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バトルフェスティバル・ウィンターパーティ編

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バトルフェスティバル・ウィンターパーティ編

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嬉し恥ずかし初詣1

 クリスマスは思い思いで楽しんだのか、恋人たちは正月デートに神社や日本庭園を選ぶ者が多かった。趣のある神社からはファンシーなツリーが見え、とても異色な雰囲気を放っていることを気にすることなく、2人きりの世界を醸し出すカップルがまた1組。
 和装で日本庭園のデートをするリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)白波 理沙(しらなみ・りさ)は、つい先日つきあい始めたばかり。今までも2人で行動することは多かったが、きちんと恋人同士としてデートをするのはこれが初めてで、リュースは蒼の紋付袴を世話になっている大家さんのご主人から借りて着付けまでしてもらい、理沙も赤いリボンと晴れ着に身を包み、どこからどうみても初詣を楽しみに来たカップルで、何かの競技に出る様子は全く感じられない。
「わー! 思ってたより、お守りも可愛いのが沢山あるのね」
 普通のシンプルなお守りから、干支のマスコットが付いたものまでデザインの種類は豊富で、中でも1番目を引いたのはジェイダス校長のブロマイドが付いた恋愛成就のお守りかもしれない。
(いくら恋愛成就のお守りでも、これは効果あるのかしら……不思議な薔薇とかあったみたいだけど、コレはないわね)
 じぃっと真剣にお守りのコーナーを見つめる理沙に待ちくたびれてしまったのか、リュースは後ろから抱きしめる。
「随分真剣に選んでるけど、何か面白いのでもあった?」
「あ……うん。変な写真が……じゃなくて! これ、この子可愛くない?」
 急に抱きしめられたことに戸惑いつつ、そういう仲になれたことが嬉しく微笑む。けれども、彼女が手にしたのは1.5頭身のずいぶん丸っこくデフォルメされた虎が小さなハートを抱えている根付け。どうどうと恋人だと言える仲になったとは言え、今までの縁のなさや遠回りしてきたことが傷となっているのか、ついつい恋愛運上昇を願ってしまうようだ。
「……そう? 理沙の方が可愛いよ」
「へっ? ……あ、ありがと」
 帯があるからぴったりとまではいかないものの、背中から抱きしめられたこの体勢では必然的にリュースが肩越しに根付けを覗くのだから、囁くように呟く声もしっかりと聞こえてしまう。心持ち落とされたトーンで予想外の褒め言葉を囁かれては、いつも以上にドキドキとしてしまって、どう返して良い物かわからない。
「そんなに気に入ったんだったら買ってくる」
「でも、買って貰う理由がないし……良かったら、リュースもどう?」
 デートの思い出に彼氏からのささやかなプレゼント。確かにそれも恋人同士っぽいシチュエーションではあるが、なんとなく気兼ねしてしまう。互いに交換しあえばそれも緩和される上、ずっと2人でいられるように願っているように見えるかも知れない。
(1人で持っていると、なんだか私だけ必死になってるみたいだし……)
 同じデザインの虎が、小判を持ったり救急箱を持ったりと色んな物が並ぶ中、どうせならお揃いが良いのかリュースもハートを持った虎の根付けを手に取った。
「それは構わないけど、本当に御利益があったらちょっと困るな」
「どうして?」
 彼は自分と同じように、ずっと一緒にいられることを望んではくれないのだろうか。一瞬だけそんな不安が過ぎるが、背中から離れてはにかんだ笑顔で恋人繋ぎをしてくるリュースを疑うことなど出来るわけがない。
「理沙が可愛くて、大好きで……今だって何度言っても足りないのに、これ以上なんて伝えきれるかな」
