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夏の夜空を彩るものは

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夏の夜空を彩るものは

リアクション

 
 
 花火に近い場所で 
 
 
 今日の訓練は大失敗。
 どうして上手くいかないのかと水城 綾(みずき・あや)は落ち込む。このままそっとしておいて欲しい……そんな願いとは裏腹に、パートナーのウォーレン・クルセイド(うぉーれん・くるせいど)がやたらと元気にやって来る。
「お嬢、暇だろ? 今から空京に花火観に行くから準備しとけよ」
「花火? でも私人混み苦手で……」
「また後で迎えに来るからな」
 綾の反論も耳に入れず、ウォーレンは自分も準備をしに行ってしまった。
 相変わらず強引だと思いながらも、綾はワンピースに着替えた。明るい色を選んだのは、少しでも気分を上向きにしようと思ってのことだ。そこに、幸運の御守りだと言われている猫耳をつけ、あとは持ち物……とがたがたしているうちに、もうウォーレンが迎えにやってくる。
「準備できたか? 行くぞ」
 ウォーレンも制服からスラックスにジャケット、サングラスという私服に着替えている。まだ落ち込みから回復できていない綾を、ウォーレンは強制的に空京に連れ出した。
 福神社に到着してみると、そこにはもう多くの人がいた。
 人の多さにひるむ綾を腕を回して抱えると、ウォーレンはひらりと翼をはためかせた。
「相変わらず軽いな、お嬢。ちゃんと食わねえと成長しねえぞ」
「ってウォーレン、社の屋根の上だなんて……怒られたらどうするの?」
 人混みは苦手だけれど、怒られるのも困る。それにこの高さはちょっと怖い。
「特等席だ。ここからなら邪魔なく見えるだろ」
 文句は聞かないとばかりに、ウォーレンは足を投げ出して屋根に座った。
「ほんとにもう……」
 そうは言っても綾にはここから降りるすべはない。こうなったら仕方が無いと綾もウォーレンの隣に座る。
「わぁ、キレイ……」
 特等席と言うだけあって、ここからの眺めは良い。こうして夜空に開く花火を見るのははじめてだと、綾は夜空を見上げた。
 ウォーレンの方は花火には興味がないらしく、屋根から下りて綾の為に飲み物を買ってきたり、と動き回っていた。そんなウォーレンの様子を見て、綾は気づく。
(もしかして花火に誘ったのって……私が落ち込んでいたから……?)
「お嬢、落ちるなよ。ちゃんと花火、見えてるか?」
 さりげなく注意してくれるウォーレンに、綾はうん、と肯いた。
「ほんとにキレイ……」
 鮮やかに空に開いて消え行く花火。
 綾の心にわだかまっていた落ち込みも、ぱっと弾けて消えていった……。
 
 
 花火が照らす君の顔 
 
 
 綱斬 巡(つなきり・めぐる)に選んでもらった甚平のあちこちを、風斗・サードニクス(かざと・さーどにくす)は面白そうに触りまくっていた。
「これ、結構涼しいんだな。最初はごわごわしてるなと思ったけど、それが却って気持ち良いぜ」
「夏には良いだろう?」
 そう言う巡は浴衣を着て来ていた。初めて買った浴衣は嬉しいやら恥ずかしいやら。けれどそれを外には見せないように、巡は表面上は冷静を装っている。動揺しているのが知られたら、もっと恥ずかしい気がするから。
 けれどそんなことも、花火が上がると巡の頭から抜け落ちた。
 頭上いっぱいに広がる光の芸術に、巡は素直に歓声をあげる。
 無心に空を仰ぐ巡を、花火の光が浮かび上がらせる。
 赤、緑、青……開くたび変わる色に照らされて、そのたび違った様子に見える巡に風斗は息をのんだ。その息を吐く時に、自然と言葉がこぼれる。
「巡、綺麗だ……」
「ああ、見事なものだね」
 風斗が言うのが花火のことだと思い、巡は同意しながら風斗を振り向いた。
 その時ちょうど弾けた花火が、金色の光を散らす。
 それに照らされた風斗の顔がいつになく引き締まって見えて、巡の胸がどきりと鳴った。
 けれど。
「あぁ、巡、綺麗だ……浴衣もこんなに似合ってて……って待てよ。他の奴らが見たら巡に惚れちまうかもしれねぇ、いや、それはダメだ。ダメに決まってるだろう! 巡は誰にも渡さない。知らん輩が来て巡を口説こうもんなら、いや巡を見るだけだって、そいつの眼を××しなきゃならねぇ……巡に惹かれちまうのも分かるが、いや、わかってるのは俺だけでいい。あぁ、クソ! 嫉妬で狂っちまいそうだ……それもこれも、巡がこんなに……ちくしょう、何で巡はこんなに綺麗で魅力的なんだよ! ああ、そうだそれから……」
 次の瞬間、暴走を始めた風斗の様子はいつも通り。
 巡はちょっとほっとしながら、風斗を落ち着かせにかかった。それが自分が風斗にときめいたのと同じ時、風斗側も同じように花火に照らされた巡に胸を鷲掴みにされた所為だとは気づかぬままに。
 
