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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3
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第1章 ロスヴァイセ・後編


 その頃、フリューネに会いに来た生徒たちは、居間に通された所だった。
 庭に面した所をガラス戸が一面を覆って、庭園を間近に楽しむ事が出来た。部屋の中は広く開放的で、並んだ調度品は長年使われた味わいのある色合いのものばかりだ。伝統的な良家の居間とそう大差ないが、ただひとつ違うのは、壁にコート掛けならぬハルバード掛けがある事である。おそらくロスヴァイセオリジナル。
 道明寺 玲(どうみょうじ・れい)は居間と繋がったオープンキッチンを見ていた。
 厨房はその家を映す鏡と言うが、ここの厨房はよく整頓されていた。食器類は棚に兵隊の行進のように並び、流し台は銀色に輝いている。ここを使用している人間はよほど道具への愛が深い人間なのだろう、と玲は感じた。
「……見事なものですな。確か、家事はあなたが取り仕切られているとか?」
「ええ」答えたのは【スケルツァーノ・ロスヴァイセ】と言う眼鏡の青年だ。
「フリューネさんのような方に仕えるのは、やはり一流の執事なのですな。あなたも名誉に思われている事でしょう」
「ああ、違う違う」フリューネがやってきた「スケさんは執事じゃなくて、私の親戚なのよ」
「そうでしたか、これは失礼を」
「構いませんよ。親戚とは言え、私は分家の人間ですから、お嬢様にお仕えしてる事に変わりありません」
「本家とか分家とか、気にするような時代じゃないでしょうに……」
 そう言って、フリューネは肩をすくめた。
「スケルツァーノさんの仕事を取って申し訳ないが、今日は某がお茶を振る舞わせてもらいますよ」
 玲はケースをカウンターの上に乗せ、うやうやしく開けた。中には地球産の茶葉が区分けされて並んでいる。
「どのようなものがお好きなのかわかりませんので、各種取り揃えてみました。紅茶でしたらアッサム、ダージリン、セイロン……、緑茶でしたら、狭山、宇治、八女のものを取り揃えております。中国茶も幾らか……」
「あ……、ごめん。私、お茶なんて詳しくないからさ。玲に任せてもいいかな?」
「ええ、勿論」と頷き「手土産に和菓子を持って来ていますから、緑茶にいたしましょうか」


 テーブルにお茶と菓子が並ぶと、ささやかなお茶会となった。
 本日、和菓子を選んだのは玲のパートナーのイルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)だ。
「さあ、どうぞ。名店の一品どすから、お口に合うとおもいますわ」
「これが玲の故郷のお菓子かぁ……、うん、美味しい。なんだか上品な味がするのね」
「そうどすやろ。和菓子は洋菓子よりヘルシーどすから、いくらでもはいってまうわぁ〜」
 ほわほわ言いながら、イルマは切り分けてない羊羹をむしゃむしゃ食べ始めた。和菓子の作法など知らぬフリューネなのだが、本能的にこの食べ方はおかしいと察知した。不気味なものを見るような目で見ていると、気が付き「ああ、すいませんなぁ、フリューネさんもいけるクチどすか」とまるまる一本の羊羹をすすめた。
「う、ううん、遠慮しておくわ。なんだか将来的に尿に糖が混ざりそうだから……」
「じゃあ、私の私の持って来た『マヨ焼きせんべい』はいかがです?」
 桐生 ひな(きりゅう・ひな)はパーティー開けして、テーブルの上に自慢のお菓子を置いた。
「そう言えば、ここに来る途中、ヴァンガード隊の人をたくさん見かけましたけど、どうするつもりなのです?」
「どうするって……」彼女は煎餅を食べながら「……どうしようかしら?」と唸った。
「白虎牙が手元にある以上、揉め事が起きるのは目に見えてるですよっ。誰が持つに相応しいかを見極めるまで、手放す訳にはいかないのでしょーかね。フリューネさんを信頼して集まった人達もいますし、団結して護ったらどうでしょー」
「……持つに相応しいのは、ユーフォリア様に決まってるじゃない」
