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魔糸を求めて

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魔糸を求めて
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TRI.魔法使いはパラミタ大羊の夢を見るか
 
 
「うーん。まったくイルミンスールの森はややこしいなあ。本当にこっちの方向でいいのかい」
 小型飛空艇でゆっくりと木立の間を走り抜けながら、樹月 刀真(きづき・とうま)は後ろに乗っている漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)に聞いた。
「うん。本に書いてあった黄金羊……、こっちの方だと……思う」
「本もいいけれど、中には波羅蜜多ビジネス新書みたいなのもあるからなあ」
 イルミンスール魔法学校の図書館に出入りする許可をもらったのはいいが、あまり月夜に入り浸りになられても困るんだがと、樹月刀真はちょっと複雑な気分だった。とはいえ、一方的に恩恵を受け続けるのもちょっと居心地が悪い。ちょうど魔糸の原料の寄付を募集しているというので力を貸すことにしたのだが。
 狙っているのは、黄金羊だ。名前からすると、結構なお宝に違いない。もっとも、本当にそんなヒツジがいればの話ではあるが、なにしろパラミタのことだ、そんなのがぽこぽこいたとしても不思議ではないだろう。
 しばらく進んでいくと、てくてくと森を歩いている一人の生徒の姿が見えてきた。銀色のポニーテールに半ば隠れたぺったんこのリュックに、パラミタヒツジのぬいぐるみがぶら下げられている。
「ちょうどいい。道を聞いてみよう」
 そう言って、樹月刀真は前を行く彼女、十六夜 泡(いざよい・うたかた)に声をかけてみた。
「奇遇ね。私も、黄金羊を探しているのよ。一緒に行きましょうか」
 そんなこんなで、樹月刀真は小型飛空艇に十六夜泡も乗せた。さすがに三人乗りだと、ほとんどスピードが出ないが、別に急ぐ旅でもない。ただ、シートに詰めて座っているので、背中にぴったりと漆髪月夜が貼りつく形になってしまい、樹月刀真としては嬉しいやら困ったやらというところだった。
「黄金羊かは分からないけれど、シャンバラ大荒野とイルミンスールの森の境あたりに、とても凄い羊が出るって噂だわ。そこをめざしましょうよ」
 十六夜泡の情報で、樹月刀真は西にむかって進路をとった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「ヒツジっていったら遊牧民だよな。きっとキマクには、野生のパラミタヒツジがうようよしているに違いないぜ」
 空飛ぶ箒で一路キマクをめざしながら、緋桜 ケイ(ひおう・けい)は自信満々で言った。
「そううまくいけばよいがの。わらわは、砂とかはあまり好かぬ」
 横座りで空飛ぶ箒に乗った悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が、銀色のストレートヘアーを風に靡かせながら、緋桜ケイのやや後ろを飛んでいく。
 その後方には、同行するソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)の姿があった。
「ヒツジさん、ヒツジさん、もっふもふぅん♪」
「チッ、もふもふで、俺様以上のキャラなんて、断固認められねえぜ。俺様以外のもふもふはすべて刈り取ってやる。そして、この俺様がもふもふ王としてヒツジどもの頂点に君臨してやるのだ」
 上機嫌なソア・ウェンボリスとは裏腹に、雪国ベアの方は他人が理解しがたい野望に燃えているようだった。
 そうこうしているうちに、シャンバラ大荒野が近づいてきた。
「森を抜けたようだの。もうしばらく進むと、波羅蜜多実業の勢力範囲となる。みんな、充分に気をつけるのだぞ」
 すでに埃っぽいとばかりに、悠久ノカナタが緋色の着物の袖で口許を隠しながら言った。
「このへんも、結構緑化されてきてるな。世界樹の力は偉大だというところか」
