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ニセモノの福

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ニセモノの福

リアクション

 
 
 早く良くなれ福の神 
 
 
「神様の不調ねえ……侘助が風邪引いた時みたいに看病すればいいのかね?」
 お参りに来て布紅が寝込んでいることを知った芥 未実(あくた・みみ)は、布紅の額にうっすらと浮かんでいる冷たい汗を、布でやさしく押さえた。
「大丈夫かい?」
「はい……さっきよりはずっと楽になりました……」
 そうは言うものの、布紅の様子は依然として弱々しい。
「俺が持ってる薬が効くといいんだが……原因が不明だからどんな薬を飲ませたらいいか分からないな。即効性には欠けるが、漢方を使ってみるか」
 久途 侘助(くず・わびすけ)自体、身体は丈夫な方ではない。季節の変わり目など、風邪をこじらせて寝込むこともある。昔はその頻度も高くて、しょうが汁等を飲まされたりの看病もよくされた。今はそこまでではないけれど、やはり風邪はよく引く方なので、パートナーから常に薬を携帯させられている。その中に、布紅の症状にあうものは無いかと侘助は袋の中身を探った。
「熱は……無いな。汗が少し……。咳が出るのか……。ちょっと口を開けて、あー、と声を出してみてくれ」
「あーー」
「喉は腫れてないようだな。苦しいか?」
「少し……。あとは、寒いのと……息苦しくて気分が悪いのと……」
 そういう布紅の額に侘助は手を触れてみた。ヴァーナーやアルマが体温で温めているにも関わらず、額はぞっとするほど冷たい。
「麦門冬湯……それと柴胡桂枝湯も入れてみるか……後は……」
「こういう時に、侘助に持たせてる沢山の薬が役に立つねぇ」
 漢方を選びだして調合する侘助の手元を未実は覗き込んで笑い、布紅に尋ねる。
「何か病気の原因、思い当たることはないかい?」
「社の中いっぱいに……濁った冷たい空気が……けほけほ……」
 説明しかけて、布紅はまた咳き込んだ。
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は布紅の手を取り、脈を診てみた。
「……無いな」
 体温も冷え切って脈も無い。人ならば死んでる処だけれど、布紅は調子が悪そうではあるものの、会話も出来ている。
「布紅ちゃんはもともと脈ってあったのかな?」
「さあ……気にしたことなかったです」
 あったのかなかったのか分からない、と布紅は首を傾げた。
「まあ脈はともかくとして……布紅ちゃんの中の陰と陽の気のバランスが乱れているようだね。このバランスが崩れると、心身共に衰弱してしまう。濁った空気……福神社に邪な力で曲げられた祈りでも届いてるのかも知れないな」
 涼介の見立てに、未実が不安な顔になる。
「どうしたらいいんだろうねぇ。漢方薬は効くのかねぇ……」
「根本的に治療するなら、原因となっているものを取り除くのが必要だが……それが判明するまでは取りあえず、布紅ちゃんの苦しみを和らげて体力を持たせておくしかない。漢方薬も冷えた身体を暖めるのも、バランスを取るにはいいんじゃないかな」
 涼介の言葉を受けて、薬の調合を終えた侘助が布紅の身体を起こした。
「そうか。じゃあこれを飲んでみろ。苦しかったら無理しなくていいからな」
 背を支えて薬を飲ませると、布紅は苦そうに顔をしかめた。けれど薬は全部飲んで、息をつく。
「すみません……いつもご迷惑ばかりかけてしまって……」
「たまには病気になってもいいんだぞ。こんな時はみんなに甘えておけ」
 侘助の言葉に、布紅は嬉しそうに礼を言った。
「ありがとうございます……」
「あと出来ることと言えば……布紅ちゃん、申し訳ないけど神主権限をいただけないかな」
 そう申し出た涼介に、布紅はきょとんとする。
「神主さん……?」
「護摩を焚きたいんだが、自分はここの神主ではないからね。偽物の護摩になってしまうと良くないと思うんだ」
「ああ、はい……では今一時のかりそめとして……」
 布紅は手の平を涼介に向けて何事か呟くと、これでいいです、と手を引いた。
