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リアクション
SCENE 11
ところでこの夏、空京オリンピックが開かれることは皆、ご存じだろう。この広大な会場も、空京オリンピックの水泳競技会場の一つとして選ばれている。
茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)はオリンピックのマスコットキャラを自称する立場上、きっちりとその下見をしておく。
「ふーん、まあ、広さ的に問題はないみたいね。観客席を設置するとしたら……あの辺かしら? あとはタイム測定の設備を調べないといけないし、ああそうだ、水深も測っておかなくちゃ」
ゆえに彼女にバカンス気分はない。ジャージ姿の上下できっちりチェックしている。マスコットキャラがそこまで準備を手伝うというのも何とも妙な話ではあるが、清音の熱意は誰もが認めるところだろう。
「戻ったら選手村への招待状も書かないとね……今日も忙しいわ」
手早く調査を済ませてさっさと百合園に戻ろう。基本的に学園の外に出ないのが清音のライフスタイルなのだから。そうしないと、『あいつ』に会ってしまうかもしれない。
ここからはその『あいつ』の話である。
「相変わらずオリンピックの準備が進んでないネ〜」
頬を膨らませつつ、のしのし歩くのはキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)だ。女子だと言い張ったが許されず、女子更衣室を追い出され物陰で着替えるハメになったが、別にそれで怒っているわけではなさそうだ。百合園公式スクール水着がぱっつんぱっつんなのに気分を害しているわけでもないのだ。
「でも、カメ騒動も解決した今日からは、急ピッチで作業が進むと思うヨ。まあ、ミーも選手選考を手伝うしネ〜」
などと言ってみるとたちまち上機嫌となる。その選手選考云々の発言の真意は謎だが、少なくとも本人はそのつもりのようだ。
「そうと決まればスカウト、スカウトヨ〜。ヘイ、そこのガール、いい泳ぎネ。オリンピック出るネ?」
などと片っ端から声をかけているのだった。まあ、本人は楽しそうだし、細かいことは言わぬが花だ。
ビーチバレーのボールが、太陽を浴びて光る。
「円さん本気で行くので受けてくださいねー」
ゆるやかに落ちるボールに、しなやかに飛びかかるのはロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だ。まるで全身がバネ、スクール水着姿の上半身をうんと反らせ、そこから叩きつけるように強烈なアタックを放った。
「うわ、冗談抜きで本気なんだね!」
恐るべき高速回転、切り裂くように落ちてくるボールを桐生 円(きりゅう・まどか)が追う。タンクトップビキニの姿も鮮やか、砂地を蹴って反射的に飛びつくが、哀しいかな、いくばくか腕の長さが足りない。
「あうっ!」
無情、円の数センチ手前でボールはコートに突き刺さった。
「ふふ、がんばってるじゃない」
転がったボールを、ビーチチェアの下の崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が拾って投げ返した。彼女はビーチバレーに加わらず、ゆるゆるとビーチパラソルの下観戦中なのである。なんとこのプールには、プールにもかかわらず砂地のビーチバレー場があるのだ。
「ぐぎぎ……」
円は砂地に両腕ついたままなにやら歯がみしている。
(「一生懸命ジャンプやるけど背の低さって致命的だね……」)
しかし彼女の歯がみの真なる理由はそれのみにあらず!
きっ、と円は顔を上げた。
「どうしたの?」
彼女を見おろしたまま亜璃珠は小首をかしげる。
このメンバー中で一番大人っぽいのは亜璃珠だろう。大人っぽいのはその物腰のみにあらず、水着(フリルをあしらった赤のホルタービキニ、そして頭にはハイビスカスの髪飾り)がかもしだすお洒落で情熱的なイメージでもない。かなり近いが、それだけではない。アダルトムードのその最たる要因は、ずばり亜璃珠の素晴らしきプロポーションにあった。白い脚線美、くびれたウエスト、そして収穫寸前のメロンのごときバスト、左右二つ形揃って豊作! 同性の円ですら、見ていてなんだかモヤモヤした気分になるようなその形の良さである。背だってすらりと高いのだ、腹立たしいことに!
