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リアクション
続いて沢山の生徒が集まったのは衣装について。
各々拘りがあるのか、気合いの入った表情を見せる物が多い中、真たちは分担してそれぞれの意見に耳を傾けサポートを行うことにしたのだが。
「……で、何で二人ともそんな格好なの……?」
京子の執事である真はともかく、今日は京子も左之助も執事服。確かにアンケート用紙にも執事やメイドなんて項目はあったけれど、お手伝いの立場なんだから2人が着なくても……と少々困惑気味のようだ。
「だって……ドレスじゃ動きにくいから。着替えを手伝ったり軽く化粧をするとなると、こういう服の方が……ね」
コスメポーチを手に苦笑いする京子にはそれ以外の理由もありそうだが、その隣で腕まくりをする左之助は和服の方が着慣れているはず。最近は京子によって現代服も進められているが、作業のしやすさで言えば和服の方が良かったのではないだろうか。何とも言えない真の視線に、左之助も笑う。
「ああ、コレか……京子に着せられたんだよ」
きっちりと着ている京子と違い、上着は脱いでタイとベスト姿な左之助はやけに笑顔だ。
「事前調査じゃ和服が人気らしいじゃないか。それに、内装も和物が健闘してると聞いちゃ張り切らないわけにもいかねぇよな」
鼻歌交じりで向かう先には5人。けれども和服が1番多くの票を集めたことで、古き日本を生き抜いた英霊の左之助は、この時代にも自分がよく知る物を好きだと言ってくれる者がいて嬉しいようだ。
そんな和装を希望したのはスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)。
「ほとんどの人が洋服だと思うけど、たまには違った衣服で接するのもいいんじゃないかな?」
直が大まかに提案した衣装はほとんどが洋服だが、そうは言っても普段着る人もいれば着ない人もいるだろうという言ってしまえばコアな服装ばかり。和装の中で何を選択するかが問題だが、選びようによっては1番まともな服装になるのかもしれない。
(……和装と言えば、あれだよな)
ニヤリ、と口角を上げるスレヴィが何を考えているのかは定かではないが、サポートとして全員の意見を聞こうとしている左之助はその些細な変化を見逃してしまったようだ。
ルイーゼ・ホッパー(るいーぜ・ほっぱー)に誘われてやってきたミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)とシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は、なぜ彼女がこの講座に参加しようと思ったのかわからないまま、話し合いに加わっている。
「綺麗な純和風な着物も大好きなんだけど、和風ゴスロリの着物ドレスワンピースなんてどうかな?」
以前友人が可愛く着こなしているのを見て興味を持っていたミレイユは、ルイーゼにも似合うんじゃないかなと視線を合わせて微笑んでみる。
(こんな講座に誘うなんて、ルイーゼにも好きな人が出来たのかな? だったら普段と違う可愛い格好もしてみたいよね)
ニコニコしているミレイユの後ろでは、いくつかのシルバーアクセサリーを身につけているシェイドが何となく自身の服装をチェックし、彼女がゴシック系の服装を着ても普段から黒系の服やこうしてアクセサリーを身につける自分なら、とくに合わせなくとも違和感はないだろうかと安堵した。
「あー、ミレイユはそんな服でデートしたいんだぁ? やっぱ好きな人くらいいるっしょ~?」
ニヤニヤと笑うルイーゼの視線の先にはシェイド。どうして自分までこんな講座に誘われたのかとシェイドは思っていたが、どうやらルイーゼがからかいたかっただけのようだ。
「え? ワタシは好きな人いないよ。いるのはルイーゼじゃなかったの?」
キョトンとした顔でそういう物だから、企み顔を浮かべていたルイーゼも段々同情の色を隠せない。
「え……いないの? 全く、これっぽっちも?」
「ルイーゼのことは好きだよ? 友達やシェイドも、みんな大好きっ!」
残酷なまでの無邪気なミレイユの笑顔に、ルイーゼは言葉もなくシェイドを見つめるが、彼はさして気にした素振りもなく脱線した会話を元に戻した。
「和ゴス……と言っても、あまりひらひらしない物が良いでしょう。配膳を行うそうですから、機能性も重視しなければ」
「そうです、和服は着慣れないと動きにくいという方もいるでしょう。なので、こちらはどうでしょうかっ!」
自信満々に大地が前面に押し出したのは、贈り物の話し合いが終わり様子を見に来ていたティエリーティア。落ち着いた色味の着物に、少しだけフリルのついたエプロン。長い髪が邪魔にならないようサイドは細めのリボンがつけられていて、恥ずかしそうに大和の後ろに隠れようとする姿は可愛らしいものだ。
