薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物

リアクション公開中!

【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物
【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物 【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物

リアクション

「お一人様五箱まで、かー……」
 箱の積み上げられた袋を前に、イリーナは残念そうな声を漏らした。清水寺へ続く坂の途中のお土産屋さん全てで八橋を買い占めてしまおうとの思惑だったが、修学旅行シーズンということもあってか、申し訳なさそうな顔をした店主にそう断られてしまっては押し通すわけにもいかない。
 茶店へ立ち寄った二人は、開けた席で抹茶の味わいを愉しんでいた。購入したばかりの八橋を早速開封し、驚くべき速度で食べていくイリーナの幸せそうに緩められた表情を、レオンハルトは微笑ましげに眺める。
「仕方が無いな。イリーナ、全て持って帰ると良い」
「レオンは八橋、嫌い?」
 勧めるレオンハルトの言葉に、小首を傾げて不安げな声を返すイリーナ。戦場と異なり一人の可愛らしい少女としての姿を見せる彼女に、レオンハルトは上機嫌に首を振る。
「いや。おまえが食べる姿を見ている方が好きなだけだ」
 口内に残る餡子の甘味よりも甘く響くレオンハルトの言葉に、イリーナは逃げるように抹茶へ口を付けた。双眸を細めて抹茶を啜るイリーナを眺めていたレオンハルトは、ふと足元へ視線を落とす。
「ふむ。日本の紅葉と言うのは始めてみるが、何とも美しい物だな……ほら」
 どこからか風に乗って舞い降りた紅葉を一枚拾い上げ、そっと手を伸ばす。それをイリーナの髪へ挿すと、レオンハルトは悪戯っぽく笑みを浮かべて見せた。
「やはり美しい。銀に赤は良く似合う、イリーナの瞳の様にな」
 周囲の視線も気にせずさらりと口走るレオンハルトに、イリーナは施されたばかりの紅葉へと手を遣った。照れたようにはにかみ笑いながら、口を開く。
「修学旅行に来れて良かった。レオンとこうして普通に遊べるって、あんまり無いからすごくうれしい。パラミタに帰っても、戦争の合間に、遊ぼうね。そして来年も……一緒に紅葉見ようね」
 そう言って手袋を外したイリーナが差し出した小指を見たレオンハルトが、同様に手袋の先を咥え抜き取った後に小指を差し出す。温かな体温を持った小指同士を絡み合わせ、二人は穏やかな古都の夕暮れの中で静かに微笑み合った。

