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七不思議 怪奇、這い寄る紫の湖

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七不思議 怪奇、這い寄る紫の湖

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第5章 青き波は流るる
 
 
「よいしょ、よいしょ。がんばって、壁を作るのですわ」
「ああ、そういうことはゴーレムにやらせればいいのじゃ。留美は黙って指示を出しておればよい。ああ、屈むでない!」
 スライムの東側に防塁を築く佐倉 留美(さくら・るみ)の姿に、ラムール・エリスティア(らむーる・えりすてぃあ)がはらはらしながら言った。こういった土木作業を、超ミニスカート姿の女子がするものではない。
「これ、遊んでないでまじめにやらぬか」
 氷術で防塁を凍らせて強化していた悠久ノカナタが二人をたしなめた。
「わたくしは、まじめにやっておりますわ」
 佐倉留美が、ちょっと頬をふくらませる。
「急いでください。じきにスライムがやってきますよ」
 沢渡真言が、作業を急がせた。
 スライムを囲い込んで殲滅する罠が着々とできあがる間に、誘導部隊の方は青いスライムに攻撃を開始していた。敵対心をあおるか、魔力を餌にして罠の方へ誘導しようというのだが、これがなかなかうまくいかない。多少の興味を示してはくれるものの、オプシディアンの誘導の方が強力なようで、西の合流点目指してじりじりと侵攻をやめないという状況であった。
「これでは、わらわたちの魔力が持たないのじゃ。何か、いい考えはないのか」
 羽瀬川 セト(はせがわ・せと)の操る空飛ぶ箒の後ろに乗ったエレミア・ファフニール(えれみあ・ふぁふにーる)が、このままでは埒があかないとばかりに助けを求めた。現状では、誘導などできずに、普通に攻撃してわずかずつ数を減らしているに過ぎない。このままこんなことを続けていても、赤いスライムと合流されてしまえば、減らした数の数倍のスライムが増加することになり、なんの意味もなさないだろう。
「みんなに連絡をしてみましょう」
 そう言って、羽瀬川セトは携帯で沢渡真言に連絡をとってみた。
「誰からかしら」
 沢渡真言は突然鳴りだした携帯に応答しようとして、メールが届いていることに気づいた。タイトルには、誘導している球体に注意と書いてある。
 羽瀬川セトの話を聞いた沢渡真言は、すぐさまそのことを彼に伝えた。
「近くに球体が飛んでいるって……。あれですか!」
 エレミア・ファフニールの操る光の精霊の明かりで周囲を索敵した羽瀬川セトは、整然と空中を西へ進んでいくいくつかの球体を見つけて叫んだ。
「見つけましたよ。ミア、準備はいいですか?」
 だが、そのとき、魔導球の隊列が乱れた。急に統制を失ったかのように、それぞればらばらの方向に散らばるように飛んでいく。それに合わせて、スライムたちが大きく動き、いくつかに分かれて魔導球の後を追い始めた。
「これさえ手に入れば……」
 羽瀬川セトは巧みに箒を魔導球のそばに寄せると、その一つをつかみ取った。
「よし。やりました。ミア、後の物は破壊してください。こちらだけに引き寄せましょう」
「あい分かったのじゃ」
 ギャザリングヘクスの秘薬で魔力を高めたエレミア・ファフニールは、雷術で一帯を薙ぎ払った。いくつかの魔導球が、雷光を受けて粉々になる。だが、すでに広く拡散しすぎていたためか、全部の魔導球を破壊できたかの確証はなかった。
「確かめている暇はなさそうですね。大丈夫、全部オレたちについてきますよ」
 もぞもぞと蠢きながら自分たちの方にむかって来始めたスライムたちを見て、羽瀬川セトは言った。ここでぐずぐずして、スライムに呑み込まれてしまっては意味がない。
 羽瀬川セトは反転すると、スライムたちを誘導しながら沢渡真言たちの許へとむかった。
「うまくいったのか。ようし、このまま東にスライムを引っ張るぞ」
 羽瀬川セトたちの後を追って移動し始めたスライムを見て、空飛ぶ箒に乗った緋桜 ケイ(ひおう・けい)は、スライムの背後から追いたてるように攻撃のスタイルを変えた。
