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夢のクリスマスパーティ

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夢のクリスマスパーティ
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大事な人にお土産を

「溜息は厳禁、ということにしよう」
 藍澤 黎(あいざわ・れい)の提案に、ケーキ作りに集まった一団はうんうん、と頷き合った。
 それぞれ恋人や想い人がパーティに来れなかった人で集まって、ケーキを作ることにしたのだ。
「ふむ、態々聖夜に土産作りとは酔狂だな」
 壁の花になりながら、友人たちの様子を眺めレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)がそう呟いた。
「それでも、何もしないよりはきっと良いですよ」
 その隣で小さく可憐な花でありながら、萎れたような様子のティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)が小さな声で言葉を返した。
 ティエリーティアも相手が来られなかった一人なのだ。
「まあ、せっかくのクリスマスなんだから楽しみましょう、せっかくなんだから……」
 ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)が自分に言い聞かせるようにして、買い出ししてきた材料を並べる。
「るーくん、だいじょうぶですかー?」
 あい じゃわ(あい・じゃわ)がルースの頭によじ登りながら、心配そうに声をかける。
「あ、ええ、大丈夫ですよ。そうだ、生クリームの泡立てでも手伝いましょうか。たくさん作ってみんなに持って帰ってもらえればうれしいですし」
「……るーくんも一緒に楽しむのです〜」
「そうですね、ありがとうございます」
 ルースはくるっと後ろを向き、レオンハルトたちに声をかけた。
「レオンも、それからそちらの方もお持ち帰りください。恋人や大切な人と楽しい夜をお過ごしください」
「好意に感謝してもらって行くとしようか」
「は、はい、ありがとうございます」
 レオンハルトとティエリーティアの言葉を聞き、ルースが少し笑顔を見せる。
「さて、それじゃがんばろうー! ね!」
 白波 理沙(しらなみ・りさ)風森 巽(かぜもり・たつみ)の背中をポンと叩く。
「あ、ああ、うん」
 巽は先ほどサミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)が「フリッツに電話かけてくる〜」というのを聞いて、自分も愛沢に電話しようかな……と思っていたのだ。
「まあ、逢えない時間があるから、共にいられる時間を大切に思えるんですよね」
 呟くようにそう言うと、理沙が元気な声で励ました。
「そうそう、そういうもの! わざわざメイド服なんて着て女装までしてるんだからがんばって!」
「こ、これは、メイド服はエプロン代りであって女装では……」
「蒼空学園の中でも評判でしょうがー。女装の回数」
「……う」
 理沙のツッコミに、巽は何とか話題を切り替えようと考える。
「ええと、クリスマスらしく、ブッシュ・ド・ノエルでしたっけ」
「そうそう、さーて、楽しく作ろうか☆」
 理沙が妙に元気なのを見て、佐野 亮司(さの・りょうじ)が心配そうに見る。
「……空元気じゃないのか、理沙」
「な、なーに言ってんのよ、佐野。私は元気よ! さ、作ろう作ろう」
「そうですね、それじゃ、男性の皆さんに材料を混ぜるのと生クリームを泡立てるのお願いしましょうか」
 向山 綾乃(むこうやま・あやの)が間に入り、理沙と2人でケーキ作りの指導をしていく。
「期待していますから、がんばってくださいね」
 気配り上手な綾乃は、ルースたちにそう声をかけることを忘れず、上手に役割分担を割り振っていった。
「あの、佐野さん」
「ん?」
