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リアクション
第2章 本格的な受難の始まり
「夜の遊園地は寒いなあ……。でも、がんばらないとね」
ハーポクラテス・ベイバロン(はーぽくらてす・べいばろん)はむきプリ君を遠目にして、えいっと気合を入れた。ミニスカメイドの女装をしている。
「あんなものを広める奴はちょっとお仕置きしてやらなくっちゃ……」
それに、ここで彼をやっつけたら、エリザベート校長や他の誰かにきっと褒めてもらえる……よね? 「いい子だ、偉いね、ハーポ」って。
そんな彼の心情はクハブス・ベイバロン(くはぶす・べいばろん)にはダダ漏れのようで、あきれたような声が掛かる。
「褒めるくらいなら僕がいつでもやってあげますよ?」
「うー……そーいうのとはちがうんだってば」
褒めてもらうというのは認めてもらうということで、いつでもやってもらうのは……うれしいけれど何かちがう。
「最初に言っておきますがハーポ、僕は彼の25m以内には近づきませんよ。あんな薄気味の悪い筋肉……おっと、失礼。あんなふしだらな薬をばら撒く人物に近づく気はおきませんからね」
「うん、大丈夫! 見ててね、クハブス! 僕、がんばるからね!」
しとやかに歩いて行くハーポクラテスの背中を眺めながらクハブスは言う。
「できるなら止めたい所なのですが、張り切っちゃってますしねえ。まあ、公衆の面前ですし、あの筋肉も無茶はしないでしょう。暖かい目で見守りますかね……」
むきプリ君は、近付いてくる美少女にどきどきしていた。銀髪でお人形顔で細身かつ色白の、まあ要するにむぎゅっとしたくなるようなミニスカメイドだ。グレートソードを背負っているのがまたギャップ萌えである。しかもハート型のチョコレートを持っている。ハート型! 今度こそ本命に違いない。この俺の筋肉に魅了されない女などいないのだ!
バットの後遺症か完全にお花畑になっているむきプリ君に、ハーポクラテスは笑顔を作った。
「私の気持ちですお召し上がりくださいませ、ご主人様☆」
更に顔を寄せて、チョコレートを彼の口元に持っていく。人に褒めてもらうためならなんでもやる心積もりだ。
(恥ずかしいけど……でも、みんなに迷惑をかけるむきプリ君をやっつけるためだからしょうがないよね!)
「あーんしてください、ご主人様☆」
「あーん♪」
ご主人様と呼ばれてご満悦なむきプリ君は、素直にチョコレートにかぶりついた。実はこれには即効性の睡眠薬が入っているのだが――
「……んむ……眠くなってきたな、そうだ、ひざまくらなど……」
呂律の回らない口で言いながら、抱きついてくるむきプリ君。膝をついて要望に応えるふりをするハーポクラテス。その折にスカートがめくれ「あ、ハーポのパンツ見えた、クマさんぱんつですか……」などとクハブスが感想を漏らしていることなどは無論知らない。
そして。
完全に油断したむきプリ君に、彼はチェインスマイトを使った。武器はもちろん、グレートソードである。
ぶしゅーーーーーーーーーーー!!
むきプリ君の身体から鮮血が迸る。噴水の光輝く水しぶきと、やはり光輝く血のコントラストが美しい。
「むきプリ君!」
「むきプリ君!」
少年達が、血の海に伏せたむきプリ君に駆け寄る。
「やった! やったよクハブス! やっつけた!」
「よくやりましたねハーポ。いい子いい子」
むきプリ君の側では、少年達が会議をしていた。
「おいお前、ヒール持ってるか?」
「持ってるけど……嫌だよ。だってこれSP全部使わないと復活しないだろ。なんでこんな筋肉のために……」
「復活してくれなきゃやばいだろ! 今度は俺達が矢面に立つぞ! 遊園地をアホにしてエリザベート様をぎゃふんと言わせるのが目的だろ! 朝までは保たせるんだ!」
「むきプリ君がおとした女の子をいただく!」
「いやコレになびくと思うか?」
「筋肉フェチってのもあるし、1人くらいは……」
「それよりこれ以上ほっとくと死ぬけどどうする?」
「しょうがないなあ、1人1回ヒールだ! これで良いだろ?」
「あ、俺持ってないけど」
「僕も」
「えーと、持ってるやつは? 手ぇ上げてー。7人か。オレを入れると8人……よし、んじゃ4人でヒールだ。また気絶したら残りがヒール。意識があったら自分で治してもらう! 我慢してもらう!」
「ていうかお前、契約してんだからもう少し心配したら?」
「ていうかお前、アリスなんだからアリスキッス持ってるだろ?」
「アリスキッスは嫌だ! たとえパートナーでもムッキーにアリスキッスなんて死んだ方がましだ!」
実はむきプリ君のパートナーである少年が首をぶんぶんと振る。
「あ、あと、これからお前がリーダーな」
「ぅええっ!?」
「当然だろ。あだ名どうする?」
「プリーストのリーダーだからぷりりー君、アリスのプリーストだからアリプリ……語呂が悪いっていうか1字違いで版権に引っ掛かるな」
「どっちも嫌だ!」
「んじゃぷりりー君で」
「嫌だ! それだけは嫌だ!」
「ほらぷりりー君、ヒールだ!」
「嫌だあああああああああ!」
