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魔糸を求めて

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魔糸を求めて
魔糸を求めて 魔糸を求めて

リアクション

 
 
HEXA.歌おう、羽化するほどの喜びを!
 
 
「あれれ。なんだか、変な所にやってきちゃったのかなあ。本当にこんな所に蚕がいるのかしら」
 蚕の糸を探して森に入ったアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、いつの間にか薄暗いうっそうとした地帯に迷い込んでしまっていた。
 確かに虫はいそうな雰囲気が蔓延しているが、なんだかちょっと怪しい。
「まあ、蚕じゃなくても、糸吐く虫だったら、とりあえずはオッケーかなあ。でも、生糸の方が、質としては上等よね。ああ、都合よくカラッポの繭でも落ちてないかしら」
 しきりに地面のあたりに視線をさまよわせながら、アリア・セレスティは蚕なり繭玉なりを探していった。
「あれ、何かしら。幼虫? それとも繭みたいな物かな」
 地面に落ちている何かの塊を見つけて、アリア・セレスティは慎重に近づいていった。
「なんだろ、これ、糸みたいな物がついてはいるけれど……。葉っぱの塊? でも、変な切れ目が入っているし……」
 アリア・セレスティが首をかしげていたそのとき、彼女のふいをついて、頭上から何かが落ちてきた。
 ガツン。その何かが、アリア・セレスティ頭を直撃した。
「きゅう……」
 突然のことに、アリア・セレスティが軽い脳震盪を起こして倒れ込む。
 どのくらい気を失っていたのだろうか。なんだか身体のあちこちがもぞもぞする感覚で、アリア・セレスティは意識を取り戻した。なんだか、お尻のあたりがスースーする。また霞む頭でお尻に手をやってみると、スカートがなかった。
「!」
 一気に目が覚めて、身体を起こそうとしたが動かない。よく見ると、全身がうっすらと糸のような物で地面に縛りつけられていた。
「あれ? な、何これ!? 絡みついて……動けない……」
 そのときになって、やっと自分がすべての服を脱がされていることに気づく。なんとか、頭を動かして視界を変えると、ちょうどピンクのショーツを被った芋虫みたいな物が、嬉々として木の方に移動していくところが見えた。
「嫌、なんなのこの虫」
 アリア・セレスティから衣服をすべて剥ぎ取ったのは、どうも蓑虫によく似た虫らしい。彼女の服を素材にして、なにやら蓑のような物を作り始めている。
「ちょっと、材料を取りにきたのは私なのに。なんで、私の服を材料にしてるのよお」
 思わずアリア・セレスティは叫んだが、その言葉が虫たちに通じるわけもない。いや、何かしらの刺激を与えたのだろうか。何匹かの虫たちが彼女の方に戻ってきた。どうやら、蛹になるためには、まだ蓑の材料が足りないらしい。まだ剥ぎ取れる物はないかと、蓑虫たちはアリア・セレスティの身体の上を這いずり回って物色し始めた。
「や、やだ! やめて、お願い! いやあああああああ!」
 全身を這いずり回られて、気持ち悪さを通り越していく感覚にアリア・セレスティは叫んだ。
「誰か、そこにいるのか」
 そんなアリア・セレスティの悲鳴を聞きつけて、ラーフィン・エリッド(らーふぃん・えりっど)が現れた。とはいえ、ステッキを持ってシルクハットを被ったペンギン姿のゆる族であるドン・カイザー(どん・かいざー)に肩車してもらっているメイドさんという、ヒロインのピンチを助けに来るにはほど遠いような登場のしかただったのだが。
「くえ〜」
 さすがに状況を見て、ドン・カイザーがラーフィン・エリッドに注意しろと叫ぶ。
「ああ、虫さんがいたいた。さあ、おいでおいで。蟲姫をめざすボクに糸を分けておくれ」
