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リアクション
第6章 飲めや歌えやどんちゃん騒ぎ。でも時々悲鳴
ポロロロロ〜〜〜ン♪
周囲に、ハープの音が鳴り響いた。
楽しそうに騒いでいた面々が動きを止めてそっちを見る。
視線の先にいたのは美少女2人――いや、少女と見紛うばかりの容姿を持った少年リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)と、こっちは正真正銘の美少女シア・メリシャルア(しあ・めりしゃるあ)。
リアトリスの手の中にはハープが、シアの前には彼女の腰よりも少し高いくらいの台がある。台の上には食材と調理器具がセットされていた。
リアトリスはちょっと緊張した面持ちで、だけどそれ以上に楽しそうに声を弾ませる。
「これから僕が、ハープを弾きながらフラメンコを踊り――」
「あたしが、フラメンコを踊りながらブルーベリータルトを作っちゃうよ〜!」
リアトリスの視線を受け、シアが先を継いだ。
「それと〜〜〜っ! やっぱり、こーゆー楽しい会には美味しいお菓子がないとだよね〜〜〜っ!!」
フラメンコを踊りながらブルーベリータルトを作る――
シアの意図がそこまで伝わったかどうかはわからないが、弾んだ声に感化されて周囲の面々が一気に沸いた。
各所から「やれー」だの「そんなことより、俺に酌してくれー」だのヤジが飛び交う。
せっかくの新年会、そして、せっかくの楽しい出し物である。
「あっははははは!! おどーるアホーに、みるアホー。同じアホーなら、楽しんじゃいますろぉ!?」
と、すっかり出来上がってしまっているのは琳 鳳明(りん・ほうめい)。
既に呂律も回っていないというのに、どんどんアルコールを口に流し込んでいく。
「ぷはぁっ!? あはははっ、あははははっ!!」
なにが楽しいのか、鳳明は笑いっぱなしだ。
そんな彼女を見て、シアが気を良くする。
「どうもー! どうもーっ!!」
「え? シア、君は彼女がなにを言ってるかわかるの?」
「わかんないよー? だけど、楽しそうだからそれでいいんだよ! というわけで、ミュージックスタート!!」
「まったく、もう……」
苦笑しつつ、リアトリスが音楽を奏で始める。
曲は、ハープ協奏曲・第一楽章。
ハープの特長を活かした優しい楽曲を、リアトリスはフラメンコを踊りながら奏でていく。
それに合わせて、タンタンタンタン、とシアがステップを刻み――
「オレッ!!」
そのかけ声が会場の空気を完璧に掴んだ。
どこからともなく手拍子、足拍子が聞こえ、「オレ!」の声が唱和する。中には、リアトリスと一緒になって踊り出す人もいたが、
「おれ〜〜〜っ!! ……あはは、気持ち悪っ」
リアトリスのノリについて行こうとした鳳明は軽く吐いていた。
「おーっ! みんなノッてきたよ〜〜っ!」
音楽に合わせてフラメンコを踊っていたシアが、目の前のボールを手に取った。
さすがに、曲が終わるまでにタルトの全てを作ることは不可能であるが、それでもシアは踊りながら手際よく工程を消化していく。まるで、タルトを作るその動きこそが、フラメンコの元々の振り付けであったかのような滑らかさだった。
「オレっっ!!」
『オレっっっ!!』
観客のかけ声が唱和した。
それに気を良くしたシアが、ボールを指先でクルクル回す。
「は、はははは、ぼーるがグルグル〜〜〜〜キュゥウ……」
ボールを凝視し過ぎた鳳明が沈没していた。
「「オーーーレっっっ!!」」
そんな鳳明とは逆に、リアトリスとシアは絶好調だ。
シアがリアトリスの肩にボールを乗せる。リアトリスが絶妙のバランスでボールを維持。その中にシアが薄力粉を入れていく。
しかし、
『あーーーっ!!』
リアトリスのバランスが崩れた。ボールが肩から落ちていく。
リアトリスとシアが、しまった、という表情を見せる。
誰もが失敗だと思った。ボールが転がり、床が薄力粉で白く染まる絵が脳裏に浮かぶ。
――だが、それもパフォーマンスのうちだった。
「「オレっ!!」」
まるでリフティングでもするかのように、リアトリスが足でボールをキャッチする。
