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リアクション
第3章 a Day in the Life(2/3)
どうすれば……、パパはどうすればいいんだ……!
カシウナの大通りで、パパはひたすら壁を殴っていた。
フリューネグッズのアイディアなら泉のように湧き上がってくるのに、仲直りの案はサッパリ出てこない。
振り上げた拳が空中で止まった。驚いて顔を上げると、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)がパパの拳を掴んでいた。
「君はたしか……、レストランでパパがごちそうした……?」
「あまりご自分を傷つけてはなりません。左腕も折れているようですし、肋骨も大分炒めているのではないですか。どうしてそこまで自分を追いつめるのです。こんな事をしても、フリューネさんは……」
「ああいや、これは自分でやったんじゃないんだ。昨晩、親父狩りの三人組に襲われたんだ」
「親父狩りですか。カシウナも意外と物騒なのですね」
コンビ二の前にたむろするスウェットの三人組を想像しつつ、メティスは本題を切り出した。
「実はお願いがあって来ました。ロスヴァイセ邸の件なのですが……」
彼女とその相棒が計画してる事を聞くと、パパは二つ返事で了解した。
「……なるほど、そう言う計画か。そう言えば考えてもなかったな。パパの株を上げたいのもあるけど、フリューネをいつまでも船暮らしさせておくわけにもいかないからね。勿論、費用はこのパパが出そう」
「ありがとうございます。さり気なくパパさんの部屋も設計図に入れておきましょう」
「当たり前だ。絶対にフリューネと一緒に暮らすんだから」
何の相談かはまだわからないが、パパの気合いは充分である。
「その息です。では、作業の手配に行ってきます」
メティスが去ると、葛葉 明(くずのは・めい)が不敵な笑みと共に現れた。
「パパさん……、気合い入ってるけど、その気合い、空回りしちゃいませんか?」
「なんだい、薮から棒に?」
「どうも見てると、フリューネさんと会った時にちゃんと喋れなさそうな感じするのよね」
「おいおい、パパは初デートの中学生じゃないんだよ。それぐらいちゃんとスマートに出来るさ」
「そうじゃなくて、そういう態度がフリューネさんに嫌われてるんじゃないかって事よ」
「はぐっ!」
言葉の暴力がボディに入って、パパは足下から崩れた。どうやら思い当たるフシがあったようだ。
「そ……、そう言えば、ウザイと何度か言われた事が……」
「そんなに落ち込まなくても大丈夫。あたしをフリューネさんだと思って特訓しよっ」
そう言って、縛っていた髪を降ろし、パパの腕に元気に抱きついた。
「ねぇ、パパーん、あたしお洋服が欲しいー」
パパは驚愕の表情で明を見た。
これまでフリューネがこんな風におねだりをした事はなかった。でも、こんな風におねだりしてくれればいいのに、と思っていたのだ。シミュレーションとは言え、パパのテンションゲージはマキシマムにまで上昇した。
「よ……、よし! 今日はパパとデートだ、なんでも買ってあげよう!」
近くのブランドショップに入ると、今は亡きポップスターよろしくディス買いを始めた。
指差したものが次々と買い上げられていく事に、明は奇妙な興奮を覚えた。
「本気を出してパパさんに誘惑じゃなくて……、たかる……、じゃなく甘えたかいがあったわ」
彼女の本当の目的が垣間見えたような気がするが、きっと気のせいだろう。
「パパー、あたしお腹すいたー」
「うんうん、そうだね、お腹減ったね。太いエビ食べるかい?」
「ねぇ、おじさまー、あたしもお腹すいたー」
「ん?」
ふともう片方の腕に誰かが抱きついてきた。
そこにいたのは小学生ぐらいの少女、茅野 菫(ちの・すみれ)だった。
「ええと……、君もあれかい、パパの特訓を手伝ってくれるのかい?」
「娘なんかじゃ不満よ。あたし、おじさまのお嫁さんになりたいなぁ……」
「はっはっはっ、パパはカッコイイからね。でも、ごめんよ。その特訓はパパには必要ないんだ」
