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【2021年】パラミタカレンダー

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【2021年】パラミタカレンダー
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リアクション



【10月】



「噂に聞いた通りね……」
 瞳と同じ色のニット帽をぽふりと取って、少女は目の前の門──というにはあまりに簡素だったが──を見上げた。木を三本組んだだけの門の奥には、これも簡素な小屋が建っている。入口は二つで、ぶら下がったこれも鋸で切っただけの木札に、右には男、左には女とだけ書かれている。
 さびれた温泉の話を聞いたのは、いつだったか。シャンバラ大荒野中央に位置するアトラスの傷跡、そのふもとにある温泉のひとつに、この無人露天風呂がある。泉質は良かったものの、山奥にあるため、この簡素な設備で十分な程度……地元の人間がたまに利用する程度にしか使われていない、という。
 戦いの日々を過ごす彼女にとって、日々の疲れと傷を癒すには温泉はぴったりだったが、誰かに見られたくはない。そんな手負いの獣の心境にも似ている。
 少女は人気がないことに気をよくして、女と書かれた方の入り口、つまり脱衣所に入った。
 だが、中には先客がいた。幸いなことに彼女達三人は話に夢中でこちらを見ていないのだが、籠にニット帽、ウィンドブレーカー……入れていくたびに、微妙に不安要素が増える。普段はかないスカートも、脱いでしまえば変装の役には立たない。
 いや、勿論関係者や学生でもなければ、誰も彼女が悪名高きメニエス・レイン(めにえす・れいん)だとは気付かない筈だったのだが……。
(せっかくの休みだってのに、なんで学生がいるのよ)
 心の中で舌打ちした彼女は、さっさと脱ぐに限るわね、と思い直し、しらんぷりして脱衣所を横切った。
 扉を開けると、湯気の立つ露天風呂が待っている。銀の髪を湯気に溶け込ませ、身体の傷を紛れさせ、彼女は素早く湯に浸かる。入口には背を向け、奥の方へ。額には冷たく絞ったタオルを乗せて目を閉じた。
(最近いい事なかったわね……。特にろくりんぴっくは最悪だったわ……いや、今はそういうのは忘れておきましょう)
 この温泉には、切り傷打ち身に効用があるという。どれだけ本当か分からないが、彼女の全身についた細かい傷も、そんなことを考えていては治らなそうだ。
(いいお湯……)
 薄い胸をゆっくりと上下させて息を整えながら、メニエスはしばらく湯を楽しむことにした。
 その耳に、聞き覚えのある声が届く。
「……混浴ぅ!?」
 姫宮 和希(ひめみや・かずき)は、前を見て少女がお湯に浸かっていることに気付き、横を見て、女子脱衣所と男子脱衣所の出口が並んでいることに気付き。
 叫んでから、女子脱衣所から女の子たちが出てくるのに気付き。慌てて体を流すと、奥へ──メニエスの近くへと行き、隠れるように湯に浸かった。
 メニエスは一瞬横目で確認した後、それが知り合い、それも敵対的な相手であることに、顔をそっと少しばかり逸らした。
(姫宮和希……なんでこんなところに)
「あー、男らしく男湯に入浴するつもりだったのに……」
 和希はぶつぶつ呟きながら、目をどこにやっていいのかわからず彷徨わせる。赤い頬は湯あたりには早すぎる。お互いに幸いなことに、メニエスには気付く余裕もなさそうだ。
 実は和希とメニエスの間には、因縁がある。
 お湯で洗われている和希の背中の傷は、丁度その反対、小さな膨らみにも残っていた。メニエスのパートナーの一人である以上に、彼女達の奴隷でもある少女を救おうとして、その少女につけられた、傷。
 和希は、傷自体は男の勲章と誇りと思っている。
 けれど、目の前でメニエス達に怯え、和希を貫かざるを得なかったあの小さな少女を救うことはできなかったことが心残りで……傷を見るたびに、そのことを思い出してしまう。時折感じるひきつるような痛みが、彼女が残した助けて欲しいという心の叫びの残滓のような気がしている。
(きっと、いつか助けてやるからな……)
 決意も新たにすると、元々さっぱりした彼女のこと、いつしか気分も良くなってきて鼻歌を歌い始めたが……、ふと、視線に気づいた。
「うんんん〜んん♪ ……うん?」