「すべてのスライムがついてきているわけではないようだな。しかたない、他のスライムは、俺とフォルクスで探すよ」
 そう言うと、空飛ぶ箒に乗った和原 樹(なぎはら・いつき)は、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)とともに離れていった。
「そういうことで、囮は任せたよ、フォルクス」
「いや、これでどうやって戦えと言うのだ。返り討ちがせいぜいだろう?」
 杖にくくりつけた洗面器をぶんぶんと振って、フォルクス・カーネリアが言った。それでスライムをすくい取って、酸性洗剤でお亡くなりになっていただこうという作戦なのだ。
「大丈夫。やられてもいいように、ちゃんと対策はとってあるよ。ただ、あんたの分は今回もない」
 以前と同じように、無数の安全ピンで縫い目を留めた制服を見せて、和原樹は笑った。
「いた。追うよ!」
 光の精霊の明かりの中に南下するスライムを見つけて、二人はその後を追った。いくつかの赤い魔導球が絡み合うようにしてふらふらと世界樹の方へむかって進んでいる。どうやら、青いスライムは、羽瀬川セトに誘導されてついて行ったグループと、偶然か、はたまた、校長の放つ強大な魔力の波動に引き寄せられたのか、直接世界樹の方にむかうグループの二つに分かれたようだった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「来ましたよ。スライムです」
 高分子ポリマーを満載した自転車に乗って、沢渡真言が言った。これを、スライムに突っ込ませる作戦のつもりらしい。
「御同行いたします」
 スライムにむかって爆走する沢渡真言の横に、同じく自転車に乗ったザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が現れた。同じく高分子ポリマーを自転車に満載しているが、彼の方の目的はスライムの捕獲である。
 はっきり言って二人とも無謀だ。
「ようし、スライムが迫ってきまし……で、でっかい……」
 ザカコ・グーメルが絶句する。
 それは、まさに壁であった。空を飛ぶ羽瀬川セトの後を追って、木々の間を埋め尽くすようにして広がり迫ってくる。その巨体の前では、自転車など大福の前のありんこのような物だった。
「大丈夫、自転車だけ突っ込ませて、直前で脱出します」
 ちょっと息を切らせながら、沢渡真言は言った。
「おいおい、下で何をやろうとしているんです」
 二人を見て呆れた羽瀬川セトだったが、そのとき悲劇が起こった。手に持っていた赤い魔導球が突然破裂し、中に入っていた青いスライムが吹き出したのだ。おそらくは、制御を失った場合は、証拠隠滅のために自動的に自壊するようにプログラムされていたのだろう。
「ちょっと、こんなのは聞いておらぬのじゃ〜」
 エレミア・ファフニールが悲鳴をあげたが、すでに遅かった。
「はうあ」
 赤いスライムまみれになって気絶した二人が落下していく。そのまま地上にたたきつけられたら、ただではすまないだろう。
「いけない!」
 沢渡真言は叫んだが、どうすることもできなかった。
 だが、幸か不幸か、這い進んできた青いスライムの上に二人は落下した。それがクッションとなり、怪我だけは免れる。
「よかった……えっ!?」
 ほっとしたのもつかの間、沢渡真言とザカコ・グーメルの目の前で、スライムの一部が紫色になって二人にむかって吹き出してきた。羽瀬川セトたちを襲った赤いスライムと一部が合体したのだ。
「うぽあ!」
 避けるまもなく、自転車組の二人も紫のスライムに呑み込まれてしまう。
「何やってるんでぇい。馬鹿か」
 それを見た、雪国ベアが、スライムを蹴散らそうとお手製の火炎瓶を投げた。
「ちょっとベア、まだ人が中にいます!」
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が焦って叫んだ。
「中の人などはいない。ゆる族の俺が言うのだから間違いない」
「いや、死んじゃうから」
 あわてるソア・ウェンボリスの前で、突然どこからか押し寄せた水の津波が紫スライムを押し流した。
 分裂に必要な水分を得た紫スライムが、赤と青のスライムに分離する。そのおかげで、呑み込まれていた四人が吐き出された。