「えへへっ、シルヴァ様、今戻ったよっ」
 駅の正面口に目的の人物の姿を見付けたルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)は、ぶんぶんと元気よく手を振りながら駆け寄った。彼女を迎えるシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)は、彼女の提げる大きな袋を見て満足げに頷いた。正面でぴったりと足を止めた彼女の頭を、シルヴァはよしよしと撫で遣る。
「うんうん、良く出来ました。ですが、少し量が少ないように見えますが?」
 レオンハルトの指示の元、おたべの買占めに奔走していた二人は、手分けして辺りの土産物屋さんを回り始めた。そうして集合時間に再び合流を果たしたのだが、絨毯爆撃を仕掛けたというにはルインの荷物は幾らか少ないように思えた。
「それがねっ、お一人様五個までなんだってー」
「ああ、そちらもでしたか」
 子犬のようにしゅんと俯いたルインを見たシルヴァが、納得したように頷く。彼が購入に成功したおたべや八橋もまた、予定していた数より遙かに少ないものだった。
 落ち込んだ様子のルインを宥めるように優しく頭を撫でたシルヴァは、どうしたものかと視線を彷徨わせる。言い付けられた任務を遂行できないことは悔しく思えたが、こうしてルインと時間を共に出来ているだけで充分であるようにも思えた。そんな自らの思考に苦笑しつつ、シルヴァは促すようにルインの肩を叩く。
「仕方ありません、次の駅に向かいましょう」
「はーい!」
 びしっと敬礼を返して見せたルインと並び、二人は切符を購入して駅の改札を抜けていく。その途中でばったり、見知った顔と出会った。
「あら、奇遇ですわね」
 そう言って緩やかに片手を挙げるエレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)フェリックス・ステファンスカ(ふぇりっくす・すてふぁんすか)の二人組に、シルヴァとルインの二人もまた軽く手を振って挨拶を返した。彼女らも同じ任務に着いている事は、事前にレオンハルトから聞かされていた。
「お二人はどちらに?」
「買占めの続きだよ〜。折角一杯買ったのに、エレーナが金閣寺見ながら自棄食いしちゃってさぁ」
 くすくすと笑いながら翼を揺らすフェリックスを、エレーナはきっと睨み付けた。咳払いを挟み、言葉を返す。
「いいじゃないですの。食べた分はちゃんと買いますから、イリーナのお金で!」
 胸を張って応えるエレーナを、シルヴァとルインはぽかんとした面持ちで眺める。
「な、なんでそんな機嫌悪いのかなっ?」
 恐る恐る問い掛けたルインに、イリーナは笑顔を返す。言葉の無い返答に怯むルインを宥めるように、フェリックスが言葉を添えた。
「自分達だけデートじゃないのが悔しいんだってさ。あーほら、エレーナ、泣かない泣かない。教導団は意外と20代の人多いから。生八つ橋をお土産に配りながら、誰か恋愛相手候補になってくれる人を探すといいよ〜」
 宥めるようなフェリックスの言葉に、幾らか気を取り直したらしいエレーナは「そうですわね」と呟いた。
「そうと決まれば任務の続きですわ。行きますわよ、フェリックス」
「はいはい。じゃあね〜、お二人さん」
 エレーナに引き摺られるようにしながらひらひらと手を振るフェリックスに手を振り返し、シルヴァとルインは同時に肩を落とした。そしてまたしても同時に顔を見合わせ、くすくすと喉を鳴らす。
「デートですってね」
「わーい、シルヴァ様とデート♪ デート♪」
 どちらともなく手を繋ぎ、二人は上機嫌に電車へと乗り込んでいった。


