校長室
守り人なき、いにしへの祠
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「黒い髪におかっぱ頭で着物を着た少女ねっ。手に鏡を持っていたというと、それが御神体なんでしょうか?」 「そうですわね。それと、あの子他人を見慣れていないみたいだったので……」 「怖がらせないように、だね。任せてよ」 杜守 柚(ともり・ゆず)と杜守 三月(ともり・みつき)はアルセーネに地祇の外見を確認していた。 祠があった所では集まった材料を組み立てる音がトン、テン、カンと響いている。建築作業は順調に進んでいるようであった。 「ここに来る途中に人影が飛び出る『トラッパー』を設置しておいたから、あまり遠くには行っていないはずだよ」 「そうだね。あとは『ホークアイ』とあわせて探索かしらっ」 柚と三月は互いに御神体探索の方針を固めていった。 と。 「みんな、おまたせ!ご飯できたわよ。これでまた作業がんばってね!」 雅羅は作業をする全員に聞こえるように言うと、料理を簡易テーブルに並べていった。 作業場からは一斉に「わーい!」と歓声が上がった。 「アルセーネも一緒に食べよ。自分で作っててアレだけど、私もお腹空いちゃったわ」 「あら、もうそんな時間なのですね。お2人も食べていきませんか?」 「アルセーネさんのお誘いは嬉しいですけど、雅羅ちゃんのごはんは戻ってから頂こうかなっ。大事なものは後に残したいしね」 柚は元気に三月の顔を見た。 彼も柚の言葉を受け、頷く。 「御神体と地祇は僕達が見つけ出します。それまで料理は取って置いてくださいね」 「わかったわ。でも、無理はしないでよ」 「わかってます。戻ってくるときは地祇も一緒ですですから、もう一人分多くとっておいてくださいね」 「じゃ、行ってきますねっ」 「お気をつけて」 柚と三月は雅羅とアルセーネに見送られ、山の奥へと分け入ったのだった。 地祇の少女は、警戒しながら山肌を歩いていた。 長年人足の絶えたこの山に人が現れたというだけでも、彼女にとっては一大事である。 人との接触がなかったのですっかり人見知りになっていた少女は、声を掛けようにも人に会うのが久しぶりすぎてなんて声を掛けていいかわからない。 人々が自分を祀っていた昔はそれなりに交流はできていたが今ではそんなもの、とうに忘れてしまっていた。 しかも自分が棲家としており、かつたくさんの思い出が詰まった祠では、なぜか人がたくさん集まって近寄れなくなっている。 どうしたものかとウロウロしていると、遠くから歌が聞こえてきた。 聞いていると心から幸せになれるような歌に、さきほどフルートを演奏していた女性の面影が浮かんだ。 さっきは不意に知らない人が現れてとっさに逃げてしまった。それを反省しながら歌の聞こえる方向に進む。 歌の出所にたどり着くと、そこにいたのは先程の女性ではない。綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)とアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)であった。 『幸せの歌』を歌うさゆみをこっそり見ていると不意に、 「こんにちは☆」 と『隠形の術』でこっそりと近づいた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)に声を掛けられた。 地祇はビクッ、と反射的に逃げようとするが、 「わわ、待って待って!」 と詩穂に抱きかかえられた。 「逃げなくていいんだよ。詩穂はね、騎沙良詩穂っていうの。ねぇ、よかったらお友達になろう☆」 やんわりと胸元に引き寄せられそう言われた地祇は抵抗するのをやめ「……?」と首を傾げる。 「……お友達?」 「ええ。お友達ですわ」 地祇の言葉に、2人のやりとりを見てそばまで来ていたアデリーヌはやさしく少女の頭を撫でた。 「みんながみんな、悪い気持ちを持ってあなたを追いかけているわけではないのです。むしろみんな、あなたを心配しているのですわ。だから、逃げることはないのですよ」 「うん。ずっと一人だったの?それとも昔、なにかひどい目に遭ったの?」 心配そうに見つめるさゆみの言葉を聞いて、地祇は首を横に振った。 誰かに何かされたわけではない。ただ単に、急に現れた人達にどう対処すればいいのかわからないで、逃げ回っていただけである。 それを言葉にしようとするも「あぅあぅ」としか言葉がでない地祇を、さゆみはやさしく撫でた。 「大丈夫。言いたいことはゆっくり言えば良いの。あせらないで。ね?」 「今ね、みんなで祠を綺麗に建て替えているところなの。もうすぐ出来上がると思うから、よかったら見に行こうよ☆」 「……祠……みんなで?」 