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リアクション
chapter.12 澪標
目を塞ぐような圧倒的な光量が甲板を埋める。
「やったかな? やったかな?」
美羽が光の奥に目を向けた。そこには、白虎牙の第二の能力、超硬化を発動させたザクロが佇んでいた。全身を漆のような色に染め、傷ひとつない姿で太陽の下に晒されたそれはまるで彫像のようである。
渾身の一撃が全くダメージを与えていない。しかし、美羽の心に湧いたものは焦燥感ではなく、充足感だった。彼女の――否、ここにいる生徒たちの目的は、ザクロに超硬化能力を使わせることだったからだ。硬化さえさえてしまえば、あとは周りを囲んでいる生徒たちが呪法でそのまま封印してくれる。あとは、それまでザクロの硬化を固定するだけだった。
七枷 陣(ななかせ・じん)が、パートナーのリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)と共に硬化したザクロへと即座に駆け寄る。
「聞こえてるかどうか分からんけど、教えてやる。オレが最も嫌いなのは……人の心を弄んで、こそこそ隠れて、後ろで嘲笑ってるお前みたいなヤツや」
陣がセット、と呟くとその指先からぼうっと炎が生まれた。同時にリーズが気を失っている周とアリアをザクロから引き離し、明日香と同じように持ってきたもちち雲を袋から取り出して彼女の足へと配置した。
「んにぃ、こういうのが縁の下のなんとかって言うヤツかな? 陣くん、真奈さん、ジュディ、準備出来たよ!」
リーズに名前を呼ばれると、残る陣のパートナー、小尾田 真奈(おびた・まな)とジュディ・ディライド(じゅでぃ・でぃらいど)も飛び出してくる。
「私もご主人様と同じく、こそこそと暗躍する人は嫌いです。どうしようもない方ですね、ザクロ様。とても不快です」
「硬化中は動くことは叶うまい? フフフ、理解せよザクロ……おぬしはもう詰んでるんじゃよ」
ふたりはそれぞれに装備した六連ミサイルポッドやスナイパーライフルをザクロに向けると、一斉に発射した。美羽の光条兵器が浴びせた光が弱まって硬化を解除しかけたザクロの身に、自動硬化が継続して起こる。
「そのまま硬化を続けてもええし、硬化を解いて焼かれてもええぞ。散々他人をからかってきた報いや。死で償え」
陣がその指先から炎を走らせ、ザクロに引火させる。もちろん硬化状態のザクロは火傷ひとつ負わないが、硬化が持続さえしていれば問題なかった。足元のもちちが溶け、ザクロに粘りついていく。
陣、真奈、ジュディの3人は直後散開し、ザクロの正面と左右の斜め後ろ三方向から絶え間ない魔法と銃撃を浴びせ続けた。
「さあ、どうするのじゃ? ザクロ」
ジュディの銃は、常にザクロの脳天へとロックオンされている。真奈は他のふたりに弾が当たらぬよう、射程を狭めつつハウンドドックで弾幕援護を続けていた。
「踊るなら今やぞ!」
陣が周りで呪法をかけんと機を伺っている生徒たちへと告げる。既に陣の放った火術は十数発にも上っていた、炎に炎を被せる容赦ない炎の煙幕だ。陣がさらなる火力を浴びせようとしたその時だった。
四条 輪廻(しじょう・りんね)が、陣とザクロの間にその体を割り込ませた。
「待て! 話を聞いてくれ!」
「なんや……?」
突然目の前に現れた生徒に、火を収める陣。輪廻は体を大の字にしたまま思いを告げ始めた。
「聞いてくれ……この戦い、一人の女の健気な思いより始まり、すでに利も理由もないっ! これ以上傷つくことはないだろう!」
そして輪廻はそのままくるりと体の向きを変え、ザクロへと顔を向けた。硬化したままの彼女をごつ、と輪廻は殴った。拳からじわりと滲む血を気にも止めず、輪廻は言う。
「ザクロも、聞こえているなら聞いてほしい! お前はっ……お前の思いはただその身ひとつ尽くして伝えるべきものだったはずじゃないのか!? 人を殺め悲しませる……そんなことがお前の思いであるものか!」
以前ヨサークの船に入り込んだ時、輪廻は思いがけずザクロの持っていた一冊の本を見つけた。それがずっと引っかかっていた彼は、その後図書館やネットなどで情報を集め自分なりに本とザクロの関係を推し量っていた。
「お前の持っていたあの本は、日本では有名な古典文学だ。色々調べさせてもらった。お前の持っていた帖の中には、有名な歌もあった。『数ならでなにはのこともかひなきに などみをつくし思ひそめけむ』……お前は、誰かに身を尽くしていたのだろう?」