 だが、虫に夢中なラーフィン・エリッドは、糸に塗り込まれるようにして地上に貼りつけられているアリア・セレスティの姿など、まるで眼中に入っていないようだった。その様子に、ドン・カイザーがシルクハットを目深に被りなおした。
「ラーフィンよ、お前にはあの助けを求める者の姿が目に入らないというのか」
 ペンギンの着ぐるみの中から、およそ似つかわしくない渋い声が響いた。
「俺程度の経験から一言言わせてもらうならば、こういうときに乙女を助けない者はメイドの風上にもおけないんだぜ」
「えっ。ああ、本当だ。早く助けなくっちゃ」
 そう言うと、ラーフィン・エリッドはドン・カイザーの肩から飛び降りた。
 そんな二人の存在に気づいたのか、蓑虫たちがアリア・セレスティの身体から離れ、一斉に二人の方にむかって移動を始めた。
「ふっ、しかたないな」
 言うなり、ドン・カイザーがアサルトカービンを取り出した。
「くえぇぇぇぇ!!」
 スプレーショットの乱射で、近づいてくる蓑虫たちを一匹残らず蜂の巣にしてしまう。
「ああ、ボクの蟲姫の野望があ……」
 連れ帰ろうとしていた虫を全滅させられて、ラーフィン・エリッドががっくりと肩を落とした。
「くえ〜」
 そんなことよりも、早く人を助けろとドン・カイザーがラーフィン・エリッドをうながした。
「う、うん。そうよね。大丈夫、ちょっと動かないでいてね」
 ラーフィン・エリッドはアリア・セレスティに駆けよると、仕込み箒を抜いて丁寧に糸を切っていった。
「あ、ありがとう……ござい……ますうん」
 まだ少し息の荒いアリア・セレスティが、立ちあがってお礼を言った。すっぽんぽんではあるが、全身に糸を吹きつけられていたので、エプロン状に貼りついたままの蓑虫の糸が裸体をうまく隠してくれていた。
「やだ、制服を取り返さないと」
 クルリと後ろをむくと、アリア・セレスティは木の枝からぶら下げられている制服を取りに走った。だが、彼女はまったく気づいていなかった。糸が貼りついていたのは身体の前面だけであって、後ろはまったくの無防備であったということに。髪形がショートカットのせいもあって、色白のすらりとした背中とプリンとしたお尻、ほっそりとした両脚が、ラーフィン・エリッドたちに丸見えだった。
 どうしたらいいのかと顔を赤らめるラーフィン・エリッドの横で、ドン・カイザーは渋くシルクハットで視線を隠した。
「ああ、ショーツに穴が開いちゃってる!」
 お尻を突き出すように身をかがめたアリア・セレスティは、ドン・カイザーの銃弾に撃ち抜かれて死んでいる蓑虫から取り返したショーツを広げて悲痛な叫びをあげた。
「く、くえ〜」
 ドン・カイザーは、何かをごまかすように翼をパタパタとしながらそのへんを歩き回った。
 とりあえず、二人に後ろをむいてもらって、アリア・セレスティは身体と制服についた糸を取り去って着替えることにした。
「もう、こっち見てもいいですよ」
 お尻のところがスースーするが、今はしかたない。
「ちょっと予定とは違っちゃったけれど、糸は手に入ったから、もう戻ろう。アリアさんも、早くちゃんとした服に着替えたいだろうし」
 ラーフィン・エリッドが言うと、肯定するようにドン・カイザーが一声高く鳴いた。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「ひっ、ス、スライムか!?」
 突然そばから聞こえた葉擦れの音に、佐伯 梓(さえき・あずさ)はびくんと飛び上がって驚いた。
「大丈夫。ただの物音ですよ」
 少し困ったようにカデシュ・ラダトス(かでしゅ・らだとす)が言った。
「本当かなあ……」
 佐伯梓は、まだ安心できないようだ。
 以前食堂でマジックスライムの大群に襲われてしまってから、佐伯梓にはそれがトラウマになってしまっている。以前までは、たかがスライムごときと、全然平気だったのだが。さすがに、食事の中に混じっていたスライムや周囲のテーブルや床や天井を埋め尽くしたぷよぷよべとべとに全身を呑み込まれて、洗濯機よろしくもみくちゃにされたのではしかたがないかもしれない。何よりも、その後すっぽんぽんで気を失って倒れていたところを、女の子たちにじっくり鑑賞された後で救助されただなど−−事実は知らないが、本人はそう思いこんでいるらしい−−トラウマになったとしてもしかたないだろう。
