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第8章 アイス屋の近くにて


「アーデルハイト様ぁ、ちょっと休憩したいですぅ〜」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)は言った。
「何を言うか、これしきのことで」
 アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が腰に手を当て、指差しで言い返す。
「でもぉ、こう暑くっちゃ喉が渇いてたまらないですぅ」
 アーデルハイトが空京に行くと聞いて、明日香は同世代の百千万億・真綾(つもい・まあや)とお手伝いに来ていたのだった。
 明日香はアーデルハイトの用事が何なのかは正確には知らない。
 だが、そんなことはどうでも良いかもしれない。
 むしろ、アーデルハイトの用事にはノータッチでいたい。きっと、変な用事だから。
 自分はエリザベートちゃんのお友達っ☆
 彼女が言いたいのはそれだけである。故に、目的は唯一つ。エリザベートへのお土産である。
「もぉ! 明日香ちゃんはどーして手伝わないんですかにゅ〜」
「私はエリザベートちゃんの荷物を持ってるからいいんですぅ」
「にゅ! それって本心だお! 絶対そうだお!」
 真綾は言った。
「当然ですよ〜だ。ひゃくせんまんちゃんはぁ、アーデルハイト様の〜、お荷物を持ってればいいんですぅ」
「こりゃ! なんたる言い草。私の荷物がなんじゃとなっ」
「き〜〜ィッ! そうですお。アーデルハイト様のお荷物を……って、真綾は『ひゃくせんまん』じゃないお〜! つ・も・い・ま・あ・や! ですにゅ!」
「そんなことはどうでもいいんですぅ。例のアイスクリームショップに行くって約束は守って下さいなの」
 可愛らしい顔を凛々しい表情に変えて主張するのだが、ほんわかイメージは変えられない。
 それでも頑張って、明日香は主張し続けた。
 アーデルハイトに向かってグイッとパンフレットを差し出す。
「噂のアイスクリーム屋とは、そこなのじゃな?」
 アーデルハイトは手を振って、いらないというしぐさをした。
 自分も持っているからである。
 アーデルハイトはそれを眺めた。
 パンフレットには美味しそうな写真が所狭しと写っている。
 苺にクリーム、桃のコンポートにシャーベット、濃厚なチョコアイス、口の中でしゅわしゅわ鳴る飴が入ったやつにフルーツソースがかかったもの。
 あぁ、どれを取っても美味しそうだ。
 トロリと溶けるチョコソースの写真を見てアーデルハイトは想像した。
 自分の舌の上で溶けていくアイス。ワッフルコーンのパリッとした歯ざわり。チーズケーキ風のアイスをイメージする写真のモチーフは可愛らしく、また、写ったチーズもどっしりとして濃厚そうだ。
 不意にアーデルハイトの足並みが早くなった。
 本当なら魔法で一発、ピョンと飛んで行きたいところだが、この両名が自分の速さについては来れまい。
 しかたなく、アーデルハイトは自分の足で行くことにした。
 アーデルハイトは空京のバスターミナルで貰ったそのパンフレットを眺め、何を食べようかと考える。
 後ろでは、お供の二人が言い合いをしているようだが、動いて喋るマスコットがケンカしているようにしか見えない。
 実に微笑ましい光景だ。
 少し歩くと、歩いていたアーデルハイトは立ち止まる。顔を上げ、賑わう店を見た。
 看板にもパンフレットと同じ謳い文句が書かれている。「噂のアイスクリームショップ 空京にオープン!」と大きく書かれた看板にはクラッカーらしき物が張り付き、派手に音を鳴らしては小さな紙もばら撒いていた。
「ふむ。初期の魔法じゃの」
 アーデルハイトは言った。
 その瞬間……

ガッシャーーン!

