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【2020七夕】七夜月七日のめぐりあい

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【2020七夕】七夜月七日のめぐりあい

リアクション

 
(……まあ、大事にはなっていないようだな。もしおば上が他校で問題を起こせば、俺まで責任を負わされるからな)
 生徒と楽しく談笑する豊美ちゃんへ、校舎の陰から飛鳥 馬宿が監視の目を向けていた。魔法少女な格好をしていない――悩んだ末、魔法少女が被りそうな帽子を被ってはいる――馬宿は、白百合団辺りに見つかれば学院から弾き出されるであろうが、彼の驚異的な聴力を以て今までは見つからずに済んでいた。
「馬宿君、見つけた! やっぱり来てたのね」
 しかし、ここに来てついにリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に見つかってしまう。背を震わせた馬宿が、それを隠すように平静な態度を装って振り返る。
「……お前か。何故俺を見つけられたのかはこの際置いておくが、今の俺にお前の相手をしている暇はない」
「豊美君のことが気になって?」
「……知らぬ間に面倒事に巻き込まれるのは気に入らんだけだ」
 言って、馬宿がリカインに背を向ける。
「ま、そういうことにしておいてあげるわ。ねえ、豊美君のことなら、私がお手伝い名目で見ててあげよっか?」
「……お前がそのような発言をするからには、何か別の目的があってのことと伺えるが」
「失礼ね。……まあでも外れじゃないわね。実は、百合園が男子禁制なのすっかり忘れてて……」
 そしてリカインが、馬宿に取引を持ちかける――。

「豊美君、何か手伝うこととかある?」
「あっ、リカさん。うーん、今は特に無いですよー。せっかく来られたのですから、リカさんも願い事書いていってはいかがでしょうー」
 豊美ちゃんから短冊を受け取ったリカインが、願い事を頭に思う。そして短冊に『涼司君が男になれますように』としたためる。
「涼司さんと何かあったんですかー?」
「うん、まあ、いろいろね」
 頭に疑問符を浮かべる豊美ちゃんを横目に、リカインが短冊を笹に結び付けた。

「やはり忘れておったか……だが、こうして貴公と話が出来ること、嬉しく思う。貴公も色々と苦労しているのではないか?」
「と、いうと?」
「キュー様、僕に言わせてください。リカさんはひどいんです、僕が『暴力は何も生み出さない、話し合いましょう』と訴えるそばから飛び出していってしまうんです。そして僕が何度巻き添えを食ったことでしょう」
「ほう……俺にはそうは見えなかったがな」
「自分もお嬢には度肝を抜かれっぱなしです。どうなるのかといつも心配しやすよ」
 そして馬宿は、校舎の外で待ちぼうけを食わされていたキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)ソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)ヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)の話相手、というか愚痴を聞かされていた。
「……ふむ、お前たちの言うことは理解した。俺もおば上に対しては色々と思いはするし口にする時もある。……だが同時に、おば上が悪意のないことは理解しているし、俺もおば上だからこそ頭を悩ませるのだ。どうでもいい奴にいちいち発言したり頭を使ったりはせん。……お前たちがこうして愚痴をもらすのも、リカインという存在を気にかけているからではないのか?」
 馬宿の言葉に、反論の声はおそらくない。本当にその人が嫌いなら、今まで付いてきたりはしないはずだから。
「……まあ、今のは俺の推測に過ぎん。違うというなら忘れてくれ。……そうだな、お前たちの他にもちらほらと男の姿を見つける、彼らのための場所を作ってやるのも悪くなかろう」
 笏を呼び出した馬宿が、手にした笏を掲げる――。

 百合園を訪れた黄泉 功平(よみ・こうへい)が、女性ばかりの百合園にため息をついたところで、小さいながらも笹が据えられ、周囲に座れるだけの用意が整えられた区画を見つける。
「……ここは?」
「色々あってな、百合園に入れぬ男のための場所を俺が設けてやった。おば上のと同じとはいかぬが、それでもよければ七夕気分を味わっていくといい」
 出迎えた馬宿の言葉を耳にした功平は、既に何人かの男性が思い思いの七夕を過ごしている光景を目にする。ならば、と笹の葉の前に置かれた短冊を一枚取り、功平が願い事を胸に思う。
(何を書こうか……ああ、これは違うな。なら……)
 いくつかの逡巡があった後、『空京大学へ』としたため、笹に短冊を結び付ける。
「生徒らしい願い事だな。日々の努力を怠らねば、お前なら叶えられよう」
 馬宿の言葉を受け取った功平が、自らが日本にいた頃に聞いた七夕の歌を口ずさみながら、空を見上げる。
(天帝に許されて、一年に一度だけ会える織姫と彦星……何を話すのだろうか。おそらく話は尽きないだろう。……会いたい時に会えるって、幸せなことだな)
 おそらくは話に花を咲かせているであろう織姫と彦星に思いを馳せながら、功平が七夕気分を満喫していた。