 どうしたものかと、カデシュ・ラダトスは軽く溜め息をついた。
「では、ボクが箒で上にあがって、周囲に何かいないか警戒にあたりましょう」
「一人にしないで!!」
 空飛ぶ箒にまたがろうとしたカデシュ・ラダトスに、佐伯梓は引き倒さんばかりにしがみついた。
「ちょ、ちょっと、なんですかアズサ」
「そうさー、俺は根性なしだー。もうへたれでもなんでもいい〜。俺をおいていくなー。そうだ、禁猟区、禁猟区かけてくれ〜」
 カデシュ・ラダトスにしがみつきながら、佐伯梓は叫んだ。
「はいはい。お望みとあれば」
 どことなく楽しんでいるように、カデシュ・ラダトスは答えた。さっそく、禁猟区をちょっと大げさな身振りでかけてみる。
「ん?」
 反応があった。
「何、本当にスライムか。ええい、マジックスライムのばかー、ばかー。俺より、カデシュの方が美味しいぞー」
「これこれ、言ってることが無茶苦茶ですよ」
 カデシュ・ラダトスが呆れると、突然茂みが動いて何かが飛び出してきた。
「ぷふう。やっと道に戻れたあ」
 体中に葉っぱや草の実などをくっつけて、陽神 光(ひのかみ・ひかる)が勢いよく佐伯梓たちの前に飛び出してきた。
「光、そんなにあわてたら、また迷いますよ。あら、そこのあなたたち、光を止めてくれませんか」
 陽神光の後を追いかけてきたレティナ・エンペリウス(れてぃな・えんぺりうす)が、森を映すような緑の瞳で佐伯梓たちに訴えた。
「もう、今度は大丈夫だよ。さあ、虫さんを探してレッツゴー!」
「ああ、これ、光!」
 辺り構わず突き進む陽神光に、あわててレティナ・エンペリウスが後を追いかける。巻き込まれるような形で、佐伯梓とカデシュ・ラダトスもその後を追った。
「ムシムシファンタジー♪」
 いつの間に手にしたのか、えのころ草のような物をタクトのように振り回しながら、陽神光が楽しそうに言った。気分は遠足みたいなものなのかもしれない。
 すると、そのちょっと調子っぱずれな歌が導いたのか、彼女たちの行く手に蚕の群生地が現れた。卵から、幼虫、成虫、たくさんの蚕たちが群れている。卵は小さめのダチョウの卵ほど、幼虫の大きさは一メートルほどだ。成虫は羽根があるため、かなり大きく感じる。
「やったね、ついに見つけたよ」
 陽神光が、小躍りして喜んだ。
「虫はー、全然平気だよー。蚕とかかわいいよなー。こっちむいて〜。なんかもうスライムとか、どうでもよくなってきたー。やっほー」
 陽神光に感化されたのか、佐伯梓も元気になってきたようだ。
「しかし、どうやって繭を手に入れましょうか。さすがに、ちょっと成虫は危なそうですね」
 禁猟区特有のチリチリする警戒感に苛まれながら、カデシュ・ラダトスが言った。さすがに、子供を盗まれたら、親が黙ってはいないだろう。
「大丈夫だよ、私とレティナに任せて」
「ええっ、本当にやるんですか……。うーん、大丈夫……あなたならきっとできるから。たぶんですけれど……。えっ、私もなんですか……」
 自信満々の陽神光とは対照的に、レティナ・エンペリウスはちょっと不安そうだった。
「とにかく、二人に任せようぜー」
 佐伯梓たちが見守ると、陽神光とレティナ・エンペリウスはならんで前に進み出た。胸の前で両手を組み合わせて、ゆっくりと二人が歌いだす。
『むじむじぶぁんだじ〜、むじだんばおどもだじぃ〜』
 へただー。
 佐伯梓は心の中で叫んだが、すでに手遅れだった。二人の歌声に気づいてこちらを凝視している虫たちの目が、なんとなく赤いような気がする。たぶん気のせいだろう。そう、攻撃色なんてものは気のせいだと思いたいのだが……。
「まずいですよ、アズサ。逃げましょう」
「二人とも、逃げるぞ。早く!」