「……確かに三角の寿司だが」
「甘くはなさそうだし、三角かどうかも微妙な線だよね。あ、臭いからボクに近付けないで!」
 道の一角、人差し指と親指で摘まむように持った袋を挟みながら、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は真剣な面持ちで話し合っていた。彼らが持つ袋に収まっているのは、先程買い求めたばかりの鯖の押し寿司だ。餡子と言えば豆を甘くするという、欧州では考えられない恐怖の食べ物。その恐ろしさはワサビ入りの寿司に匹敵する。そんなクリストファーの言葉で寿司屋へ赴いた二人が三角の寿司を注文した結果、出されたのが辛うじて三角に見えなくもないこの寿司だった。
「口の中に入れると溶ける、色とりどりのかき氷も見付からないし……どうしよう、クリストファー」
 困ったように眉を寄せたクリスティーの背後から、不意に人影が躍り出た。見覚えのある姿に声を上げようとした
クリストファーの口元を、塞ぐように人差し指が触れる。
「しっ。大きな声を出してはいけないよ。不審な行動をとっていると、特務機関忍者に襲われてしまうからね」
 声を潜めた桐生 円(きりゅう・まどか)の言葉に、クリストファーがぎょっと目を見開く。彼女の背後からゆらりと姿を現したオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)は、含みのある笑みを湛えながらうんうんと頷いて見せた。
「じゃあ、忍者は存在するのか?」
 驚愕に表情を歪めたクリストファーへ頷きながらも、円は辺りを窺うように素早く視線を彷徨わせた。不審がるクリストファーの眼差しを受けて、低めた声で説明を添える。
「特務機関忍者の事はあまり話さない方が良い。あちこちに根を張って、日本の平和を守っているからね」
 その言葉に思わず口元を押さえたクリストファーは、一瞬遅れてようやく「久し振りだな」と挨拶を述べた。
「ジェイダス杯の時は世話になったな」
「困っているみたいだね。どうしたんだい?」
 軽く礼を返した円は、思い出したように問いを口にした。その言葉に、はっとクリスティーが声を上げる。
「そうだ、課題をクリアしないと!」
「課題? それは不味いな……」
 おもむろに眉を寄せる円を、クリスティーとクリストファーは怪訝と眺める。二人の視線を受けた円は、低い声のまま深刻そうな声音で言葉を続けた。
「日本では、何かに失敗したらハラキリをしなくてはならないらしい。そうですよね、マスター?」
「ええ、そうねぇ」
 円に日本についての間違った知識を注ぎ込んだオリヴィアは、否定するでもなくにっこりと首肯する。クリストファーたちの表情が引き攣るのを見た円は、おもむろに切り出した。
「ボクたちも、その課題を手伝おう。内容を教えてもらえるかな」
 その提案に表情を輝かせたクリスティーが頷き、早速とばかりに課題の内容を語り始める。暫し難しそうに表情を歪め聞き入っていた円は、やがて一つ頷くと先程目にした店へと歩み始めた。その途中で、試食として店頭に用意された八橋を食べ尽くしていたミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)の首根っこを引っ掴む。
「忍者がいるなら、サムライもいるの?」
 道中のクリスティーの問いに、頷いたのはオリヴィアだ。周囲を窺う仕草をしてからわざとらしくも声を潜め、とうとうと語り始める。
「ジャパンって昔戦争に負けたじゃなぁい? だから京都の地下に秘密の工房と基地を作って、そこで日夜修行を続けているのよぉ〜」
「じゃあ、チョンマゲも存在するのか?」
「ふふ、お役所のテレビに出ていない人たちはねぇ、みーんな髷を結っているのよぉ」
 嬉々として吹き込むオリヴィアの言葉に再び驚愕を示した二人は、円に導かれ辿り着いた着物店へと入っていく。ずかずかとレジへ向かった円は、店員へ向けて唐突に呼び掛けた。
「新宿2丁目辺りにいる派手なおねぇけいの好みそうな着物を用意するんだ、贈り物だから可愛く包装してよ」
 当惑しながらも準備を始めた店員を満足げに見遣り、円は一行を振り返る。
「用意が済むまでの間に、他の物を探してしまおうか」
「あ、色とりどりで口に入れると溶けちゃうものってこれじゃないかな!」
 そうして再び別のお土産屋さんへ足を運んだ途端、クリスティーが声を上げた。彼の手中には、「サクマドロップ」と書かれたお菓子の缶が握られている。円が重々しく頷いて同意を示し、オリヴィアがくすくすと笑いながら頷くと、疑いもせずにクリスティーはそれをレジへと運んだ。
「三角って言うと……」
「おにぎりだね」
 クリストファーの呟きに間髪を入れず円が返し、一行はおにぎりを求めて移動する。その間にもオリヴィアが「印籠は人の心を洗脳する最終兵器なのよぉ〜」「お経はジャパンに代々伝わる洗脳歌でねぇ〜」「ジャパンの首都はトーキョーって言われるけど、その本拠地はアキハバラで、様々な武器が売られているのよぉ〜」などと好き勝手に吹き込む言葉を神妙な面持ちでクリストファーとクリスティー、そして円が拝聴し、信じ込む。ミネルバはと言えば店頭の試食品から果てはクリスティーのサクマドロップにまで手を出し、ツッコミのいない一行の旅路は続く。
「あ、あれじゃないか?」
 次のお土産屋さんへと向かう途中、ふとクリストファーが足を止める。彼の指さす先には、チマキが美しく並べられていた。
「餡子かは判らないけど、きっとあれだね。間違いないよ」
 自信満々な円の言葉に促され、早速とばかりにクリストファーはレジへ向かう。その後頭部を目掛けて飛来した赤い球体を、クリストファーは間一髪のところで回避した。がしゃーん、と派手な音が上がる。
「な、な、な……!?」
「ミネルヴァちゃんの贈り物も買ってー!」
 頭くらいの大きさのその球体には、指を差し込むための穴が三つ空いていた。要するに、ボーリングのボール。
 重いその玉を真っ直ぐに投擲したミネルバは、店内の惨状も気にせず不満げに叫んだ。あらあら、と愉快気な笑顔を崩さないオリヴィア、やれやれと肩を竦める円の視線の先で、真っ赤なボールを拾い上げたクリストファーはおもむろにそれを振り被る。その次の瞬間だった。
「そこの生徒、何をやっている!」
 隣のお土産屋さんからお土産を買って出てきたマフディーの声が鋭く響き、思わず動きを止めたクリストファーの指からボールが零れ落ちる。店内の一角の惨状を一瞥したマフディーはクリストファーとクリスティーに向き直ると、鋭い語調のままに説教を始めた。
「諸君らはパラミタの代表として見られているのである。ここで不用意な行動を取り、地球とパラミタの確執を作っては、パラミタの民にも悪影響が出て……」
「マスター、あれが日本の忍者? サイン貰ってきていい?」
「邪魔しちゃいけませぇ〜ん、ジャパンの治安を守ってらっしゃるんだから敬礼ぐらいにしときなさいよぉ〜」
 毒々しいまでの彩りを帯びたグミの袋を片手に素早くミネルバを引き摺って対比しながら囁き合う二人と共に後ずさりながら、クリスティーは困ったように表情を引き攣らせた。
「薔薇の学舎の講師の先生だよ……」
「それが店内で球体を振り回し迷惑を掛けるとは嘆かわしい……聞いているのかね?」
 くどくどと説教を受けるクリストファーを遠目に眺めながら、クリスティーはがっくりと肩を落とした。