「社の儀式をする権限を授けました。これで護摩を焚いていただいてもだいじょうぶだと思います」
 福神社内には護摩壇は無いということなので、涼介は外に火を焚く設備を組みに出て行った。
 皆それぞれに、布紅を回復させる為の方法を模索している。
「こんなのはどうかな」
 如月正悟は寝ている布紅の頭に、ネコミミをつけた。
 何をされたのか見えない布紅は、手で頭を探る。
「ほえ……? ふわふわして三角で……?」
「うん、ぴったりだ。手作りした甲斐があったよ」
 満足そうな正悟に、アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)も肯いてみせる。
「確かに可愛いわね。布紅ちゃん、よく似合ってるわ。……で、どっちにツッコミを入れればいいのかしら?」
「どっちって?」
「何でネコミミなのか、の方なのか、手作りした、って方なのか、よ」
「いや、どちらにもツッコミはいらないから。何でもやってみないと分からないだろう。もしかしたら思わぬものに効果があるかも知れない」
「まあ、これはこれでいいとして……ホントにどうしたらいいのかしらね」
 アルメリアは考え込んだ。正悟もネコミミ装備の布紅を生真面目な顔で眺め……、
「そうだ! 分かったぞ」
 不意に手を打った。
「耳に挟んだ噂の中に、巫女服神の話があったんだ。パラミタでは巫女服を着ている人が少ないから、巫女服神様がお怒りになっているらしい。ついこの間も、床にふせっていた寝たきりのじいちゃんが、孫の巫女服姿を見てむくりと身を起こしたという噂もある。この福神社は行事の際には巫女役がいるが、そうでない時には巫女服を着た者はいないだろう? きっとそれが巫女服神様の怒りに触れたんだと思う。布紅様、なんだかそんな情念を感じはしませんか?」
「そういえば……何か願っているような……そんな気配は感じますけれど……」
 布紅がつられて肯くと、これ幸いと正悟は説く。
「やっぱりそうだ。これはとにかく、巫女服を着る人を増やすしか手はない。先生、どこかで巫女服を調達して来られないかな」
「え、ですが……」
「布紅様自身がそう言ってるんだから間違いない。ここは何とか巫女服を」
「そうですわね……もしそれが効果があるものなら……。空京神社に行って参りますわ。えっと、何枚必要かしら……1、2……」
 人数を数えると、琴子は空京神社に巫女装束を借りに出かけていった。
「今……数に入れられたような気がするんだけど」
 気のせいかな、とエースが首を傾げる。
「俺もだ。先生、まさか……」
「いいじゃないの。祐也は巫女服好きなんだから」
 良かったわね、と笑うアルメリアに、祐也は慌てる。
「自分で着たいなんて思ったことはないよ。どうしよう……布紅さんを早く何とかしないと」
 このままでは巫女の恰好をさせられる、と焦った祐也は必死に方法を考えた。
「まさか俺も数えられるとは予想外だった」
 言い出した正悟も数えられ、というか、最初に、いち、と指さされている。
「自業自得よね。私は巫女服着てみたかったからいいけど」
 エミリアは呆然としているパートナーを横目に、巫女装束を来たら気分を出して境内の掃除でもしてみようか、などと考え巡らせるのだった。
 
 
 事態が動いたのは、そんな時だった。
 販売人からお守りを購入した神和綺人、オルカ・ブラドニク(おるか・ぶらどにく)は、それぞれのパートナーに連れられて福神社にやってきたのだ。
「……これはここのものだろうか?」
 ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)は綺人が買わされたお守り袋を布紅に見せた。
「いいえ……。福神社のお守りはもともとありませんから……」
 布紅が答えると、ユーリはやはりと唸った。自分がいたら綺人にこんなものを買わせたりはしなかったのにと、買い物をしていてちょっと目を離したことが悔やまれる。
 綺人は騙されたことを悔やむでもなく、布紅の説明に納得した様子だった。
「やっぱりそうだったのかぁ。どう見てもお守りとか神社に縁もゆかりもないような人だったから、変だなぁって思ったんだ」
「偽物……」
