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【2021年】パラミタカレンダー

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【2021年】パラミタカレンダー
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リアクション



【9月】



 ここは遊牧民と蛮族の地、日夜生死をかけた戦いが繰り広げられるシャンバラ大荒野!
 今夜も煌々と満月が輝き、生ぬるい風が吹く! こんな夜には誰かが命を落とす!!


 ある日ある時、シャンバラ荒野のある場所で。遊牧民に世話になった学生が、お礼に地球の話を聞かせた。月にはウサギが住んでいて、お餅をついているんだと。
 ある日ある時、シャンバラ荒野のある場所で。蛮族に襲われた学生が彼らを撃退し、冥土の土産話を聞かせた。だんごなんか作ってないで、中秋の名月でも眺めていろと。
 ……以上のことが本当にあったのか、全くなかったのか。それすら定かでないのも、いつもの大荒野。
 9月は夏の終わり、秋の始まり。まだまだ暑く、気分も変わらず。どこかで誰かが、何か面白いことが起こらないかなー、などと思っていた。
 だからこの話には尾ひれ背びれがついて、たちまちぐんぐん成長して、立派な首刎ねウサギになって、大荒野の一部蛮族に広まった。
 9月の満月の日(ここだけ合ってる)、満月を模し、輝き増すスキンヘッドになって満月と共鳴して(全くの勘違いだが個人の自由は保障されている)、満月に貢物の「だんご」を捧げよう(お供えして食べるものだからちょっと違う)。
 問題は、カルチャーギャップ。大荒野の住民にとって「だんご」は人の首を干したものだということ。
 自前の首を捧げるのはリスキーなので、そのためには「ウサギ」を狩るんだ!(ウサギとは“獲物”の隠語である。弱い人間のことだ)
 ──つまるところ。やってることはいつもと変わらないとも言えた。

(郷に入りては郷に従えって言葉も有るからなー)
 本当のお月見を知っているはずの日本人であるところの国頭 武尊(くにがみ・たける)は、今夜は蛮族の頭と馬を並べていた。周囲には、彼らに傅く部下にきれいどころが、過不足ないよう彼らなりにあれこれ気を遣い、酒や鮭を差し出してくれるVIP待遇である。といっても、きれいどころもスキンヘッドだったので微妙な気持ちになったが。
 武尊が月見に誘われたのは、丁度今月に入ってすぐのことだった。初めは「日本にもあるでしょう」と言われて首をひねって考えたが、理解したなら話は早い。【S級四天王】たるもの、日頃から荒野の民と接して友好的な関係を築くのも仕事のひとつ。故にこうして行事に参加しているというわけだ。
「国頭様、見えてきやしたぜ」
 蛮族の頭はもじゃもじゃ髭を引っ張って、前方を見やった。
 事前に見繕っていた遊牧民の村だ。秋は、彼らが夏営地から冬営地に移動する準備とその実行をする丁度中間で、頭はその移動ルートをあらかじめ調査させていた。といっても、移動中の馬を尾行させただけだが。
「てめえら、準備はいいな!!」
 頭が振り向いて叫べば、これもスキンヘッドの蛮族一同武器を振り上げる。
 草原に建つフェルトのテントを目指し、彼らは馬を走らせた。

 一方、こちらは別の集団。
「月見か、こっち来てからは御無沙汰の行事だな。稀にはこんなのも悪くな……い……って、は?」
 今日の月見はここだよと、教えてもらって来てみたら。空には満月、良い頃合い。地上には目もくらむようなスキンヘッドの男女ら数百人。
 馬の一団が急に走りだしたので、夢野 久(ゆめの・ひさし)は、我ながら間抜けだなと思う声を上げた。
「……おい? え? 何これ?」
「いやだからですねー。かくかくしかじかでー」
 パラ実のよしみで説明されれば、久は抗議の声を上げる。
「いや! だっておかしいだろ? おかしいなんてもんじゃないだろ!? これ俺の知ってる月見と違う!」
「えー? カシラにはそう聞いてるっすよー」
「ちょ、ちょっと待てお前ら何だその想像を絶する超解釈は!?」
「いやあ褒められると照れるっす」
「褒めてねえよ!」
「え? 超ってスゴイとかチョーカッコイイって意味っすよね? あ、ほら、ぼーっとしてたら、アイツらに先に獲られちまうっすよ!」
 ひとつの村めがけ、武尊と久、両者の属する蛮族が殺到する。
 交錯、激突、その刹那──。
 村の入り口横にある大きな岩の上に、ひとつのシルエットが存在を誇示するように立っていた。月がバックでよく見えないが、人間より一回り大きな、鋭角なフォルム。
 蛮族はそれを見上げた。何が何だかわからない。だが答えはすぐに判明する。
「『蒼空の騎士パラミティール・ネクサー』、見参ッ!」
 ──しかし逆光で見えない!
 蛮族はざわめく。「あれは何だ!?」「鳥か?」「飛行機か?」「いや、変態じゃねーか?」
「違う! 断じて、否ッ! 正義と機械を愛する心から生まれた『蒼空の騎士パラミティール・ネクサー』! 『だんご』を作る為の『ウサギ狩り』なぞこの俺が許さん! うりゃああああ!!」
 飛び上がるパラミティール・ネクサーこと、メカっぽいスーツに身を包んだエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、蛮族に向けて飛び蹴りを放つ!
「何だこいつはァ!」
 背を向けて逃げ出す蛮族に、パラミティール・ネクサーは手刀をお見舞いする。
「逃がすかッ! パラテッカァァァ!!」