 何をわけのわからない事を言っているのだ、とばかりに彼女はひなを見つめた。ユーフォリア原理主義を貫く彼女は女王候補問題に関心などなかった。ユーフォリアが授かったものなら、ユーフォリアのものだと考えている。
 ひなは複雑な表情を浮かべたが話題を変えた。
「ところで……、戦艦島ではお洋服をドロボウしちゃって、ごめんなさいなのです」
 沈黙。フリューネはぐるぐると視線を動かし、叫んだ。
「ああっ! なくなったと思ったら、キミが盗んだのね!!」
「私じゃないのです……」
 ひなが言うと、相棒のナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)は立ち上がって、待ってましたとばかりに上着を脱ぎ捨てた。すると、その下にあらわとなったのは紛れもなくフリューネの衣装であった。
「お探しの品はこれかのう」
 ナリュキは不敵な笑みと共に言った。フリューネは眉間にしわを寄せてたが、やがて盛大なため息を吐いたのだった。
「……いいわ。あげるわよ」
「なんじゃ、張り合いのない。それとも、わらわの胸に圧倒されておるのか?」
 たゆんたゆんする胸を見せびらかして、フリューネの横に座る。そして、彼女が警戒するよりも早く、その胸をおもむろに揉んだ。時刻は昼過ぎであり、大人時間にはいささか早過ぎると思われる。
「おぬしにはもっと胸が必要じゃ。妾が胸育係として助力してやるのじゃ。にひひ、全てを委ねれば安心じゃぞ……」
「そこまで魔乳になりたくないわよ」
 ガッとその手を取り、フリューネは彼女の胸を睨んだ。
「そう照れずとも良かろう」
 蠱惑的な唇をペロリと舐め、怪しい笑みを浮かべた。ナリュキの指をへし折ろうと力を込めるフリューネ、しかし、ナリュキはふーっと首筋に息を吹きかけて、それを防ぐ。ピクリと身体を震わせ、フリューネは掴んだ手を放した。お茶の間の昼下がりに起こった攻防は、力のフリューネに対し技(テクニック)のナリュキの戦いとなった。
 が、すぐ見かねた御凪 真人(みなぎ・まこと)が二人を引き離した。
「その辺にしてください。まったく真っ昼間から何やってるんですか」
 年下の真人に説教され、フリューネは唇を尖らせたが、ナリュキは別段気にも留めなかった。
「まぁ……、それはそうとして、一つ、お聞きしたい事があります」真人は眼鏡を押し上げた「ユーフォリアさんが女王器を持っていると言う情報は調べればわかる情報なのでしょうか?」
「……前にも誰かに言った気がするけど、ユーフォリア様の情報は公式な記録には残っていないと思う。女王の影武者だったから、存在自体が極秘だったみたいね。一族にも伝承は書面で残ってるわけじゃなくて、口頭伝承だし……」
「ユーフォリアさんを封じた鏖殺寺院になら記録が残っている可能性はありませんか?」
「うーん、その線はありうると思うけど……、でも、どうしてそんな事を?」
「セイニィがその情報をどうやって掴んだのか気になったんです。俺の知る限り、空賊たちもユーフォリアの伝説は知っていても、女王器の事までは知らなかったようですからね。情報の出所が気になります」
「言われてみれば……」フリューネは口元に手を当てて考えた「確かに変ね」
「断定する事は出来ませんが、セイニィ……いえ、ティセラ達は鏖殺寺院と繋がっている可能性も考えられますね」
 しかし、まだ情報は充分ではない。これから蜜楽酒家に行って情報収集と分析を行う予定だ。
 真人は立ち上がり「お茶、ありがとうございます」と玲に礼を言った。


「あの、お嬢様。お友達を名乗る方がいらしてますよ」
「案内どうもありがとう。スケルツァーノさん」
 通された人物を見て、フリューネはむっと顔をしかめた。やって来たのは、メニエス・レイン(めにえす・れいん)だ。
「カシウナには初めて来たけど、気に入ったわ」メニエスは部屋を見回した「パラミタ特有の町並みはいいものね、地球の文化に侵された空京と違って。あの町は嫌なのよねぇ、人が歩くだけで顔見て騒ぎ出してうるさいし」
「……メニエス。確か。鏖殺寺院のメンバーだって言ってたわよね」
 フリューネはハルバード掛けから、マイハルバードを掴んだ。
 彼女と寺院の間に直接関係はないが、ユーフォリアとの間には因縁が存在する。
「もし、ユーフォリア様に何かしようと言うなら、この私が相手になるわっ!」