「あえて割烹着にせず、エプロンにすることで可愛らしさが増すと思うんです。どうですか、俺の彼女は」
(うう、彼女って僕のこと? 僕のことですよね、男でも彼女って呼んでいいのかなぁ)
可愛らしいその姿を見て真っ先に飛びついたのはルイーゼだ。
「かっわいい~♪ やっぱりさぁ、和服って言ったら帯ひっぱって“あ~れ~”とかして遊びたいよねぇ?」
その発言に大きく頷いているスレヴィを見て、左之助は溜め息しか出ない。
(まさか、和服が好きな理由ってみんなそうなのか……? この調子じゃあ、和服美人は見れねぇかもな)
けれども、そんな話題を遮るように雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)がズイッと大きく前へ出た。
「皆様の意見は素晴らしいですわぁ。しかし……残念ながら、一歩踏み込めていません」
踏み込むも何も、真っ当に和服を着ようという者はいないのか。残念そうにする左之助を、何故かキュンとした視線で見上げるベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)。
「必要なのはシチュエーション。和装でもメイドでも、ただ服を着ただけではダメ。衣装が変わるってことは自分の設定が変わることなのよぉ!」
「……設定?」
言うが早いか取り出すのは包帯や三角巾と救急セットのようだが、リナリエッタの目は何を捕らえているのだろうか。
「恋愛と言えば吊り橋効果。ご主人様を守るために傷ついた執事、戦争が終わったら彼女と結婚するために突撃する軍人……いいわぁ、和服なんてはだけるし広い肩に巻かれた包帯……ふふっ」
もはやミレイユたち女性陣は置き去りで、好みの流血イケメンを作るべく狙われるスレヴィたち。普段はリナリエッタの保護者代わりも務めるベファーナは、うっとりと左之助を見上げたままだ。
(ああっ! あの上腕二頭筋ステキだ……っ! 肩幅も、胸板も……きっと和服なんか着たら堪えられないかも)
捲った袖からちらりと見える左之助の腕から悶々と筋肉美について考えるベファーナがリナリエッタを止められるわけもなく、じりじりと間合いを詰めるリナリエッタと男性陣という異様な光景にラルクも戸惑った様子で声をかける。
「おい、ここか? 和服について話し合ってるのは」
内装の話し合いに参加していた物の、アンケート結果を踏まえると粗方決まってしまったので対となる衣装に現状を報告しようと思ったのだが、タイミングが悪すぎた。
「君も和服が好きなのかい?」
男装の麗人が爽やかに微笑む姿は違和感が無いのに、幼い頃から厳しい環境で育ってきたラルクの第六感はベファーナの笑顔に危険信号を出していた。
「ああ、まぁ……」
彼らしくない歯切れの悪い言葉であしらい、服装からしてサポート役のような左之助へ声をかけようとするが、そちらも彼女が目を付けていた人物だ。
(ふふ、これだけ逞しかったら……)
ニコニコと笑顔で近づいてくるベファーナを振り切ろうにも、左之助もラルクもすでにリナリエッタに壁際へと追い詰められており逃げ場がない。
「折角衣装があるんだから袖を通してみないかい? きっと君に似合うと思うな、着付けは私も手伝うし!」
「とーっぜん、袖は破いて包帯を巻いて……本当に怪我をさせたいところだけど、血糊で許してあげるわよぉ?」
くすくすと笑う2人に男性陣は恐怖し、嫌がらせとわかった上で混ざるルイーゼ。安全な場所にいるのはきょとんとしたミレイユと同じように小首を傾げるティエリーティアの後ろに隠れた大地くらいだ。
「ティエルさん、ここは危険ですから一旦別の場所に避難しましょうか」
「ええっと、なんだか大変そうですけど、危ないんですか……?」
ミレイユに別れを告げ、手を引かれるままにその場を去るティエリ―ティアはふと自分たちの講座を思い出した。
「大地さん、僕たちのグループ意見がまとまったんですけど……」
まだ贈り物の中で最終的な答えは出ていないけれど、自分たちの答えは決まった。果たしてそれは、大地が喜んでくれるものだろうか。ティエリーティアからの贈り物ならば、例えどんな物でも受け取ろうと思っている大地は、一拍間を置いて微笑んだ。何やら、心の準備が必要だったらしい。
「あのですね、大地さん。……僕を、もらってくれますか?」
「え…………は、はいっ! 謹んで!!」
前回一緒に調理をした大地は、得体の知れない食べ物だったと思われる物が出てくるとばかり思っていたのに、ティエリ―ティアから差し出されたのは彼自身。少し前なら告白だと思うだろうが、今や恋人同士の2人……だと思う、多分。
(その関係の上でティエルさんが自分自身をプレゼントと言うなら……言うということは……!)