『おおーーーっ!!』
「あははーーっ、ボールをサッカーボールのようにリフティングしたー!」
柔らかいタッチで蹴り上げられたボールが、シアの腕の中に収まった。
シアは、まるで今のアクシデントが無かったかのようにクルクル回って、再びボールの中身をかき混ぜる。
そうして、ふたりは音楽と踊り、そして料理のパフォーマンスで周囲を魅了し続けた。
「どうもありがとー! ここからは焼きだよーーっ!!」
タルト生地をオーブンに入れたところで、シアとリアトリスの出し物はいったんお開きとなった。
焼き上がったタルトは、ブルーベリーを飾った後でみんなに振る舞われることになる。
「はぁー、今のは面白かったのう」
最後まで拍手をしてからそう呟いたのは剣崎 士狼(けんざき・しろう)だった。
普段は面倒そうに緩んでいる顔が、珍しく感嘆の色に染まっている。
その士狼の呟きに、アザレア・パルテノン(あざれあ・ぱるてのん)がパッと表情を輝かせた。
「ほらっ、士狼さん! やっぱり来て良かったでしょう?」
「確かに来てよかった」
と、アザレアの声に頷いたのは郭嘉 奉考(かくか・ほうこう)。
「美味い酒が飲め、さらには楽しい催しまである。どうだ士狼。お前も何かやってきては?」
無料で存分に酒を飲み、満足している奉考の口は軽い。
士狼はいつものものぐさな表情を取り戻し、
「面倒じゃけん。俺は飲み食いするだけで十分じゃ」
「なに言ってるんですか士狼さん! ここらで一発、士狼さんがやれば出来る子だって見せつけましょう!」
郭嘉に同意したアザレアが、ズイと士狼に迫る。
士狼は面倒そうにアザレアから顔を背けた。が、アザレアはその度に士狼の前に移動する。
やがて、とうとう我慢しきれなくなった士狼が大きく息を吐いた。
「やらんと言ったらやらんけぇ」
「何でですか? 士狼さんがみんなを楽しませてあげるんです。素敵じゃないですか。きっと、楽しいです」
本心から言っている様子のアザレアに、士狼は困ったように頭を?いて、
「俺は2人が楽しそうならそれでいいけぇ。こうやって、みんなで飲み食いできれば満足じゃよ」
「……ずるいですよ、士狼さん。そんなこと言われちゃったら、あんまり強く言えなくなっちゃうじゃないですか」
「いいけえいいけえ。それでも何かさせたいって言うなら、俺がアザレアに酌でもしてやるけ」
「うぅ……わかりましたよぉ」
「はは、アザレアは良い子じゃのう」
「私にも注いでもらおうか、士狼」
「郭嘉は酒好きじゃのう」
苦笑しつつ、士狼が郭嘉の空いた杯に酒を注ぐ。
3人の楽しい新年会はまだまだこれからだった。
高速で回転する2つのコマがぶつかり、火花を散らす。
やがて、最初の勢いが勝っていた方がもう一方のコマを弾き飛ばした。
「……負けましたか」
「ふふん、日本育ちのボクに勝とうなんてあまいあまい!」
コマ回しに負けたユウ・ルクセンベール(ゆう・るくせんべーる)の眼前に、柳生 三厳(やぎゅう・みつよし)が王様おみくじと書かれた箱を突きつける。
「さあ、引いてもらうよ!」
「……わかりました。勝負に負けた以上、男らしく腹を括りましょう」
がさごそと、ユウが箱に手を突っ込み、一枚の折りたたまれた紙片を引き抜いた。
「さて、なんと書いて――」
おみくじを開いたユウの動きが止まる。手が震え、だらだらと嫌な汗がユウの額を流れ始めた。
「なんて書いてあったの?」
「三厳、これは止めておきましょう。やはり教導団製のものはロクなものがない」
「今更それはきかないよ。どれどれ?」
「あっ!」
三厳がユウからおみくじを奪い取る。そこに書かれていたのは、
「え〜っと、大吉(笑)。メイド服を着て誰かに『ご主人様、ご命令を』と跪かなければならない――へえ〜」
内容を読んだ三厳が、意地の悪い笑みを浮かべる。
直後、身を翻して逃亡を図ろうとするユウ。
だが、すぐに三厳にしがみつかれ、その目論見は失敗した。
「一回命令されたらやらなきゃいけないんだよ!」
「こればっかりはお断りします!」
「往生際の悪い――」
そんなふうにもみ合いとなったユウと三厳の近くを、李 梅琳が通りかかる。
「あ、梅琳ちゃん! 手伝って!」
「……は?」