 温泉までの道中、一緒だったレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)がいつの間にか隣に座っていた。
「あ、姫宮ふぁん……気付かれちゃいまひたね……」
 お湯に首までつかり、ほっぺたを時折浸しながら、赤い顔のレロシャンが、その半開きの目でちらちら、和希の体を見ている。
「な、ななな何だよ、見ても別にいいもんじゃねーぞ。いや、なんつーかホラ……ごにょごにょ……っていうか、いつから見てたんだよ」
 両手で胸を庇い、和希も慌ててざぶんと肩までお湯に浸かりながら、
「ふわあぁ……済みません、いつも通り眠かったので〜、それに自分の裸見られるのは恥ずかしいじゃないですか……。だからお湯に肩までつかってたら、もっと眠くなっちゃって……」
(それに女の子の裸なんか見てたら、もっとうとうと夢心地ですよね〜)
 今度はレロシャンがびっしゃん、と眠気の余り、顔をお湯に激突させた。
 和希は仕方なく、両手で彼女の顔を持ち上げる。
「ほら、起きろって、このままじゃ茹るっていうか溺死するぞ、温泉で。こんなになるまで浸かってたのか」
 レロシャンのアホ毛は、湯気と、たっぷりの温泉の湯を吸って巨大化している。
「あ、頭が重い……」
「おい、しっかりしろ」
 しかたねぇな、と和希はレロシャンを抱えて、温泉の縁から彼女の上半身を引き上げる。風に当たれば湯あたりもましになるだろう。
「いいか、そこにいろよ。水とってくるから」
「ふぁい……」
 腰にタオルを巻きつけて和希が行ってしまったが、応えるレロシャンの顔は幸せそうだ。
(あ〜、何だか役得な気がしますね……)
 レロシャンがぼんやり頭で湯船を眺めていると、他の同行者二人が、もっと積極的な行動に出ているのが見えた。
 レロシャン同好の士? 百合園のロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)が、お湯の中から紅葉を見上げるコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)の背後からそうっと近づき……、
「裸の付き合いですのよ、タオルなんて不要ですわ♪」
「きゃあっ!」
 彼女のタオルを剥いだかと思うと、背中に胸を押し付ける。びっくりしている隙に、抵抗する暇も与えずそのままコトノハの、Fカップの胸をわし掴み。びっくりしてタオルを放り投げそうになるコトノハが悲鳴を上げる。
「何するんですかっ」
「美肌の湯と楽しみにしてらしたでしょう?」
「え? ええ……」
 どぎまぎしながらも、頷くコトノハ。確かに胸と手の間に、何かしっとりした液体があるのが分かる。
「おほほほっ♪ 百合園生の間で評判の美容液ですのよ。しっかりお肌に塗りこんで美肌効果を上げますわ〜!」
「ありがとうございます……」
 と言ってみたものの。コトノハは、彼女の手の動きが塗り込むにしては激しいのに疑問を呈する。
「何かおかしくありませんか? それに、美容液はお風呂上りに……」
「恥ずかしがらなくてもいいんですのよ? みなさんから隠しますし、ついでに揉んでマッサージもいたしますわ♪ バストアップ効果がありますのよ〜」
 ロザリィヌはとてもとても嬉しそうに、動きを大胆にしていく。誰の目が見てもそれは違うだろう、という。
 まぁ実際、それは口実に過ぎなかった。
(おーほっほっほ! 百合なわたくしにとって温泉はただのお風呂ではなく、もはや狩場! 可愛い子を見つけたら、スキンシップでハンティングですわ〜♪)
 しかし、誰もがわかっていても止めなかった。
 レロシャンはゆだっていた上に百合百合なので止めることもなく、和希は水を取りに席を外していたし、メニエスに至っては自分に害がない限りは無視するつもりでいる。
「きゃあっ! ロザリィヌさんっ、まだ母乳は出ませんよ!」
 ロザリィヌはあら、と残念な表情を一瞬だけ浮かべる。
(もうお相手がいらっしゃるのね、残念ですわ……でも、今この一時はわたくしのものですわよねっ)
「それにしても大きな胸ですわね〜。揉み甲斐がありますわ〜♪」
「もういい加減にしてください〜」
 体をよじって逃れようとするコトノハだが、ロザリィヌは折角捕まえた獲物を簡単には放そうとしない。
 静かな静かな温泉は、もうしばらくの間、二人のにぎやかな声に満たされることになるのだった。