 
 赤く染まる杯に 
 
 
 以前霧雨 透乃(きりさめ・とうの)が福神社に来たときは、かびた鏡餅で大騒ぎだった。鏡餅と戦ったり、皆でおしるこ食べたり。あのときもいろいろ賑やかだったけれど、今日は花火を観に来た人々の熱気で溢れている。
 人混みを避け、2人でゆっくり花火を観られる場所を確保すると、透乃は緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)と寄り添った。
 持って来た日本酒で花火酒。空に開く花火の色に染まり揺れる杯の酒を、2人酌み交わす。
 綺麗な花火とおいしいお酒。杯を干した陽子は、ほうと小さく息を吐いた。普段は飲まないけれど、これしきの酒に酔う陽子ではない。頬がほんのり熱いのは、寄り添う透乃を感じるからだ。
 周囲に人影は見えないけれど、屋外でこうして寄り添っているのはやはり恥ずかしい。意識しすぎて恥ずかしさに追い込まれそうな気持ちを、陽子はつとめて花火へと向けようとした。
「綺麗な花火ですね……」
 なのに、そんな陽子の努力とは裏腹に透乃から返ってきたのはこんな言葉。
「陽子ちゃんのほうが綺麗だよ」
 言った方の透乃も照れているけれど、陽子はもうそれだけでくたりと全身から力が抜けそうになる。
 次いで重ねられた透乃の口唇の甘さに、そのまますべてをゆだねてしまいそうになる。
 でも……その前に伝えておかないといけないことが、ある。ずっと自分の中にある気持ち。言葉にして伝えるのが恥ずかしくて、なかなか口に出来ないけれど、勇気を出して伝えたい。言わなくてもきっと透乃は分かってくれていると思うけれど……自分が思いを口に出してもらえると嬉しいのと同じように、透乃もきっと……。
「……透乃ちゃん……」
「ん、何?」
 だから、いたずらっぽく笑っている透乃、その耳に陽子はそっと囁いた。
「好きです……だから、ずっと一緒に……」
「陽子ちゃん……」
 透乃はちょっと目を見張った。その表情がたちまち幸せに蕩けてゆく。
「好きだよ、陽子ちゃん。これからも一緒に色々なことをしようね」
「あ……」
 陽子の手から転がり落ちた杯が、夜空を彩る花火に赤く照らされた……。
 
