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紫陽花の咲く頃に (第1回/全2回)

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紫陽花の咲く頃に (第1回/全2回)

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第三章 王子と従者たち


「だから、ニーナちゃん人前で演技なんて無理だよ〜」
「ニーナさんも覚悟を決めてくださいね〜」
 ニーナはふくれっ面をして、
「何よ、立候補の時、『はーい、ニーナさんがやりたいそうで〜す』とか言ってたの、ルディアだよ。ていうか裏方ならさっさと持ち場に戻ってよぉ」
 ルディア・メイデン(るでぃあ・めいでん)は、ニーナ・レイトン(にーな・れいとん)ににっこり笑うと、
「分かりました。でもまた様子を見に来ますわ。ニーナさんは何度見ても素敵なんですもの」
「もう。早く行って」
「はいはい」
 ニーナはルディアを追い出すと、あづさとイルマを始めとする皆の元へ戻った。
 体操に発声練習、同じ言葉を色々なシチュエーションを想定して言ってみたり。それにエチュード。与えられたシチュエーションで、言葉やテーマを表現したりする即興劇だ。演技は楽しい。与えられたのが同じ言葉でもシチュエーションでも、それぞれみんな表現するものが違っている。……どこかから視線を感じる気もするが、気のせいだと思って気にしないことにする。
 ちなみに役は、主役の友達の町娘を希望していたが、残念ながら台本には出てこないとのことで、王子の従者役だ。身長的にはやっぱり小人が似合っていたのだが。それにしてもまだ視線は感じるなぁ、と思っていたとき、突然ニーナの肩に両手が置かれた。その手は両腕に滑っていく。
 北風と太陽の童話を元にして、旅人役のニーナのコートを脱がせるエチュードの相手、姫野香苗(ひめの・かなえ)だ。彼女はそっとコートを脱がせる演技をし終えると、
「香苗の勝ちだよ」
 にこっと笑って、あづさに顔を向けた。
「どうでしょう? あづささんにも、もう一度やってみていいですか〜」
 香苗が役者を志望したのは、陰湿なイジメが大嫌いで、それを解決したいなーという気分もあったが、何より、可愛い子が大好きだったからだ。今回は何よりあづさの側にいて、守るのが役目。明るく振る舞って、演劇部を盛り立ててもいい。……というのもやっぱり建前。
「じゃあ、今度はその旅人をテーマに演技をしてみてください」
「はーい。えっと、『きゃー。台風で陸の孤島にあづささんと二人っきりだなんて〜。暖め合うしかないですね〜』」
 何故だか香苗はあづさの胸に飛び込んだ。何故だかというのは正確ではないか。つまり彼女は女の子が好きなので、過剰なスキンシップ、いやセクハラが大好きだったのだ。セクハラと言ってもいいだろう、だってあづさのお尻とか触ろうとしているし。
「百合園って可愛らしい子が多いんですね」
「何をよからぬ事を考えてるんだね」
 にこにこ笑いながら内心ちょっぴり羨ましい感を漂わせるポニーテールの少女支倉遥(はせくら・はるか)に、イルマの側で王子の家来役を演じるパートナーの美男子ベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)がジト眼を投げる。外見と実際の性別が入れ替わっている彼女らは──ベアトリクスが名前で分かるように、実際は女性で、遙は男性だった。ここに来るに当たってベアトリクスは実際の性別が女であることを隠す必要もなかったので明かして入り、逆に遙はごまかしていた。ベアトリクスがこの事件に遙を引っ張り込んだので仕方ないと言えば仕方ないが、遙が演劇の稽古と一緒に女子校で女の子を選んでいるのは不本意だ。
「それってヤキモチ?」
 遙は、はかなげな雰囲気をしておいて言うことが遠慮がない。顔をしかめ、
「馬鹿なことを。ともかく、私はイルマ殿の警備で忙しいのだ。そちらもまじめにやって欲しいものだな」
「勿論まじめですよ?」
 何にまじめなんだかは聞かないでおこう。ベアトリクスはイルマの側に戻る。
 遙はとりあえずまじめに、周囲に視線を送る。怪しい動きをしているような者はいないようだ。至極まっとうに演劇に取り組んでいるように見える。あえて言うなら香苗の挙動が不自然な気はするが……?
 同じ蒼空学園から役者を希望したルーシー・トランブル(るーしー・とらんぶる)カズヤ・ソウシ(かずや・そうし)も遙以上に練習に熱心だった。カズヤは三人だけの部活動を成功させたくてやってきた。はしゃぎながら稽古をしているのはいいが、その格好はというと、校門で女装させられているままだ。童顔の美少年だから、変に似合ってしまっている。ただ女性と話すのが苦手なので、稽古の相手が女性の時は台詞がどもってしまっていた。