何やら固まってしまった大地に、自分がおかしなことを言ってしまったのかと、ティエリ―ティアは帯に挟んだノートを取り出し先程の話し合いでメモしていたページを開く。
(……あ、これ吸血鬼さん用の言葉ですね。でも、大地さん喜んでる、のかなぁ? 大地さん、吸血鬼さんだったのかなぁ……?)
「……本当に、良いんですか?」
真面目な顔をする大地に、ティエリ―ティアは困惑する。もし大地が吸血鬼だったなら、自分も吸血鬼化するかもしれない。
「あの、えっと……痛く、しないでくださいね? ……って、大地さん? 大地さんっ!?」
恥じらうティエリ―ティアからそんな返事が出たことに大地は卒倒し、保健室に運ばれることとなる。講座が終わる頃になっても目を覚まさない彼を心配に思いつつ、ティエリ―ティアは置き手紙をしてパートナーの待つ家に帰るのだった。
そんな光景を見ていた如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は、ポツリと呟いた。
「だから、オーソドックスにネクタイスーツとかでいいんだ……」
他の衣装も魅力ある物だろうが、それは人によっては普通の服。そしてある人にとっては絶大的な破壊力を伴う物だろう。最終日に何をするのか薄々予想のついている佑也は、その雰囲気を壊さないためにもこの服装が1番望ましいと思いながらぼんやり壁際で佇んでいた。
和服が、メイド服がとほぼ2択の状態で盛り上がる衣装班には、スーツが良いのではという提案さえ言うのも憚られるほどの空気を醸し出していたからだ。
一緒に来ているアルマ・アレフ(あるま・あれふ)はと言えば、スーツでも執事服でも和服でも、どれになっても落ち着いた服装になりそうだからさしあたって声を大きくして言いたいことも無かったのだが。
(何か足りない……いや、何か余計な物がついてる……?)
どっちだろうかと考え込んでいると、目の前には明るい黄色の薔薇。その向こう側では鈴木 周(すずき・しゅう)が微笑みかけていた。
「キミには憂いた顔は似合わない。この花に、キミの心を晴らす役目をくれないかな?」
今まで幾度となくナンパをして失敗してきたのは、直球過ぎるからだと思った周はスーツに身を包み花束を持ってキザに攻めてみた。しかし、それが自然体で出来る男は格好良いのかもしれないが、急にキャラチェンジしようとした周には端々でナンパなわざとらしい空気が出ている。
何より、アルマは前回の講座で爽やかな笑顔に騙された。また変な人に絡まれては大変だと警戒するように周を睨み返す。
「ま、まぁこんな感じがいいんじゃねぇかって思うわけよ、俺は」
キザもダメなのかと誤魔化すように笑ってみせるが、1度出鼻をくじかれたからと言って引き下がる周ではない。2人のやりとりを見て、佑也が少し呆れたように眼鏡を押さえて溜め息を吐き、アルマは閃いた。
「それよ! そんな地味なメガネかけてるから、どんな格好しても地味に見られるのね」
「……は?」
眼鏡を外すか否かで口論を始めそうなところに、彼らの服装を見て自分たちと同じようにスーツがいいと思っている人がいたと菅野 葉月(すがの・はづき)とミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)もその輪に加わった。
「メガネなんてあってもなくても、葉月が1番着こなせるに決まってるよね!」
まるで自分のことのように嬉しそうな顔で笑うミーナに葉月は苦笑する。
「この場合1番かどうかはともかく、奇をてらわず落ち着いて過ごせる空間には一役買ってくれそうですね」
「ねぇねぇ、だったらセーラー服でもいいと思わない?」
そこへ駆けてきたのは久世 沙幸(くぜ・さゆき)。地球からパラミタにやってきて、こちらの生活を満喫している彼女だけれど、特徴ある学校の制服はやはり一風変わった物が多く、逆にシンプルなセーラー服や学ランに興味を持ったようだ。
「私たち学生のフォーマルって言えば制服じゃない? 落ち着く空間なら、オーソドックスだよね!」