「な、何ですかぁ!」
「むむむ? 何かのパフォーマンスかの」
 店のショーウィンドウが派手に割れる。
「にゅ? ちょっと、そう言う訳じゃなさそうだぉ〜?」
 真綾は言った。
 割れたガラスの向こうには、薔薇の学舎の制服らしきものを着た少年が見える。何やら叫んでいるようだ。
「強盗なのかなぁ〜? 」
「何、強盗となっ! 良い機会じゃ。日ごろの勉強の成果を見せてみよ」
「え〜? 何かあったら助けて欲しいですぅ」
 少女は誰か手伝ってはくれないだろうかと辺りを見回したが、明日香はまったく行く気なさげな雰囲気満々だ。
 エリザベートちゃんの荷物を守るのは、私!
 というオーラを放っている。
 しばらくすると、「強盗だー!」と言う声が、ちらほらと聞こえてきた。
「やはり強盗じゃな。アイス強盗を退治し、お礼たんまり、アイスたんまり、お土産に貰って帰るのじゃ」
「アーデルハイト様、考えが卑しいですぅ」
「何? 卑しいとな! これは授業の成果を試す……」
「お胸がちっちゃくって、結構、必死でダイエッターだったりすることは、バレてても秘密なのですぉ! これ以上言ったら、アーデルハイト様の心がザックリ、パックリ、どびゅー! の、ぷしゅーって、わからないですかにゅ。お年はアレでも、アーデルハイト様の心は『おコメ』なんですぉー!」
「乙女じゃー!」
 真綾は無駄に力説した。
 しかも、どこに向かって言ってるのかわからない。
 アーデルハイトへの敬愛の念も、ここまでくると暴走気味のようである。むしろ、突っ込みたいだけなのかもしれない。
「お煎餅も食べすぎなんですぉ〜〜〜〜!」
「余計なお世話じゃ!」
「アーデルハイト様!」
 道の真ん中で魔女っ娘漫才を繰り広げる二人の下に、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)たちがやって来た。
 彼はパートナーたちと買い物に来たところ、偶然現場に出くわし、アーデルハイトの姿を発見して駆け寄ってきたのだ。後ろには、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)の姿。
 そして、こっちもアイスが目的だったアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)もガラスの割れる音に驚いて走ってきていた。
 各校様々な制服を着た生徒が集まると、離れていたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)たちも近付いてくる。
 メイベルを含む三人、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)はアイスクリームショップの噂を聞きつけて買い物に来ていたのだ。
「何があったんですかぁ? ……って、アーデルハイト様ですぅ。何やってるんですかぁ?」
 メイベルは言った。
「買出しじゃ」
「おやつですぉ」
 真綾が横から口を出す。
「なにやら騒がしいですねぇ。折角楽しみに来たアイスも落ち着いて食べられないのは困ります」
 しっかりとメイベルの手にはアイスのカップを持っている。
 どうやら、あのアイスクリーム屋から出てきたところで強盗が暴れだしたらしい。
「怪我が無くって良かったですぅ」
「そうだよね。でも、さっさと片をつけてアイスを食べようかなぁ」
 そう言ったのは、セシリア。
「あ、真面目ですねぇ」
「まあ、お2人とも、あまり体重計を気になさらないと後で怖いですよ?」
 フィリッパはにっこりと微笑んで言った。
「体重はアーデルハイト様も同じですねぇ」という一言もおまけに付いたが。
「それはさておき! 退治に行くのじゃ」
 滾る拳を握り締め、あさっての方向を見て言った。
「あ、話しをぶった切りましたね、アーデルハイト様」
 本郷はさり気にツッコむ。
「体重なんて言うのものはじゃな。魔法でどうにかなるのじゃ!」
 ヤケですにゅと真綾がツッコんだ。
 ここで話をしても事件は解決できない。
 アーデルハイトはアイスクリーム屋へと歩き出す。
 メイベルや本郷たちも手伝うべく、その後を歩いていった。
 そして、遠くで見ていたガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は空京でブラブラ遊んでいたが、アーデルハイトたちの姿を見つけて後を追いかけはじめた。