 オルカは握りしめてきた偽守りに目をやると、ひどく落ち込んだ様子でうなだれた。クロト・ブラックウイング(くろと・ぶらっくういんぐ)は力づけるように、その肩に手をおいた。
「僕が買わされたのと同じ人からかな。ガラの悪そうな30歳そこそこの人だった? 身長は低めで、猫背で……」
 綺人が自分の会った販売人の風貌を説明して尋ねると、オルカは首を振った。
「ううん。クロトと変わらないくらいのお兄さん。これは霊験あらたかな福の神様のお守りで、持っていれば幸せになれる、って教えてくれたんだよぉ。僕が持ってたらクロトも幸せになれる? って聞いたら、ぜったいになれるって言うから……」
 どこかおかしいと気付いていた綺人とは逆に、オルカはお守りが本物だと信じ切って買ってしまったのだった。お守りが高いのも、それだけ御利益があるからだという説明を信じて、大切に鞄につけた。
 これで自分もクロトも幸せになれる、と合流したクロトに嬉しそうに報告したのだが、オルカからお守りを買った経緯と値段を聞いたクロトには、その不自然さは明確で。多分騙されたのだろうから福神社に確認に行こう、とクロトはオルカをここに伴ってきたのだった。
「そのお守りは……よくないものです……」
 布紅は哀しげに呟いた。
「ふぅん。何が入ってるのかなぁ」
「……綺人、そういうものの中身は見ないものだろう」
 ユーリはお守り袋の口に指を入れた綺人を止めたが、綺人はまったく気にしない様子で袋を広げた。
「でも、姉さんよくやってるよー。コレクションにしてるくらいだし」
「……彼女は世間一般とはズレている……というより色々と規格外だから真似をするな」
「そう? じゃあこのお守り袋、置いていくね」
 綺人はお守り袋を渡して立ち上がった。高く売りつけられたものだけれど、お金には執着心がないから特に惜しいとも思わない。
「オルカ」
 クロトに促されて、オルカもお守りをその場に置いた。
「悪人さんを見つけたら捕まえてね。僕も協力するから……」
 お守り袋を売っていた人がどんな人だったのかは覚えている、とオルカは販売人の風体を皆に教えた。綺人に売りつけたのとは別人のようだから、販売人は複数いるということか。
「布紅さんの不調もきっとこれが原因だな。偽物にかけられた歪んだ望みにアタっちゃったんだろう」
 エースは2人がそれぞれ持ってきたお守りを並べてみせた。布も口元をしばっている紐も同じ……ということは、出所は1箇所なのだろう。
「ということは、他人の幸せを願っている布紅がつらい目にあって、他人に偽物を売りつけてる悪徳販売人が私腹を肥やしている……ってこと? そんな不条理許せないよっ!」
 徹底的に叩きのめさないと、と小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が義憤に燃える。
「これ以上偽物のお守りが広がっていかないように、悪い人を捕まえよう。そうしないと布紅さんの調子がどんどん悪くなっちゃう」
 ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)も悪徳販売人を捕まえようと、綺人とオルカが会った販売人の姿形をもう一度確認すると、社から走り出ていった。
「それだけお守りと繋がっているというのなら、ある場所も探知できないかな?」
「ある場所ですか……」
 エースの要請に、布紅は目を閉じ、耳を澄ますような仕草をした。けれどすぐに目を開けて、すみませんと首を振った。
「向こうの方角ではないかと思うんですけれど……それ以上は解りません」
 布紅は葦原島やツァンダのある方角を指さした。
「原因が偽物のお守りからの願いなら、正式なお守りと交換し、歪んで届いている願いを正しい状態に変えてやれば、布紅様も回復するのではないでしょうか」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)の案に布紅は困った顔になる。
「でも……ここには正式なお守りはないんです。空京神社のならあるんですけれど、福神社のお守りの偽物と交換するからといって、もらえるかどうか……」
「交換すると願いは空京神社に、ですか。それでも問題は無いのでしょうが……」
