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第九章 悲しみの巨人
「聖夜、タイミング合わせて行くぞ! 零、刹那、ヴァーナー、バックアップ頼んだ!」
 優たちが飛び出していく。

 ――グゥウウウウオオオオオッ!!

 重低音の唸りを上げながら、ビッグフットは向かってくる。
 その大きさのためだろう。一歩足を出すたびにズシンズシンと音を立て、周りの木々を揺らす。
「うおりゃああああっ! 爆炎波っ!」
 優が横薙ぎに一閃すると、炎の刃が飛んでいく。対するビッグフットは、巨体のため、回避は出来そうになかった。
 当たった瞬間、両腕でガードするビッグフット。ちりちりと表毛が焼けたが、大したダメージにはなっていないようだ。
「これならどうだっ!!」
 聖夜がアーミーショットガンを構え、連続で打ち続ける――が、やはりほとんどダメージはないようだった。
「ボスッ! オレらもっ!」
 エイミーの言葉に、クレアも動き出す。
「……おそらくはビッグフットに付けられたあの怪しい兵器――あれを狙えば何とかなるはずだろう。エイミー、狙えるか?」
「まかせろよ。ボス」
 光条兵器のショットガンで、狙いを定める。
「うおりゃっ!」
 引き金と同時に起こる破裂音。そして、銃口から飛んでいく散弾。
 空間を超神速で走り、ビッグフットの右腕に付いていた拘束兵器へと着弾する。
 バチッ、と火花を上げ、壊れる右腕のゴースト兵器。

 ――グガアアアアアッ!

 苦しみの声を上げるビッグフット。
「どうやら、ゴースト兵器が弱点のようですね……」
 しめた、といった顔で大鎌を構えるクロス。

 ――ゴ、ギ、グオガアアアッ!

 まるで合図するように哭くビッグフット。すると、どこからとも無く飛来してくる影があった。
「えっ……」
 その姿を見たクロスは、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
 彼女の目に映っているそれは――成人男性ほどの巨大なカマキリだった。ビッグフットは、仲間を呼んだようだった。
「……バ○サンか、殺虫剤を持ってくるべきでした……」
「でも、この大きさじゃ、たぶん効果はありませんよ」
「ですよねぇ……」
 冷静なパティのツッコミにため息を吐くと、クロスは走り出す。
 昆虫は本当に大嫌いだが、そんなことを言っている場合ではない。ただでさえ強敵と戦っているのに、自分の我侭で他のメンバーに苦労を強いるわけにはいかなかった。
 距離が詰まり、蟷螂のディティールが鮮明になっていく。
 宇宙人のような巨大な楕円形の目に、怪しくざわつく口元。何よりその緑色の身体が気色悪く感じた。
「――ああっ、やっぱりだめですっ!」
 足に力を入れ、ブレーキをかけるクロス。攻撃する前に進路を逸らした。
「そこだっ!」
 声と共に、豪速で迫る矢が巨大カマキリの足元に刺さった。
 驚いたのだろうか、巨大カマキリが大きく飛び退く。
「ふぅ……間に合ってよかったです……」
 矢を放ったのは、加夜だった。郁乃たちを安全なところまで送り届けた後、抜群の推理力でここまでたどり着いたのだ。
「ここが瘴気の発生源ですね。そして犯人はそこにいる男ですね――お前のやったことは、全部全てまるっとお見通しだ!」
 男を指を刺して言い放つ加夜。
「アシストありがとうございます。加夜さん。それと、名探偵の手品師になりきるのはいいですが……せっかくですので手伝ってくださいませんか?」
 冷静に助力を願うクロスであった。
「あうっ、わ、わかりました……。ではっ!」
 地を踏むと、加夜は大きく跳躍する。滞空しながら和弓に矢を番え、豪雨の如く降り注いでいく。
 もちろん当てるつもりなど無い。飽くまで相手にプレッシャーを与えるだけに留める。
 そう、クロスが大鎌の攻撃を当てやすくするために――
(先ほどは途中で止まってしまいましたが――)
 半眼になりながら、クロスは一気に距離を詰めた。
 そして、大鎌を振りかぶると、
(今度は、ちゃんと当てます――)
 切断するようにではなく、殴り飛ばすように、巨大カマキリへ刃をぶつけた。
 土煙の尾を引いて、吹き飛んでいく巨大カマキリ。
 その巨体は、近くで暴れているビッグフットの背中に命中した。

 ――グゴオオッ!?

 不意を突かれた一撃に、隙を作ってしまうビッグフット。クレアたちは、それを見逃さなかった。
「今だ! エイミー。スナイプで頭の兵器を撃てっ!!」
「あいよっ!」
 スキル“スナイプ”を使い、引き金を引く。
 瞬間、頭に付いた兵器に、ヒビが入る。そして、それは蜘蛛の足のように八方に広がり、真っ二つになって崩れ落ちた。
「よし! 三つのうち、二つもゴースト兵器を壊したわ! これでほとんどゴースト兵器の影響は無いはず。今なら、瘴気を取り除けるかもしれないわ! ヴァーナー! 幸せの歌をお願い!」
「わ、わかりましたっ!」

 ――眩しい太陽をあびながら、幸せ探しに飛び出そう

 どこまでだっていけるんだ。心がこんなにキラキラしてるから――

 ――グオガアアアアアアアアアアッ!!!!!

