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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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序章 そして、戦いの幕が開く・前編



 フリューネの特等席は祖母の膝の上だった。
 うららかな午後の日差しに包まれながら、揺り椅子に座り花々の咲き誇る庭園を、祖母はよく眺めていた。そんな祖母の姿を見つけると、幼き日のフリューネは笑顔を浮かべ膝によじ上ったものだ。そして、ユーフォリアの物語をねだる。何度も何度も繰り返し、同じ話をフリューネはせがんだ。一族の英雄の物語は何度聞いても色褪せる事はなかった。
「ねぇねぇ、おばあさま。ユーフォリア様のお話の続きを聞かせて」
「おまえは本当にユーフォリア様のお話が好きだねぇ。さて……、昨日はどこまで話したっけ」
「ええとね、ユーフォリア様が悪い人たちにふーいんされちゃったところ」
「そうだったねぇ、鏖殺寺院に追いつめられたユーフォリア様は女王陛下から授かった宝物の力で、自らの身体を鋼鉄よりも硬く変えちまったんだ。どんな技も魔法も弾き返すユーフォリア様を前に、困り果てた寺院の連中は呪いをかけた。元の姿に戻れなくなる呪いをね。そして、タシガン空峡のどこかにユーフォリア様を隠しちまったのさ」
「ユーフォリア様、可哀想……」
 目を伏せるフリューネの頭を、祖母はくしゃりと撫でた。
「そんな顔をするんじゃないよ。おまえにもあのお方の血が流れているんだからね。封印されてしまったとしても、ユーフォリア様は空峡を見守ってくれているさ。ここはあのお方の愛した故郷なんだ」
「……わたし、いつかユーフォリア様を探してみる」
「そりゃとても素晴らしい思いつきだね。おまえもあのお方のように、きっと勇敢で優しい人間になるよ」
「でも、ユーフォリア様はどうしたら元に戻るの……?」
「おやまあ……、未来の英雄さんはそんな事もご存知でないのかい?」
 顔中に疑問符を浮かべるフリューネに、祖母は穏やかな優しい眼差しを向けた。
「大昔から呪いの特効薬は決まっているんだ。忌まわしい呪いを解く方法と言ったら……」


 ◇◇◇


 フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)は目を開いた。
 子供の頃を思いだしたのは、ユーフォリアを前に興奮している所為かもしれない。フリューネは自嘲気味に笑った。
 目の前に広がる巨大な雲の渓谷は【雲隠れの谷間】。本当はなんと言う谷間なのか知らないが、誰かがなんとなくそう呼んだので、みんなそう呼んでいる。普段は幾多の気流に遮られ、近付く事も出来ない巨大な雲の中にある。満月の夜にだけ谷へ至る風が生まれ、この幻の谷への道が開かれるのだ。
 そして、ここは鏖殺寺院の手によって【ユーフォリア】が封印された場所でもある。夜空に光る巨大な満月が、灰色に煙る谷間をほのかに照らしている。幻想的な光景だったが、やがてこの谷は戦場となる。偵察から戻った生徒の報告では、谷間の奥にキャプテン・ヨサーク(きゃぷてん・よさーく)が軍団を展開しているとの事だ。
 フリューネと援軍に駆けつけた各学校の猛者たちは、谷の南部に陣取っている。この場所を起点に、三つの巨大な谷が奥へと続いているのだが、どうやらこの三つの谷はヨサーク陣営を繋がっているようだ。この三ルートを如何に攻略するかがこの決戦の勝敗を握る。そんなわけで、生徒たちはどのルートへ進むか相談している最中であった。
「あの、初めて会った時に私が聞いた事覚えてますか?」
 相談を生徒たちに任せ、中央の谷を見つめていると声をかけられた。彼女は琳鳳明(りん・ほうめい)。教導団の赤い軍服を風になびかせて、小型飛空艇をフリューネの横に並べた。
「たしか……、誰の為に戦うのかって訊いてたわよね」
「戦艦島であなたの想いを聞いて……、やっと私もフリューネさんと一緒に戦う理由が出来た気がします」
 そう語る彼女に礼を言うと、フリューネは理由について尋ねた。
「私は、私の『フリューネさんが好き』って気持ちの為に戦います」
 きっぱりと言い切った鳳明だったが、フリューネは小さく「え?」と声を漏らした。
「……い、いえいえ! そ、そういう意味じゃなくって友達とかそういう!」
 とその時、二人の後ろから笑い声が上がった。
 声の主は、ルイ・フリード(るい・ふりーど)。黒い肌にスキンヘッド、魔法使いとは思えぬほどに鍛え上げられた肉体を持つ。腹式呼吸で発声される豪快な笑い声に、フリューネと鳳明はきょとんとしていた。
「はっはっは。いや、失礼。決戦の前だというのに、なんだか楽しそうでしたから」
「だって、ずっと緊張してても疲れるだけじゃない」
「……ほう。それは素晴らしい悟りですね。そのような心の持ちようを見習いたいものです」
 今回、フリューネと初対面となる彼は、挨拶をかわすと力強い眼差しを向けた。
「小耳に挟んだ噂では、どうも厄介な展開になっているとか。ヨサークもユーフォリアの手がかりを掴み、【十二星華】の一人も動いてるそうですね。弱音の一つも吐きたい所ですが……、あなたの信頼に応えるため、このルイ・フリード、全身全霊をもってこの戦に臨みましょう」
 そう言って、ルイが見事なスマイルを浮かべ、奇麗に並んだ白い歯を輝かせた。


