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リアクション
第3章 古の盟約、あるいは誇りの問題・後編
フリューネがノーパン!
この唐突かつ衝撃的な情報が、蜜楽酒家を満たすまでわずかな時間しかからなかった。敵対しているとは言え、空賊も男子、DNAに刻まれたエロコモンセンスからは逃れる術はないのである。
その隙にフリューネ達は最上階層へ、大鐘が置かれていると言う屋根裏部屋に来た。
「……ご無事でしたか、フリューネさん。それはなによりです」
部屋を調査中のガートルードは、特に感慨もなく言った。
「なによりって……、さっきのアレはなんのつもりよ?」
「なにか問題がありますか。重要なのは『誰か』が大鐘を鳴らす事のはず、それはあなたである必要はありません。あの場を切り抜けるには、あなたを囮にするのが良いと判断したまでです」
「それに異論はないけど、せめて事前に打ち合わせするとか……」
「私のような悪党になにを期待してるんです?」
冷たく言い放つ、ガートルード。何気なく発せられた言葉に、二人の決定的な差異が象徴されている。
「……その話はあとにするわ。で、大鐘はどこにあるの?」
「ありません」
「ありませんって……、調べてたんでしょう?」
「ですから、ありません」
部屋を見回すと、大小様々な骨董品が並んでいる。しかし、大鐘などというあからさまに目立つものは置かれていない。どちらかと言えば、何故か良い感じに配置された家財道具のほうが目につく。
「……あ!」マダムは声を上げた。「そう言えば、レンとか言う空賊に部屋を貸してたねぇ……」。
「え……、じゃあ、大鐘は?」
「鳴るとうるさいって、二階のバルコニーに移動させてたよ、忘れてた」
窓から、バルコニーに目をやる。屋外の宴会にも使える広々とした空間の隅に、ちょこんと古ぼけた大鐘が鎮座ましましてる。どこか寂しげなその姿は、見るものに哀愁を感じさせた。
ガートルードは窓を蹴破ると、屋根を伝って下に降りていく。それに続き一同も降りる。
◇◇◇
バルコニーの手すりに面した大鐘に近付いた時、眼下から空き瓶が飛んできた。
「俺たちが入れねーのに、なんでてめーは中にいやがる!」
「まさかてめー、散々俺たちの事を悪党呼ばわりしなておきながら、大空賊団に魂売りやがったな!」
絶賛閉め出され中の空賊たちが、怒りの声をフリューネに投げつける。
「そう怒鳴るなよ、おまえら」
彼らを鎮めたのは、フリューネでもガートルードでも、他の生徒たちでもなく、閉め出され空賊の中にいた一人の男……【ヴィンターリオ・シュヴァルツ】だった。シュヴァルツ団なるIT系空賊団を率いていた空賊だ。現在は空賊を廃業し、情報屋として空峡を根城に活動している。
「俺の調べたところでは、フリューネも大空賊団の目の敵にされてる。この女がここにいるって事は、なにか企んでるんだろうぜ。まずはそいつを教えてもらおうじゃねぇか」
空賊たちの視線を浴び、フリューネは意を決して口を開いた。
「……私はこれから『空賊の大号令』をかけようと思ってる」
その言葉を聞いて、寄せては返す波のようにざわめきが走った。
「はっきり言うけど、私は空賊なんて嫌いよ、みんなも私の事を嫌ってるのはわかってる。けど、今はそんな確執にこだわってる場合じゃない。空峡は大空賊団の脅威にさらされている。立場は違えど、大空賊団を野放しにしておけない、そう思う気持ちは一緒じゃないの?」
フリューネは司の言葉を思いだし、言葉を続ける。
「私は空峡の空が好き、それを守るために戦ってきた。その気持ちは、キミ達も同じだと思う。空賊の誇りがあるなら、このフリューネ・ロスヴァイセと共に、大空賊団に立ち向かって欲しい」
ヴィンターリオは口元を歪め、フリューネを探るように見つめる。
「空が好き、か……。そんなんだから、女は感情でものを考えてるって言われんだ。言っておくが、俺たちはおまえに付き合って心中なんざ、まっぴらごめんだ。大空賊団に戦いを挑んで勝てる見込みがあるのか、なんの保証もねえ戦争にのこのこ首突っ込むほど、俺たちは馬鹿じゃねえ」