 その頃、あんみつ屋さんの店内では。
「セシリア。日本には他にも菓子があるのか? お前は何が好きだ?」
 がつがつとあんみつを食べながら発された淵の言葉に、セシリア・ファフレータはスプーンを動かしながらも考えるような間を取った。
「他の和菓子はー…よくレイが作ってくれるおはぎとかは好きじゃな」
 そう言うとルカルカに配られた塩昆布を口にして舌の感覚を取り戻し、彼女は新たなあんみつをダリルへ注文した。代行して注文を行うダリルは、やや心配そうに眉を顰め彼らの様子を見守る。既に勝負も佳境、しかし黙々と食べるだけではなく、和気藹々と会話をしながら、一同はひたすらあんみつを味わっていく。
「俺はそろそろキツイなあ……」
 苦笑交じりに呟きながら真っ先に両手を上げたのは、亮司だった。そんな彼を横目に伺ったセシリア・ファフレータは、得意げに鼻を鳴らして見せる。
「いくら闇商人といえども大食いは少し不得手のようじゃな!」
「闇商人違いますよ、誤字姫さん」
 そんなセシリア・ファフレータも、次のあんみつの半ばで急にペースを落とした。その一杯を塩昆布と気合で乗り切ると、ぐったりと机の上へ突っ伏す。限界を超えた様子ながらも満足のいくまで和菓子を味わった彼女の面持ちは、幸せそうに緩んでいた。
「二人はそこで止めておけ」
 ダリルの言葉に亮司はひらひらと手を振って応え、セシリア・ファフレータも僅かに首肯を返した。
「甘いもの好きなんだけど、もう限界だぜー……」
 続けて力無く突っ伏したレイディスにも同様の言葉を掛け、ダリルはルカルカの様子を見守る。とうに限界を超えているらしい彼女の様子を見兼ねたダリルが手を伸ばすよりも早く、別の手が彼女の肩を叩いた。
「その辺りで止めておきなさい。無理をして食べる姿は美しいものではない」
 宥めるようなジェイダスの言葉に、短く唸ったルカルカは、やがて大人しく頷くと他の選手たちと同様に机へ突っ伏した。
 さて、彼らよりも遥かに早く手を止めている者がいた。日本の甘味に慣れておらず、意地で塩昆布を拒んだラドゥだ。二杯目半ばといった早期に手の止まった彼は、以来敗北宣言も出来ず、じっと溶けゆく餡子を眺めていた。声を掛けることが躊躇われる雰囲気を纏った彼へ、次にジェイダスは手を伸ばす。
「ラドゥもだ」
「……ジェイダス」
 不満げに顔を上げた彼の蒼白な面持ちに、ジェイダスは苦笑を漏らした。
「私を想い勝負に挑む姿の美しさは、しっかり見せてもらった」
 その言葉にようやく安心したらしいラドゥは、かなりの間を置いて投了を申し出た。必然的に勝者となった淵へ、ダリルからあんみつ一杯無料券が進呈される。
「……私達ながら見事じゃな。誰じゃこんなに食べたの」
 ラドゥへと差し出された伝票を盗み見たセシリア・ファフレータが驚きの声を上げ、誰でも無い彼でも無いと擦り付け合う彼らの様子を微笑ましげに眺めたジェイダスは、ようやく静かに自分のあんみつへとスプーンを走らせるのだった。