 ◇◇◇


「……ちょっと、弟子に声もかけずに楽しくおしゃべり?」
 八ッ橋優子(やつはし・ゆうこ)の駆る飛空艇が、フリューネの隣りに並んだ。
 彼女は、フリューネの弟子を自称する不良少女だ。なんだか少しふてくされた様子である。フリューネはその顔を見るや否や、戦艦島で彼女がとった無謀な行動……、空賊狩り(十二星華)に接触しようとした事を咎めた。
「何事もなかったから良かったけど……、一歩間違えば殺されていたかもしれないのよ?」
 優子の視線はフリューネの包帯の辺りをさまよっていたが、やがてふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「……わかった。今回はイモ相手に戦うから、それなら安心でしょ」
「って、何よ、そのイモって……?」
 それってヨサークの事だろうか、とフリューネは不思議そうに首を傾げた。
 優子のパートナー、アン・ボニー(あん・ぼにー)はそんな二人のやり取りを眺め、微笑を浮かべていた。彼女は、18世紀にカリブ海で活躍した女海賊の英霊だ。お宝を求めて蜜楽酒家にいたのだが、つい先日優子と契約を結んだのだ。
「あんたがフリューネかい。真っ直ぐな目をした女は嫌いじゃないよ」
「それはどうも……、優子のパートナー?」
「満月を待ってる間に、ちょっと知り合ってね。まあ、よろしく頼むよ」
 フリューネと挨拶をかわすと二人は、中央の谷を進む第一部隊の会合に参加するためその場をあとにした。
 そして、優子が去るのを見計らって、もう一人の押し掛け弟子が現れた。
「お初にお目にかかる。我が名は仮面ツァンダーソークー1、故あって助太刀させて頂く」
 白銀に輝くヒーローマスクをかぶり、真っ赤なマフラーを風にはためかせている。その出で立ちはまさにヒーローと言った感じであるが、彼の本名は風森巽(かぜもり・たつみ)と言う。以前、フリューネに弟子入りした若者である。それと同時に前回、前々回とその名を轟かせる『島村組』なる集団の一員でもあった。
 前回『島村組』が起こした騒動で、彼らはフリューネとヨサークに睨まれている。そのため、彼も彼女と顔を合わせづらく、このような扮装をするに至ったのだ。もっとも、彼は別に騒動に加担してないので、怒られないと思うのだが。
「その声、私に弟子入りしてきた巽くん……、だよね?」
「な、何を言うんですか、お師匠……じゃなかった、ち、違う。巽などと言う道産子とは無関係だ」
 いきなり正体を見破られて狼狽する巽に、フリューネは容赦なく証拠を突きつけた。
 彼女が「だって、その子」と指差す先には、巽の相棒にして彼と共に弟子となったティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)がヘラヘラ笑っているではないか。そして、今回の戦いへの意気込みを語っているではないか。
「ボク、頑張るからね、おししょー。いっぱいいっぱい、おししょーのお手伝いだ!」
「こ……、この子は他所の子だ。とにかく今日はその巽というナイスガイの分まで、この仮面ツァンダーが戦うから、そんな感じでひとつよろしく。では、これで失礼する。ほら、いつまでも笑ってるんじゃない」
 ティアを小脇に抱えて、仮面ツァンダーはそそくさと去っていった。
 狐につままれたようなフリューネであったが、自分を慕い弟子入りまでしてきた彼らのことは、彼女なりに大切に思っている。そっとハルバードを掲げると、彼らの戦いの勝利と無事を夜空の月に祈った。


