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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)
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chapter.11 対セイニィ戦2・鎖と水 


 夜明けが近付いている。
 セイニィは以前攻撃の手を緩めず、既に何名もの生徒が彼女の手で撃墜させられてしまっていた。次々と倒されていく生徒たちを見て、残りのセイニィ迎撃部隊が気合いを入れ直していたその時だった。

 谷間の奥から、巨大な影が姿を現した。
 雲を裂いて流れてくるのは大型の飛空艇であった。ほとんど半壊しており、機能はしていないようである。だがその尖端にフリューネとヨサークの求めるものが括り付けられていた。それはもちろんユーフォリアである。
 拡大する戦線を押し分けて、ユーフォリアを乗せた船は悠然と、風の谷間を南下し始めた。
「随分、待たせてくれたじゃない、ユーフォリア……」
 セイニィは目を光らせた。もはや生徒の相手など不要。後はユーフォリアを手に入れて終わりだ。が、そこにヨサーク側のセイニィ迎撃部隊第二陣が立ち塞がった。幻時 想(げんじ・そう)がすっと他の生徒より一歩前に歩み出て名乗り始めた。
「初めまして。僕は幻時想……十二星華である君は剣の花嫁らしいね。パートナー契約は出来るのかな……? もしも僕が君を止める事ができたら……僕と、してほしいな」
 ファーストコンタクトから既に怪しい挨拶である。セイニィもそう思ったのか、不審そうに眉をひそめた。が、想はそのリアクションを望んでいた。別にMだからということではなく。
 彼は、自身が仕掛けた罠から気を逸らすため、あえて変な発言をしてセイニィの注意を罠に向かないようにしていたのだ。つまりこの若干しいんとした感じの空気は、狙った上でのものだった。たぶん。
 セイニィは呆れ気味に息をひとつ吐くと、想の乗り物目がけ自身の飛空艇を進ませた。その時だった。想は奈落の鉄鎖を発動させ、セイニィの周りの重力に異変を起こす。そして、前もって凍らせておいたもちち雲を取り出すと、爆炎波と同時にセイニィに向け放った。重力変化により初動が遅れたセイニィは回避が間に合わず、どろっとしたもちちをその衣服へと付着させた。セイニィは一瞬自分の光条兵器を心配そうな目で見ると、武器にもちちがかかっていないことを確認し再び前を向く。と同時に、想は次の攻撃を繰り出していた。
 想は光条兵器を構えると、雲を透過してセイニィだけを狙いその矛先を彼女に向けた。が、さすがに二撃目はとっさに体をひねってかわす。
「……契約だの何だの言い出す変なヤツかと思ったら、変なヤツじゃなく変態ってヤツだったみたいね」
「え、そんな……僕が変態だなんて……確かに女の子を白いモノまみれにして傷物にしようとはしたけど……大丈夫、男の子として責任は取るからねっ」
「……やっぱり変態じゃない」
 体についたもちちを振り払いながらセイニィはその爪を想に向ける。それを横から割り込んできたのは、前回セイニィに二度大敗を喫した六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)とふたりのパートナー、アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)ミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)だ。3人はディオフェンスシフトをかけ素早く陣形をつくると、互いに連携が取れるような間合いを取った。
「あんたたち、前もボロボロにしたのに懲りないのね」
「今回は最初から全力ですっ! 前みたいにはいきません!」
 優希はヒロイックアサルト「志士の決断」で攻撃力の増加を図ると、ミラベルの援護射撃を受けてセイニィの隙を探る。これで攻撃力が上がるということは、きっとものすごい覚悟を持って何かを決断したのだろう。それが何かは分からない。そこにアレクセイがクリスマスコスメ詰め合わせを手当たり次第投げまくってさらなる好機を招こうとする。なぜ彼がこれを大量に持っていて、しかもこの場面で使おうとしたかも分からない。ちょっとこの日暖かかったのかもしれない。
