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【イルミンスール魔法学校・2】


 盛り上がった歌菜達と名残惜しく別れ、先を進む中、
「ねぇ、クロフォード」
 シェリーは足を止めて後方を付いて来る破名に振り返った。
「なんだ?」
「何か聞こえない?」
「何って……音がか?」
 すい、とシェリーは人指し指で方向を示した。
「『ヒャッハー!』って」
「まて、お前は何を言っている?」
 シェリーが示しているのはこれから向かう先である。破名には声など聞こえていない。突然何を言い出すのかと問おうとした悪魔の声は、
「おう、来たか。ようこそ! イルミンスール魔法学校へ!」
 と、騒々しいマイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)の登場によって打ち消された。
 彼のテンションの高さに面食らった為、一行が逆に静寂に包まれたのを確認し、マイトは、うむ、と一度頷いた。
 息を吸い込んで、第一声ははっきりと。
「押忍! 俺はマイト! ヒャッハー!
 一発で覚えてくれと気合も十分な自己紹介にシェリーは、どう反応していいかわからず、うん、と素直にマイトへと返した。
 反応が返ってきたことに、これまた満足だと頷いたマイトは、びしりと身振り一つで見学者達一行の注目を一点に集めた。
「さぁ俺と一緒にヒャッハーだ! ここでの挨拶はヒャッハーだ!
「ひゃ?」
 恥ずかしがらずに復唱しろと言わんばかりの掛け声に、思わずつられたという風にシェリーは気抜けた声を漏らす。
「もっとはっきりとだ! こうだ、ヒャッハー!
 自信の無いヒャッハーは間抜けすぎると、空かさず注意が飛んだ。
ヒャッハー!
 ナオが顔を真っ赤にする程息を吸い込んで頑張ったそれに、マイトはうんうんと頷いている。
「いいぞう! さあ、そこの名作童話劇場の主人公みたいな女の子も!」
 マイトに振られて、シェリーは「わ、私?」と皆へ聞き直し、頷かれて怖ず怖ずと口を開いた。
「……ヒャッハー?」
「もっとだ! ヒャッハー!
 声を張り上げろ!
ヒャッハー!
 両腕を振り上げて、精一杯の掛け声に思わず目を瞑る。
「うむ! 良いヒャッハーだ!」
 合格点を貰ってシェリーは、ほう、と全身の力を抜いた。
 一連のやり取りの間、破名は困惑しきりで、かつみはナオが大声を上げた事に驚き、ミリツァはちょっと泣きそうで、アレクは相変わらず無表情だった。

 一にヒャッハー!
 二にヒャッハー!
 三四もヒャッハー!
 五も六も全部ヒャッハー!
 兎に角なんか知らんが全部が全部ヒャッハー!なのだろうテンションでマイトが先導に前を歩く。ヒャッハーって何なんですかと聞くタイミングは完全に逃した。
「見て分かると思うが校舎は全部樹でできている。常に成長しているから形が常に変わる。
 男子三日会わざるば刮目して見よと言うが、ここでの場合は三日来ざるば道に迷う、だな」
 そんな前振りなんてされたら今後の展開は、最早、お約束だろう。
 暫くして、マイトは笑顔で振り返りこう言ったのだ。
「と言うか、俺、どこにいるんだ?」