 空京神社にどう話をもっていけばいいのか、それとも別の方法をとった方がいいのかと真人が考えを巡らせていると、スケッチに来てこの騒動に巻き込まれた白菊 珂慧(しらぎく・かけい)がちょっといいかなと口を挟んだ。
「摂社だからお守りがないのは不思議じゃないけど、偽物が作られるくらいなんだったら、本物もあっていいかな、って思う」
「いいねそれ、楽しそう。布紅ちゃん、ここのオリジナルのお守り、作ってもいいかな?」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)に尋ねられ、布紅ははいと答えた。
「それくらいなら……皆さんが入れてくださったお賽銭でまかなえると思いますし」
「偽物とはいえ高いお金を払って買ったものだから、本物のお守り分のお金をもらうわけにはいかないよね。その分、布紅さんが大変になったりしない? あたしもお賽銭、たくさん奮発するようにはするけど……」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が心配する。
「あんまり大変になったら、空京神社の人に頼みますからだいじょうぶです」
 布紅の答えに、それも気詰まりだろうから、と珂慧は提案してみた。
「だったら、交換分よりたくさん作って売ってみるのはどう? 偽物と交換した分をまかなえるくらい売れれば、あまり負担をかけなくて済むんじゃないかな」
 偽物が作られるのは、それが商売になるという証拠のようなもの。福神社には授与所は常設されていないけれど、空京神社の授与所で売られているお守りの隣にでも、少しスペースを作ってもらって福神社のお守りを置かせてもらえないだろうか。
 普通に神社で買えるものとなれば、外で高額に売られていたら怪しまれる。脅されて売りつけられるのは防げないかも知れないが、騙されて信じて買う人は減らせそうだ。
「僕から提案するのもなんだから、誰か年上の人に空京神社に打診してもらえないかな」
 そう言う珂慧の隣で盛大な咳払いがした。頼ってくれとばかりのラフィタ・ルーナ・リューユ(らふぃた・るーなりゅーゆ)なのだが、
「ではわたくしがお願いして参りますわ」
「ならそっちはよろしく」
 と、琴子と珂慧の間で話が終わってしまい、咳払いは後ろすぼみに小さくなって消えた。
「回収できた偽物は捨てずにここに持ってきてもらえるかな。布紅ちゃんの不調が偽物のお守りなら、お焚きあげすれば良い方向に持って行けるんじゃないかと思うんだ」
 ちょうど護摩を焚いているから、と涼介は頼んでおいた。偽物とはいえ、布紅と繋がりのあるお守りだ。ただ捨ててしまうより、きちんとお焚きあげしておいた方が良いだろう。
 偽物の回収の準備に向かう者、販売人を捜しに行く者、お守り袋制作の準備をする者、等々、判明した原因を解決する為に、一旦集まった皆は福神社を出て行った。
 
「布紅ちゃん、もう少しで楽になるから頑張ってね」
 社に残ったアルメリアに励まされ、布紅ははいと嬉しそうに肯いた。
 販売人が懲らしめられれば、これ以上体調が悪くなるのが防げる。
 お守りが回収されれば、布紅を苦しめている歪んだ願いが届かなくなる。
 そして新しいお守りはきっと、布紅に良き願いを届けてくれる。
 苦しいのもあとしばらくの間だけ。
「私はお掃除続けますね〜」
 布紅が回復するまでの間、社に悪い気が溜まらないように掃除を続行する、と明日香は立ち上がった。ノルンを連れて出て行きかけて、思いついて戻ってくる。
 手の平の上に29ゴルダを載せて、お賽銭箱に。29なのは『ふく』の語呂合わせだ。丁寧に礼をしてから、明日香はこう祈った。
「布紅さんが元気になりますように」
 苦しいときの神頼み。頼む相手も頼まれる相手も布紅だけれど、これも気持ちの問題、ということで。
 その様子を見ていて、アルメリアは思いつく。
「そうだわ。変なお守りを買った人たちの気持ちが歪んで伝わって、布紅ちゃんは苦しんでいるんでしょう? それじゃあ、福神社にきちんと『布紅ちゃんが元気になりますように』って願ったら、元気にとまではいかなくても、今より苦しくなくなるんじゃないかしら?」
「そうか。福の神が人の願いを受け取っているのなら、早く布紅さんに元気になって欲しいと願えば、それが届くかも知れないな」
