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ハロウィン・ホリデー

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ハロウィン・ホリデー

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 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は妻であるミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)と共に、個室で衣装に着替えていた。
 涼介が用意してきたのは付け耳と尻尾、それから赤いベストで狼さん。着替えと言っても、パチンパチンと付け耳を髪の間に付け、尻尾をベルトに挟み込み、ベストを羽織るだけ。短時間で手早く着替えを終えた涼介は、振り向いてミリアの様子を伺う。
「どうですか?」
「あっ、はい、あの……もうすぐ、なんですけど……」
 涼介に声を掛けられたミリアは、ちょっと恥ずかしそうに、焦ったような声で答えた。その様子に疑問を持った涼介だったが、どうやら背中のファスナーが上げられないらしい。一生懸命背中に手を回して、よいしょ、よいしょと飛び跳ねている。
 そんな様子が可愛らしいなぁ、とほほえましい気持ちになりながら、涼介はミリアの背中に回った。
「ほら、貸して下さい」
「あ……ありがとうございます」
 涼介の意図を察したミリアは、背中に回していた手を引っ込めて、うつむき加減に背中を涼介に預ける。涼介は一歩ミリアへと近寄ると、背中のファスナーを持ち上げてやった。
 するとその拍子に、ふわりと柔らかな香りが涼介の鼻をくすぐった。
 バニラの香りだ。
 それが何だかとても心地よくて、愛おしい気持ちが涼介の胸に溢れてくる。
 思わず、そのまま後ろからミリアを抱きしめた。
 きゃ、と小さな悲鳴が聞こえてくるけれど、すぐにミリアの体から力が抜けて、涼介の方へと寄りかかってくる。その髪に頬を擦りつけるようにして、距離を縮めた。
「これからも、君のことを大事にするからね」
 不意に唇からこぼれ落ちた言葉。それは紛れもない涼介の本音で、心からの言葉だ。
「どうしたんですか、急に」
 突然の言葉にミリアはふふ、と穏やかに笑って、自らを抱きしめている腕にそっと手を添えた。ぴたりと寄り添っている、それだけで心が温かく、満たされていく。
「このままもう少し、こうして居ましょうか」
 涼介が悪戯っぽく言うけれど、更衣室が混み合っていると言うことは二人とも解って居る。
 少しだけですよ、と少し窘める色を含んだミリアの言葉に、解ってる、と答えて、涼介はそのまま暫く大切な人の温かさに身を委ねていた。

●○●○●

「あれっ、羽純くんも一緒なの……?」
 更衣室の扉を開けた遠野 歌菜(とおの・かな)は、その後ろからパートナーの月崎 羽純(つきざき・はすみ)が入ってきたことに気付いて振り向いた。
「鍵、一つしか渡してくれなかったぞ」
 羽純は至極当たり前のような顔をして、歌菜の手元の鍵を指差して見せる。それから、ひらひらと両手を振って、鍵がそれきりしかない事を示して見せた。
「え、えええっ!?」
 同じ部屋で着替えるの、と歌菜の顔がぽんっと赤く染まる。
 それを見て居た羽純の頬は、見た目には解らない程度、僅かに緩んだ。
「夫婦だろ?」
「え……う、うん、それはそうだけど」
 何今更恥ずかしがってるんだ、と言わんばかりの羽純の言葉に、歌菜は一層顔を赤くして頷いた。
 二人の指にはお揃いの結婚指輪が光っている。同じ空間で着替えをするくらいで、恥ずかしがる必要はない。それは歌菜も充分解って居るのだけれど。
 それでもやっぱり着替えシーンを直視するのは心臓に悪くて、歌菜はくるりと壁の方を向いてもじもじと着替え始めた。
 用意してきたのは魔女の衣装。羽純には吸血鬼の衣装を渡してある。
 できるだけ恥ずかしい姿は見られたくない。ワンピースを着てしまってから、その下で私服を脱いで、と頭の中で着替えの手順を考えていると。
「歌菜、着替え手伝ってやる」
 いつの間にかすっかり着替えを済ませた羽純が、歌菜の背後に立って後ろから腕を回してきた。
「わっ、ちょっと、何するの羽純くん!」
「だって、そんなペースだとパーティーに遅れるぞ?」
 おろおろとしている歌菜を尻目に、羽純はくるりと腕の中で歌菜の体を反転させると、するすると器用にブラウスのボタンを外して、ばさりと脱がしてしまう。下着が露わになって、歌菜は目を白黒させた。
「ちょ、ちょっと羽純くん!」
「……顔、真っ赤だぞ?」
「だ、だ、だ、だって」
 すっかりパニック状態の歌菜を見て、少しからかいすぎたかな、と羽純はちょっぴり反省する。
 それから、落ち着かせるように軽く髪や額に唇で触れた。
「ちょっと気が変わった。パーティーに出る前に、ここで休憩していこうか」
 最後にちゅ、と音を立てて唇に触れながら、羽純が囁く。言わんとして居る事を理解するのに一拍掛かってから、歌菜は思わず口を噤んで、俯いた。
 そして、そのままぎゅ、と、羽純の胸に顔を埋めた。