 地上を見下ろしながら、緋桜ケイが言った。世界樹の力で、イルミンスールの森は拡大を続けている。そのうち、シャンバラ大荒野も、以前のような緑豊かな土地に生まれ変わると言われているのだ。
「おや、なんだ、ここにもヒツジはいるじゃねえか」
 地上を見下ろした雪国ベアが、草原を走る綿埃のような物を見つけて言った。
「ほんとだ。もふもふがいるう」
「だったら、キマクまで行く必要ないじゃねえか。めんどくせえ、ここで刈り取っちまおうぜ」
 パラミタヒツジの群れを見てはしゃぐソア・ウェンボリスの横で、雪国ベアはおっくうそうに言った。
「それはよいな」
 悠久ノカナタもそれに賛同する。
「おいおい、こんな所で……。まったく、しょうがないな」
 引き止める間もなくそのまま高度を下げて地上にむかう三人に、緋桜ケイは追従するしかなかった。
「わーい、もふもふだあ」
 箒を飛び降りるなりパラミタヒツジをだきしめたソア・ウェンボリスが叫んだ。
 人に慣れているのか、あるいは人をあまり見たことがないので無警戒なのか、とにかくパラミタヒツジたちは逃げようとはしない。むしろ、四人を珍しがって、集まってくる始末だった。
「なんだか、子羊しかおらぬようだの」
 思ったよりも小さいパラミタヒツジたちを見て、悠久ノカナタが言った。確かに、ここにいるのは、見るからに子羊たちだ。
「よしよし、どうやら俺様をもふもふの王と認めたようだな。フフフフ、じきに、全員丸坊主にしてやるぜ」
 着ぐるみの目とバリカンをキランと輝かせながら、雪国ベアが悪人顔で嘲笑った。
「いや、こんな子羊じゃ、たいした羊毛は採れないだろ。どうせなら、親羊を探そうぜ。絶対、そっちの方がいい羊毛が採れそうじゃないか」
 さすがにこんな子羊たちを丸裸にするのはかわいそうだと、緋桜ケイは言った。
「もふもふ、もふもふ」
「ふふふふふふふ……」
「こら、人の話を聞けって!」
 ヒツジの毛に顔を埋め続けるソア・ウェンボリスと、バリカンをシャキシャキいわせる雪国ベアに、緋桜ケイが呆れて叫んだ。まったく、人の話をこれっぽっちも聞いちゃいない。
 その様子を、そろえた脚を横に投げだして石に座った悠久ノカナタは、面白おかしそうに見つめていた。
「だって、親羊なんか、どこにもいねえじゃないか」
 そう雪国ベアが言い返したときだった。なにやら、遠くから地響きと悲鳴が近づいてきた。
「だから、なんでいきなりドラゴンアーツであいつを殴ったんだよ!」
「だってえ、いきなり出てきたから驚いたのよ!」
 必至に飛空艇を飛ばす樹月刀真の言葉に、十六夜泡が必至に弁解した。彼らの後ろからは、身の丈一〇メートルはあろう、巨大なパラミタオオヒツジが怒り狂って追いかけてきている。
「刀真……追いつかれる」
「だあああああ、分かってるって!」
 漆髪月夜に言われるまでもなく、樹月刀真は小型飛空艇のスロットルを全開にした。だが、三人乗りではとても逃げきれるものではない。
 まさに追いつかれるというそのとき、小型飛空艇の後ろに分厚い氷の壁が突如として現れた。
「早くこっちへ!」
 氷術を応用してアイスウォールを作りだした緋桜ケイと悠久ノカナタが、樹月刀真たちを手招きした。
「助かったぜ!」
 必死の樹月刀真が、緋桜ケイたちの方へとむかう。だが、後を追うパラミタオオヒツジは、アイスウォールを体当たりの一撃で粉々にしてしまった。さすがに立ち止まりはしたが、粉々にされた氷塊が後ろから小型飛空艇に迫る。
「ていっ」
 十六夜泡が、火術の炎を乗せたドラゴンアーツの衝撃波で氷塊を砕き飛ばした。だが、その反動で、小型飛空艇がバランスを崩して横転し、三人は地面に投げだされた。
「うわっ!」
「痛い……でも、大丈夫」
 漆髪月夜が、むくりと立ちあがって、急いで樹月刀真にヒールを唱えた。投げだされる瞬間、樹月刀真がかろうじてだきしめてかばってくれたので、たいして怪我もせずにすんだのだった。十六夜泡の方も、受け身をとったので大事にはいたっていない。
「しかたない、ここは大技で……」
「ダメ。ヒツジさんたちの親かもしれないじゃない」
 サンダーブラストを使おうとする緋桜ケイを、子羊をだいたソア・ウェンボリスが寸前で引き止めた。
