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リアクション
■第八章 タルヴァ2
荒巻 さけ(あらまき・さけ)は、ドレスの裾を蹴り、宝飾品を跳ね鳴らしながら、全力で路地を駆けていた。
数匹のシュタルに追われ、半泣きで。
「この件が解決したら絶対――絶対、ジプシーさんたちに踊りをおしえてもらいますのー! あと、できたらドレスももらいたいですの! ぜひ!」
という魂の叫びが路地を木霊する。だってそれが心の励みだったから。
彼女は先程、シュタルに襲われかけていた住民からシュタルの気を引くために踊った。
派手な色使いのドレスを翻し、身に着けた宝飾品を煌かせ、彼女が踊った魅惑のダンスはシュタルたちの心をぐっと掴んだ。掴んで離さなかった。住民たちから引き離し、もう大分駆け回った今でもさっぱり。
それどころか、町の中を駆け回っている間に荒巻を追うシュタルの数は増えていた。
「派手さがちょっと裏目に……」
あぅうう、と目の端に涙をちょちょ切らせる。正直、もう追いつかれそうだった。
と――そんな荒巻の横を掠めた光弾が後方のシュタルを一体、撃ち弾いた。
「こっちです!」
路地裏から飛び出して来ていた浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が、星輝銃を構えながら荒巻を促す。
荒巻はそちらの方へ。
「何か武器を――」
「どんなものを?」
翡翠の後方で、機関銃を構えた蘭華・ラートレア(らんか・らーとれあ)が問い掛ける。その後ろには、二人が避難させているらしい住民たちが見えた。
「ええと――……バールのようなものとか!」
荒巻は言いながら、視界の先に見つけていた《ソレ》を指差した。
「了解です」
蘭華が、路地裏の工房の軒先に立て掛けてあったバールを荒巻の方へ放る。
空中をヒュルヒュルと回転してきたバールをキャッチして、荒巻は低く体勢を取りながら身を転じた。
大きく翻ったドレスの端を沈め込みながら、両手で持ったバールの先を地に擦り――すぐそこに迫っていたシュタルの腹を、思いっきり打ち上げる。
軌道をそらされ、シュタルが荒巻の頭を掠めて行く。
それを蘭華の機関銃が撃ち飛ばした。
■
超感覚に加え、紅の魔眼に封印解凍、おまけにヒロイックアサルト。
それらに強化されたファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)の大鎌がシュタルを刻んだ。
体の一部を散らばらせながら、シュタルが空へ逃げようとする。
大鎌の柄を手の中で返しながら片手をソレへ向けて、ファタは、くったりと笑みを浮かべた。
「んふ、そう嫌がるな」
途端――重力干渉によってシュタルの体が沈んだ。
黒猫の尻尾が踊り、鎌の刃が閃く。
「いい趣味してるじゃねぇか」
笑いながら久途 侘助(くず・わびすけ)がファタの体の横を抜けていく。
手に持った刀をファタの後ろに回り込んでいたシュタルの方へと走らせる。
「褒めても良いことなど無いぞ?」
ファタが身を翻しながら、鎌の刃へ氷を纏わせていく。ジェーンのリチャージがある分、出し惜しみは無い。
「わしの好物は15以下の少女だからのぅ」
タンッ、と一足で身を退いた侘助と入れ替わるように踏み込んで、ファタはシュタルへと冷たい刃を叩き付けた。
その間に、侘助が別のシュタルの前足を弾いていた。
「本当、いい趣味してるぜ」
侘助が眉を傾げながら笑って、体ごと刃を返す。
そして、そのまま手負いのシュタルへと刀を突き立てた。
その向こう――
「ジェーンさん、ピンチ! どうなるジェーンさん! ドッキドキの白熱シーンなのであります!」
ブースターで加速されたジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)が次々と迫るシュタルたちを跳びかわしていく。頭のアホ毛の揺れ具合を見る限り、本当にピンチだというわけではないらしい。
一瞬。シュタルが途切れた瞬間に身を転じる。
「そして――」
ガッシャン、と六連ミサイルポッドがセットされる。
「一網打尽のクライマックス到来、であります!」
撃ち放たれたミサイルが、複数の爆音を轟かせながらジェーンを狙っていたシュタルたちを蹴散らしていく。
「主演 ジェーンさん。この夏公開であります」
「主演のジェーンさン。充電、お願いできますカ?」
ミサイルから逃れたシュタルへとアシッドミストを放って、サン・ジェルマン(さん・じぇるまん)が言う。
彼女は、自身を狙うシュタルの払いをジェーンに任せ、ほとんどその場を動くことなく悠然と立ちながら魔法でシュタルを減らしていた。
「了解であります!」
ひょーいっと跳んだジェーンが銃でシュタルを牽制しながら、サンジェルマンの元へと向かう。
「充電充填ずばばびーー!」
「シカシ……この――シュタル、でしたカ?」
サンジェルマンの開いた指先が優雅に巡って、アシッドミストを放つ。
「持ち帰って調べられそうにないのは、少し残念ですネ」
相変わらずの薄笑い。
■
「こっち、安全そうだぜ!」
トーマ・サイオン(とーま・さいおん)が言いながら、その路地を行こうとする。
が、その肩をクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)の手に抑えられる。