 声をかけられて亮司が振り返ると、そこには今日のパーティの準備や飾り付けを取り仕切った朝野三姉妹の長女朝野 未沙(あさの・みさ)の姿があった。
「どうかしたか?」
「うん、悠からコレ預かって来たんだ」
 未沙が差し出したのは、銀の飾り鎖のついたアメジストのネックレスだった。
「佐野さん、悠がね『来れなくてごめんなさい、一日ずれたけどお誕生日おめでとう』だって!」
「あ……」
 自分の誕生日を忘れていた亮司は、それを聞いて胸が温かくなった。
 しかもまさか。
「悠が覚えていてくれたなんて……」
「え?」
「あ、いや……」
 うれしさのあまり、思わず口からこぼれてしまった言葉をフォローするように、亮司が早口で言う。
「悠も甘いもの好きかなと思って。あ、ケーキが余ったら悠のところに持っていくよ。喜んでくれるといいが」
「亮司さん、そういうときは余ったらなんて言わずに、頑張って作って持っていくよ、ですよ」
 綾乃が隣からたしなめる。
「ほら、月島さんに持って行くならちゃんと卵かき混ぜたりしてください」
「あ、ああ」
 これはこき使われそうだなと思いながら、亮司は未沙に礼を言った。
「わざわざありがとう、未沙」
「う、うん」
 未沙は亮司と綾乃を見送り、寂しげに小さな笑みを見せた。
「いいなあ、祝ってくれる人が居て……」
 そんな間にも着々とケーキは出来上がってきていた。
「スポンジが焼けたのですよ〜」
 てててて、と足音をさせ、あいじゃわがみんなにスポンジが焼けたことを伝える。
「よーし、それじゃ、デコレーションしちゃおう! 皆が持って帰る分を考えると、まだまだスポンジ必要だから男性陣は手を休めずに頑張ってよ!」
 理沙にせっつかれて、男性陣は再び生地作りを始める。
「空元気でなく、元気になってきたようで、良かったな、理沙殿も」
「ここで落ち込んでいたら、来れなかった人達にも悪いですしね。良かったです」
 巽が親友の黎の言葉に微笑む。
 そして、黎は仲間たちを眺め、美しい微笑を浮かべた。
「我らは幸せだな。こうやって綺麗な物や楽しい事を、分け合いたいと思う事が出来る相手がいる。それはとても幸運に思うべきだと思わないか」
「うん、そう思います。聖夜の夜に想う人も仲間もいて幸せですよね」
 2人は笑い合い、そして、巽は少し気になっていたことを聞いた。
「藍澤は連絡は取れた……?」
「うん、おかげさまで」
「そうか。一緒にいても離れていても、想える相手がいるのは幸せだね」
「巽殿は?」
「あ、我は……」
 言葉を口にしかけて、巽はぎゅっと携帯を握った。
 その様子を見て、黎は優しく言った。
「人数も多いし、少しくらい時間はあるだろう。かけたきてらどうだ?」
「……すみません」
 巽は好意に甘え、携帯を手にして、外に出て行った。
「お話できるとよいのですが」
「ふむ」
 あいじゃわの言葉に黎は静かに頷く。
 そして同じく巽の背を眺めながら、ルースがぽつりと言った。
「……いいじゃないですか。幸せなことですよ」
「るーくん……」
 落ち込み気味のルースを心配し、あいじゃわがその肩に乗る。
「まあ、無理しないのですよ」
「ありがとう」
 ルースは弱々しい笑顔を見せ、あいじゃわを撫でた。
「さて、では飾り付けをするとするかな」
 黎は理沙が作ったブッシュ・ド・ノエルに黎が飾り付けをしていく。
 その手にあるのは薔薇の花。
 自らの研究農園で、黎が無農薬栽培した薔薇だ。
 ブッシュ・ド・ノエルには白くて花弁の根元が緑がかった薔薇を飾り付けていく。
 美を追求する薔薇学の生徒らしく、芸術的なセンスで、黎は仕上げをしていった。
 もちろん、クリームでの飾りつけの部分は綾乃や理沙に相談し、細心の注意を図って丁寧に行った。
「……出来た」
 黎が出来上がりを見て満足する。
 すると、愛沢との電話から帰ってきた巽が賞賛した。
「これはこれは綺麗ですね」
「ああ」
 うれしそうに黎は微笑み、そして、心の中で大事な人のことを思った。
(ゴードンにも見せたいな……食べてもらいたいな)
 いつかそんな日が来ますように、と黎は強く願うのだった。