 根付けを持った手で照れくさそうに頬をかく度に、根付けについた小さな鈴がリンと鳴る。可愛らしい根付けに負けないくらい、頬を赤らめるリュースも可愛いと伝えれば、どんな顔をするだろうか。
 クスクスと笑う理沙にほんの少し不思議そうな顔をするけれど、それは繋いだ腕にぴったりとくっつかれることによって驚きの表情へと変わる。
「ずっとこうしていればいいんじゃない?」
 リンリンと根付けを揺らすことで自分も照れくさいのを誤魔化しつつ、2人仲良く恋愛成就のお守りを買うのだった。
 椎名 真(しいな・まこと)双葉 京子(ふたば・きょうこ)は、制服の上にトレンチコートとダッフルコートを羽織り他のデート組よりも些かシンプルな……というよりも学生として一般的な服装で参拝していたようだ。互いの気持ちはどうであれ、2人は主従関係にあるのだからデートだと浮かれることも出来ず、そして素直に気持ちを伝えることも出来なくて何とも言えない空気が流れている。
(――いつまで、こうしていられるんだろう。こうしてなくちゃ、いけないんだろう)
 忠誠心より肥大する気持ちが何であるのか、真は気がついてしまった。だからこそ自制心を持って京子と接するが、同じ気持ちを抱く京子がその不自然さに気がつかないわけもない。
「参拝も終わったし……そうだ、入り口でお蕎麦を配っていたよね。取ってくるから京子ちゃんは待ってて」
「それなら私も――」
「執事なんだから俺1人で大丈夫だよ。すぐ戻るから」
 足早に駆けていく背中を見送り、ポツンと1人取り残された京子は溜め息を吐く。今までなら1歩引いた中でも一緒に何かをすることはあったのに、最近は避けるように「執事だから」という言葉を多用するようになった。
(私は、真くんがいてくれればそれでいいのに)
 仕方無く近くの池の畔で待つことにした京子は、鯉でも見ていようかと屈んで覗き混む。けれどもそこには、エメラルドグリーンの髪をした憂い顔の少女が映るだけだった。
「……どこに、いるんだろうね」
 真のことを思うのであれば、探してあげるべきなのかもしれない。いや、自分とよく似た少女が真を探しているのかもしれない。そう思うと良心は痛むけれど、自分だって真が大切だ。出来ることなら今の幸せは誰にも壊されたくはない。
(どうして、私は剣の花嫁だったんだろう)
 せめて違う種族なら、こんなにも悩まなかったかもしれない。違う出逢いだったなら、気軽に想いも伝えられたかもしれない。大切な人に似るという自分の種族をこんなにも恨んだことはない、真実を話せない自分の弱さも。
「あなたとの出逢いなんて、無ければいいのに」
 そうすれば、自分はいつまでも真と一緒にいることが出来る。例えこれが偽りの関係だとしても咎める人は誰もいない、真実を知るのは極一部だけなのだから。
 ――ガシャーンッ!!
 水面で揺れている少女が溜め息を吐くのと何かがひっくり返る音がするのは同時だった。急に立ち止まってしまった真が後ろから誰かにぶつかられてしまい、運んできた蕎麦をひっくり返してしまったのだと言うことは、振り返って現場を見た京子にはすぐわかった。
「真くん大丈夫!? 火傷とかしてないかな、破片もこんなに飛んで……」
「あ、ごめん……その、怪我をされると危ないですから、京子様はお下がり下さい」
「――え?」
 背中を向けて破片を集める姿は、いつもより深く線を引かれてしまった気がする。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれているけれど「様」だなんて呼ぶことは無かったのに。
 自分の呟きが誤解されているだなんて、思いもしなかったのだろう。何処かにいる少女と出逢わないでくれという言葉は、遠くから聞いていた真には自分との出逢いを後悔しているような呟きに聞こえたのだ。
「……ごめん。頼りなくて、図々しかったよね。でも、安心して」
 一通りかけらを集めて立ち上がると、真は何かを吹っ切るように最後の微笑みを見せる。
「ちゃんと君に相応しい執事になるよ。……もう、今までみたいなのは終わりにするから。だから……」
(真くん……?)
