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ホレグスリ狂奏曲

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 第2章 もう1つの三国志


「むーーーーーー」
 そこらじゅうでいちゃついているカップルを見て、頬を膨らませるのはメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)だ。
「ホレグスリで心を操るなんて許せないですぅー。ましてや、あんなことやこんなことまでしちゃうなんて……私たちでホレグスリをやっつけますよー」
「よし、やろう!」
「あらあら、大変ですわ」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が拳を作り、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がのんびりと言う。
「2人とも、分かってますねー?」
 メイベルは蝶マスクを取り出して顔の前に掲げる。セシリアとフィリッパも、それに続いた。

「校内の状態をそのビデオで撮るんですかぁ〜?」
 騒動とは無縁の校長室で、風間 光太郎(かざま・こうたろう)はエリザベートに会いに来ていた。
「此度の騒ぎ、薬の広がり具合から様々なことが研究できるでござるよ。情報というものがどのような経緯で伝わるのか、また、人類には動物的な部分がいかほど残っているのかなども分かるでござる。記録を残す必要があるかと思われるが?」
 ぬけぬけと尤もらしく言ってみたが、エリザベートはそちらには興味を示さなかった。
「そんなことはどうでもいいですけどぉ〜……ビデオで撮るというのは面白いかもですねぇ〜」
 にやりと笑う彼女に、光太郎も内心でにやりと笑う。
「大ババさまも講義が終わった頃でしょうしぃ〜、ちょうど良いですぅ〜、あなた、ついてきなさいぃ〜」
「御意!」
 そこで、校長室のドアが勢い良く開いた。中に入ってきたのは、明智 珠輝(あけち・たまき)城定 英希(じょうじょう・えいき)だ。
「ふふ……」
 2人は、羽織っていた外套を華麗な動作で脱ぎ払うと、光の下にその肢体を曝した。身体にぴったりフィットした、手首足首まである黒いレオタードを着ている。胸元と背中は大きく開いたV字カットで、腰には色鮮やかな布を巻いている。珠輝はレッド、英希はイエローだ。
「な、なんですぅ〜!?」
 さすがのエリザベートも度肝を抜かれ、半月形の目をまんまるにした。その瞬間を、光太郎はしっかりとビデオに撮る。
「ホ、ホレグスリの犠牲者アル!」
「失礼な、ホレグスリに侵された私がこの程度で満足するとでも? これは、城定さんへのクリスマスプレゼントです」
 そう言って、珠輝は優雅な仕種でエリザベートに歩み寄った。
「どうです? エリザベートさんも着てみませんか? お似合いになると思いますよ」
「わ、私がですかぁ!?」
「そうですね、髪型から当てはめていくとエリザベートさんは長女、城定さんは次女、私は末妹というところでしょうか」
「何に当てはめたでござるか……」
「ふふ、それは、大人の事情で言えません」
 光太郎にウィンクをすると、珠輝はエリザベートに向き直る。
「なんでも、逆ハーレムをしたくてホレグスリを作ったらしいじゃありませんか。これは、恋心を奪うには抜群の衣装ですよ……!」
エリザベートは後退る。
「この衣装を着て、俺達3人で逆ハーレム勝負をしませんー? 虜にした男の数が多かったやつがイルミンスールの新たな支配者になるという。リーダーには求心力が必要だからねー、カリスマ性を試す良い機会ですよー」
 子供用のレオタードを出して英希は迫る。腰布の色はブルーグリーンだ。
 エリザベートが後退る。
「簡単に言うと【おっぱい無し三国志】ですねー」
 エリザベートの視線が自分の胸に落ちる。
「……………………」
 我に返る。
「断固拒否しますぅ〜。そんな格好して恥ずかしくないんですかぁ〜」
「まー、今更恥ずかしくは無いねー」
困ったような顔で英希が答える。
「これを着ないと【おっぱい無し三国志】には参戦できませんよー。それだと不戦敗ってことで、まぁ校長も負けると思ってる戦はしたくないですよねー」
「私が負けるわけありません〜〜!」
「アーデルハイトさんに復讐したいんですよね? では【おっぱい無し三国志】に参加して逆ハーレムを作ってしまいましょう! ちなみにエリザベートさん、あなたは既に、アーデルハイトさんに負けてますよ?」
「どこがですかぁ!」
「もちろん、露出度です!!!!」
 珠輝の声が校長室に朗々と響く。
「しかしこのレオタードを着れば、そこはイーブンに戻せます!」
「う〜〜〜〜〜〜〜………………」
 レオタードを前に悩むエリザベートに4人が注目する。
「わかりましたぁ! 私も女ですぅ、受けて立ちますぅ! レオタードを着て、おっぱいがあるところを見せてやるですぅ!」
「……7歳で『ある』ほうが不自然アルよ?」