オーソドックスという認識も、人によってそれぞれ。スーツであるか制服であるかと話し合う隣では、未だ眼鏡論争が続いていた。
「ダメだ。メガネは体の一部だし、俺のアイデンティティなの。おいそれとは外せないの」
「大体ね、そうやって外見に拘るからダメなの! 男は見た目じゃなくてハートで勝負なんだから!」
(じゃあなんでメガネ取れなんて言うんだよ……)
あーでもないこーでもないと揉めているところへさらに首を突っ込むのはナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)と桐生 円(きりゅう・まどか)。
「キサマらの話し合いなぞ凡人の会議! 個性が大事なんだよ個性!」
「そうとも、服装は自分はこんな人間だと示すメッセージでもある。統一なんかしてどうするんだい?」
道中意見の合った2人は、何やら黒い笑みを浮かべて提案する。互いに目的は違うけれど、目指すところは変わらない。個性をなくしては意味がないと言うこと。
もっとも、この2人っは恋愛に興味が無いようなので、好意で言っているのが自らの目的のために手段を選ばないのかは判断し辛いところだ。
人数も増えてヒートアップしてきた話し合いに、喧嘩にならないか心配しながら見守っている真は、こっそりと溜息を吐く。
(これだけいろんな人がいるのに……チャイナ服はないんだよなぁ。そう。だよなぁ……)
手伝いで来た以上、自分の意見を言わず見守っている真の前で、眼鏡論争はまだ続く。
「ほ、ほら……メガネも個性だよ。裸眼の人の方が多いし」
「なんだぁ、そんなメガネごときで個性だぁ?」
「そうよ、メガネなんて世の中にどれだけいると思うの!」
裸眼だって、世の中にどれほどいると言うんだろう。今にも掴みかかりそうなアルマを避けつつ、佑也は自分に残された個性を探してみる。
(……あれ、俺ってもしかして……無個性?)
周りからどんな風に見られているかと考えてみても、口数が少ないからか真面目だと思われ、これと言って目立った特徴は思いつかない。少し落ち込みかけていたところに、会話に混ざれる場所を探していたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)がふと足を止めた。
「アクセサリーとかで個性を出すくらいなら、あたしはシンプルな着こなしのが好きだけどな。出来ればスポーツマンみたいな」
こちらを見て微笑むミルディアに、佑也は思わず照れくさくなって視線を逸らす。少しだけ自信のあったスーツの着こなしも、スポーツマン風が好みの彼女には何とも思われてないのかもしれない。けれど、女の子を妙に意識してしまう佑也にとってはそんなことは関係がなかった。
「スポーツマン、ねぇ。別に衣装は何になろうと構わないけど、学芸会じゃないんだからユニフォームみたいに揃えなくても良いだろう?」
帽子のつばを持って少し悔しそうにミルディアを見上げる円は、刺々しく言い放つ。
「うん、ただ女の子が男の子にどういう幻想を持ってるのかって伝えられたらなって。本当にスポーツするわけじゃないし、清潔感のある爽やかな服装ってどうかなって思っただけだよ」
そう言ってミルディアは笑うが、円はシンプル過ぎるその衣装に些か不満のようだ。そんな物が選ばれたとなっては、この帽子も取らなければならないだろう。
「そうね、爽やかさは重要ね。だからその地味メガネを取りなさいっ!」
場から視線を逸らしたまま油断していた佑也に伸ばされるアルマの魔の手。咄嗟に眼鏡を押さえるも、ぶつかった衝撃で眼鏡はズレてしまった。
「なっ!? なにす……っ」
わたわたする佑也を、どうして眼鏡が取れたくらいで大騒ぎしているのだろうかとミルディアは不思議そうに見る。
「無くても変じゃないのに。髪も短いし、いい感じだよっ!」
何気なく眼鏡が外れたことと、ミルディアの言葉が相まって女性にモテたことのない佑也は言葉を詰まらせる。
「……そう」
素直にありがとうと言うことなく、佑也は眼鏡をかけ直す。ぶっきらぼうな言葉と裏腹に赤くなっていく頬を見て、ミルディアは自分がおかしなことを言ったのだろうかと、ほんの少しドキリとするのだった。