 佐伯梓たちは、陽神光の手をとると、迫ってくる虫たちから逃げだした。
「やっぱり……」
「あれえ、おかしいなあ」
 予想していたらしいレティナ・エンペリウスとは違って、陽神光の方はちょっと不満そうだ。
「いざとなったら、俺の雷術で……」
「ダメだよ、虫さんを殺しちゃ」
「そんなこと言ってもなあ……」
 陽神光の手を引いて走りながら、佐伯梓は追い詰められていった。スライムよりは万倍もましだとはいえ、このままじゃ戦闘は避けられない。箒で空に逃げても、成虫は追ってくるだろう。
 とにかく、今は逃げるしかないと佐伯梓が思ったとき、陽神光が思いっきり足をもつれさせて転んだ。
「いったーい」
 一同は、立ち止まらざるをえなくなった。このままでは、虫たちに追いつかれてしまう。
『バァニャァニィ インニィィィィー アダラァ ウトゥック アンダァー』
 万事休すかと思ったとき、ふいに澄んだ歌声が聞こえてきた。
「何でしょう、これは。何かの呪文でしょうか?」
 レティナ・エンペリウスが周囲を見回すと、少し離れた所で歌う二つの人影があった。荒巻 さけ(あらまき・さけ)日野 晶(ひの・あきら)だ。
『タァリィアァァン インニィィィィー アダラァ ウトゥック アンダァー』
 二人の歌声が、高音部で美しいハーモニーを作りだしている。
『イィスチラァァァト サァブゥニャ』
 おそろいの真っ赤なホルターネックのワンピースを着た荒巻さけと日野晶は、歌いながらゆっくりと佐伯梓たちの方へと近づいていった。
『モメエェェント パダアマイィアン』
 シンメトリカルな踊りの手振り身振りに、追いかけてきていた蚕たちの動きが鈍くなっていく。
『キタァ チデュルゥゥ セカラァグ シラカァァァン』
 いったん歌が終わると、蚕たちはすべて眠りについておとなしくなってしまっていた。
『皆さん、大丈夫ですか』
 まだハモりながら、荒巻さけと日野晶が言った。
「うん、大丈夫だよ」
 服についた土埃を払い落としながら、陽神光が答えた。
「凄いですね。ちゃんと眠っています。これなら、この先の蚕たちも眠らせて、安全に繭や卵を採ることができますね」
 蚕たちがちゃんと眠っていることを確かめて、カデシュ・ラダトスは言った。
「幼虫は、持って帰れないかなあ」
「さすがに、それはちょっと。帰り道で暴れだされても困りますから」
 起こしてしまわないように注意して幼虫を眺めながら言う佐伯梓に、カデシュ・ラダトスは肩をすくめて答えた。
「この先に、群生地があるのですか」
 荒巻さけが、カデシュ・ラダトスに訊ねた。
「ええ」
「それはいいですね。そこで糸を集めましょう」
 うなずくカデシュ・ラダトスに、日野晶も提案した。
 陽神光に先導されて、一同は蚕たちの群生地に戻ってきた。
 慎重に距離をとって待機しながら、再び荒巻さけと日野晶がならんで歌いだす。
 
Bernyanyi ini adalah untuk Anda 
(この歌声はあなたのために)
Tarian ini adalah untuk Anda 
(この踊りははあなたのために)
Istirahat sayapnya 
(その羽根を休め)
Moment perdamaian 
(ひとときの安らぎを)
Kita tidur sekarang, silakan 
(今はお眠りください)
 
 静かで神秘的な歌声が消えると、そこにいた蚕たちはすべてすやすやと眠ってしまった。
 六人は、蚕たちを起こさないように注意しながら、空になった繭と卵を持てるだけ手に入れた。陽神光と陽神光はまだ幼虫に未練があったようだが、カデシュ・ラダトスがなんとか諦めさせた。
「では、わたくしたちは繭を持って先に帰りますので」
 そう言って、荒巻さけと日野晶は、仲間たちとともに闇ブローカーと接触して悪事を暴くべくザンスカールの町へとむかった。
 残る四人はまた少し去りがたい様子だったが、荒巻さけたちがいないのでは、また襲われたらまずいことになるので、卵と繭をかかえて戻っていった。