その和歌は、「値打ちのない私が、なぜこうまで身を尽くして思ってしまったのだろう」と訳される歌だ。
「十二星華がそうまでして思う者……ティセラか? ミルザムか?」
輪廻がその真意を問おうとザクロに尋ねる。もしかしたら、そのどちらでもないかもしれない。ひょっとしたらザクロがあの本を持っていたこと自体特に意味すらないのかもしれない。それでも輪廻は、体を張ってまで確かめようとした。ザクロの思いを。
「あっ、おい、硬化が……!」
陣たちの攻撃が止んだことで、硬化を解除するザクロ。色が戻っていき、再び動き出そうとしたが足元にまとわりついたもちち雲が一瞬ザクロのバランスを崩した。そこに、椎名 真(しいな・まこと)とパートナーの原田 左之助(はらだ・さのすけ)が飛び掛かる。咄嗟に腕を振るったザクロの扇が真の額をかすめ、裂傷を生む。
「く……バランスを立て直されたらまた高速移動されてしまう……! 今しかないんだ!」
真は決死の覚悟でザクロに抱きつき、両腕で強引に動きを止める。
「抱くならもっと場所と相手を選んどくれ……」
両腕ごとホールドされたザクロは手首をくいと動かし扇を広げると、そのまま強引に手を上へとのぼらせていく。真の脇腹から肩へかけて歪な音を引き摺らせながら扇は肉を裂いていき、真は苦悶の表情を浮かべた。
「う……こ……これが今の俺に出来ることなら……全力で……!」
真は遠のきそうな意識を引き戻し、氷術を唱えた。武器ごと凍らせ動きを止めようとしたが、白虎牙が反応し再び体を硬化させる。しかし真にとっては、氷でも硬化でも動きを止められればどちらでもよかった。
「ザクロ嬢ちゃん、こんだけ暴れたんだ。わりぃが容赦はしねぇぞ?」
左之助は硬化したザクロにヒロイックアサルトの突きを何度も叩き込む。硬化が解けないようひたすら何度も。拳が血で濡れていくのも意に介さずに。それは先ほど陣たちがした行為と同じだった。真奈とジュディがふたりの手助けをするように再び銃を構える。
「やめるんだっ、双方、もうこんなことは……!」
左之助の手を払おうとする輪廻を、陣が止めた。
「アホか、今までのこと見てなかったんか!? こうせんと、やられるのはオレらや」
陣は輪廻の制止を振り切り、炎を手に宿した。
「真くん、もう離れてええぞ。親友をこんな目に遭わせやがって……てめぇの犯した罪は消えんからな!!」
「陣さん……! 何があっても、動きは止めた……よ……」
真が倒れると同時に、閃光のような炎がザクロに向かう。が、それはザクロまで届かなかった。八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)が飛び出してきて、代わりに炎を体に受けたのだ。優子は制服の上着を脱ぐとバタバタと自らについた火を落とし、陣や左之助、真奈やジュディへと告げた。
「……ザクロはまだケジメつけてないだろ。殺して終わりにしようとするな。ひん曲がった根性に焼き入れなきゃいけないんだよ」
「おい、そいつは……」
陣の言葉を遮るように、優子が睨みながら言う。
「さっきお前が自分の口で言ってたろ。犯した罪は消えないんだよ。だったらケジメつけさせんのが筋じゃないのか? そしてそれは、死んではい終わりってのじゃないだろ」
ザクロをあくまでも討とうとする陣や真奈、ジュディと左之助。それを止めようとする輪廻と優子。交わらないふたつの立場は、一触即発の様相を呈していた。
ザクロは硬化を続けていたが、上空に拭く風が火を流していたのか、その体を覆っていた炎の火力が徐々に弱まっていた。
「まずい、アレじゃまた……」
幾人もの生徒が体を犠牲にしてつくりだしたこの状況が、無に帰してしまう。そうなれば、またあの反則じみた高速移動を相手にしなければいけない。ぞわっと不吉な予感を抱いた生徒たちの中を掻き分けて、島村 幸(しまむら・さち)とパートナーのメタモーフィック・ウイルスデータ(めたもーふぃっく・ういるすでーた)が高らかに進み出てくる。
「待たせましたね! 踊りの配置に手間取っていましたが、全ての準備は出来ましたよ!」
超感覚で兎の耳を生やした幸は、他の呪法をかけようとしている生徒たちの方を向く。
「さあ皆さん、彼女を目覚めぬ眠りへ!」
「僕もママと踊るよ!」
メタモーフィックが無邪気な声をあげながら幸の周りを跳ねる。
幸としては、別段ザクロに対して深い恨みや憎しみがあったわけではない。どういう手段を使ってもやり遂げたいことがあったのだろう。なんとなくそう思っていただけだった。そしてそれを一方的に否定する気もなかった。ただ、それでも彼女は舞う。ザクロにはザクロの志があるように、幸にもそれはあるのだから。
