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第1章 エリュシオンの使者ティセラ
シャンバラで最も風光明媚な土地として知られている、湖上の街ヴァイシャリーで、ヴァイシャリー家主催の舞踏会が開かれている。
それは幾多の激しい戦いを切り抜けた契約者達の慰労と激励を兼ねた舞踏会であり、多くの契約者が招待され、または警備についていた。
契約者だけではなく、ヴァイシャリー家に連なる貴族達も多く参加している。
その中に、一際美しく、流れるような優雅さと、滑らかな繊細な動きを見せる女性がいた。
純白のドレスを纏ったその女性の洗練された舞に、男性だけではなく女性達の視線も注がれ感嘆の声があがる。
しかし、その女性を間近で見た契約者の1人がこう呟いた途端、会場が凍りついた――。
「十二星華のティセラ……!?」
相手をしていた男性が後退りし、音楽が止まった。
くすり、とその女性は美しい顔に穏やかな笑みを浮かべる。
それは確かに、十二星華のティセラだった。
彼女の周りから人々が離れ、会場がざわめいていく。
普段より更に優美な衣装を纏い、艶やかに舞うティセラの姿は、まるで天界の姫君だった。
「そんなに警戒なさらなくても。わたくしは今日、エリュシオンからの使者として来ましたのよ」
微笑を浮かべて、ティセラはそう言う。
「――早急にアレナ・ミセファヌスさんを呼んで下さい」
2階で談笑していたラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が、すっと立ち上がる。
「静香さんは、一般の方と貴族の方々を控え室の方に避難させてくださいませ。わたくしが対応いたします」
桜井 静香(さくらい・しずか)にそう言うと、ラズィーヤは赤い絨毯の敷かれた階段をゆっくりと下りていく。
「ラズィーヤ・ヴァイシャリーさんですね? 初めまして。わたくしはシャンバラの女王を目指しております、十二星華の一人、天秤座(リーブラ)のティセラですわ。シャンバラの女王に最も近い家系といわれているヴァイシャリー家のお力をお借りしたいと思っていますの」
優雅にお辞儀をして、ティセラはラズィーヤに微笑みを向ける。
「初めまして、ラズィーヤ・ヴァイシャリーです」
ラズィーヤはにっこりと微笑み返しながら挨拶をして、笑みを浮かべたまま尋ねた。
「エリュシオンの使者と仰いましたわよね? 貴女はシャンバラをエリュシオンの属国にでもするおつもりでしょうか?」
「いいえ、わたくしが女王になりましたら、シャンバラを大国と対等に渡り合える国、テロリストなどにも屈しない強固な軍事国家にしてみせますわ」
ティセラははっきりとそう言い、そして更に言葉を続ける。
「ここ、ヴァイシャリーは他国の民も水路を利用して時々訪れる場所。更に封印されてそのままの状態で残っている離宮があるといいますし、このヴァイシャリー家のお屋敷も立派な造りです。わたくしを支持していただけるようでしたら、シャンバラ王国が成った暁には空京など他国に知られていない場所ではなく、ここに宮殿を築き、ヴァイシャリー家の方々に政治を手伝っていただきたいと思っていますの」
「それは……願ってもない申し出なのでは」
壮年の貴族がそう言葉を発した。途端。
「おっさんら、騙されんな!」
警備を担当していた蒼空学園の七枷 陣(ななかせ・じん)が中央へと躍り出る。
「舐めた事言ってんじゃねぇぞ、乳女B!」
「語るに落ちたなティセラ」
陣のパートナーである仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)も冷徹な視線をティセラに向ける。
「何がテロリストに屈しない強固な軍事国家だ。貴様が行った行為そのものがテロだろうが」
続いて陣と磁楠は貴族達の方に体を向ける。
「空京での行為は知ってるだろ? コイツは、その後もテロ行為を繰り返し、像1つのためにツァンダ方面の獣人達の村を滅ぼしやがった」
「仮にティセラが女王になればヴァイシャリーは常に戦禍に苛まれる。鏖殺寺院とも何やら良からぬ関係があると言う噂だ。名家がテロ国家に成り下がるぞ」
陣と磁楠の言葉に、貴族達がうめき声を上げていく。
「このパラミタにおいて、戦わずして、国を維持することが出来るとは、思っていませんでしょ? 秀でた軍事力を持った、強い国家が必要ですわ。わたくし個人の力を見ていていただく為にも、色々と派手行わせて戴いたのです。いかに、今のシャンバラが弱いかお分かりになりましたでしょ? 村の破壊なんて小さなことですわ。わたくし1人でも、都市ひとつくらい破壊できる力がありますのよ」