「でも、戦わなかったら、何も変わらないわ!」
「……確かに戦わねばなにも得られません」と、ガートルード。「ですが、あなたには悪党の気持ちがわかっていません。先ほど、あなたが全てを繋ぐ人物になると言われていましたが、私から見ればあなたは中途半端なのですよ。言葉に本当に危惧すべき事が欠けているのです」
「どういう意味よ……?」
問おうとすると、ガートルードの相棒ネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)が前に出た。
「おまえのやり方では空賊が使い潰されかねないと言う事だ」
もうひとりの相棒のシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)も口を開く。
「こいつは誇りの問題じゃない、生存を懸けた戦いじゃけえ。わしはザクロ大空賊団が空峡の自由と空賊達の驚異とは思っとらん。力ある者が大組織を組むのは無法の自由じゃ。だがのぅ、ザクロの狙いが女王に即位する事となると話は別じゃ。正式にシャンバラが建国されれば、無法者の存在なんぞ許されん」
「無法者を使って、女王の座につこうとしてるザクロがか?」
ヴィンターリオは鼻で笑った。
「俺の見た感じじゃ、あの女が女王になって酷い目に遭うのは、俺たちだけじゃなさそうだけどな」
「……ザクロの治世なら、また別のかたちの破局がありそうですが、私たちが警告したかったのは、ミルザムやティセラ、そしてその他の十二星華が女王に即位した場合、秩序あるシャンバラ王国の前に無法者は根絶やしにされるか、地下に潜るしかなくなるという事です」
ガートルードは語る。彼女たちは純粋に悪党として、空賊達に女王復活の危険性を伝えに来たのだ。
「そのために、今、我々が立ち上がる必要があるのです!」
女王復活阻止を掲げる彼女に、空賊たちはざわざわと話し始めた。
「俺たちよりの考えができる奴みたいだな……」
「でもよぉ、無法がいいなら、ザクロ側に行ったほうがいいんじゃねぇのか、あいつ」
「俺もそう思う。たぶん、ザクロの作る世界は今よりずっとバーリトゥードな世界になるだろうし……」
「つーか、女王復活阻止ってリスクでかくないか? それってシャンバラ中を敵に回すって事だろ?」
どうにも意見はまとまらない。
◇◇◇
「……まったく、呆れた連中だな」
決めかねている彼らを一瞥し、ヴィオラ・コード(びおら・こーど)は言った。
「自分達の意志で動けない連中なんて放っておいて、あっちで何か食べようよ」
「な……、なんだと、クソガキ!」
「なんか間違ったこと言ったか。何をするにもリスクはあるんだ、それを負おうとせず、ただ自分の安全ばっかり考えてる。そんな腰抜けとこれ以上話したって、時間の無駄だろ」
彼はわざと彼らをあおるような事を言う。
「事情はあまり、呑み込めない。そして私は、とても、通りすがり的な存在」
フードを目深にかぶる色白の少女が前に出た。ヴィオラの契約者スウェル・アルト(すうぇる・あると)だ。
「でも、セイニィが、ザクロという人から取り戻したいものがあるというから、手伝う。取り戻す為に、有益な方法は、奇襲や多勢に無勢。………失礼、間違えた。大勢の、協力」
たんたんと独特の口調で言葉を重ねる。
「ザクロは間違っている、気にいらない、でも協力できない。良い事と、悪い事を区別する事は、難しい。でも、一生に一度は、良い事をして、喝采を受けるのも、悪くない。……と、思う」
そう言って、自分とパートナー達を指差す。
「とりあえず、3人分は、喝采確定」
「そーそー。ケンカする気力があるならそのエネルギーを別の方向に向けた方が有意義よ?」
もう一人の相棒、作曲者不明 『名もなき独奏曲』(さっきょくしゃふめい・なもなきどくそうきょく)もそれに賛同する。
「大体さぁ、怪我するかもしれないから戦わないって、どっちにしろあの鬼子母神を放っておいたら、あんたらジリ貧じゃないの。それよか、空賊姉ちゃんと頑張ったほうが建設的だと思うけどねぇ」
ちなみに鬼子母神はザクロ、空賊姉ちゃんはフリューネの事である。
空賊達は互いに顔を見合わせ、うーんと唸り出した。