「いいから!」
突然のことでよくわかっていない梅琳を、三厳が押し切った。
状況は把握できないものの、梅琳がユウを取り押さえようと動く。2対1ではユウに勝ち目などあるはずもなく、
「いや、ちょっと待って――うわあああ!」
そして。
「……………………ご主人様、ご命令を」
メイド服に着替えさせられたユウが、2人の前に跪いていた。
「いい……メイドユウいいよぉ……」
その姿に、三厳が夢見心地で呟く。
一方、ユウは絶望しきった表情でうな垂れていた。
「は……恥です……」
「そうかしら? なかなか似合っているわよ」
「って、なんでカメラなんか持っているんですか!?」
カメラを持つ梅琳は冷静に、
「彼女に渡されたわ」
「三厳!」
ユウが睨むが、いまだトリップ状態の三厳は聞いておらず。
しばらくの間、シャッター音が辺りに響き渡った。
「ま、長い人生、女装することだってあるわよ」
「もう二度とやりません!」
この出来事を記憶から抹消しようとするユウだったが、焼き増しされたこの写真が彼の周囲に出回り、数日後にまた悲鳴をあげることとなる。
「頼んでたもの、持ってきてくれた?」
「ああ、これでいいか?」
プリモ・リボルテック(ぷりも・りぼるてっく)が、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)から大きめの紙袋を手渡される。
プリモは中身を確かめ、ひとつ頷いた。
「うん、これでいいよ」
「そうか。では、それがしはこれで」
「ありがとうー」
立ち去る玲を、プリモが手を振って見送る。
そうして玲が見えなくなった後、プリモはジョーカー・オルジナ(じょーかー・おるじな)と宇喜多 直家(うきた・なおいえ)を振り返り、
「じゃ、準備しよっか」
ニヤリと口の端を吊り上げた。
「さあさあ、福笑いだよ〜!」
「優秀賞にはウチの温泉宿無料招待券プレゼントだ」
プリモとジョーカーが声を張り上げる。
彼らは会場の一角で、福笑い大会を実施していた。
「それは鼻のパーツじゃ。もうちょっと上じゃのう」
直家は参加者の一人を相手に実況中。参加者である教導団員と思しき男は、慎重に最後のパーツの位置を決め、
「よし、ここだ! できた――ってなんじゃこりゃー!」
目隠しを取って、できたばかりの作品を見て絶叫する。
彼が悲鳴をあげた理由は、福笑いの出来云々というより、題材そのものに問題があったからだ。
そう、彼がやっていたのは、教導団団長、金 鋭峰の福笑いだった。
しかも異性の顔や体のアイコラが混ぜられた、どうあっても壊滅的な出来にしかならないよう、プリモたちによって手を加えられた特製の福笑いである。
にやけた眼と裂けた口、体が女性の団長という恐ろしい姿に、男が恐怖で後ずさる。
「どうかしましたかー?」
男の絶叫を聞きつけ、プリモがやってくる。
「どうしたもこうしたもない! なんてものをやらせるんだ!」
「えー? ただの福笑いだよー?」
などと無邪気に応じるプリモだが、明らかにわかってやっていた。
「と、とにかく、こんなものを団長に見られるわけには――」
「残念じゃのう。完成した作品は必ず貼り出される決まりじゃ。名前付きでの」
「早速貼ってくるとしよう」
「いや待て――!」
出来たばかりの作品を持っていくジョーカーを、男が追いかける。
「こ、これは……」
そこで彼が見たものは、無残に福笑いの題材とされた教導団の有名人たちの姿だった。
「これなんかいい出来だよ。マッチョな梅琳少尉とか、メガネっ子な騎凛先生とか。あ、おじいちゃんっぽくなった明花先生なんてのもあったっけ」
「こ、こんなものを見られるわけにはいかない……今すぐ破棄せねば……」
「だめだよー、後で皆の前で発表するんだから」
福笑いを破壊しようした男を、ジョーカーと直家が取り押さえ、気絶させる。そのまま男は、何処へとも知らない場所へと連れて行かれてしまった。
「参加ありがとうございました〜。さ、次の犠牲者……じゃなかった。参加者を探そう!」
「わかった」
「次はどんな傑作が出来るかのう」
頷きあった3人が、笑みを交わす。
話を聞いた福笑いの本人たちがこの惨状を見て憤慨した時、彼女たちの姿は既にそこから消えていたという。