「何その攻撃……攻撃なのそれ?」
 セイニィは馬鹿にされてると感じたのか、一気に自分へと投げられた飛来物を爪でなぎ払う。その一瞬に生まれた隙を、ミラベルが再び奈落の鉄鎖で動きを縛ろうとする。動きが鈍ったセイニィを見て好機と捉えた優希は、勢い良く声を上げた。
「この間の借りを返します!」
 その言葉は、コンビネーション攻撃の合図だった。3人は一斉に飛空艇を乗り捨て、底をセイニィに向ける。するとその底面には、鏡が貼り付けられていた。どうやら事前に準備して、飛空艇の底に取り付けていたらしい。
「獅子座、こないだの仕返しだ!」
「わたくしが仕留めさせていただきますわ」
 アレクセイとミラベルは同時に光術と星輝銃を空中で放つ。互いのそれは鏡面を反射し合い、目を惑わされたセイニィは重力の支配から逃げ切る寸前、間に合わずに星輝銃を左肩に受ける。
「つっ……」
 セイニィは反射的に肩を押さえ、キッと3人を睨んだ。が、そこにいたのはヴァルキリーのミラベルただひとりだった。3人はこの攻撃のために飛空艇を乗り捨てたのだ、こうなるのは自然の摂理である。一応各々バーストダッシュは使っていたようだが、あくまでそれは空中を走る力であり空を飛ぶ力ではない。
「……なんか、かわいそうね」
 セイニィは肩を撃たれた怒りよりも切なさの方が上回り、残ったミラベルに手を加えることをやめた。

「ねえねえベアトリーチェ、さっきセニ子、もちちをすごく気にしてたよね」
 戦闘の様子を見ていた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、パートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)に話しかける。ちなみにどうやら美羽が言っているセニ子とは、セイニィのことらしい。
「た、たしかにあの武器をちらちら見ていたような……」
「よーっし、じゃあやってみる価値アリだね! アリアリだね!」
 美羽はおもむろにアシッドミストを発生させると、その霧をセイニィの周りに浮かべた。
「……霧っ!?」
 途端にセイニィが慌てだす。彼女はその手に装着した武器を気にしながら大急ぎで霧から抜け出した。が、その水分はしっかりと彼女に付着しており、彼女が手にはめている光条兵器は水滴を帯びていた。
「……あたしのグレートキャッツっ!」
 そこに、美羽が星輝銃を構え、間を置かずに発射する。
「あったれーっ!!」
 2発、3発、4発……数撃ちゃ当たるの要領で美羽はところ構わず撃ちまくった。
「み、美羽さん、もうちょっと狙いを定めないと……」
「どんどん撃つよー! くらえセニ子ーっ!!」
 標準の定まっていない光線など、セイニィにとってよけるのは朝飯前……のはずだった。が、彼女のスピードが、明らかに普段のそれと違っていた。セイニィは一生懸命避けようとするが、常人とさほど変わらぬその動きでは美羽の乱射を全てかわすことは出来なかった。
 ばすっ、と光線がセイニィの脇腹をかすめ、小さく悲鳴が上がる。
「このっ……!」
 セイニィは激しく美羽たちを睨むと、光条兵器についた水滴を急いで拭い、美羽とベアトリーチェを相手にせずユーフォリアの方へと向かう。
「やはり美羽さんの思った通り、あの武器は濡れると能力が低下するようですね……そしてきっと、その能力というのがあの速さ……」
 ベアトリーチェが隣の美羽に話しかけようとするが、美羽はぴょんぴょんと飛空艇の上で悔しそうに跳ねていた。
「あーっ、セニ子が逃げたー!」
「……まあまあ美羽さん。あとは、あちらの方たちが後を引き継いでくれそうですよ」
 ベアトリーチェに促され美羽がセイニィの去っていった方向を見ると、そこにはちょうどセイニィとユーフォリアの間に立ちはだかるようにして、フリューネ側の対セイニィ第二部隊と思われる生徒たちがセイニィと対峙していた。



 その後美羽たちが目にした光景は、彼女たちを驚愕させるに充分値するものだった。あのセイニィが、体を宙へと放り出されていたのだ。ここからではどんな戦闘が行われたのか全てを確認することは出来なかったが、おそらくセイニィは数人の生徒から集中して弱点を突かれたのだろう。