 
 それでも 
 
 
 花火見物に来ている客は皆、どこか浮かれ加減で楽しげだ。
 夜店のある辺りでも、見物用のシートが敷かれている辺りでも、ひっきりなしに誰かの弾む声がしてそれが溶け合っている。
 けれど。そんな賑やかな辺りに背を向けて歩き出した鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)と、無言で後についてゆく紅 射月(くれない・いつき)が纏う雰囲気は重く沈んでいた。
「お前らならちゃんと結論出せるだろ。どんな結果になろうと受け止めろ」
 そこまで一緒だった瀬戸鳥 海已(せとちょう・かいい)は、敢えて2人と別れ、1人で出店のある方角へ引き返した。
 黒い浴衣を綺麗に着崩し団扇を持った海已は、妙な色気を漂わせながらゆるりと店を覗いては、冷やかして歩く。時折脳裏にとある1人の女性を思い浮かべながら。
 そんな処に。
「瀬戸鳥海已様っ!」
 思いっきりフルネームで名前を呼ばれ、海已は眉をしかめた。どこのどいつだと見る先には、星の模様の入ったピンクの浴衣を着た小豆沢 もなか(あずさわ・もなか)。嬉しくてたまらないように、かたかたと下駄を鳴らして海已に走り寄ってくる。
 完全無視を決め込もうと知らん顔して身を翻した海已だったが、その背にもなかが飛びついた。
「I can Fly! じゃなかった。あっぶなーい。つまづいちゃった」
 可愛く笑うもなかだったけれど、それを海已は邪険に振り払う。
「くっつくんじゃねぇよッガキには興味ねぇ!」
「でももなちゃんは、海已様に興味あるんだもん」
 振り払われても、冷たくあしらわれても、それでももなかは堪えない。
「いちいち暑苦しい奴だな。てめぇも花火と一緒に散れ!」
「その時は海已様も一緒だよっ。えへへー」
 このままでは埒があかないと思った海已は、たこ焼きを購入した。
「食え」
「いいの? ありがとう……って、押し込まなくてもちゃんと自分で食べられるっ……むぐ……」
 熱々のたこ焼きをもなかに思いっきり食べさせて、ひりひりに赤くなった口唇に海已は舌を這わせる。
「これぐらいの刺激でイってるようじゃ、俺の気は惹けねぇぜ」
 暇だし仕方ないから遊んでやるかと、海已はもなかの口唇を苛むようについばんだ。
 
 そんな頃。
 皆が通る参道を逸れ、見通しの悪い暗がりを歩いていた虚雲は何かに躓いた。
 大きく宙を泳いだ虚雲の身体は、慌てて支えようとした射月をも巻き添えにして転倒した。気づけば虚雲の身体は射月を押し倒している形。もともと鎖骨が見えるほどに着崩していた深緑の浴衣は大きく乱れ、隙間から見える肌が木々の間を通して差し込む光に浮かんだ。
 吸い込まれるように手を伸ばして触れた射月の手。虚雲はびくりと身体を震わせたが、逃げようとはせず射月の両頬に手を添えて、まっすぐに凝視した。
「……今日の花火、本当は縁ねえと見に来るつもりだったんだ。物凄く悩んだし、自分自身に何度も問いかけた。そして結論を出したんだ。俺は、お前の気持ちには応え……」
 虚雲が話し出したのは、きっと射月が一番聞きたくない事実。射月は震える手で虚雲の両肩を強く握った。
「その先は言わなくて……いいです。分かっていたことですから。貴方の隣にはもう……僕の居場所はないんですね」
 遮った射月に、虚雲はちゃんと聞けと説明を続けようとした。けれど。
 耳を甘噛みされて驚いた隙に、射月は虚雲を突き飛ばすようにしてその場から逃げ出した。
「……紅?」
 ここまで感情に左右されている射月を見たのは初めてだ。
「くそっ……あの馬鹿っ」
 虚雲は舌打ちすると、射月を捜して走り出した。
 浴衣に下駄では走るのも思うに任せない。焦りながら射月がいきそうな場所をあたる。
 やっと見出したときには、射月は自らの身に刃物を向けていた。虚雲に気づくと、射月は苦しげに顔をゆがめる。
「なんで……貴方は僕を見つけるんですか……っ。僕はこんなに弱くなかったのに」
「射月!」
「……やっぱり嫌です。僕は貴方が好きです。その気持ちが迷惑なら、僕は貴方の前から消えます。この気持ちと共に」
 刃物をかざす射月に大股で近寄ると、虚雲は刃を素手で握った。
「いけません! 離して下さい、手が……!」
「そっちが離したらな」
 虚雲に言われ、射月は即座に刃物を手放した。
「人ってのは怖いな。お前の歯が浮くような台詞も案外慣れてくるもんだ。――ありがとな。こんな俺を好きだと言ってくれて」
 刃物を遠くへ放り、満足げに笑う虚雲。その前で射月は地に崩れるように膝をついた。
 嫌いになりたくても嫌いになれない。そんな顔で笑ってくれたら忘れられない。
 虚雲の前だと素の自分でいることが多かったことを思いながら、射月は最後に呟いた。
「愛しています……」
 それは変わらない。それでも。変えなければならないものもある。
 脱力したように座りこんでいる射月の頭を虚雲は撫で……熱くではなく温かく、包み込むように抱いたのだった。