その言葉に反応するように、少女は詩穂の顔を抱かれたままで見つめた。 「うん。お友達が沢山できるよ☆」 「……おともだち」 「そう。お友達」 少女は3人の顔をそれぞれ見つめると、静かに頷くのだった。 地祇の少女は詩穂とさゆみとアデリーヌは共に並んで歩き、祠のある場所まで戻ってきた。 最初は多くの人間に「わ、わわ……」と戸惑っていたものの、すぐに目の前に建っているものを見て、驚きの声をあげた。 「祠……新しくなってる!」 今にも崩れ落ちそうな祠の姿はどこにもない。造りや特徴をそのまま残した、ピカピカの新しい祠がそこには建てられていた。 丁度祠が出来上がったところに地祇が着たので、一同は大いに盛り上がりをみせた。 「む。キミが例の地祇でありますか。よろしくであります」 と葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は地祇に手を差し出した。 「……えっと……その……」 握手というものがよくわからずに戸惑っていものの、周りにいた人からやり方を教わってそっと手を握った。 久しぶりに触ったその手は大きく、暖かい。まるで手から熱が伝わって心まで暖かくなるような気分を少女は感じていた。 「ところで、お近づきの印として……」 と吹雪は傍に置いていた置物を手に取った。 それは人物を模り、掌を合わせたポーズをとっている。 「余った木材で仏像を彫ったのでありますが、よければいかがであります?」 「……ぶつ……ぞう?」 「はい」 と吹雪は自作の仏像を地祇に手渡した。 周囲からは「宗教が違うんじゃ?」という声があがった。 しかし地祇の少女にとっては他人から何かを貰うという事自体、長年経験していなかった。 少女は吹雪に向かって嬉しそうに笑うと、 「あ……ありが……と」 と言葉を途切れさせながら仏像をぎゅ、と抱きしめるのであった。 「あ、あの……」 とリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が少女に声が掛けられる。 「えっと、ですね。昔は……お参りしてくれる人……がいた……んですよね?それで……」 「あー、まどろっこしいな」 「ひゃう!?」 どもりながら喋るリースを抑え、桐条 隆元(きりじょう・たかもと)は少女の前にでた。後ろには野良英霊の赤川元保と国司元相を控えさえていた。 「地祇の少女よ。そこの道も見てみろ」 「……?」 少女は言われたとおりに、指示された道に目をやった。 「……!きれいになってる……!」 少女が知っていたその道はかつて、祠を祀る集落があった場所に続く参道があった。 しかし長い年月と共に村はなくなり、落石や木で塞がれてそのままの状態になっていたのだ。 それが今や邪魔をするものは退かされ、土も踏み固められて整備されているのであった。 「さ、さすがに1日では……完璧な整備は無理でしたけど……人や物資が通れるくらいなら……」 リース達の姿をよく見ると、所々が土で汚れている。それだけ彼らが頑張って道を整備してくれた証拠であった。 「別に参道などどうでもいいのであるが……赤川と元相が暇そうにしてたのでな。ついでに資材を運搬する役に立って丁度よい。……別に、おぬしの為ではないのだぞ」 と地祇の少女に対し、桐条は言うのであった。 地祇の少女は一同が見守る中、御神体である鏡を新しい祠の中へと丁寧に納めた。 東の空ではちらほらと星が見え始め、辺りは暗くなりつつあった。 「そうだわ!お祭りやりましょう、お祭り!」 と雅羅は急にみんなに言い出した。 雅羅は地祇と長い年月を過ごしてきた祠を壊して、新しい祠を造らざるをえないということをずっと気にしていた。 そこで、せめて新しい祠が古い祠と同じような思い出を残せるように「お祭り」をやろうというのである。 さっそく一同は草を刈り終えた祭祀スペースに焚火を熾し、輪になって座ると歌を歌った。一同の中心ではアルセーネが舞を演じている。 祠の目の前に地祇の少女は座り、今回の修理に来てくれたみんなと一緒になって歌う。 その顔は過去祠を祀る人々と共に歌ったあの夜と同じ、満面の笑みであった。 「古い思い出も……新しい思い出も……どちらも……大切……みんな……ありがとう……!」 祭りが終わり、地祇の少女は雅羅とアルセーネを始めとした新しい「お友達」へお礼を述べる。 そして一同は地祇との再会を誓い、山を降りるのであった。
▼担当マスター
ユウガタノクマ
▼マスターコメント
ユウガタノクマです。クマーです。 今回はご参加いただき、まことにありがとうございました。今回が蒼空のフロンティアにおける処女作となります。 まだまだわからないことも多い未熟者ですが、精進してまた皆様に参加していただけるような魅力的なシナリオを執筆していきたいと思います。 またのご参加をお待ちしております。