけど、なんで…こんなに海が荒れているのよ!…困ったわ」
 それは、赤城 花音(あかぎ・かのん)を誘ってやってきたウィンダム・プロミスリング(うぃんだむ・ぷろみすりんぐ)も同じだった。
「うん、天気は残念でも…ウィン姉の気持ちは嬉しいよ」
 花音の気持ちは嬉しい、けれど。
 やはりこれは予想外の事態、なのだ。
 証拠に、周囲にも茫然としていたり怒りをぶつけていたりする者達が見受けられるのだから。
「夏と言えば海だから来たわよ、荒れた海に一人で。…誰も寂しいなんて言ってないじゃない!」
 荒海に叫ぶ白露 ネユン(はくろ・ねゆん)もその一人。
 強気な口調とは裏腹に、若干泣きが入っている。
「夏なの! 海なの! 遊ぶの!…でも、その前に嵐を何とかしないと、なの」
「さて、ここが件の嵐になっちゃう海なのね…」
 花音やネユン達とは対照的に、及川 翠(おいかわ・みどり)ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は噂を聞いてやってきた。
 なので動揺はなかったが、さてどうするか、と考えたのは同じだった。
「とっとと何とかして、遊ぶことにでも…あら? あの子…去年紅葉刈りしてた子かしら…?」
 と、以前見かけたエンジュに気付いたミリア。
 向き合う市倉奈夏は見覚えのないものの、雰囲気がどうもおかしい。
「いってみるの」
 翠とミリアに続き、花音達もまた気付き、歩を進めるのであった。

「奈夏ちゃんとエンジュちゃん、久しぶりだね!」
「奈夏ちゃん、エンジュちゃん、私はウィンダムよ。ウィン姉って呼んで、よろしくね♪」
 見知った顔という事で笑顔を向けたのは花音で、ウィンダムは初めましてと笑んだ。
 だが、奈夏とエンジュの間に漂う物騒な空気に、花音はきょとりと小首を傾げ、ウィンダムは微かに眉根を寄せた。
「って、奈夏ちゃんの様子が変だけど…何があったの?」
「何か事情がありそうね」
「……実は」
「えっ、この奈夏さんって人、とり憑かれちゃったの!?」
「海と言えば幽霊が付きものだしね」
 説明を聞いて驚きの声を上げた翠の口をミリアは慌てて塞ぎ、ついでにしみじみと呟いたネユンにも口を噤むよう合図した。
 エンジュの気配が、物騒なものになったのを感じたから。
「奈夏さんの中に男の人が入ってるの? おもしろーい♪」
 そんな雰囲気に気付かなくてかわざとなのか、滝宮 沙織(たきのみや・さおり)は無邪気な笑顔を浮かべ。
「じゃあ、こんなことしたら、悦ぶのかな♪」
『おおっ!?』
 チラッとスカートを捲り上げてみせた沙織に、『奈夏』は目を輝かせ。
「残念、中は水着だよー♪ 今日の水着は水色の水玉のビキニだよ♪」
 チッとガッカリした顔で舌打ちした。
「エンジュちゃん、多分、幽霊さんも奈夏ちゃんの体を失うと困るんだ。直ぐに危害が及ぶ訳じゃないと思うから、キチンと事情は聞いてあげるのはどうかな?」
 そんな『奈夏』をギリギリギリ、視線で人が殺せるのではないか、という目で見つめるエンジュを花音が慌てて宥める。
 花音にエンジュは不承不承小さく頷いた……やっぱりものすごくイヤそうだったけれど。

「つまり幽霊さんは、彼女さんと待ち合わせに間に合わなくて亡くなって……って!、それ一大事やないか、やっしー!」
 状況を理解し自分を振り仰いだ終夏、社は宥めるようにその髪を撫でた。
「あの、幽霊さん……僕の身体に移る事は出来ませんか?」
 問いかけたのは、花音のもう一人のパートナーリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)だった。
「やはり、女の子の身体に…男性の霊が取り付くのも…色々と不具合があると思いますので…」
 苦笑まじりに告げたリュートは、こちらに縋るような眼差しを向けてきたエンジュに一つ頷いてやった。
 性格的には波長が合うのでは、と思いついての事だが、悪い考えではないだろう。
「何より…僕は平泳ぎが得意ですし、体は鍛えていますよ? もう一度…溺れて…祠へ辿り着けない…それでは、巫女さんに申し訳ありませんよね」
『確かにそうだよな、よしっ!』
 大きく頷いた『奈夏』は目を閉じ………………暫くして、首を横に振った。
『悪い、無理みたいだ。この身体から移れないっぽい』
「ッ!?」
「はいはい、落ち着きなさいって」
「貴方も不用意な発言は慎むべきね」
 ガッと顔色を変えたエンジュを抑えたのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だった。
 いつものレオタードでなく、海用に新作の水着を見に付けた二人は水着デートに来たわけだが、やはり放っておけず手を貸す事にしたのだ。
『あの、ごめん。彼女に会えたら離れられると思うから……うん、多分』
 取り繕うような笑みと軽い口調に、セレアナは軽く目を眇めた。