「おおあった。あった」
 『地下訓練場』の扉の向こうでは訓練着のスポーツウェアに身を包んだ生徒達が、己の魔術や武芸を磨こうと訓練の真っ最中だった。
 迫力に気圧され入り口で立ち止まるシェリーらを見つけて、一人の生徒がベンチから立ち上がる。
「――遅かったな」
 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は予め案内のコースを聞いて、此処で待っていてくれたらしい。
「この人がヒャッハーヒャッハー騒いでいるうちに迷子になってしまったのよ」
 迷子と言ってもイルミンスール魔法学校に在籍していたアレクと『反響』を持つミリツァが居た為、此処迄来るのは難しい事ではなかったが、かなりの回り道になってしまったようだ。ミリツァが呆れ顔で言うのに、涼介はマイトの脇を肘で突っついている。
「それは災難だったな」
「いや面目ない!」
 余りにスッキリした謝罪にシェリーがクスクスと笑いを漏らしている。見学者の空気がマイトのお陰で和んでいると判った涼介は、早速施設の案内を始めた。
「『地下訓練場』――ここは特殊防壁が施されているんだ。
 高い威力の魔法を使っても外に被害が及ばないから、実践訓練の場として利用され、毎日たくさんの生徒が授業に自習に、利用している施設だな。
 魔法使いだけではなく体術の訓練と称して武術部などの部活で使っている生徒もいる」
 涼介がこちらを向いたのに、マイトがニッと笑ってそれに続いた。
「武術部ってのは俺が部長していた『イルミンスール武術部』の事だ。
 拳術ってのは、肉体言語を使う無属性魔法でな魔法に対抗する為にできた武術なんだ。
 創始者は俺だ。主にイルミンの武闘派のたまり場だ」
 『溜まり場』という表現は学校案内として不適切とも言えたが、実にその通りである為、涼介は言葉をこう付け足す事で、表現を柔らかくする。
「イルミンスールが魔法だけではないという証左と言えるかもしれないね」



 イルミンスール魔法学校の見学で、一行が最後に訪れたのはカフェテリア『宿り樹に果実』だった。
 円を描くような作りの店内の中心の調理場で、此処へ誘ってくれた涼介が腕を振るっている。客はイルミンスールの生徒はもちろん、精霊や魔族といった他種族も席を共にし、談笑に花を咲かせていた。
「――ミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)って覚えてるか?」
 アレクが言うのに、破名は逡巡の後「ああ」と声を漏らす。
「果物狩りの時の……、確かその農園で手伝いをしていると聞いていたが?」
「普段彼女は此処で働いてる、あの彼は――」
 指も視線も動きはしないが、アレクが示しているのは涼介の事らしい。
「彼女のご主人だよ。彼女妊娠中だったろ。
 今は臨月くらいだって聞いたかな……。その穴を『ご主人とパートナーの皆さんで埋めてるんですよー。素敵ですよねー』」
 無表情の低い声のまま愛らしい魔法少女を真似るアレクに、破名は事情を飲み込んで立ち上がった。
「少し話をしてくる。任せていいか?」
 事情を知らなかった。先ほど案内してくれた涼介がミリアの旦那なのであれば、前に世話になった事も含め改めて挨拶してこなければならない。
 落ち着き無く動きだした破名の背中を横目に、シェリーは身体だけアレクへ向き直った。
「アレクさんはここの学校の通っていたのよね? とても良さそうに見えるのだけど、どうしてやめてしまったの?」
「ジゼルが蒼空学園だったから」
「ジゼルさんが?」
 いつも会うのは休日で、制服を着ている姿を見たことのないシェリーは、彼女が通う学校も知らないのだ。
「蒼空学園の生徒だったら敷地に自由に出入りできる。可愛い妹に悪い虫がつかないよう牽制も出来る。生徒証って超便利」
「え、そう、なの?」
 悪い虫って何かしらと疑問は浮かぶものの、それを問いかけることをにシェリーな何故か気後れを感じるし、生徒証とは何なのか、そもそも学校の敷地内に入るのに許可がいることすらこの時点まで少女は知らなかった。
「本当はもう学校は必要無いんだよ。仕事してるし、別の勉強も忙しい。
 イルミンスールに入学したのも任務の一環ではあったけど、学生らしい事をやっていたと言う意味でなら、此処が俺の一番最後の学校かもしれないな」
 母校を懐かしんでいるのか遠い目をしているアレクに、シェリーらは転校や、学生生活最後のイベントである卒業というものを初めて意識した。
 ――一体どんな気持ちになるものだろうか。
 シェリーがその質問を口にしかけると、アレクはテーブルにマグカップを戻して続きを吐き出した。
「ぼっちだったけど」