「お側に仕えること、お許し頂けますでしょうか京子様」
 冷たい風が吹く。辺りでは着物の袖を揺らしたり突然の突風から首を竦めるようにして身を守る人だっているのに、2人は立ち尽くして見つめ合ったままだ。
「うそ、だよね? 今まで通り一緒にいられるよね?」
「……申し訳ありません」
 真と一緒にいるためには、主として振る舞うしかない。主じゃないだなんて言い出せば、本当の主を捜しに行ってしまうかもしれないからだ。けれど、本当に主従関係しか残らないのは苦しいし自分から気持ちを伝えるのは命令のようで言いたくはない。
(京子ちゃんごめん。俺、すっごく卑怯なことしてる)
 パラミタで生活し、執事として知識教養と身につけた真にとって、剣の花嫁が自分の大切な人に似るということを知らないはずがない。だからこそ、薄々は感づいているのだ……もしかしたら、京子が自分の主では無いのかもしれないということに。真実から目を逸らした所でどうにもならない、京子の傍に居続けるためにはそれを知られる前に執事として振る舞い続けなければいけない。
 後悔されていたとしても、せめて近くで見守っていたいというのは我が儘だ。
(それでも今更、君以外の子に仕えたりしたくない。主としても、女の子としても大切なのは京子ちゃんだけだ)
「どうしてかは、言えないの?」
 自分にだって真に言えない思いがある。苦い顔をして黙り込んでしまった彼に無理強いに聞き出すことは出来なくて、京子は躊躇いながら口を開いた。
「……もし、ね。もしだよ? 私が真くんの主じゃなかったら……どうする?」
(京子ちゃん、もしかして気がついて――)
 驚いたような顔で自分を見る真に、胸に何かが突き刺さる。目覚めたときから一緒にいるのだから、そんなことを考えもしなかったのだろう。やはり言うんじゃなかったかとほんの少し後悔しながらも、それでも自分は真と話し合いたかった。
 いきなり関係を変えようと言うのであれば、1人もやもやとした思いを抱えたまま一緒にいるよりも、そうする方がいいと思ったからだ。
「主人じゃ、なかったら……か」
 何も押さえることは無くて、言いたいことが言い合える関係だったなら。そうすれば今の気持ちも吐き出せるけれど、一緒にいる理由がない。気持ちを言えないことと会えないことは、どちらが苦しいのだろう。
「あのね、真くん。これだけは忘れないで? 私は主である前に……真くんのパートナーなんだよ」
 いつも自分や仲間を守るため、1人で考えては無理をする。今だって何かを隠して言葉を選んでいるのだろうが、それが従者として押さえ込んでいるのなら素直な気持ちを伝えて欲しい。
「真くんだから、執事になってもらった。だから一緒にいたい……それじゃダメかな?」
 執事が必要なわけじゃない、真だから傍にいて欲しい。それは、いつか真が言ってくれた言葉を真似て言えば伝わるだろうか。少しばかり鈍感な真だけれど、聞き覚えのあるその言葉に自分が言ったときのことを思い返したのか恥ずかしそうに後ろ頭をかいている。
「そう、だよね。パートナーだもんね」
 無理矢理主従関係で繋ぎ止めなくても、一緒にいられる。そして、もしかしたら対等な立場になれるかもしれない。
(あくまで可能性の話で、どっちが俺にとっての主かはわからないけど……)
 それでも、溜め込みすぎていた思いは軽くなった気がする。今はまだ主と執事という関係は変えられないけれど、パートナーとしてならもう1歩近づける気がした。
「ごめん、変な話しちゃったね。今まで通り、よろしくね」
(どうしてここで、今まで通りになっちゃうのかなぁ……)
 にこにこと笑顔を取り戻した真に対し、少し不満の残る顔をする京子。けれど、どこにも行かず真として傍にいてくれるのなら、仕方無いと微苦笑を浮かべる。
「うん! 今年もよろしくね。ほら、掃除道具を借りてお蕎麦のおかわり貰いに行こう?」
 本当は手を繋いで庭園を歩きたい。そんな乙女心を誤魔化すように真の手を取って先を歩く。
(叶うことなら、今年は理由もなく手を繋げるようになりますように)
 イベントのために作られた神社には効果が無いかもしれないけれど、お互いが勇気を持てばこの距離は縮まるのだろうか。
「真くん、今年もたくさん遊びに行けるといいね」
「そうだね、こうして地球と同じような催しなら俺もみんなに教えられるし――」
「みんなともいいけど、2人でも行こうね? あ、すみません! 掃除用具をお借りしたいんですけど……」
 薔薇学生を見つけて中断された会話。どうして友達や増えたパートナーと一緒ではなく、2人でなのだろうと問いかけたくても、なんとなく聞きづらい。
(2人で、なんて言われたら……)
 今までなら執事としての自制心が邪魔をしたけれど、ほんの少しだけ繋いだ手を握り返すことで気持ちを伝えようとしてみる。改めて彼女との距離を自覚しても冷めない思いに苦笑したくなるけれど、どんな結果になっても後悔しないようにしよう。
 新しい1年の始まり。2人の答えはすぐに出るかわからないが、そんな想いを胸に楽しく過ごすのだった。