――自由な空に戻したい。
それは図らずも、ヨサークと同じ思いだった。今までヨサークの邪魔をしたこともある彼女の言葉と、容易には想像出来ない。それは彼女の純粋な思いか、ヨサークへの同調か。どちらにせよ、幸はそのために動こうという固い意志を持っていた。
「1210800D1220800C……」
メタモーフィックが機械に打ち出されたような歌を喉から出すと、幸はそのリズムに乗るように他の生徒たちと共に配置についた。
「それではお披露目いたしましょう、魔性のカルナヴァルを」
既に完璧に配置を完了させた踊り手たちは、ミルザムを中心として生徒が鳴らすギターの音をBGMに踊りだす。
踊り手達は一糸乱れぬ動きで、魔性のカルナヴァルを踊る。やがて一通りの振り付け踊った頃だろうか、踊り子達の囲む空間が不思議な光で満たされた。
徐々に中央へと収束していき、硬化するザクロを撫で回すように光は蠢いた。
「これで……踊りは一通り終わったはずですが……」
その言葉が示す通り、光はザクロの中に吸い込まれるように消えていき、辺りは静まり返った。
今の今までたくさんの生徒が血を流していたのが夢だったかのように、あっけなく全ては帰結した。生徒たちは互いの顔を見合う。烈火の如き戦争の最後は、夜の海よりも静かに幕を下ろしたかに思われた。
◇
全身が硬化したまま、足元から固定されていく。金縛りに近いが、それとは圧倒的に恐怖の質が違う。当然だがそれは、ザクロが味わう初めての感覚だった。彼女は慌てて硬化を解こうとする。が、呪法は強力で解除がスムーズにいかない。
硬化を解こうとする上半身と硬化固定を始める下半身。その全てを覆う光に、ザクロが抗っていた時だった。
早川 呼雪(はやかわ・こゆき)とパートナーのヌウ・アルピリ(ぬう・あるぴり)が、ザクロのところへと飛び込み彼女を呪法から遠ざけようとする。
驚く生徒たちを尻目に、呼雪は告げる。
「こいつの命、今は俺に預からせてくれ」
なぜ呼雪がこのような態度を取ったのか。それは彼が、今までのザクロ、そして報道に映ったザクロを見て単なる悪人ではないと察したからだった。彼女の言動の端々に痛みのようなものを嗅ぎ取った呼雪は、自然と「どうにかしてやりたい」と思うようになっていた。呼雪はザクロの持つ扇に目を向けた。その部分はまだどうやら硬化固定が行き渡っていないらしく、微かに灰色がかっていた。よく見れば、胸から下は既に硬化の固定を終え漆黒色に染まっているが、顔と腕だけはかろうじて他の部位よりも薄く、彼女の体内で硬化を解除しろという命令と呪法による硬化の固定がせめぎあっているようだった。
「聞こえるか、おい、聞こえていたら扇をこっちへ!」
呼雪の声に、ザクロが薄く笑った気がした。もちろん、その表情に変化はない。時間がないことを知った彼は、試作型星槍を扇に全力で突き刺そうとする。
彼女を、十二星華でも何でもないこの世に唯一人のザクロに。
それは、呼雪が彼女に見せた情であり扇を刺す理由だった。硬化の揺らぎを見せていたザクロの腕、その手にある扇なら貫けると思っていた。が、変色をしているということはもう硬化が発動しているということである以上、呼雪が星扇を壊すことは出来なかった。
「コユキ、壊せなかったのか……?」
ヌゥが目を細めて言う。相方の行動はヌゥにとって意外ではあったが、「しがらみから解放されたくて本人も苦しんでいるのでは」と言われてなるほどとも思っていた。彼の淋しげな視線はそれゆえのものだろう。
「痛いのは、つらいからな」
ヌゥが呼雪の背にそっと触れながら言った。それはザクロに対しての言葉か、呼雪に対しての言葉か。
「ザクロ、俺はお前を助けて、出来ることならお前が本当に望んでいることを……!」
呼雪がザクロを抱え、震える唇で言葉を紡いだ時だった。呼雪の目が、信じがたい光景を目にする。
それは、硬化の固定をほぼ終え黒い像と化しつつあるザクロに残された唯一色の薄い部分、顔が僅かに動いた光景だった。数ミリ、いや、もっと小さな幅で唇が動くと、呼雪は確かにザクロの声を聞いた。
「あたしは……標のように……」
そこで、声は聞こえなくなった。ザクロの顔が、体と同じ漆黒に変わる。
他の生徒たちが終幕に安堵し、労いの言葉をかけ合っているのを、呼雪はどこか遠くの国の出来事のようにぼんやりと見ていた。
「ザクロ……」
そう呼ばれた彼女の唇は、もう動かない。
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