 ハルバードの切っ先を突きつけると、メニエスの背後に控える従者のミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が反応した。主の盾となろうと前に出ようとしたが、それを制したのはとうのメニエスであった。
「……メニエス様」
「私が貴方に何かしたわけじゃないから警戒されても困る。私はどちらかというと貴方のことは好きなほうよ」
 世間からは非道と評される彼女だったが、その気持ちは偽らざる本心だった。
「……確かに一理あるわね」フリューネは目を閉じる「玲、彼女たちにもお茶を淹れてあげて」
「どうせなら、こっちのほうがいいわ」
 手土産の赤ワインを渡すと、玲は丁寧な所作でグラスに注ぐ。
「……それで、ユーフォリアの様子はどう? 変わった事はないかしら?」
「体調は大分良くなられたようよ。最近は庭を散歩したりしてるわ」
「そう」と言って、ソファーに座り脚を組む「……ひとつ、言いたいことがあるんだけど、ユーフォリアの衣装って誰が考えたの? 正直言って露出も高いしはしたないわ」
「誰もなにもユーフォリア様がご自身で考えられたものよ」
 ユーフォリア批判をされて、フリューネはむっとした。
「あの衣装はね、アムリアナ女王にもお褒め頂いたものらしいわ。以来、ロスヴァイセ家の女性は同系統のデザインの衣装を好むようになったのよ。5000年の歴史もあるんだから、ケチなんてつけさせないわ」
「……奇特な家系なのね」
 呆れた顔で言うと、メニエスはグラスを傾けた。
 その時、ドォルルルルルというエンジン音とともに、庭に面したガラス戸が激しく揺れた。何事かと見ると、空から小型飛空艇が降りてくる。飛空艇の後部には、土鍋とボード盤が括りつけられているが、何の意味があるのかはわからない。
「……困るわね。ちゃんと門から入ってもらわないと」
 フリューネが睨みつけると、来訪者、百々目鬼 迅(どどめき・じん)も負けじと睨み返した。迅は気合いの入ったタイプの不良である。両者互いに譲らず、睨み合いが続く中、不意に迅の表情がほころんだ。
「あっそぼうぜー! フリューネっ!」
「……へ?」
 なんと言う事もない。彼はただ遊びに来ただけなのである。
 土鍋の中にはあつあつのおでんが、ボード盤の正体は100人までプレイ可の人生ゲームなのであった。しかし、人生ゲームを見た事のないフリューネは怪訝な顔を寄せる。ゲーム感覚で人生をしていいのか、と。
「お……おいおい、聞いたか、シータ。この世に人生ゲームを知らない人間なんているんだな」
 横の相棒シータ・ゼフィランサス(しーた・ぜふぃらんさす)に振ると、彼女は簡単に概要を説明した。
「……って感じの、地球ではポピュラーな遊びなんだぜ」
「素朴な疑問なんだけど、人生ゲームに真剣に取り組むより、人生に真剣に取り組んだほうがよくない……?」
 それを聞いたメニエスは「それは達見ね」と笑った。
「笑ってんじゃねーよ。おまえはどーすんだ? やらねーのか?」
「人間ごときに挑まれて、逃げるわけにはいかないわね。全員の人生を終わらせてあげるわ。あと、ちくわぶ」
「あいよっ! ちくわぶ!」迅は小皿にちくわぶを取って上げた。
 土鍋のふたをしようとして、迅はふと気付く。中身が異様に減っている。勿論、まだたくさんあるのだが、この数分の間に神隠しにあったように、大分量が減ってしまっていた。摩訶不思議。迅は知らなかったのだ、大食漢認定キャラ、イルマがここにいる事に。ソファーの上でゲフッと息を吐き、イルマは横になって夢心地である。
「食材持って来て正解だったな」
 そう言って、腕を振るうとツナギの袖から匕首が飛び出した。匕首を包丁代わりに、彼は具材の調理を始めた。
「では、俺はこれで……」
 そんな迅を尻目に、帰る機会を逃していた真人は去ろうとする。だが、迅に背後からむんずと捕まえられた。
「ちょーっと待て。おまえがいなくなったら、男が俺一人になっちまうじゃねーか。寂しい事言うなよ」
「いや、俺はこれから蜜楽酒家で調べものが……」
「そう固い事言うなって。アスタマニヤーナの精神で行こうぜ」
「(今日は徹夜になりそうですね……)」
 ため息を吐き「じゃあ、大根を」と真人は注文した。