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リアクション
第15章 放課後(2)
2階渡り廊下を抜け、西校舎に逃げ込んだ犯人は、そのまま一気に3階へ駆け上がった。うまく皐月たちを退けられたと思ったのもつかの間、ドラゴンアーツの輝きに包まれ、強化光条短剣を手に立ちふさがるセイニィルックのルカルカを見て、足を止める。
「3階に来るのは分かっていたのよ、どこにいようともね」
赤い西日を受けながら赤く染まった廊下は、さながら決闘場のようだ。
「覚悟!」
低く構え、一気に間合いを詰めようとするルカルカを見て、犯人はここで考え得る最も最適の方法をとった。
つまり、逃げたのだ。
わき目もふらず、もうまっしぐらに。
(刃物持ったルカルカ相手に素手で勝てるわけないってっ)
4階へ駆け上がる犯人。
「あっ、卑怯なっ?」
(まさか、一度も刃を交わさず逃げるとは…っ!)
全く想定していなかった事態に、ルカルカの戦闘意欲がごっそりこそげ落ちる。
「まったくもぉ……何よ、あれ。ずっと待ってたのに、失礼しちゃうわねっ」
バッグにしまい込んでいた銃型HCを取り出す。
「エース、聞こえる? ルカルカだけど」
『エース?』
目の前に転がる銃型HCから聞こえるルカルカの声にクマラは一生懸命応えようとするが、ロープでグルグル巻きにされ、さるぐつわをかまされたクマラには、うんうんうなるのが精一杯だった。
(エースぅ……起きてよぉ…)
同じように縛られ、壁に凭せかけられたエースを祈る思いで見つめるクマラ。しかし意識を失ったエースの目覚める気配は全くなかった。
(なんで俺はスマキにされてるんだ?)
手足の自由を奪われ、スマキにされて廊下に転がりながら、さっぱり分からない、と牙竜は思った。
ちゃんと何度も愛を叫んだのに。メールの通りに従ったのに、なんでだ?
「……はッ。まさか俺の想いが真実でないと判断されたというのかっ? おのれ犯人めッ! 違う! 違うぞーっ! 俺は真実セイニィを――へぶっ!」
「あー、うるさいっ」
ぽかっと殴りつけたのは、鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)だった。もちろん、牙竜をスマキにした張本人も、氷雨である。死角にいて牙竜には見えなかったのだが、氷雨は牙竜のすぐ隣で、さっきからずっと、ある物を準備していたのだった。
「えへへー、ボク、スマキになってる人にあげようと思ってこれ持ってきたんだー。これ、何か分かる? 新作の【デローン丼】だよー」
ごそごそと純銀製の大きな器をボストンバッグから取り出す。中には、ピンク色のドロドロした物体がたっぷり入っていた。
「見て見てーっ。今回は可愛らしく、ピンク色なんだよ。武神さんにいーっぱい食べてもらおうと思って、持ってきたんだけど……スマキになってるから食べれないよね…。
あっ、そーだ! いいこと思いついちゃったっ。流し込んじゃえばいーよねー。流し込むねーっ」
牙竜は先の攻撃で気絶して、何も言わないのに、氷雨は1人ままごとのように勝手に提案し、勝手に頷き、勝手に進めていく。
デローンと呼んでいたピンク色の液体を、牙竜のゴザの隙間からどんどんどんどん中に流し込んでいった。
「あ、デローン丼だけじゃ足りないよね! 【デローン茶】も流し込むねー。丼には飲み物がつきものだもんねー。
えへへー。どう? 武神さん。今回のは見た目を重視しすぎちゃった気もするんだけど、味もそこそこおいしくできたと思うんだけどー。ねー? 武神さん? ねーってばー?」
「ちょっと。まだ吊るしてないんですの? もう下は大分待ってるんですのよ?」
ハイヒールの音を響かせてこの場に現れたのは、ルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)だった。