「わっ!」
 数フレーズ口にしたところで、急にビッグフットが吠え出した。
「ふっ、はははははははっ!! 無駄だ無駄だ。瘴気を取り除こうとしても無駄だっ! そいつは長いこと瘴気に浸かってたからな。息の根を止める以外、救ってやる方法などないぞ! もちろんゴースト兵器など壊しても無駄っ! それはビッグフットを強化しているに過ぎないのだからなっ! はははははっ!」
 戦闘を見ていた男が哄笑を響かせる。
「そ、そんな……」
 ヴァーナーが悲壮な面持ちになる。
「この下衆がっ……」
 剣でビッグフットの攻撃をいなし、脇に回って隙を窺いながら、優が悪態を吐く。
「ハッタリじゃねぇのか? その話!」
 聖夜が振り返りながら刹那に尋ねる。
「残念ながら本当かと……。禍々しいオーラが消える気配がありませんし……」
「くそっ……」

 ――グオオオオオッ!!

 残った左腕のゴースト兵器を使い、力を増幅させるビッグフット。
「ボスッ! こうなったら以上、殺さないようになんて選択肢は選べないぜ。いいなっ!」
 エイミーの提案に、無言で肯定を示すクレア。
「SPをチャージしてください。エイミー。回復できるときに回復しておかないと、追い詰められたときに危険ですよ」
「おう、そうだな。助かるぜ、パティ」
「優、あっちもやる気みたいだぜ」
「らしいな……。俺たちも甘さを捨てて戦うぞっ!」
 聖夜と優が駆け出す。
「優、がんばって! 聖戦への道を歩む者たちを祝福する風よ、今ここに! パワーブレス!」
 後ろから攻撃力を上げることで、サポートを行う零。
「うおりゃっ!! 当たれっ!!」
「喰らえっ!! ツインスラッシュ!」
 聖夜がショットガンの引き金を引きまくり、優が剣技を振るう。
 出し惜しみなどしない。本気の猛攻撃だった。
「不本意ですが……私も」
 エンシャントワンドを振り、刹那が呪文を唱え始める。
「魔を打ち砕く冷気よ! 豪烈の弾雨となりて降り注げ!」
 刹那の呼び出した氷の弾丸が、ビッグフットの身体へ降り注ぐ。
 三人の起こした剣林弾雨の中で、ただもがき苦しむビッグフット。激戦は終焉へと至り始めていた――が。
「もらったっ!!」
 攻撃の間断を縫うかのようにして、優が大きく跳躍する。
 フィニッシュとばかりに突き出した切っ先は、しかし、ビッグフットの最後の悪あがきによって阻まれた。

 ――ガアッ!

 力いっぱい振り切られた腕に、吹き飛ばされる優。
「「優っ!」」
 聖夜と零が同時に叫び、同時に駆け寄った。
 外傷はほとんどないが、内臓のほうにひどいダメージを受けていた。
「ううっ……」
 意識はあるようだが、無事ともいえない。
 零はすぐに回復をし始めた。
 一方、ビッグフットはといえば、態勢を立て直し、狙いを定めている最中だった。興奮しているのか、優たち以外眼中にないようだった。
 しかし、それが仇となった。
「ごめん――な」
 ビッグフットの視界の外から、エイミーがショットガンでスナイプしたのだ。
 全く隙だらけの頭部を。
 数歩千鳥足でふらつくと、ビッグフットは両膝を折って、その場に倒れた。
 二度と、起き上がることはなかった。


「さて……。この穴を防げばオーケーなわけだな」
 戦闘後、クレアたちは瘴気を防ぐため、ちょうどいい大きさの岩を探していた。
「にしてもあのヤロウ……いつの間にかいなくなりやがって……」
「私の禁猟区にも引っかからなかったわ。ホント、悔しい……」
 眉を顰めるエイミーと零。
 戦闘後かその前か、アレだけ傲岸不遜な態度を取っていた男が、その姿を消していたのだ。戦況が不利だと判断して逃亡したのだろう。周囲から彼の気配がなくなっていた。
「でも、ビッグフットさんを楽にしてあげることが出来ただけでも、よしとしませんか? みなさん」
 クロスがポジティブに考える。
「そうだな……とりあえずは瘴気を消すことを優先しよう――と、これがいいかだろうか」
 防げる程度の岩を見つけ、移動する用意を始める。相当な大きさだったので、運ぶのに苦労したが、その場にいた全員が協力したおかげで、穴を塞ぐことに成功した。
「これで瘴気はおさまったな……」
 辺りに立ち込めていた禍々しい空気が、少しずつ濃さを落としていく。
「よし……。それじゃ帰りましょうか」
 加夜が口を開いたとき、ヴァーナーが泣きそうになりながら言葉を挟んだ。
「ボクはビッグフットさんのために、お墓をつくってあげたいです……」
 悲しそうな顔を伏せて、絞るような声で提案するヴァーナー。
「わかったわ。ヴァーナー」
 優しくヴァーナーを抱きしめる零。
 反対する者は、そこには誰もいなかった。

 暗澹たる森の空は、澄み渡り始めていた。