「……すげえ言われてるけど、おまえらどうする?」
「どうするって……、おまえがやるなら、俺もやるけども……」
「まあ、拍手浴びるのって悪くなさそうだよな、俺、浴びた事ないからわかんねーけど……」
「でも、俺は思い入れが強いから、拍手してくれた奴らのとこに今後略奪とかしづらくなるよ」
「ばか、おまえ、もっとプロ意識を持て。そんな甘い事言ってどーすんだ」
すこしづつだが、空賊達の間に変化が芽生え始めた。
「先ほどフリューネも言いましたが、君たちはこの空が好きではないのですか?」
頃合いを見計らって、今度は樹月刀真が前に出た。
フリューネの傍らに立ち、その肩に手を置いて、落ち着いた口調で切り出す。
「自分は空を初めて飛んだ時の気持ちを忘れてしまいました。今でも空を飛ぶのは気持ち良いですが、一番最初は凄く感動した気がします。その気持ちを覚えていて、それに拘り飛び続けた者が空賊と呼ばれるようになったのではないですか。どんな悪党でもその一点だけは共通した気持ちなのだと思ってます。だからこそ、青空の下吹き抜ける風や夜空に瞬く星との踊り相手に、君達は相応しいんです」
「そりゃあ、十年来の付き合いだし、空峡の空は好きだけど……」
「今の空は君達の望んだものになっていますか。もし、以前の空を望むなら協力してください」
また、ざわざわとさざめきが起こる。
「各々確かに遺恨はあると思う、だが、今はそんな場合じゃないだろう?」
最後の一押しをするため、カルナス・レインフォード(かるなす・れいんふぉーど)はバルコニーに立った。
そして、さりげなく刀真の手を払い、フリューネの肩を抱く。
「今、誰の物でもない自由であるはずの空が不埒な奴に支配されようとしているんだ。それをこのまま指をくわえて眺めているだけで本当にいいのか? こんな時だからこそオレ達がやらずに誰がやるって言うんだ。空賊としての誇りがあるのなら、ザクロにひと泡吹かせてやろうじゃないか!」
いつになく熱いカルナスの声が、空賊たちの心を打った。ちらほらと拍手が起こり始める。
カルナスは空賊達をゆっくり見回し、高らかに声を上げた。
「野郎共! 返事はどうしたーッ!!」
「お……、おおおーっ!!!」
「どうやら意見はまとまったようだな」
見れば、大鐘の上に風森巽が……、いや、仮面ツァンダーソークー1がいる。ヒビ割れた銀の仮面に夕闇に浴び、夜風になびく深紅のマフラー、仮面ツァンダーは高く拳を上げて天を突いた。
「銀の拳に想いをのせて、響け、空賊の大号令! 仮面ツァンダーソークー1、大鐘鳴らしに只今参上!」
拳を流星の如く振り下ろし、大鐘に渾身の一撃を打つ。
「鳴り響け! 我のメロス!」
ドォォォーーンと言う重低音が空間を浸食し、大気がうち震えるのをこの場にいた全員が体感した。蜜楽酒家の窓ガラスは小刻みに振動し、音は染み入るように壁や地面に吸い込まれていく。
やがて辺りを静寂が支配すると、再び拍手と歓声が沸き上がった。
その中で、ヴィンターリオは思索を巡らせていたが、何か思い立った様子でどこかに連絡を入れた。
しばらくして、バルコニーに風が吹いた。巻き上がる風と共に、上空からテラスに降りてきたのは一隻の船だった。大型飛空艇の中でも小型の部類……というなにやら矛盾した説明だが、乗務員が数名ほどの飛空艇が降りてきた。外壁には『ヴィルベルヴィント・ツヴァイ号』の文字、それはヴィルベルヴィント号の残骸から新生したヴィンターリオの新たなる船だった。
「これだけ賛同者がいるんなら、この賭けに乗るのも悪くねえ」
「何をする気なの?」
フリューネは空中に留まる船を見つめ、ヴィンターリオに尋ねた。
「大号令の伝説って言っても、鐘を鳴らしたところで空峡に散ってる空賊共に聞こえるわけないだろ、あれはあくまでも伝説だからな。そこでIT系の俺の出番ってわけだ」
ヴィンターリオが指を鳴らすと、船の外装が開き、大きなパラボラアンテナが出てきた。
「こいつで鐘の音を電波に乗せて広げてやる。さあ、空峡中の空賊を掻き集めるぞ!」
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