 ……かくして陣営三つ、戦闘が始まった。
 農具で武装する村人に応援を受けながら、徒手空拳で無双な乱舞をしているエヴァ……パラミティール・ネクサー。契約者とそれ以外の一般人には大きな力の差がある。アメフトのごとく群がる蛮族を手で足で吹き飛ばし、弾き飛ばし村の入り口を守っている。しかし何しろ数が多い。弾き飛ばされても弾き飛ばされても尽きることのない(そしてその間に起き上がってくることもある)のは厄介だ。
 武尊は弾き飛ばされる奴らに、だらしねぇなと激励を送りつつ、加勢に向かおうとする。
 馬を下り、周囲にまぎれつつ村へと接近、物陰に潜んだ。背負ったロープを両手に掴み、農具を構えて入口を守る農民たちに狙いを定める。“サイコキネシス”によって浮いたロープが彼らを縛ろうとひそやかに宙を舞い──、彼は右手に握ったヒートマチェットに力を込める。縛って切りかかれば、一気にだんごの出来上がりだ。
 しかし──、
「弱い者苛めってレベルですらねえええ!? やめ! 止めろ馬鹿! 馬鹿を通り越して寧ろ天才かお前ら!?」
 あちらもこちらも、蛮族両者の説得に回り、武器をかいくぐり、受け止めながらやってくる男が一人。久である。
 彼は浮いているロープを見つけると、その側にいた“ホッケーマスクをかぶった、十三日の金曜日に現れそうな容姿の男”を止めるべく、ショットランサーを振るった。
 が、彼のランサーはヒートマチェットと交錯──目の前で止まる。
「ぐがっ!? 強ぇ……」
「何だよ、邪魔すんなよ」
 聞き覚えのある声に、久は記憶をよみがえらせる。
「ってアンタか国頭ぃ!?」
 そして、久瞬く間にロープで縛り上げ、蛮族に渡そうとしていた武尊も、
「俺を知ってるのか? ……あれ、君はパラ実の総長じゃないか」
 さすがの武尊も総長を相手にしたい訳じゃない。ヒートマチェットの赤を消し、刃を引いた。
「て言うかアンタ地球人だろ! これおかしいって分かってるだろ! なのに何でノリノリなんだよ!?」
「いや、これが地元の風習だと思ったけど?」
「不思議そうな顔すんな!? 変なのは俺だってのかチクショー!」

 混迷極まる事態の中、久の説得とパラミティ(以下略)の手を逃れた一部の蛮族は、ウサギ狩りを続行しようと村へと押し寄せる。草刈り鎌や鋤を手に隊列を組む遊牧民だが、銃器で武装している蛮族ではひとたまりもないだろう。
 もはやこれまでか……と誰かが呟いた、その時。
「やめるです」「やめるのだよ」「やめるのじゃー」「やめるといいとおもいますよ?」
 幼い声が聞こえたかと思うと、小さな子供たち──の姿をした地祇たちが彼らの前に立ち塞がった。
「何だお前らぁ!!」
「“しゃんばらだいこうや”なのです。このあたりはぼくたちのなわばりなのです」
 茶色髪をくるくるねじって頭の上で止めた少女地祇が言えば、他三人が言葉を続ける。
「勝手に暴れるのは、許さないのだよ」「なかよくするのじゃ」「おなかすきました」
 彼らは地祇の「しゃんばらだいこうや」の兄弟のようなもの。地祇は同じ場所にも複数存在するのだ。英霊でいえば、分霊と同じ関係にあたる。
「饅頭起源説にならって、これでだんごをつくるのです」
 饅頭起源説?
 聞きなれない言葉に一同、頭の上にはてなを浮かべる。と、彼らが止まったのをいいことに、二人目の地祇が声を張り上げた。
説明しよう! 饅頭起源説とは、饅頭の発祥についての説なのだ! 三国時代、かの諸葛亮孔明がある地を通りかかったところ、そこでは河の反乱を鎮めるために、人の頭を投げ込むという風習が行われていた! それを止めさせるべく、孔明は羊などの肉を小麦粉の皮でくるんで人の頭に見立てた饅頭を作り、それを河に投げ入れさせた──という故事にちなんでいるのである!」
「そのうち、饅頭を投げるのがもったいなくなったので、まつった後食べることにしたたのである……と、この前呼んだ波羅蜜多ビジネス新書『やさしい開業・饅頭屋編 ──肉まんとの抗争を制する為に──』に書いてあったのじゃ」
 地祇たちはかついでいた袋を床に投げる。その中には、たっぷりの自称小麦粉が入っていて。
「だからこれで団子を作るのです」「作るのだよ」「つくるのじゃ」「つくるかもです?」
 蛮族一同、顔を見合わせると、納得したようだ。
 ぱあっと地祇たちの顔は明るくなるが──、
「じゃあ、餡が必要だよなぁ」「一緒に団子になっちまえ!」
 一斉に地祇に襲い掛かった。抵抗する地祇だったが、蛮族は地祇をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
「うあああ、やめるのです」「やめるのじゃー」
 ある蛮族が自称小麦粉で皮を作り、ある蛮族が地祇を放り投げ、空に放り投げられた地祇を、受け取った蛮族が皮に混ぜていく。
 やがて、真っ白い団子から首だけ出た地祇だんごができあがった。
「ひゃっはー、地祇だんごのできあがりだぜぇ!」「お前ら、これで月見ができるぜー」「お供えだお供え!」
 地祇だんごは重ねられ、こうして、地祇と蛮族は平和的にお月見をしたのだった。
「酷いのです」「酷いのだよ」「ひどいのじゃー」「おいしいです?」
 首だけ出した地祇達も、文句を言いながらお月見している。
「すまん、終わったらすぐ出してやるからな……」
 久は、月見終了後、せっせと地祇を団子から出してあげるのだった。
 後日地祇だんごの中身は、これに懲りた地祇たちによって、「誰にでもできる簡単なおしごと(職種:ひとだすけ)」として募集されることになったという。