(「ぐぎぎぎ……大きくなるもん! 大きくするもん!」)
そんなことを思うとつい、熱い心の汗が目に浮かぶ円なのである。
「円ちゃん、大丈夫? 再開するよ〜」
七瀬 歩(ななせ・あゆむ)がボールを受け取り、円を立ち上がらせて試合再開だ。試合、といってもロザリンドと円と歩の三人でハーフコートで輪になり、パス回しをしているだけなのだが。
「ゲーム再開、『百合園御嬢様ーズ』ゴー!」
夏の太陽にも負けぬ明るい声で、歩がみんなに呼びかける。ちなみにこのグループ名『百合園御嬢様ーズ』には、魔法の合い言葉『Summer』がかけられているとか。
パレオを巻いた若草色のワンピース水着で、元気に歩はボールを打ち上げた。
「さあ行くよー!」
「よし、ロザリンにトース!」
円がこれを弾いて、
「受けます」
と、軽くレシーブしようとしたロザリンドに、ふと気づいたように、
「……そういやロザリンの胸がさっきから全然動いてない気がする。なにかつけてるよねー、ねーつけてるよねー」
さっきのお返し、と円がポツリと言葉を洩らした。
「え……それは、なんの話でしょう?」
爽やかに笑んでスルーしようとするロザリンドであるが体は正直だ。力が入りすぎてレシーブは、歩のはるか頭上を越して大プールのほうへ飛ぶ。
「わたっ、ボールボール………ひゃ!」
懸命に追うものの歩はプールに落ちてしまった。ボールも水に落ちるかと思われたその瞬間、
「ヒロインは遅れて現れる!」
ざばーんと鮫の如く大登場! ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)が、水中から大きく飛翔してボールを叩きつけたのである。強い力を受けてボールは歪み、ロケットさながらにはるか高くまで上昇、天蓋に当たってパンクしてしまう。
「うわっはっはっは! やり過ぎたぜ!」
威嚇するように両腕を振り上げながらミューレリアは呵々大笑する。
「ミューちゃんどこにいたの?」
問う円らに、ミューレリアは気恥ずかしげに寝坊した顛末を語るのだった。
「しっかり時間通りに目覚ましかけたのに、起きたらバラバラになって枕元に散らばっていたんだぜ……なぜだろう」
というわけで大遅刻。どうせ遅れるなら劇的な登場をしようと待機していたところに、ちょうどいいタイミングがやってきたというわけだ。
「ところであゆむん、今のホームランは何点だ?」
「うーん、まあ、爆破したら零点な気もしないではないけれど、登場が面白かったので百点満点あげたいですね」
「やったぜ、そうこなくちゃな!」
いいのか?
「というわけでボールも消滅しちゃったし」
と、亜璃珠はやにわにメジャーを取り出し、
「ちょっと身体検査でもする?」
言うなり円にするりと巻き始める。だが円だってやられっぱなしじゃない!
「ない! いきなりそれはない! ないんだよー、このお腹めー!」
と叫んで亜璃珠の腹をぷにぷにと揉み始めたのだ。これは亜璃珠も予想外、
「……や、やめなさい! 私の体重は世間一般の標準くらいなの! そもそもこの業界身長に対して体重の軽すぎる人間が多すぎよ、なんなのこの非現実的な設定群!」
長口上の弁明(?)しながら走って逃げる。
それを見送ってロザリンドは提言した。
「ふふ、円さんと亜璃珠さんは仲良しさんですね。歩さん、ミューさん、私たちは少し、泳ぐとしましょうか」
「おう! がっつり泳ぐとしようか!」
ミューレリアは拳を振り上げる。
「いいですねー」
歩も応じた。
それとも、と、ロザリンドは思い出したように付け加えた。
「そういえば先日、歩さんがナンパされたらどうしようとか言っていたような……こういった所に歩さんが探してる白馬の王子様がいたりするのでしょうか?」
「おう! がっつりナンパされてみる……か!?」
ミューレリアは拳を……半分くらい上げる。
「え!? いや、わたし、そんなつもりで言ったんじゃないですよー!」
歩はもっとストレートに、困った。頬が赤くなってきたので照れ隠しに、
「あ、そういえば皆、プールに入る前に準備運動しましょー! 周りには小さい子もいるし、こういうマナーって大事だと思うの。それ、イチ、ニ、イチ、ニ……」
屈伸運動を開始するのである。
さてさて歩は本当に、王子様と出逢えるであろうか?
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