 そしてその様子を、雲に隠れてこっそり見ていた者がいた。エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)とパートナーのメリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)である。
「メリエル……本当にやるのか?」
 エリオットは不安そうな目をメリエルに向ける。反対にメリエルの目は確固たる信念を含んでいた。
「どうしても、どうしても言いたいこと……ううん、言わなきゃいけないことがあるんだよ!」
 それがあたしの使命だから……とよく分からないことを呟きながらメリエルは今か今かとチャンスを窺っている。
「しかし、十二星華と聞いた途端急に気合に溢れ出したな。メリエルもふざけたことばかり言っているだけではなかったか」
「あたしは本気だよ! やるっていったらやるんだからね!」
「……私はそのやる気が逆に怖いがな」
 何やらメリエルは、十二星華と聞くや否や目の色を変え、「どうしても言うべきことがある」と無理矢理ここにエリオットを引っ張り出してきたのだった。しかしもちろんセイニィがぴんぴんしている状態ではこちらが危険ということで、メリエルはセイニィが弱った隙を狙おうとしていたのだった。そして、今がまさにその最大のチャンスなのである。メリエルが箒を全力で飛ばそうとしたその時、彼女の目が捉えたのはセイニィをさらうようにキャッチし、飛空艇へと着地したひとりの男だった。彼は腕の中にセイニィを抱きかかえると、追っ手の存在を許さないとでも言うようにアーミーショットガンを乱射した。
「……誰……よ……」
 かろうじて口を開いたセイニィに気付くと、男はその名を刻み込ませるように大声で名乗った。
「俺か? 俺はロア・ワイルドマン(ろあ・わいるどまん)だ!」
 ロアと名乗った男は、セイニィが言葉を出せるくらいの力は残っていると判断したのか、少し安心した笑みを浮かべた。が、まだ油断は出来ない。今自分がやっていることは、十二星華を助けるという一般生徒から見れば裏切りにも似た行為なのだ。
 とそこに、背後から大声が聞こえた。
「ねーっ! その金ぴかっぽい服って、ゴールドクロ……!!」
 それは、この機を逃してはならないと躍り出てきたメリエルだった。向かい風のせいで言葉の最後がよく聞こえないが、何かあまり大手を振って言えないようなことを言っているようだった。メリエルはさらに叫ぶ。
「仮面で顔隠さなくていいのーっ!? 女の人でしょーっ!!」
 何を言ってるかちょっとよく分からないが、それはロアも同じだったようで、「なんだありゃ」と首を傾げていた。その様子を離れたところから見ていたエリオットは、「何を言うのかと思えば……」と頭を抱えていた。ロアは念のため煙幕ファンデーションを使い、メリエルを文字通り煙に巻いた。
「さて、助けたはいいものの……」
 目の前でぐったりしてるセイニィをロアは見つめた。セイニィというか、主に太ももを見つめた。そして彼は思った。
 これ、ちょっとくらい触っても不可抗力じゃねーのか? と。なんか怪我してるし、介抱だよとかそういうノリで。もちろんただのセクハラである。しかし健全な青少年である彼の欲望は目の前の太もも触りたい欲を我慢出来なかった。そっと、彼がその手をセイニィの太ももに伸ばす。が、世の中そう上手くはいかないものである。彼の飛空艇の真横に、箒に乗った男が急に現れてセイニィを横取りしようとしていったのだ。その箒に乗った男とは、先ほどセイニィに暴言を吐いた政敏だった。政敏は箒から飛び降り、ロアの手からセイニィを奪い取るとそのまま空中へと落下していった。おそらく下で彼のパートナーが受け止める寸法だろう。
「そうはいくかよ……!」
 太ももを横取りされたロアは、急ぎ下に飛空艇を降下さえようとした。が、そこに政敏のパートナー、カチェアが箒で上昇しこちらに向かってくる。
「ちっ、さては、パートナーをふたり連れて、3人がかりで横取りしやがったな!」
 怒りに任せフルスピードで飛空艇を飛ばしたロアは、あっという間にカチェアを振り切り、政敏の後ろ姿を追いかけた。
「ちょっと待て、どろぼう!」
 ロアは政敏の隣に並ぶと、それは俺の太ももだぜだの、孤高な女が好きだのと低レベルな口げんかを始めた。そこに、実家を勘当されてそうな金髪の女が仲裁に入ってきた。横にはパートナーらしき優男もいる。彼らは時々いがみ合いながら、その姿を谷の奥へと消していった。