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絵本図書館ミルム  ~番外編~

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絵本図書館ミルム  ~番外編~

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 第7章 絵本を作ろう
 
 
「絵本教室?」
「はい。といっても読む教室ではなく、絵本制作の教室をしたいんだそうです」
 サリチェに提案しているリア・ヴェリー(りあ・べりー)の言葉が伝聞表現なのは、教室をやりたがっているのがリアではなく、明智 珠輝(あけち・たまき)だからだ。
「もし迷惑でなければやらせていただけませんでしょうか」
「もちろん構わないわ。カレンさんからも子供たちと絵本が作りたいという希望を聞いているから、一緒にやったらどうかしら」
「ありがとうございます!」
「そんなに一生懸命になるなんて、リアさんは契約者の珠輝さん思いなのね」
 深々と頭を下げるリアに、サリチェは感心したように言ったけれど、
「違いますっ!」
 とリアの返事は早かった。
「珠輝があんなにマトモでいるの、滅多にないんです……!」
「あら、そうなの? いつもきちんとしてるように思ってたのだけれど」
「兄者、ちゃんと、ヤってる、言う」
「ほら、ね?」
 ポポガ・バビ(ぽぽが・ばび)の言葉を受けてサリチェは笑っているけれど。
 どこからどうツッコミを入れれば良いものかと、リアは考えあぐねるのだった。


「はい、紙と色鉛筆。紙が足りなくなったら取りに来ていいからねー」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)はイルミンスール魔法学校から持てるだけ持ってきた紙や色鉛筆等の筆記具を子供たちに配った。
「さあ、みんなで絵本を作ろうね。好きなお話を考えてもいいし、読んだ絵本の続きを自分で考えてもいいんだよ」
 絵本に市場的に価値のある無しが出て来てしまうのは仕方ない。けれど、それとは別にもっと大事なことがあるのだと、子供たちに知って欲しい。そんな気持ちで開いた絵本作り教室だ。
 八坂 トメ(やさか・とめ)は子供たちの間に交じって、色鉛筆を手に取った。自分の完全オリジナルのお話を作ろうと考えるのだけれど。
「うーん……」
 さっぱり浮かんで来ない。考えた末に、絵本回収の時に読んだ野ねずみさんの話を題材にした、新しいストーリーの絵本を作ることにした。
 お話はもちろんハッピーエンド。野ねずみさんも周りの動物もみんな幸せになるお話だ。
 ぐりぐりと色鉛筆で描く絵は決して上手なものではなく、野ねずみというよりもデブねずみのようだったけれど、楽しく描ければそれで十分だ。
「自分でお話を考えるのが苦手なら、知ってるお話に自分なりの絵をつけるのも楽しいですよ」
 絵本を描く参考にと、珠輝は自分の生まれた日本の童話の話をしたり、子供たちの描く絵にアドバイスしたり、と至極普通に絵本教室の先生役をする。
「絵を描くのにルールはありません。自分の描きたいものを自分なりに描けばよいのです」
 そんな教室の中に、思わぬ人物が七瀬 歩(ななせ・あゆむ)に引っ張られるように案内されて来た。
「こっちこっちー」
「どうしてわしが……」
 歩に手を引かれつつもぶつぶつと文句を零しているのは、アンゴルだった。
「最近はおちおち本も読んでいられんな。次から次へと邪魔ばかり入る」
「本を子供たちに大切にしてもらいたいなら、そういう絵本を作っちゃえばいいんですよー。はい、アンゴルさんの席はここだよっ」
 頑固ではあるけれど、押されると案外弱いアンゴルは歩に言われるまま、席につく。
「言っておくが、わしは絵など描けぬぞ」
「だったらアンゴルさんは文字係だね。あたしが絵を描くよ」
 すっかり歩のペースに乗せられて、アンゴルは苦虫を噛み潰したような顔で用紙と向かい合った。
「どんなお話を書くの?」
 七瀬 巡(ななせ・めぐる)が気になる様子で覗き込む。
「それは出来上がってのお楽しみ♪」
「……何が楽しいものか」
 アンゴルはぶすっとした顔でペンを手に取った。
 
「ポポガ、絵本、作りたい」
「だったら、一番後ろに座って……ポポガはガタイがいいんだから、みんなの邪魔にならないようにね」
 リアに言われた通り最後列に座って、ポポガは絵本を描き始めた。
 絵本に描くのは、穏やかな森にある1軒の絵本図書館の話。
 森と同じに穏やかなお母さん羊が、森の様々な動物といっしょに、困難を乗り越えながらも絵本図書館を作り上げる……そう、ミルムをモデルにした話だ。
 ポポガが熱心に絵本を作っているのを微笑ましく眺めた後、リアは他の子供の世話をした。
「手が汚れちゃったかな? はい、綺麗綺麗」
 汚れた手を服にこすりつけている子の手を取って、きれいに拭いてやる。
「甲斐甲斐しいお母さんぶりですねぇ」
 褒めているのか茶化しているのか分からない珠輝には、
「僕は男だ!」
 と言い返しておく。
 開始してしばらくはお喋りの声も聞こえていたけれど、それが過ぎると子供たちはほとんど無言になり、ただ紙に色鉛筆やペンを走らせる音ばかりが聞こえるようになった。
 手が長く止まっている子には指導を行い、そうでない子は見守り。
 ただ教える一方ではなく、子供たちの描く絵は珠輝にインスピレーションを与えるものでもあり、新鮮な驚きでもあった。
「凄くいい絵ですね……!」
 珠輝の褒める声には偽りはない。
 