 短冊に『世界中の人々が幸せな日を過ごせますように』としたためた所で、音井 博季(おとい・ひろき)がふと思い返す。
(何個もお願い書いたら罰当たるかなぁ……)
「別に、一つでなければいけないという決まりもないのだ。叶うかどうかはともかく、罰が当たることはあるまい」
「う、馬宿さん! 心の中読まないでくださいよ」
 馬宿に言われた博季が、決意を固めて裏面に『もっとリンネさんと仲良くなれますように』と書いて、改めて目を通して顔を真っ赤にする。
「彼女は人当たりがよい。が、それ故に、『唯一の人』になるには並々ならぬ努力を要するであろうな」
「!!」
 驚いて飛び上がった博季が、笹の高いところでかつ葉っぱに隠すように短冊をくくりつけ、そそくさとその場を後にする。
「……失礼したか。耳が良すぎるのも考えものだな」
 呟いて、見えなくなった博季に詫びるように瞳を閉じる。その博季は、途中で方向を変え、人気のない森の中へと足を踏み入れていく。
(……こういうのを人任せにしても駄目だよなぁ……言われたように、努力して自分で叶えられるようにしないと……)
 しばらく歩いたところで、博季は樹木の前に立つ。目の前にリンネがいると想像して、博季が声を張り上げる。
「は、初めてお会いしたときから、リンネさんのこと好きでしたッ! ぼ、僕とお友達になってくださいッ!」
 告白の練習を続ける博季、もし現実にそうなった時、リンネはどのような回答を出すだろうか――。

「中の方が賑やかで楽しいだろうし、フィオと沙耶で楽しんでくるといいよ。わざわざ僕と一緒でなくても――」
「アンドリューさんと一緒なことに意味があるんです。ここがなかったら無理にでも入っちゃうつもりでしたから」
「それについてはフィオナさんと同意見ですわ。兄様だけ仲間外れ、になんて出来ませんわ」
「……まいったなぁ……」
 フィオナ・クロスフィールド(ふぃおな・くろすふぃーるど)葛城 沙耶(かつらぎ・さや)にスッパリ言い切られ、アンドリュー・カー(あんどりゅー・かー)がため息混じりに頭に手をやる。馬宿が設けた笹飾り会場のおかげで三人一緒にいられるのは確かだが、男性の比率が高い中ではどうしても注目の的になっている。
「気にせずともよい、俺がここにいる限りは直接手は出させん。……視線までは防ぎようがないがな。しかし、需要があると知れば事前に作っておくべきだったかもしれんな」
 周囲の声を漏らさず聞くことの出来る馬宿がいる以上、危険な目には合わないかも知れないが、落ち着かないのもまた確かである。
「馬宿さんもああ言ってくれてることですし、気にすることなんてありませんよ! さ、アンドリューさん、願い事一緒に書きましょう」
「ちょっとフィオナさん、独り占めはよくありませんわ。兄様は何をお書きになられますか?」
 ハァ、とため息をついて、諦めと共にアンドリューが短冊を手にする。
(さて、何を書こうか……)
 考えをまとめているアンドリューの横で、フィオナが願い事を短冊に書き終える。
『アンドリューさんと素敵な思い出が作れますように』。来年の今頃には、アンドリューさんとの愛の結晶が私のお腹の中に――」
 サクっ、と短冊がフィオナの頭に刺さる。険しい顔をした沙耶が、さらに数枚の短冊を握り締めてフィオナを牽制していた。
「もう、沙耶ちゃん何するの、せっかくいいところだったのに」
「その願い事はわたくしと丸被りですわ。『兄様と素敵な思い出が作れますように』。一つの布団に兄様と二人、少しずつ強くなっていく兄様の温もり……」
 スパーン、と短冊を束ねたフィオナが沙耶の頭を引っ叩く。
「……とにかく、その願い事はわたくしが提げます」
「沙耶ちゃん、独り占めはよくないって言ったよね?」
 アンドリューを挟んでバチバチ、と火花を散らせるフィオナと沙耶。
「ねえ……一つの短冊に連名じゃダメなの?」
「ダメです!」「駄目ですわ!」
 同時に否定されてしまったアンドリューが、もう一度ため息をついて短冊に願い事を書き込んでいく。
『フィオと沙耶がケンカしないように』……後は)
 裏に、『来年の七夕も皆でのんびりと過ごせますように』としたためて、アンドリューがそっと抜け出し笹に短冊を結び付けた。