●○●○●

「で、衣装はどれにするんだ?」
 更衣室を借りたはいいものの、持ってきた数着の衣装を広げて唸っているばかりの師王 アスカ(しおう・あすか)に、パートナーにして恋人である蒼灯 鴉(そうひ・からす)は呆れたように声を掛けた。
「うーん……どれにしようかなぁ」
 しかしアスカはベッドの上に広げた衣装を見詰めていつまでも悩んでいる。鴉の方は海賊の船長風の衣装一着しか持ってこなかったので、もうとっくに着替え終わっている。
「なら、ゲームでもするか」
「ゲーム?」
「ずばり、『俺好みの衣装を当てゲーム』。チャンスは三回まで。三回で当てられればアスカの勝ち、当てられなかったら俺の勝ち。負けたら今日一日、勝った方の言うことを聞くこと」
「よし、乗ったぁ!」
 鴉の提案に、アスカは目をきらりと光らせた。鴉の好みなんて一発で当てちゃうんだから、と息巻いて、ベッドの上に広げた衣装に早速手を伸ばす。
 先ほどまで悩んでいた姿はどこへやら、あっという間に一着目の衣装に着替えてしまった。
「じゃーん、皆を魅了する小悪魔衣装!」
 まず選んだのは、手作りのちょっぴりセクシー路線の小悪魔風衣装。アスカ自身で作った衣装の中でも、特に気合いが入った一着だ。
 しかし。
「却下。まるで子どもだな」
 鴉は鼻で笑う。
 アスカはぐぅ、と声も出ない。口をへの字に曲げて、次の衣装を手に取った。
「これならどう? 正統派魔女っ子!」
 次に選んだのはウエストを絞った黒いワンピースにとんがり帽子の魔女衣装。アスカの黒い髪に良く似合っている。
 が、それでも鴉はふん、と鼻で笑う。
「一昨日来やがれ」
 そうは言いながらも、鴉はころころ変わるアスカの姿を結構楽しんでいた。けれど、鴉の心を射貫くまでには至らない。
 アスカはいよいよふてくされながら、慎重に最後の一着を選び出す。
「これでどう、にゃん?」
 今度アスカが選んだのは、ふさふさの耳が付いた黒猫風の衣装だ。思わず鴉は言葉を失う。
「……あれ? もしかして鴉、照れてる?」
「……や、その……正解。似合ってる、それ」
 ほんのり頬が赤い鴉の顔を覗き込んで、アスカはにやにやと嬉しそうに笑う。
「鴉って猫耳萌えだったんだー。うふふ、知らない一面ゲットにゃん」
「う、うるさい……ほら、行くぞ……」
 思わず言葉少なになる鴉の腕に、アスカは大胆に腕を絡めた。そして二人はそのまま寄り添って、更衣室を後にした。