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涼司と秘湯とエコーの秘密

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涼司と秘湯とエコーの秘密

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【9・沈む夕日と終わるもの】

 涼司がそれを知ったのは偶然だった。
 たまたま立ち寄った温泉で、道を間違えて入った通路。
 そこで聞いた。
 かつて事故で亡くした、涼司にとって妹的存在だった女の子の声を。
 はじめは幻聴だと思ったのだが。
 洞窟の精霊であるエコーから、この空間に入った人間は『その人にとって大切だった、今は亡き人の声』が聞こえるのだと知らされた。
 亡くなった人の声に人々が囚われることを懸念していたエコーの意思を汲み取り、自身もなにか思うところがあった涼司は花音だけに事情を話し、後はただ道を塞ぎ続けていたのだった。

「死んだものさえ蘇らせるという噂は、この現象がそもそもの原因だったんでしょうね」
「でも、それならそうとちゃんと説明すればよかったじゃない」
「事情を話して噂が知れ渡ったら、絶対に声を聞きたいって思う人は大勢出てくるだろ。そうなったらきっと、皆あんな風になりかねないからな」
 美羽にそう返しつつ、涼司は溜め息をついて静麻を見ていた。
 彼は今、ロケットを手に黙って座ったまま動かない。
「聞こえてくる声は一方通行で取り留めのないこと言ってるばっかで、満足な会話もできないんだけどさ。それでもずっと聞いていたい衝動を抑えられないんだよな……俺もそうだったし」
 そしてもう一度溜め息をついた。
 ちなみに武尊達やヴェルチェは、宝の正体を知っても特に興味が沸かなかったのか既にこの場を後にしている。
「あと、どう考えても悪用しそうな連中がいたのもあるしな」
 そんなことを苦笑しつつ呟く涼司だったが。
「ほう、それはもしや我輩達のことでありますかな?」
 それに答えが返ってきた。
 振り返ると、いつからそこにいたのか。お面夫婦がとうとうこの場にやって来ていた。
「お前ら……」
「この場所にそんな秘密があったとは、驚きでありますな」
「しかしおかしいざますねぇ? ワタクシ達が以前ここに入った際も、今このときもそんな声など、とんと聞こえないざますけど」
「アンタ達は、大切な人を亡くしたことがないんだろうよ。よっぽど強い想いを抱いている相手の声しか、聞こえないらしいからな」
 涼司は、解説するのさえ凄く嫌そうなトーンで喋っていた。
「まあいいであります。ムフフフ……ともあれ、これからとんでもないウリがこの秘湯にできたでありますな」
「そうざますね。キャッチコピーも考えないといけないざます。『今は亡き大切な人の声が聞ける秘湯!』とかはどうざましょ」
 お面をしていても、あくどい顔をしているのが丸わかりの発言をするふたりに、涼司は元より花音や美羽、ベアトリーチェ、そして静麻も嫌悪感の篭った視線をぶつける。
「やっぱりそういう発想かよ、てめぇら。でも残念だったな。もう、本当に時間切れだよ」
「あ?」
「どういうことざます?」
 そのとき。
 洞窟の穴から入っていた日の光が、薄まり、薄まり、そして消えた。
 どうやら日が完全に沈んだらしい。
「あ……」
 同時に、静麻が小さく声を漏らす。
「言い忘れてたけど、この現象はエコーの力が最大限に高まる時期で、あと星の巡りとか、運気とか日の光の影響とか……とにかく色んな要素が重なって起きる特異なもので。次にまたこの効果が現れるのは、もう何百年も先なんだよ」
「な、なにぃっ!?」
「そ、そんなことを言ってワタクシ達を騙そうとしても無駄なことざますよ!」
『騙そうとして、な、い』
「ほら。エコーもこう言ってるだろ。今日このとき、太陽が沈むまでがリミットだったんだよ。残念だったな」
「申し訳ありませんが、そういうことですので」
 涼司達はそう言って、ようやっと西通路を抜けて外へと出て行くのだった。
 美羽とベアトリーチェもそれに続く形で出て行き。
 そして静麻もロケットを握り締め、
「確かにこいつは……宝って呼べるもの、だったのかもな」
 それだけ呟いて部屋を後にした。

 その後、残されたお面夫婦がどうしたかはここで語られることはないが。
 エコーの洞窟にある秘湯が繁盛したという噂は、この先誰も流すことはなかった。