「いいえ、これは訓練ではないわ。繰り返すけど、これは訓練ではないわ」
唐突に婚姻届を突きつけられ、パパは目をきょときょとさせた。
「ほら、フリューネにもママって必要だと思うから……」
「い、いやー、彼女はもうだいぶおっきいから、必要ないと思うんだけどなぁ……。それにさ、パパはまだママの事を愛しているから、悪いんだけど君の気持ちには答えられないって言うか、その……」
小学生相手に何言ってるんだろう……、と思いつつもパパは弁解した。
「大丈夫、フリューネのママもパパの幸せ願ってると思う」
腕にすりすりと頬を寄せ、小さな身体で精一杯菫は誘惑している。
と、その首根っこをむんずと相棒の閻魔王の 閻魔帳(えんまおうの・えんまちょう)が掴んだ。
「いい加減にしましょうよ。パパさんの会社を手に入れるために妻の座を狙うなんて、ちょっとどうかしてます。そんな結婚じゃ誰も幸せになれませんし、そもそも菫の年齢じゃ結婚は……むぐっ!」
懐から取り出したあんぱんを、菫は閻魔帳の口に突っ込んだ。
甘いものが口にある間は大人しくなる習性の閻魔帳はもぐもぐと口を動かし、しばらくフリーズ状態になった。
その隙に、菫はパパの実印をおねだりし、明は太いエビとデカイ蟹をおねだりする。
◇◇◇
繁華街のド真ん中で騒ぐ彼女たちは大変目立っていた。
あまりにも目立っていたので、町に来ていたフリューネも当然足を止め、騒動の中心を見た。
「……あんたら、そこで何してるわけ?」
「ふ、フリューネ!? ち、違うんだ、これは!!」
「あら、本物が来ちゃった。それじゃ、服とか買ってくれてありがとうねー、パパ大好きー」
修羅場の匂いを嗅ぎ取ったのか、明は投げキッスと共に退散していった。
「ちょ、ちょっとそんな誤解を招く台詞は……」
「別にいいじゃない。あたし達の愛はほんものなんだから、堂々としてればいいのよ」
半ばパニックに陥ったパパに、容赦なく菫は抱きついてトドメを刺す。
「援助交際で、しかも小学生にまで手を……、この間はガートルードといちゃついてたくせに……!」
それだけ見ると、とんでもないパブリックエネミーである。
みんなから話を聞いて、久しぶりにパパと話してもいいかな、と思っていたフリューネは己の愚かさ恥じた。やっぱりパパはパパだ、何も変わってない。もう絶対に口を利いてやらないと、彼女は唇を噛み締めながら決意した。
もぐもぐもぐ……ごっくん。あんぱんを食べ終えた閻魔帳は張りつめた空気にあらためてゴクリと喉を鳴らした。
パパのフォローをしようと思っていた閻魔帳だったが、とてもそんな事を言える空気じゃなかった。
「菫が妙な事考えるから、おかしな空気になってきましたよ……」
「社長、こんなところにいらしたのですか?」
さらに間の悪い事に、スーツ姿のガートルード・ハーレックがヒールを鳴らしてやってきた。相棒のシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)もスーツの秘書スタイルで色気を振りまいている。完全なる修羅場だ。
「ちょ、ちょっとマズイよ、君達! こんなタイミングで出てくるのは! 今は芝居とか無理だって!」
「しっ、芝居の事は伏せてください」
慌てるパパをガートルードは黙らせた。
そう、パパを誘惑する三人の中で一番悪そうなガートルードが、今回は一番まともだった。
彼女は二人を仲直りさせるため、ひと芝居打つ事を提案したのだ。秘書兼愛人に扮装し、フリューネの嫉妬を煽る。それから、ガートルードがフリューネとひと悶着起こし、パパが割って入ってフリューネを助ける。愛人を作り評価最低の軽蔑対象だったパパが娘を救う。その落差にフリューネ感動、パパを見直す作戦なのだ。
そして、今はその第二段階、フリューネとひと悶着起こすところである。
「……あら、誰かと思えばフリューネじゃないですか。ミルザムのとこで白虎牙を守るとか言ってたのに、まだカシウナにいるんですか。さっさとこの町から消えてください。邪魔なんですよ、あなた」