 生真面目な性質のセレアナとしては、幽霊の態度は先ほどから余りに軽く、少々カチンとした。
 勿論、だからと言って幽霊を放置するつもりはないのだけれど。
「……あなたが本当に、彼女のことを助けたいと思うのなら、あの祠で待ち続けてきた彼女の悲しみと嘆きと……そしてそれでもあなたのことを忘れなかった、その悲しいまでの一途な想いの……その重さを受け止めなさい」
 それでもつい口をついてしまったのは、この幽霊を待ってる……待ち続けている女性がいるから。
「でないと、いくら言葉で愛してる、などと叫んでも、言葉だけでは決して彼女の苦しみや悲しみを消し去ることなんてできやしないわよ」
「まぁ助けてくれって言われたら助けないわけにはいかないから仕方なく助けてあげても良いけど、女子としてあんまり…信用出来ないわね」
 先ほどまでの言動の数々などから、やはりイマイチ信用出来ないと思うのはもネユンだった。
 それでも、セレアナの忠告を『奈夏』が真剣な顔で聞いていたから。
「ま、言ってる事は良い人すぎるくらいでし、その気持ちが本気なら、このネユン様が全力でサポートしてあげるわ、一人ぼっちは辛いものね!」
『……ぁ』
 言って、バシッと背中を叩いた途端、『奈夏』がビックリしたような顔を浮かべた。
「……ん?」
「……そっか、大丈夫よ。あなたは行ける、行くんでしょ?」
 どうしたの?、とキョトンとするネユンの横、セレンフィリティは力づけるように告げた。
 『奈夏』はずっと動かなかった。
 身体を得てそれでも、不安だったのだろう。
 自分が本当に此処から動けるのか、信じ切れていなかったのだろう。
 巫女と同じく、彼もまたずっと独りだったのだから。
「そう考えると軽い言動は不安を紛らわせる為、だったのかしら」
「性格かもしれないけどね……どちらにしろ、やる事は決まってるわ」
 気真面目な恋人に笑ってから言ったセレンフィリティに、終夏は頷いた。
「とにかく、彼女さんと幽霊さんは祠で待ち合わせをしていたと言うから、とりあえずそこへ連れて行こう」
 その上で但し、と付け足した。
「幽霊さんも生身の女の子に取り憑いているから気をつけないと」
「そうね。女の子の身体に…何か意地悪するような事があれば…。成仏する時…光条兵器で強制的に送ってあげるから! 覚悟しなさい!」
 それはウィンダムもまた同じ。
「っちゅうわけで……アンタには巫女さんの幽霊にしっかり告白してもらうで!」
 社は『奈夏』に言い放ってから、そっと付け足した。
「俺らのデートの為にも幽霊達にはしっかり成仏してもらわんとな!」
「そうよね、せっかく真人さそって海に来たのにこれは無いわよね!」
 呟きに力強く同意したのは、御凪 真人(みなぎ・まこと)を誘いやってきたセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)だった。
「奈夏達の話を聞いて何か思いついたのなら真人、解決する妙案をひねり出しなさいよ。これじゃ、海に来たのに遊べないじゃない」
「そんなに遊びたいなら、今のまだ大丈夫な内に遊んでいても良いですよ?」
「え? いやそんな、真人と一緒にじゃなくちゃ、っとかじゃなくて…そう! 皆が困ってるんだし、先に人助けよ、人助け」
 セルファを気遣っての真人のセリフは、困った表情の後で勢いよく否定された。
「まあ、セルファの機嫌が悪いと後が怖いので解決に乗り出しますか。俺としては涼しい所でのんびりしておく方が好きなんですけどね」
 微かに頬を紅潮させたセルファに首を傾げつつ、真人は「やれやれ」と本腰を入れる事にした。
「さっさと島の位置割り出してよ。荒れた海で当ても無く彷徨うのは自殺行為なんだし、ここで正確な情報を手に入れれば、たどり着ける可能性が上がるわよね」
「分かってます」
 真人は言って、手に入れておいた古い地図を手に、幽霊に幾つか質問していく。
「う〜ん。オカルトっぽいから古い地図とかだけじゃなくて島影を見た噂も調べたらどう? それを見た場所から見えた方向を地図上書く。これを複数箇所調べれれば、島の位置が判るんじゃない?」
 懸命なセルファの助言も合わせて、素早く島の……祠の位置を特定していく。
「でもさ、この幽霊さんを巫女さんに会わせたら、本当に嵐が消えるのかな?」
「まぁ上手い事行けば、この嵐も去るんじゃないですか?」
 伝承とずっと続く今日この日の悪天候。
「良かった。うん、場所が判ったなら行きましょ」
「よぉし、じゃあしゅっぱ〜つ!」
「行きましょう、雷が鳴る前に!!!」
 ホッと息を吐いたセルファに、沙織が元気よく、雷が怖いネユンが怖々と声を上げ、一同は移動を開始した。
「島に連れて行って、はい終わりと言う訳には行きそうに無いですね。伝承と言うか噂話と符合する部分も多いですからね。女性の恨みって多分怖いですよ」
 真人の呟きを、一際強く吹いた風が浚って行った。