「次もうまくいくとは限らないぜ。今のうちに拾い上げろ!」
 ヒロイックアサルトで水を呼び出したマーリン・アンブロジウスが叫んだ。
「そうだよね。今行くからね」
 マーリン・アンブロジウスとともに魔法の箒で急降下したユーリエンテ・レヴィが叫んだ。マーリン・アンブロジウスが裸のザカコ・グーメルを救い出す間に、ユーリエンテ・レヴィがなんとかスライムまみれの執事服の沢渡真言を箒に乗せてその場を離脱する。
 それを見たソア・ウェンボリスは、ホワイトアーマーを着た羽瀬川セトを雪国ベアに任せると、すっぽんぽんのエレミア・ファフニールを拾い上げて撤退した。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「困ったなあ。僕という餌に食いついて追っかけてくれるかなあ」
「困る前に攻撃よ、寛太」
 防塁直前での味方の大量離脱に頭を悩ませる鳥羽 寛太(とば・かんた)に、離れたところから伊万里 真由美(いまり・まゆみ)が言った。
「あっ、そうそう、記念写真、記念写真」
 伊万里真由美は突然思い出したように携帯を取り出すと、嬉々として撤退してきた羽瀬川セトたちの写真を撮り始めた。
「何をやってるんですか、真由美さんは」
「そんなことよりも、攻撃です寛太さん。ほれ、SPリチャージ。戦え」
 箒の後ろに乗っているカーラ・シルバ(かーら・しるば)が、呆れている鳥羽寛太の背中を叩いた。
「えっ、ああ」
 気を取り直して、鳥羽寛太が火球でスライムを攻撃する。
「その調子ですわ。さあ、ラムールさんも攻撃を」
 防塁からの射程範囲にスライムが入ったのを確認して、佐倉留美がラムール・エリスティアに言った。
「しかたないのう」
 少し面倒くさがりながらも、ラムール・エリスティアが火球を連射する。
「さあ、わたくしたちも行くときなのだ」
 姫神 司(ひめがみ・つかさ)が、グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)を促した。
「今、参ります」
 毛布にくるまって休んでいるエレミア・ファフニールのそばから、グレッグ・マーセラスが立ちあがる。
「お役にたてなくて申し訳ありませんでした」
 せっかくエレミア・ファフニールには禁漁区を施したアミュレットを手渡していたのだが、スライムと戦っている間はずっと危険信号が反応しっぱなしで、肝心の危機のときには何もできなかったのだ。
「でも、このワンピース、ありがとうなのじゃ」
 救助用にグレッグ・マーセラスが用意してくれていたワンピースの胸元をちょっと握りしめながら、エレミア・ファフニールはお礼を言った。
「ポリマーを撒いて、動きを止めるわよ」
「了解です」
 防塁に達したスライムに、姫神司とグレッグ・マーセラスがクレイゴーレムを使って高分子ポリマーを投入した。
 動きが鈍ったところへ、グレッグ・マーセラスがバニッシュで攻撃する。
「おっと、ここを越えはさせぬのだよ」
 防塁の上を越えようとするスライムを爆炎波で焼き払いながら姫神司が言った。
「ようし、一気に追い込むんだ」
 緋桜ケイが、鳥羽寛太とともに、スライムを防塁の前にまとまるように追いたてた。
「いい形です。出でよ、氷壁!」
 十六夜 泡(いざよい・うたかた)の足下に輝くルーンのサークルが浮かびあがる。
 スライムを取り囲むように、次々に氷の壁が現れた。
 防塁と一体となって、氷の壁がスライムをぐるりと取り囲んで閉じこめた。
「今じゃ、ポリマーをすべて投げ込んで、雷撃じゃ」
 クレイゴーレム部隊を従えた悠久ノカナタが叫んだ。
 ゴーレムたちが残っていた高分子ポリマーをすべてスライムのプールへと投げ込む。粘度が増して、スライムたちがゼリーのように固まった。
「雷術!」
「バニッシュ!」
「爆炎波!」
 一斉攻撃がスライムに浴びせられた。
 分散してかなりの量が逃げてしまったこともあったのか、ほどなくして、プールに閉じこめられたスライムはすべて倒された。
「とりあえずは、勝利したようじゃのう。だが、これがすべてでないのが残念じゃ。後は、他の者たちがなんとかしてくれるはず。そうでなければ……」
 悠久ノカナタは、遙か南で強い輝きを放ち始めた世界樹を仰ぎ見て言った。