 ◇◇◇


 部隊の振り分けをする生徒たちの一群から、二機の飛空艇が飛び出してきた。
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)とその相棒のヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)だ。二人は『シャーウッドの森空賊団』なる義賊団の副団長と団長である。これまでの戦いで、フリューネとは共同戦線を張っている。
「最初に言っておくけどフリューネ、礼を言うのは早いわよ」
 駆けつけてくれたことに礼を言おうとしたフリューネは、きょとんとしてヘイリーの顔を見た。
「大一番はこれから……。それにこの戦いの後も、あたしたちの冒険は続くんだからね!」
「それでも礼は言うわ。意外に思われるかもしれないけど、ロスヴァイセの人間は礼節を重んじるのよ」
 二人が話していると、ふと、黙っていたリネンがある提案を持ちかけた。
「……フリューネ。私と契約するつもりはない?」
 契約による強化は切り札になる、と彼女は考えたのだ。それに、フリューネとならこの先も共に戦っていける、との想いが彼女にはあったのだが……、フリューネは首を振り、丁重にその提案を断った。
 リネンの提案は選択肢の一つとして有り得なくもないのだが、如何せんその提案の前には『システム』と言う名の神の見えざる手がはだかっているのだ。契約しちゃったら、もうNPCじゃなくなっちゃうのである。この世界とは別次元の制約が絡んできてしまうのはアレなのですが、そこはどうかご了承頂けたらと思う筆者なのです、はい。
 リネンとヘイリーは顔を見合わせ、別次元からの干渉に肩を落とすのであった。
「契約などに頼らずとも、リリたちが頑張ればよい話なのだよ」
 不意に口を挟んだのは、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)だった。
「また、【エネフ】にお菓子をあげにきたの?」
 エネフとは、フリューネの駆るペガサスの名だ。度重なるリリ達のエネフへのスキンシップに、フリューネは眉を寄せていたものだが、前回リリ達がエネフの危機を救ったことで対応に変化が見られた。いつもならハルバードを振り回して追い払う所だが、フリューネは穏やかな表情を浮かべている。騒々しいが信頼のおける人間だと認めたのだろう。
「戦闘前だから、あんまりあげ過ぎないでね。働かなくなっちゃうから」
「期待されているところ悪いのだが、そう毎度用意してるわけではないのだよ」
「今日はまだお邪魔虫は出てこないようだな」
 辺りを見回しながら、リリのパートナーの男装の麗人ララ サーズデイ(らら・さーずでい)は呟いた。
「アイツが居ないと変な気がするなんて不思議なものだ……」
 おそらくアイツとは、エネフを巡って対峙したアイツなのだろう。先ほどから注意して見ているが、どうもこの場にはいないようだった。いないほうが好都合なのだが、張り合う相手がいないのは寂しいものである。
 落ち着かない気分を抑えつつ、エネフの首を優しく撫でた。
「エネフ、しばらく離れるが心配は要らない。ユーフォリアの前できっと会えるからね」
 ヨサーク本陣との決戦で会おうと告げて、ララとリリは第三部隊の集まるところへ向かった。