「私が、オオヒツジさんを説得してみる」
 そう言って、子羊をだいたままソア・ウェンボリスが走りだしていった。
「ああ、御主人! しかたねえなあ、ここはもふもふの王となった俺様の出番だぜ」
 あわてて雪国ベアがその後を追った。
「よいな、ケイ」
 無駄だろうと思いつつ、悠久ノカナタが緋桜ケイをうながした。機を逃さず、いざとなったらサンダーブラストとファイヤーストームの合わせ技で、一気にパラミタオオヒツジだけを葬るつもりだ。
「おうおう、そこのでっかいの。何を怒ってるのか知らねえが、お前ももふもふの一人なら、俺様のこのもふもふの毛並みに免じて、いったん静かになっちゃくれねえか」
 ソア・ウェンボリスを追い抜いた雪国ベアが、パラミタオオヒツジの前に立ちはだかって言った。無謀だ。あまりに無謀だった。当然、大口を開けたパラミタオオヒツジが、雪国ベアを一呑みにしてしまおうと迫る。
「えっ、あら、俺様はもふもふの王様……。あれー」
 さようなら雪国ベア。君のことは忘れない……となるかと思われたとき、彼の前にソア・ウェンボリスが立ちはだかった。
「ダメ!」
「御主人〜」
 助かったとばかりに、雪国ベアがソア・ウェンボリスの脚にしがみついた。いや、はたして助かるのか。
「んめぇ〜」
 そのとき、ソア・ウェンボリスがだいている子羊が鳴いた。
 その声に、ぎりぎりの所でパラミタオオヒツジが止まる。いったん身を起こしてソア・ウェンボリスたちの先を見れば、樹月刀真の所にも子羊たちが群れている。小型飛空艇が横転してきたときはさすがに驚いたものの、投げだされた樹月刀真たちを心配して集まってきていたのだった。十六夜泡の擦り傷を子羊たちがペロペロとなめて治そうとしているのを見て、パラミタオオヒツジが「んめぇ〜!」と大きく一声鳴いた。そのまま、ぺたりとその場に座り込んでおとなしくなる。その周りに、子羊たちが集まっていった。
「どうやら、怒りはおさまったようだの」
 ほっとしたように、悠久ノカナタが肩の力を抜いた。
「わーい、とってももふもふだあ」
 恐れを知らないというか、ソア・ウェンボリスがパラミタオオヒツジの背によじ登って叫んだ。いったんおとなしくなってしまえば、パラミタオオヒツジは実に寛容な性格のようであった。
「私も……」
 うらやましそうにしていた漆髪月夜も、じりじりとよじ登っていく。
「しょうがないなあ」
 樹月刀真は、あわててそれを手伝った。
 他の者もそれに倣って、やがて全員がパラミタオオヒツジの上によじ登る。とうのパラミタオオヒツジの方はといえば、追いかけっこで疲れたのか、すやすやと眠り込んでしまっていた。
「今がチャンスじゃねえのか。これだけたくさん毛があれば、気づかれないようにちょこちょこっと途中からちょん切っても大丈夫だろ」
 雪国ベアがまた危なそうなことを言いだした。だが確かに、この巨大さなら、直接肌に刃物をあてて刈り取ったり、毛を思いっきり引っぱったりしなければなんともなさそうだ。樹月刀真たちはハサミを取り出すと、パラミタオオヒツジを刺激しないようにそっと羊毛を刈り取っていった。
「大漁大漁。さて、俺たちはイルミンスール魔法学校にむかうけれど、君たちはどうする」
「私は、もう少しここにいるわ。まだ、黄金羊もいるかもしれないし」
 十六夜泡は、そう答えた。
「じゃ、先に失礼するよ。またいつか会おう」
 そう言うと、樹月刀真と漆髪月夜は去っていった。
「もふもふー」
 ソア・ウェンボリスは、羊毛の中に埋もれて半ばうとうとしている。
「黄金羊とな。はたして、そんな物がいるのやら」
 悠久ノカナタが、疑わしそうにつぶやいた。
「あら、でも、金色の毛糸というのも素敵じゃないかしら」
「趣味悪くないか?」
 十六夜泡の言葉に、緋桜ケイがちょっと顔をしかめた。
「そうだのう。金よりは赤よの。ほれこのような」
 そう言って、悠久ノカナタは着物の裾をちょっと翻して見せた。
「そうそう、わらわの住んでいた地には赤い糸の伝説というものがあってのう。聞きたいかえ。よろしい、それでは話してしんぜよう。昔々……」
 暖かい羊毛につつまれながら、悠久ノカナタは語り始めた。