「ババァの寿命も近いし、今後ロスヴァイセ家はパパの彼女のハーレックの物になる。フリューネには渡さん!」
シルヴェスターも迫真の演技で迫った。
「……って言うか、パパは勘当されてるから、ロスヴァイセ家はどっちにしろパパのものにはならないけど?」
フリューネに言われ、二人は顔を見合わせた。ちらりとパパを見ると申し訳なさそうに頷いている。
どこか根本的な部分で勘違いしていたようだ。
しかし、だからといって役者は舞台を降りるわけにはいかない。脚本のミスはアドリブで取り返す。
「……そんな事より、あなたがいるとパパが私だけを見てくれないんです!」
「そ、そうじゃそうじゃ! ハーレックが可哀想じゃあ! 消えないならわしらが消しちゃるけぇ!」
なんとか状況を軌道修正し、二人はフリューネに襲いかかった。
身構えるフリューネの前に、一陣の風と共にパパが庇うように割って入った。
「いい加減にしないか! 娘に手を上げるような恋人など、こちらからお断りだ!」
手刀でシルヴェスターの銃を叩き落とし、ガートルードを投げ飛ばした。
三人とも照れる事なく役を演じきっている。
「ま……、まさかパパの愛がそれほどだったとは……! 覚えてなさい!」
二人はギリギリと歯を鳴らしながら、大人しく退散していった。
そして、すかさず物陰に隠れ動向を見守る。
「空賊ハーレック団の初仕事じゃし、上手くいってくれるとええんじゃがのぅ」
言い忘れていたが、二人は最近『ハーレック団』なる空賊団を立ち上げたそうな。ガートルードがキャプテン・ハーレックを名乗り、空の秩序を満たすため戦う組織である。現在、団員はパートナーのみの小さな空賊団だ。
二人を追い払ったパパは、フリューネに向き直り肩に手を置いた。
「フリューネ、こんな事に巻き込んで済まない。でも、これでわかっただろう。パパはおまえが一番大切なんだ……!」
フリューネは覗き込むようにパパの目を見た。
「本当だ、嘘じゃない。パパの目は曇りひとつないだろう?」
「……でも、その子は?」
「ん?」
パパが視線を下げると、菫がパパの足にしがみついていた。
それを見て、ガートルードとシルヴェスターは冷や汗を垂らした。
「あのガキの事忘れとった……」
菫は婚姻届を振りかざし執拗に結婚を迫る。
「おじさまー、結婚してー! フリューネもあたしの事、ママって呼んでいいのよー!」
フリューネの表情は完全に凍り付いている。
「パパ、お幸せに。もう会う事はないでしょうけど、くれぐれもロスヴァイセ家に迷惑をかけないように」
フリューネはふんと鼻を鳴らして踵を返した。
「ち、違うんだ! パパは小学生に手を出すほど畜生道に落ちちゃいないんだ、嘘じゃない!」
地面に膝をつき、去って行くフリューネに手を伸ばした。
その時、パパに追い討ちをかけるような光景が飛び込んできた。大通りの先には広場がある、そこに向かったフリューネはひとりの男性に声をかけたのだ。どうやら彼女は待ち合わせをしていたようである。
「ごめん、遅れたみたいね」
「いや、俺も来たところだから」
そう言って、待ち合わせの相手、樹月 刀真(きづき・とうま)は微笑んだ。
「さて、この辺で一番近い食料品店はどこだい?」
「ねぇ、本当にやるの?」
「もちろん。料理は練習しないと上手くならないからね。大丈夫、普段料理をしない人が自分の為に頑張って作ってくれる、それだけで嬉しいものだよ……、家のみんなも喜んでくれるさ。まぁ、美味しければなお良し……だけどね」
そう言いながら、刀真はちらりと大通りにうずくまるパパを一瞥した。
アレが噂のパパか……、不敵に笑い、刀真はフリューネを連れて人波に消えて行った。
「な……、なんだ、あの野郎は! こ、殺す……!」
再びパパの瞳に炎が宿る。まだ魂は燃え尽きちゃいない。
「待って、おじさま。未来の妻であるあたしも一緒に行くわ」
「妻じゃないし、一緒に来なくていい」
パパはガムテープで菫をぐるぐる巻きにすると、フリューネ達を追いかけていった。
「置いてかないでー、おじさまー!」
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