「ふぅ……さすがに少し疲れたか」
動き回っていた玲が一息つく。
自分は教団ではまだまだ新米だ、と感じている玲は体を動かす競技には参加せず、参加者のフォローや給仕の手伝いをしていた。
「お疲れさんどす」
玲を手伝っていたパートナーのイルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)が労いの声をかけた。
「イルマ・スターリング。付き合わせて悪かったな」
「ええどす。その代わり、今度は麿に付き合ってもらいますぇ。ちょうど食べたい料理があったんどす」
「わかった。付き合おう」
淡々と頷く玲に、イルマは付け加える。
「玲も働き詰めはいけませんぇ。ちゃんと食べるもんは食べとかんと」
「? 食事の重要性はわかっているつもりだが?」
「……ま、ええどす。麿が食べさせればいいだけどすからなあ」
と、玲とイルマのふたりが食事に向かおうとした瞬間、
「うわーん。高いよー、怖いよー、誰か助けてー!!」
頭上からそんな声が振ってきた。
見上げると、
「おぉ、人がまるで凧のようどすなぁ」
「……あれはどう見ても、人が凧にくっついているだけだろう」
「そんなのわかっとります、冗談どすぇ」
「あれが巨大ケンカ凧大会か」
参加者に凧を配る手伝いはした玲だったが、他にも仕事があったため、彼らがどうなったかを見ていなかった。
「ギィィャアアアアア――!」
再びの悲鳴。
「あんなに叫んで、楽しそうどすなぁ」
「そうか? それがしには、そのようには見えないが……」
「そんなことより、早く行かないと料理が無くなるどす」
「待て、イルマ・スターリング! それがしを引っ張るな!」
玲が、イルマに引っ張れていくのと同時刻。ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)は空の上にいた。
というか、でっかい凧の上にいた。
「な、なんでこんなことになってるんですかーっ!? 誰か助けてーっ!!」
どうしてこんなことになったのか。
お屠蘇を飲んだ後の記憶が無いゴットリープには正解を知ることはできないが、まさか、いい気分に浸っていたら勢いで『巨大凧によるケンカ凧大会のパイロットとして参加する』という契約書にサインさせられた、などと想像できるはずもない。
が、経緯はどうあれ彼は今、空の上。
しかも周囲には、大会参加者と見られる凧が漂っていた。
――参加者の大半が、ゴットリープと同じように悲鳴を上げていたが。
しかし、ゴットリープにそんなことを気にする余裕はない。
「ちょっ!? ギャー!! こっちに凧が突っ込んでくるーーっ!!?」
ケンカ凧大会という名の通り、突然、凧のひとつがゴットリープに向かってきた。
「ぐ、ぐぇぇぇ――っ!」
真っ正面から突っ込んできた凧が、ゴットリープの凧の上部を打ち付ける。
凧がバランスを失い、ゴットリープの視界が逆転した。
「ちょ、や、らめぇぇぇ!!」
そのまま回転しながら墜落していくが、幸運なことに下から強い風を受けることで、寸前で持ち直した。
なんとか墜落を免れるゴットリープ。
「死、死ぬ、ダメだ、もう死ぬ……」
とはいえ、凧に振り回され続けていたゴットリープはこれっぽっちも持ち直していなかった。
口からだらしなく涎が垂れ、目は虚ろでどこを見ているのかはっきりしない。
「ふ、ふはは、空……私は空と一つになったぁ――ぁああっ!!」
意識が混濁し、ゴットリープがわけのわからないことを口走る。危険な兆候だった。
だからといって、棄権できるほどこの大会は甘くないらしい。
クン、と巨大凧が加速する。無防備な他の凧に、こちらから攻撃に出たのだ。いったい誰が下で操っているのか。
「わ、私に後ろを見せるとはぁぁ……ぁぁあああ」
奇襲成功かと思われた瞬間、糸が絡まる。
――プツリ。
「…………あ、アアアアアあぁぁぁぁぁぁ…………」
遠く、遙か彼方へとゴットリープが消えていく。
空と一つになった彼のその後の消息は、ようとして知れない。
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