「――へ?」
「ここから西へ抜けるのは危険だ。ジョゼと遭遇してしまう可能性が高い」
クレアは鋭く路地の先を見据えながら言った。
彼女が御凪 真人(みなぎ・まこと)らと合流したのは少し前のことだった。
それまでに得てきた町の状況を頭に並べ、続ける。
「少しシュタルと戦闘することになるかもしれないが、一度、北へ回った方が良いだろう」
「ジョゼは、それほど危険なのですか……?」
真人の問いかけに、クレアはうなづいた。
「遠目に見た程度だが……少なくとも人を守りながら戦える相手ではなさそうだった」
「――分かりました」
真人が少し思案する間を置いてから、トーマの方へと視線を向けた。
「トーマ、彼女の言う通り北へ抜けましょう。それでも、なるべくシュタルと遭遇しないで済むルートを取りたい――出来そうですか?」
問われたトーマが、ひひっと笑む。
「にいちゃん、オイラがスゲーの知ってるっしょ? 任せとけって」
「頼りにしてますよ」
真人は笑みを零してから、後方のセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)へと、
「聞いた通りです、セルファ。これからシュタルの出現域を通るかもしれません。後ろの守り、お願いします」
「うん、分かってる」
「怖いのは――」
「不意打ちでしょ? させないわよ。私の心配より自分の心配したら? さっき、随分と魔法使ってたみたいだけど……」
「それなら、私の力を少し分けさせてもらった」
クレアが言って、真人が続けた。
「心配してくれてたんですね、ありがとうござ――」
「自分の身は自分で守れって言ったの! 魔力の切れた真人までフォローするつもりは無いからね!」
セルファが高周波ブレードを、ぶんっと振りながら言う。
と――。
「……また、モンスターたちの中を……」
赤ん坊を抱いた女が不安そうに声を漏らした。
子を抱く手が震えていた。
「大丈夫ですよ」
真人が、彼女を安心させるように柔らかな笑顔を向ける。
クレアはうなづき、
「あなた達の命は私たちが必ず守り通す。そのために、私たちはここに居るのだ」
力強く微笑んだ。
■
「ここにも居なかったな……」
建物の中から曇った空の下へと出て、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、そばに停めておいた小型飛空艇に乗り込んだ。
今のところ、周囲にシュタルの気配は無い。
それでも注意深く飛空艇を浮き上がらせながら、エースは携帯を取り出した。
自分と同じくクラリナの行方を捜してタルヴァの町へ散っているパートナーたちへ連絡を取る。
『はーい』
クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)の声。
「こっちは居なかった。とりあえず、このブロックで引き続き捜してみるつもりだ――そっちは?」
『こっちもダメダメだねー。シュタルが多いところも範囲に含めていこうかな?』
エースらは、クラリナが監禁されている場所はシュタルに襲わせていないだろうと踏み、シュタルの少ない場所を中心にクラリナ捜索を行っていた。
「そうだな……頼む。で、エオリアは?」
『ん、眠そー』
「……適宜、休憩を挟んでやってくれ」
『りょーかーい』
そちらとの連絡を切り、続けてメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)に繋ぐ。
『まだ無駄骨を折り続けるつもりかい? エース』
第一声がそれ。
「無駄じゃないさ。クラリナの声なら、きっとジョゼに届くはずだ」
『兵器と人とを同列に見てはいけないよ。兵器は嫉妬など感じない――例え、感じていたとしても、それは欠陥というものだ』
「……そういう欠陥だらけの厄介なモノを俺達は心って呼んでるんだ。ジョゼと俺たちは、同じなんだよ」
『エースはロマンチストだねぇ――とはいえ、彼女には聞いてみたいことがある。私は探索域を北東に移してみるよ』
「了解。俺はこのまま、このブロックの探索を続ける」
連絡を切って、エースは町並みに視線を返した。
◇
「機晶姫だって確固たる自我を持っているんだし、一個人としてちゃんと尊重して欲しいなぁ」
小型飛空艇を操るエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)の後ろで、クマラはぼやいた。
エオリアが、んー、と眠たげな目を傾げてから、
「メシエさんのことですか?」
「うん」
「確かに……メシエさんの考えも分からないではないけれど、でも、僕も機晶姫を兵器で使い勝手のいい道具だとは考えて欲しくないです」
言って、かく、とうなづく。
で、しばらく黙る。
「……えっと、エオ? おーい、エオエオー?」
エオリアの背中をちょいちょいっと突きつつ、クマラは、よっとエオリアの顔を覗きこんだ。
「ぐぅ」
「起 き ろーーー!!」
「ふはっっ!? 今、寝てました? 僕」
「それはもー安らかに! 休憩しようっ、休憩!」
「でも、その間にも事態は刻一刻、と……ぐぅ」
「だーーかーーらーー!!」
そんなわけで。
ひょれひょれと、一機の小型飛空艇が不可解な軌道で飛んでいく。
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