「そりゃそうだけど、1人で敵地に乗り込むこたぁねぇだろ」
仮面で顔を隠した男――蒼学トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が、ティセラの方へと歩み寄る。
「最強の十二星華を女王にする。それが俺の目的だからな。背中は守ってやる」
「ふふ、感謝いたいますわ。でも、このような場所で、エリュシオンからの使者であるわたくしに剣を向けてくるような方はいないと思います。ヴァイシャリーの方々は聡明ですものね」
くすりとティセラは微笑む。
「守ってやるとか……また調子の良い事を言ってますね。蠍座の方が好みのタイプだと言ってましたのに」
パートナーの千石 朱鷺(せんごく・とき)は、口元を布で覆い、入り口付近に待機しておく。
今のところ、ティセラに武器を向ける者はいないが、いつ戦闘が起こってもおかしくはない。
何せ、ここには武芸に秀でた契約者が沢山集まっているのだから。
「……手出し無用ですわ」
百合園女学院の神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)は、色めき立つ契約者達を手で制する。
「少なくとも今、ティセラ殿は使者であり客人ぞ。これに刃を向けるということはヴァイシャリーとエリュシオンにケンカを売ることじゃぞ」
パートナーのフィーリア・ウィンクルム(ふぃーりあ・うぃんくるむ)は、契約者達にそう言った後、動揺している貴族達の方に寄り囁きかける。
「擁立するとなればティセラの犯した罪をヴァイシャリー家や貴族達も負うということじゃぞ。じゃが、今はっきり断ると貴族達やヴァイシャリーに危険を及ぼすことになるやもしれぬ。ならばどちらとも態度を決めず、むしろ別のことを話し合うのが手じゃのぅ」
「そうですね……」
ティセラの強引な戦闘行為を直接目にしてるシャンバラ教導団の夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は、彼女に敵意を覚えながらも感情を押し殺して、ティセラを護衛するために、彼女の元に歩いていく。
同時に、ガチャガチャと音が響く。
光学迷彩で姿を隠したデュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)が、彩蓮の後に従う音だ。
「ヴァイシャリー家の舞踏会といえば、百合園のパーティのようなもの。ここでお客さんが傷つけられたとかになっちゃったら、ヤバそうだぜ」
百合園のミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は、パートナーのカカオ・カフェイン(かかお・かふぇいん)を帰宅させ、自分は白百合団員としてティセラの護衛につくことにする。
「一曲、お相手いただけますか?」
そんな中。臆せず、慌てることもなく、普段どおりの穏やかな微笑みを浮かべながらティセラに手を差し出したのは、蒼空学園のエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)だった。
「音楽を」
ラズィーヤが楽団に指示を出すと、戸惑いつつも指揮者が指揮を始め、ゆったりとした音楽が流れ出す。
ティセラがすっと手を差し出し、エメが彼女の手を取って一礼し、踊り始める。
緩やかなステップを乱すことなく踏みながら、視線はティセラの瞳から離すことなく彼女の美しさを引き立てるよう心がけながら踊っていく。
「好きな花はありますか?」
「薔薇でしたら、何でも。特に青い薔薇が好きですわね」
他愛もない話をしながら、踊り続けて――終盤にこう問いかける。
「どういう意向の使者なのですか? 貴女は元々シャンバラの方ですよね。エリュシオンにはどんな餌を撒いたのでしょう」
「目的があって、エリュシオンに渡ったわけではありません。エリュシオンの技術者がわたくし達を蘇らせて下さったのです。シャンバラと協力関係を結ぶために」
「……エリュシオンにいいように利用されないよう、どうぞご注意を。ラズィーヤ嬢にお伝えすることがありましたら、私が承りますよ?」
「結構ですわ。後ほど、わたくしの口からお話させていただきますわ」
ティセラがそう微笑んで、2人は踊り終える。
その間、エメのパートナーの片倉 蒼(かたくら・そう)は、周囲を見回してティセラの同行者を探る。
仮面をつけた男。入り口付近の顔を覆った女以外は、今のところ怪しい人物はいない。エリュシオンから訪れたのは彼女1人だけのように見えた。
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