それからしばし。
「何が悲しくてバレンタインにてめーと遊園地なんだよ! しかもこのチラシ明らかデートじゃねーか。つーか堂々とホレグスリとか書いてるし!! 女口説きてーなら1人で勝手に行きゃいーだろ何であたしが……」
エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)に連れられて遊園地を訪れた土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)は、ちらしをぐしゃっと握りつぶしながら文句を言った。
「まあまあ雲雀、これはチャンスだよ?」
「あ? なんだよそれ」
怪訝そうにする雲雀に、穏やかな笑顔でエルザルドは説明する。
「今回のイベントは生徒の独断だろうね。ホレグスリの蔓延を防げば、イルミンスールに恩を売ることができるよ。魔法書読み放題になれば秘術科的にも有利になる。それを元に秘術科が手柄を立てれば、団長も認めてくれるんじゃないかな」
「そんなので騙されるわけが――……いや」
空を見上げて何やら考えるようにする雲雀の顔が、やる気に満ちたものにぱっと変わる。
「……団長に認めてもらうためだもんな!」
「うん、それじゃあ早速説得してみようか。首謀者はあそこの筋肉だよ。名前はムッキーっていうらしいね」
エルザルドが指差した先には、寒風の中で肌をさらけだして胸筋をぴくぴくさせているむきプリ君がいた。胸には大きな交差傷がある。血に塗れた服を脱いだものの、代わりが無かったので根性の我慢である。少年を2人、衣装買いに走らせているが、彼らが帰ってくるまではとりあえず裸だった。あ、ズボンは穿いている。
「…………マジで?」
テンションがだだ下がった雲雀に、エルザルドが発破をかける。
「ほら、団長のためだろ?」
「そうだな! よし、行ってくる!」
団長関連の事になるとびっくりするぐらい素直になる雲雀を見送り、エルザルドは苦笑する。自分がむきプリ君の所に行くつもりはなかった。彼にとっては『蔓延を防ぐ』なんて建前でしかない。前回はいきなりで驚いたけれど、今回は最初から解毒剤もあるようだから、あのそそる顔をじっくり見ていたかったのだ。
「ムッキー殿!」
雲雀はむきプリ君の正面に立つと、堂々と言った。
「ホレグスリの販売を止めてくださるようお願いに参りました!」
「ほう、面白いな、聞こうじゃないか」
そう言うむきプリ君は、なんだこいつのコート暖かそうだな、いやでもかなりちっこいか。ちっこいな。まあ足りない分は薬飲ませて惚れさせて何とかしてもらおう。うんこいつは俺の好みだ。可愛いじゃないか。真面目な俺にはぴったりだ。やはり2次元的メイドよりは堅実な教導団員だ。さっきはひどい目にあった。死ぬかと思った。というか寒いから早くそのコートよこせとか切実だったり馬鹿だったり下心むんむんだったり要するにろくでもないことを考えていた。
「解毒剤があるから大丈夫とかいう問題ではなく、そういうふしだらなのはいけないものなのであります! やろ……男性であるなら、それこそ当たって砕けろの精神でありますよ! 薬などに頼るようではムッキー殿の為にもならな……」
そこでむきプリ君は、雲雀を片手でがっちりと抱きしめた。
「!? 何をするのでありますかっ」
持っていたホレグスリの蓋を口で取り、雲雀の口元に持っていく。
「ちょ、そんなもの飲まないのでありますよぅ!」
目一杯身体をそらしてもがきながら、薬から逃れようとする雲雀。それがますます、むきプリ君を興奮させた。
(ちくしょう、やめろっつってんだろこの馬鹿力! 匂いだけでまた変な気分になる……
いやだ、エル……っ!)
その時、むきプリ君の頭が衝撃を受けてふっとんだ。
「!?」
慌てて距離を取る雲雀の背を、エルザルドはそっと受け止めた。
「ごめんね、あれだけ派手に嫌がってるの見ちゃうとねー……俺の小鳥いじめていいのは俺だけだから」
「エル……」
一度彼を見上げ、目を伏せる雲雀。今、かなりむかつくことを言われた気がするが、エルザルドの顔をまともに見ることができない。
「あれ、雲雀……」
遅まきながら、エルザルドは赤くなっている彼女に気付いた。何気に目的を達成したらしい。
「せっかくだから、遊園地を散歩しようか」
「お、おう……」
(ちくしょう。確信犯かこのロリコンホスト……)
「なぜだ! なぜうまくいかないんだ! ぶえっくしょ!」
鼻血をだらだらと流してむきプリ君が起き上がる。その様子を見ながら、少年達が小声で言い合う。
「この程度ならヒール要らないな」
「本人がかけるかどうかは知らないけど」
「あ、かけた」
「あと何回だ?」
「1回くらいが関の山じゃね?」
「むきプリ君! 新しい服を買ってきたよ!」
そこに、お使いに行っていた2人が戻ってきた。
「それにしても……どうしてみんなフルネームを略して呼ぶんだ? 悪い気はしないが……」
由来はフルネームじゃございませんよ、と少年達は心の中だけで呟いた。
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