肩の向こうへ髪を払い込み、気絶したままの牙竜を見下ろす。
「……ちェッ」
もうちょっと武神さんで遊びたかったのに。
「ぶつぶつ言わないんですのよ。さっさとして、終わらせなくちゃ、セディが仕事終えて来ちゃうじゃないの」
「ねーっ、早くしないとこっちのネオでろーん大鍋も、煮詰まりすぎちゃうよーっ」
窓の外で夕月 綾夜(ゆづき・あや)が叫んでいるのが聞こえる。
スマキから流れ出したデローンによってできた床のデローン溜まりをよけて牙竜に近づいたルナティエールは、前髪を引っ張って頭を持ち上げた。
「起きなさい、田中。起きてないと面白くないじゃないの。せっかくネオでろーん大鍋で煮込んであげようと思ってますのに。そうしてようやく今日のメインイベント、田中地獄煮込みが完成するんですわ」
だが牙竜は目を開けない。頭が持ち上がるぐらい引っ張っているのに、反応なしだ。
一体氷雨にどれだけの強さで殴られたのか……もしかすると、目覚めなければ回避できると思って寝たフリをしているのかもしれない。
「仕方ないですわね」
パッと手を放し、牙竜の頭を床に落として立ち上がる。ルナティエールの目は、床で転がってうんうんうなっているクマラの方を向いた。
「リハーサルをかねて、こちらの子で試してみようかしら?」
ねめつけるような、毒蛇のような視線が、クマラに絡みつく。
(……そ、それってもしかしなくてもオイラのことっ?)
「うーっ……ううーっ」
一生懸命エースの名を呼ぶが、さるぐつわのせいで全く言葉にならない。
「あなたが悪いのよ、かわいい子。こんな所へ来るから」
つう……っと赤いマニキュアを塗られた爪が、クマラの頬を伝う。
(だって、だってエースが、東校舎の3階を選んだんだもんッ。どっちかに犯人が現れるからって…っ!
ひーーーんっっこんなことになるんだったらオイラだって来ないよ〜〜〜〜〜っ)
「くくくくく〜〜〜っ……ぷはっ」
さるぐつわから抜け出したのは、クマラの横で転がっていた秋葉 つかさだった。
彼女は犯人に真っ先に襲われて、連れて来られていたのだ。
「ちょっとあなたッ! このドS女王!」
「ドS…?」
ピク、とルナティエールのこめかみが反応する。
「こんな小さな子相手に卑怯よ! やるならわたしを先にしなさい! 私は嘘を叫んだわ! だからスマキにされて当然なのよ! 吊るすなら私だわっ!」
「まぁ。なんてすばらしい自己犠牲かしら。ゾクゾクきちゃう。
この子を吊るして、そんなあなたがもだえる様を見るのも楽しそうだけど、嘘を叫んだというのはいただけないわね。嘘を叫んだ者は、スマキになって吊るされるの。――セルマ」
「ん?」
端の方で座って見ていたセルマ・アリス(せるま・ありす)が、突然名前を呼ばれたことに驚きながら腰を上げた。
「このお嬢さんを先に煮込んでさしあげましょう」
「えーっ? あれ、田中を煮込むための鍋だろー? この子は関係ないんじゃないか?」
せめて吊るすだけにしといた方がよくないか? 本人望んでるみたいだし。
「ここまできて逆らうというの? あなた」
にらみつけてくるルナティエールを見て、セルマは眉をしかめると、くるっと背中を向けた。
「俺おーりた。もうバイトに行く時間だし。遅刻したらクビになっちまう。田中の煮込みは見たかったけど、今はバイトが一番大事なんでね」
スマキ吊るすのはみの虫みたいでかわいいと思うけどさ、女の子を煮込むなんて、俺の趣味じゃないよ。
「ちょっ……セルマ、待ちなさいっ」
「だいじょーぶ。おまえらのことは告げ口しねーから」
ひらひら後ろ手を振って、セルマは廊下の向こうに消えていく。
そのときだった。床に転がったままの銃型HCから再びルカルカの声が流れ出す。
『エースってば。聞こえてるの? もう…。
あのね、犯人が西校舎4階を逃走中。でも多分、どっかで階段下りて渡り廊下か1階かでそっちへ向かうと思うのよ。環菜会長に連絡とったら朔とか刀真とかも乗り出して、みんなでいっせいに下から順番に各階封鎖してるそうだから、ちゃんと待機しててね』