 ルーシーは、香苗に触られないよう一歩引いたところで、できるだけあづさに稽古の相手を付けてもらおうとしている。一緒にいれば何かあってもイジメから守れるのではないかと考えていた。さっきの台本事件は防げなかったが……しかし一体、誰が台本をすり替えることができたのだろう。練習が始まってから見ていたが、あづさの台本は彼女自身が殆どの間手にしていた。手から放している間は、誰もが見える場所の机に置いてあった。一番長く手放していたのは、台本を裏方に持って行った時だったとは思うが……。
「無事に終わらせないとねぇ」
 もし舞台が中止になったら、百合園自体の空気が悪くなってしまうかもしれない。変わったことや非日常は好きだけど、こういう迷惑がかかる変なことが起こるのは不本意だ。起こすならもっと面白く、自分の手でというのがモットーだから。
 鏡役の遠野歌菜も、ルーシーと同じくあづさを気にかけていた。こちらは碧といることが多い役だったが、碧が帰ってくるまではあづさが稽古をしてくれる。
「あづささん、こんな感じでどうですか〜」
 歌菜はつとめて明るい声で話しかける。元気がいいのは自前だが、今日は二割り増しくらいのつもりだ。あづさが眼に見えて元気がないのに、こっちまで落ち込んでたり暗い雰囲気を醸し出してたら、もっと落ち込んじゃうんじゃないかな、と思ってのことだ。
 勿論稽古も真剣だ。碧もイルマも素敵で、同じ華やかな舞台に立てればいいなと思っている。立つと言っても鏡なので声だけの出演だけど、声質には自信があった。
「遠野さんって綺麗な声なんですね」
「ありがとう!」
「鏡の台詞のポイントなんですが、この鏡には性格があるのか、感情があるのかないのか。それから同じ台詞を違う場面で話すことが多いのですが、どうやって……」
「ふんふん」
 指導しながら、心なしかあづさも表情が緩んできたようだ。あづさは一年だ。指導されることはあっても、指導することはないし、性格的にも得意そうには見えない。先輩達の注目と嫌がらせで疲れ切っているだろう彼女に、少しでも心休まる話し相手ができたらいいのだが。
 あづさと同じようにどこか孤独の陰を背負っている雰囲気のメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、初めての演劇に四苦八苦しながらも、同じく演劇の稽古をするシャンバラの蒼穹(そう・きゅう)や百合園の森永真実(もりなが・まみ)らに、色々と話しかけていた。
 メイベルは、剣の花嫁であるパートナーと出会うまで友人がいなかった。資産家の令嬢だからだろうか、友人を作ることを親に禁止されていたからだ。でもパラミタでは親の監視は届かない。少しでも今までの自分から変わるために演劇に参加することを決意していた。
 そのパートナーセシリア・ライト(せしりあ・らいと)は時折メイベルに話しかけて励ましたり練習を手伝っているくらいで、壁際で練習する姿を見守っている。セシリアにとって、メイベルは大事な大事な友人であるからこそだ。
「ここって、こんな感じでいいんですよねぇ〜」
「こっちの方がいいんじゃない?」
 真実も真剣に返答する。目立ちたがりでパラミタ一の人気者になるという野望の為の舞台、ということもさることながら、舞台に上がれなかったら、舞台上でのイジメを解決できないと思っているからだ。パラミタナンバー1の座は、正々堂々と勝負をした上で奪い取るのが目標である。
 二人と、それに蒼穹の役は、王子の従者だ。出番はあまりないが、裏手で待機している間に変な動きをしていたら、見付けることができるだろう。
「おい、何で俺様がこんな下の人だか中の人だかをやんなきゃなんねーんだよ」
「えぇー、楽しいからいいじゃん」
「お前が小人でも白馬でもいいなんて言うからこんな目に遭うんだよ」
 イルミンスールの二人、ジェイク・ガーランド(じぇいく・がーらんど)ソレイユ・ヴリュンカディス(それいゆ・ぶりゅんかでぃす)は二人で組み体操をしている──ではなく、演技の練習だ。王子の白馬の役、前脚と後ろ脚である。身長もイマドキにしては低いし、せいぜい小学校高学年くらいにしか見えないので、体育祭の練習にしか見えないのが欠点と言えば欠点だが。ちなみに髪と瞳の色を除いて、顔も体型もそっくりなので、一体同心にはうってつけである。
「いいじゃん、役者もできて、舞台が成功したらきっと井下先輩の実力を認めた奴ら、イジメなんかしなくなるぜ」
「そんな単純なもんかねぇ」
 ジェイクは気にしてないみたいだが、ソレイユに言わせればこの事件はきな臭すぎるのだ。演劇が成功したくらいですっきり解決するとは思えない。ちょっかいかけてくる奴を締め上げた方が早いんじゃないかなどと考えてみる。
「ほらジェイクー、俺が右足上げたらそっちも上げなきゃダメだろ」
「いちいち俺様に指図すんな。上げりゃいいんだろ、分かってるよ」
 なんだかんだ、結構息が合っているようである。