「なんだこれは……」
 エル・ウィンド(える・うぃんど)に会いに来た鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)はイルミンスールの惨状に頭を抱えた。迷うことなく即帰宅を決意する。穢れない癒しの天使が巻き込まれているとかなら話は別だが、あの馬鹿兄貴ならまあ、知ったこっちゃない。積極的に騒ぎに便乗しているだろう。
「さて、と……ん?」
 回れ右をしたところで、虚雲の目に知った顔が映った。風森 望(かぜもり・のぞみ)が落ち着いた様子で学校の奥へと消えていく。生徒達が色々な意味で危険なことになっているのに気付かないわけないと思うが、何か余程の用事でもあるのだろうか。それとも――
「…………」
 放っておくこともできず、虚雲は望を追いかけた。
「――望さん!」
「あら、こんにちは」
 望は振り返ってお辞儀をした。
「ここは危険です。原因はわかりませんが、いつどこで誰に襲われてもおかしくありません。俺が先導しますから早く外に……」
「そんなポカはしないからお構いなく。聞いたところによると、これはホレグスリが原因らしいです。だから、何も口にしなければ大丈夫よ。せっかくのこの状況を利用しない手はないでしょう? 私はアーデルハイト様にキスをしに行くから、帰らないわよ」
「え、キ、キスですか?」
「そう、キスだ!」
 階段の上からエルが降りてくる。
「何をさしおいても、ボクは今日、エリザベート様とキスをする!」
「はあー?」
 虚雲は、呆れた声を出してエルを見上げた。
「7歳の未来ある子供にキスなんかしてもしょうがないだろ」
「とんでもない、エリザベート様は立派なレディだ! それに、ボクがエリザベート様にキスしなければベスか女性にキスされてしまう! そう、これはエリザベート様の唇を守るための戦いなんだからな!」
「本命はいいのか?」
 らしいといえばらしいが、こいつには好きな奴がいたはずだぞ、確か。
「全く……ホレグスリだかなんだか知らんが、効果なんてほんの一時の話だろ。素に戻った後が怖いんだぞ、やめとけやめとけ」
 一瞬、表情を固まらせたエルに向かって頭上で右手を軽く振り、虚雲は望に向き直った。
「望さんも、そんな馬鹿なことはやめてください。望さんならホレグスリなんて使わなくても充分に勝負できますよ。というかアーデルハイトさんは女性です」
「女性だから何? もとより、薬なんて使わないわ。飲んだふりはするけれど。私は前からアーデルハイト様をお慕いしているんです。別に問題ないでしょう?」
「…………はい、問題ないです」
 望はさっさとその場を去っていく。
「んじゃ、ボクも行くか。じゃあな虚雲。何しに来たのか知らないけど」
「…………」
 会いに来た当人にそう言われて、一気にどうでも良くなった虚雲である。
「にしても、エリザベート様はどこに居るのかな?」
「校長なら、逆ハーレムを作るために校内を歩き回ってると思うよー。いや、その前にアーデルハイト様の撮影かなー?」
「城定!」
「美少女怪盗エーコ見参……! なんてねー」
「……お前はまた、なんつーカッコを……」
 ポーズを取る英希に、虚雲は頭痛を覚えつつツッコミを入れる。
「可愛いだろう同士よー。君もどう?」
「変態だ……てか、同士じゃねえ」
「それよりキミ! 逆ハーレムって何だ!?」
 勢い込んだエルに訊かれ、英希は校長室での出来事を伝える。
「変態だ…………」
「大変だ! そんなことしたらエリザベート様に惚れた男がキスをしてしまう! キスをするのはボクだ! エリザベート様ぁーーーーー! レオタード姿見せてくださいーーーーー!」
 英希は英希で、もう他の男子生徒に薬を飲ませて「貴方の心、頂いちゃいましたぁー」とか言ってレオタードを配っている。
「揃いも揃って変態だ……俺は帰るぞ!」

「帰れねーーーーーーー!」
 いつの間にか、校門にはエリザベートに命令されたむきプリが仁王立ちしていた。三国志勝負をするにあたって、生徒の流出を防ぐためにエリザベートがとった処置である。