 最初に、出来た、と声をあげたのはトメだった。まだ糊も乾ききっていない野ねずみの手作り絵本を胸に抱きしめて。
「こっちも出来たよー。アンゴルさんが作ってくれた絵本、読むから手の空いた子は聞いてね」
 歩は出来上がったばかりの絵本を皆に披露する。作っている間中、絵本の中身が気になる様子だった巡も、歩が読む話に耳を傾けた。
 それは、ある王様が国から絵本を禁止していまい……という話。
「王様は生まれつき、不思議なことに本の精霊の姿を見ることができました。精霊はみな美しい姿をしており、王様の心を癒していたのです」
 そんな王様は、本が雑に扱われて精霊が悲しむ姿に心を痛め、絵本を禁止する。旅の絵描きはそのオキテに逆らい、子供たちに絵本を描いて回り、その素晴らしさを教えていったけれど、王様に捕まってしまう。
 けれど、絵描きとの交流によって絵本をばかにしていた子供が改心し、絵描きを自由にしてくれるように王様にお願いする。王様は、その子に条件を出した。国中の子供が絵本を作り、その話が自分を感動させたら絵描きを解放すると。
「実は王様は、全員が描いてこられるとは思ってませんでした。本を大切にしない人が絵本なんて描けるわけがないと」
 けれど子供たちは1人残らず絵本を描いてきた。そしてその絵本には……。
「絵本には美しい精霊が宿り、とても楽しそうにお互いの本を読んでいたのです」
 王様は自分が間違っていたことを知り、約束通り絵描きを解放し、絵本を禁止するのをやめた。そしてその国は本の精霊が満ち溢れる素晴らしい場所になった……。
 そう語り終えると、歩はアンゴルを指した。
「アンゴルさんは、実はこの絵描きさんと知り合いなんだよー。ちゃんと言うこと聞いてたら、いつか会わせてくれるかも」
「な、何をでたらめを……」
 焦るアンゴルの声は、子供たちが挙げた歓声にかき消された。
「なんだか賑やかね」
 廊下にまで響いている声に、通りかかったサリチェが部屋を覗き込み、アンゴルに気づいて会釈する。アンゴルは渋い顔のまま、それでも軽く顎を引いて挨拶を返した。
 
「あら、これは……ここの絵ね」
 子供にスケッチブックを見せている珂慧の手元を覗き込み、サリチェは目を細めた。スケッチブックに描かれているのはパラミタの色々な場所の様々な場面。その中にはミルムの絵もあった。
「いろんな絵を見たら、参考になるかも知れないと思って」
 何をどう描こうか迷っている時には、ちょっとしたきっかけが自分の描きたいものを浮かび上がらせてくれることもある。そんな助けになれたら、というのと共に、子供たちが絵を見てどんな反応を示すのか見てみたいという気持ちもあった。
 思わぬ反応を見せられて驚くこともあったけれど、絵は描くものとしてだけでなく、誰かに見てもらえるもの、としての側面があることが感じられて面白い。
 文字は日本語ですら危ういから手伝えない。伊達にパラ実に行ってない、と珂慧は呟き、そしてサリチェに言った。
「僕はパラ実生なんだ。青空教室には顔出すけれど、特定の分校に所属してるわけじゃないし、他校生よりは時間に融通きくと思う。いるだけでも役に立つことあると思うから……なるたけここにいても、いいかな?」
「ええ、もちろん」
 サリチェの返事は曇り無い。
「いつでも好きな時に好きなだけいてくれて構わないわ。私からも用事を頼んだりするかも知れないけれど、その時はお願いね」
「うん」
 珂慧のスケッチブックの絵には、これからもミルムの風景が増えていくことだろう。最初にここに来た頃に描いた絵、今の絵、ずっと先の絵。いつか比べて見てみたら、ここでの軌跡が見えるだろうか。
 