「なんですって?」
うろたえるルナティエール。彼女の足元で、気絶しているはずのエースがくつくつと、もうこらえきれないといった様子で笑い出した。
「あなた、目を覚ましていたのねッ!?」
「いや、最初から気を失っていなかったんですよ。ちょっと様子見しようと思いましてね。
それで、僕からの提案なんですけどね。観念したらどうですか? おねえさん」
「ウーフッ(エースっ)」
クマラがパッと顔を輝かせる。
立ち上がったエースの体から、はらりと切れたロープが落ちた。
「……くッ」
振り返る。しかし大勢が悪くなったと悟った途端、氷雨はさっさと行方をくらましていた。
もうこの場にはルナティエール1人だ。
「クマラ、怖い思いをさせたね。ごめん」
「わーんっエースぅ〜〜っ」
さるぐつわを解かれたクマラがべそをかきながらエースに身を寄せる。ロープをほどいている間に、ルナティエールはなんと、窓から飛び降りてしまった。
「あっ、エース! あのおねーさん逃げるよッ」
「うん。でもなんだか彼女がメール事件の犯人じゃないみたいだったしね。何人も犯人捜索に出ているようだからそっちは任せて、僕たちは被害者救助が最優先。
大丈夫ですか? 美しく勇敢なお嬢さん」
「あ、はい…」
つかさのロープを解き、自分の上着を与えたエースは、彼女の手をとって口元にあてがう。
「あなたの言葉にはとても感動しました。あなたはとても美しいが、その心は数倍美しい。そんなあなたに贈るにふさわしい花を今持ち合わせていないことを、どうかお許しください」
「……あーあ」
どんなときも、エースはエースなんだなぁ。
馬乗りになって牙竜のスマキを解きながら、クマラはため息をついた。
「んもう……なんて結末かしらっ?」
壁とネオでろーん大鍋を足場に無事着地を果たし、正門をくぐって逃げ切ったルナティエールは、息を整えながら後ろを振り返った。
幸いにも、エースは追ってきていない。ほかの探索者たちも、多分、校舎内の犯人の方を優先して追いかけているのだ。
「綾夜は賢い子だから、きっと逃げ切るわね。あいつの方は……ま、わたくしには助ける義理もないし」
例え助けようと今戻ったところで、あれだけの人数を相手にどうこうできるものでもない。
(こうなると、せいぜい逃げ回って、できる限り時間を稼いでほしいわね)
やっと整った息で、ふーっと壁に背中をつけたとき。
「ルナ、そこにいたのか」
セディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)が正門から現れた。
「セディ!」
盲愛する恋人との再会に、パッとルナティエールの表情が輝く。彼を目にしたその瞬間に、ルナティエールの頭からセディ以外の全てが「どうでもいいこと」に分類された。
「今仕事終わったんですのっ?」
「ああ。ようやくめどがついた。やれやれだ。
ここのところ、ずいぶん手をとられてしまったが、これでようやく少しは時間がとれると思う。なんだったら、これから街へでも行かないか? いや、いっそ泊まりで小旅行にするのもいいな」
「本当? うれしい! ぜひ行きましょうよ!」
3日でも4日でも、1週間でも!
(ほとぼりが冷めるまで♪)
セディの腕を抱き込んで、くっついて歩く。
「ところで、なんだか校内が騒がしかったが、また何かしでかしたのか?」
「えー? なぜわたくしなんですのー?」
「いや。きみでなければいいんだ」
「きっと、例のメール事件の犯人とかですわっ。わたくしには幸いにも届きませんでしたから、何も起こりませんでしたけれど」
起こしただけで。
「ああ、そうか」
そんな会話をしながら、夕闇の迫る中、2人は街に消えて行ったのだった。
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