 祐也は少し考えた後、急いで立ち上がった。
「こうしてはいられない。俺はお百度参りをしてみるよ。本殿でやるのが正式らしいけど、直接に願いが届くよう、ここでやってみる」
「でしたらこれも」
 どうぞお着替え下さいまし、と琴子が出したのは巫女装束。
 そう言えば、さっき空京神社に借りにいって戻ってきていたんだった、と祐也は思い出した。
「何でも効果のありそうなことは、やってみなくては」
「いえ、これは関係な……」
「そうよねっ。みんなで着ましょう。可愛い子の巫女服姿は目の保養だわ」
 祐也の言葉の途中を、アルメリアの声が遮った。
「いやあ、まさしくそうだね」
 思わぬ方向に転がってゆく話に、発案者の正悟は笑った……が、その膝にも巫女装束が置かれる。
「……え?」
 固まる男性陣を横目に、神主の装束を着ている涼介は悠々と立ち上がる。
「そろそろ火の様子を見て来るとしようかな」
 琴子も神主役に巫女装束を着ろとは言わない。アルアクルスイドに番をしてもらっている火の様子を見に、涼介はひらっと手を挙げると社から出て行った。
 
 
「えっと……これを着るの?」
 布紅が不調だという話が耳に伝わり、慌てて駆けつけた遠鳴 真希(とおなり・まき)もまた巫女装束を着せられることとなった。
 布紅の枕元に座って、心配そうに覗き込む。
「まだ苦しいのかな?」
「いいえ。ずいぶん楽になりました」
「良かった。あたしも布紅ちゃんがもっと元気になるように、お祈りするからねっ」
 真希は両手をしっかりと握り合わせると、目をつぶった。
 何をお祈りしよう。まっすぐなお願い……自分が心からそう願っていること……福があるようにと思うこと……。
 真希は言葉には出さず、口唇で願い事をなぞった。
(いつまでも壮太さんといっしょにいられますように……)
 願い終えると真希は目を開き、どうかな、と布紅に聞く。
「伝わってはくるんですけれど……社の冷気にはばまれて……ごめんなさい」
「ううん、いいのいいの。気にしないで。じゃあ、もっと強くお祈りしてみるねっ」
 祈りが良く届くようにと、真希は布紅と手を繋いだ。そしてさっきよりも少しゆっくり目に願い事を呼びかけた。
(壮太さんの、か……彼女に、っ……いますぐじゃないけどっ、いつかきっとなれますよーにっ)
 端から見れば両想いに見えるに違いない2人だけど、実は両想いに髪一筋届かない処に留まっている。気軽に踏み出せば距離とも思わずに越えてしまうくらいの間。けれど、相手の気持ちを、自分の想いを大切にしているからこそ、その僅かな距離を互いに見つめている……。そんな空間が今はとても大事だけれど、いつか……2人の成長が自然にその間を埋める時が来て欲しい。
 ぎゅっと手に力が入る。と、布紅もそっと握りかえしてくれた。その手が心なしか温かくなってきたように感じて、真希は表情を明るくする。
 何かもっともっと強い想い……自分の心の底にある大切なお願いをしたら、布紅に元気をあげられるかも知れない。
「えっと、じゃあじゃあ……」
 真希は今度は布紅の目をしっかりとみつめて、もっと強く想いをこめて祈った。
(壮太さんと、キ、キスっ、できますようにっ!)
 それまで言葉の形だけをなぞっていた口唇に力が入り、一瞬だけ真希から囁くような言葉となって漏れた。それも、『キス』という部分が。
「今、キ……」
「布紅ちゃん、言っちゃダメっ!」
「ふもご……」
 口を押さえられ、布紅が目を白黒させる処に、面白がっているような声が掛けられた。
「何やってんだ?」
「わひゃあ!」
 瀬島 壮太(せじま・そうた)の登場に、真希はすっとんきょうな声をあげてのけぞった。
「元気ないかと思ってたけど、楽しそうで良かったな。布紅、オレも回収に協力するから頑張れよ。巫女がいると良いかと思って、東條妹にも声かけてきたぜ」
 壮太は後ろにいる東條 かがみ(とうじょう・かがみ)を布紅に示した。
「形態は違うとはいえ、東條家も神道系の祈祷師。こういうインチキをされると困るのよ。速やかに回収して、きれいさっぱり燃やしてしまいましょう」
「はい。よろしくお願いします」
 次々にやってくる助け手に、布紅は力づけられて微笑んだ。