 
 作った絵本を見せ、あるいは人の絵本を読み。はしゃいでいる子供たちにカレンが問いかける。
「ねえみんな、もしその本が誰かに破られたり、汚されたり、なくされたりしたら……みんなはどう思うかなぁ?」
 やだ、怒る、悲しい……そんな言葉が次々に子供たちから返ってくる。自分たちが作った世界でたった1つの絵本。大切に思わないはずがない。
「どの本にもそれを作った人がいるんだよ。その人の為にも本は大切にしてあげようね」
 本の中にあるのは、物語の世界だけじゃない。書いた人の気持ち、読んだ人の気持ち、たくさんの気持ちが込められている。それを知った子供たちはきっと、本を大切にしてくれるだろう。
「ポポガ、絵本、出来た」
 最後まで真剣に絵本を描いていたポポガがやっと顔を上げた。
 森の中の絵本図書館の話。その最後に描かれているのは、たくさんの笑顔。そして、
『えほんと おかあさんひつじさんは みんなをえがおに しました。
 これからも もりはずっと えがお いっぱい です』
 という文章で締めくくられている。
 ポポガが作った絵本をプレゼントしたいというので、珠輝は笑顔でサリチェに絵本を差し出した。
「私のパートナーからのラヴレターです。よかったら受け取ってください」
「ポポガ、絵本と、図書館、大好き。サリチェ、集まる皆、優しい。心、温かい」
「まあありがとう。大切にするわね」
 ミルムを題材にした絵本を嬉しそうに読むサリチェを見ながら、珠輝は含み笑い混じりに呟く。
「……私も負けてられませんね、ふふ」
 
 
 第8章 そしてまた1歩
 
 
 絵本図書館ミルムの運営は、順調といえば順調、けれど細部に目をやればやはりぎりぎりな部分も多い。
「生徒や保護者に警備についてもらっても、厳しい部分は多いのう……。なんとか業者を雇えるようにならぬものかの」
 それに、とファタは続ける。
「本の劣化、あるいは放火などから本を守る為には、換気、防火、防湿、防虫、それから菌を殺す為の燻蒸等も行いたい処じゃ。その為の設備も欲しいのう。それから、管理、整理にコンピュータを導入できれば、その分余剰人員を他にまわせるようになると思うのじゃが」
「何だか頭が痛くなりそう……」
 サリチェは額に手を当てた。
「ラテルには電気がありませんから、コンピュータの使用は難しいでしょう。ヴァイシャリーまでいって充電してくるのも大変でしょうから。ですが、他の事項は何とかしたい処ですね」
 真人は何か手はないかと考えた。けれど何をするにも先立つものが必要だ。実際、今は学生たちの好意で補われている物品も多い。
「慈善事業として資金援助を依頼することも考えましたが、そうしてしまえばここはサリチェさんの図書館では無くなってしまいますよね。今は苦しいでしょうけれど、周りに受け入れられて寄付金などがあるようになるまで、頑張るしかないでしょうね……」
「寄付を待つより、積極的に寄付を集めに回るなり、誰かしらをスポンサーにつけることを検討した方が良いのではないか?」
 ファタに言われたサリチェは、実は、と話を切り出した。
「大通りに一際大きなお屋敷があるのを知ってるかしら? そこの奥様がここの話を聞いて、一度見に行ってみたい、もし見て気に入ったら定期的な資金援助を考えてもいい、って言ってくれたの」
 気に入ったら、という話ではあるけれど、もしうまく行けばミルムの運営はずいぶん楽になるだろう。資金不足で諦めていたことも出来るようになるし、絵本を増やしていくことも可能になる。
「どんな人物なのじゃ?」
「そうねぇ……可愛い奥様よ。歳は20歳ぐらいだと思うんだけど、実際よりずっと幼い雰囲気があるわ。リボンやレースがお好きで、お菓子や小物が好きで。お腹に赤ちゃんがいるんだけど、奥様の方が子供みたいだ、って旦那様が言ってたくらい」
「甘ったるそうな奥方じゃのう……」
 ファタは溜息まじりに言った。
「援助してもらえるかどうかは分かりませんが、やってみたらどうですか? 駄目で元々ですし」
 真人に勧められ、サリチェはそうね、と肯いた。
「ミルムを存続する為だもの。どうなるかは分からないけれど、やってみましょう」
 
 

担当マスターより

▼担当マスター

桜月うさぎ

▼マスターコメント

 
 絵本図書館ミルムの番外編。
 今回も皆様からの温かいアクションをたくさんいただいて、ふわふわ〜っと幸せ気分で書かせていただきました。
 感謝の気持ちはたっぷりなのですけれど、いろいろ忙しくて、称号とか個別メッセージとか、いろいろ手が回りませんでした〜。すみませんっ。

 1回分寄り道してしまいましたけれど、次回は予定通り最終回となります。
 3月下旬頃を予定していますが、きちんとした日程が決まりましたら、琴子の自由設定の処に書かせていただきますね〜。……ブログとか作った方がいいのでしょうか〜、とも思いつつ、なかなか手がつけられないのでそれまでの繋ぎとして。

 ではでは。
 ご縁がありましたら、次回最終回にてお会い致しましょう〜。