薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

幸せ? のメール

リアクション公開中!

幸せ? のメール
幸せ? のメール 幸せ? のメール

リアクション


第3章 午前中・校内

「ねえねえっ! あたし思ったんだけどさ、告白台って良くね?」
「あー、それいいかも」
「校舎に向けるの。今、みんな校舎に背中向けて叫んでるじゃん? あれ、よく見えないよねーっ」
「男子に言って、作らせよーよ」
「ついでに紙の花で飾っちゃおーか? ピンクに塗っちゃってさ」
「それ超ウケルーっ」
 けらけらけら。
 大声で笑いながら前方から来る女子の一団に廊下を譲りながら、御凪 真人(みなぎ・まこと)は内心、女子って集団になると何であんなにたくましいんだろう? とちょっとビビっていた。
「真人ーっおっはよー」
 ……あ。1人でもたくましいやつがいた。
 ニコニコ笑いながら走り寄ってくるセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)を待って、真人はまた歩き始めた。
「ん? どしたの、真人」
「いや、さっきあの人たちがね…」
 と、聞くとはなしに聞こえた会話を話して聞かせる。
「ああ、例のメールのやつねっ。もう掲示板見た? 会長のとこにも来たらしいわよ。それで今日はみんなその話題ばっかり。今もホラ」
 窓の外に何かを見つけたセルファが、こっちこっちと手を振った。
 外では、木のそばに立つ女性が、顔を真っ赤にして自分の好きな男性への思いを叫んでいた。
「行きましょう、セルファ。覗き見るのは失礼です」
 真人はセルファの肘を掴み、先に進むことを促す。
「ちょっ、真人?」
 少し強引になったのは真人にも分かっていたが、素知らぬフリで足を早めた。
 たとえ相手が見知らぬ女性であれ、プライバシーを侵害することが、真人はたまらなく嫌だった。
 だれにだって知られたくないことはある。大切なこととして胸にしまっておきたいこと。
 聞いた話によると、メールはつらいことを口にしろとは書いていないらしい。悲しいこと、思い出したくないことを叫べとは書いておらず、胸の中で燃える熱い想いを告白しろ、と。
 しかし、それを他者が強要してまで口に出させるのは、下劣な行為としか思えない。
 無言の横顔からそんな思いを読み取ってか、セルファは先の好奇心半分の自分の行動を反省し、俯いた。
 これを自分に置き換えてみる。
 メールは来てないけど、もし受け取っていたとしたらどうだろう? 叫ぶ?
(言っ……言えるわけないじゃない。行方不明になった方が絶対マシだわっ)
 想像しただけで恥ずかしくてたまらなくなる。それを押して、告白したあの女性はすごく勇気がある。
(それに、あたしが行方不明になったりしたら、きっとまた真人に迷惑かけちゃうし)
「で、でもさー、あたしたち、来てなくてほんっと良かったよねっ。そんな究極の選択しなくてすんで……」
 メールの着信音がした携帯を開いた真人の足がぴたりと止まった。固まった彼の手元を覗き込んで、セルファの言葉が徐々にフェイドアウトしていく。
 『これは幸せのメールです。……』
 氷の彫刻のように動かない彼らの真上で、スピーカーから始業を告げるチャイムが流れた。


 校内に多数ある女子トイレの1つ。
 そこでは、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)中原 鞆絵(なかはら・ともえ)の協力のもと、もともと環菜似の容姿を活かしてニセカンナになるべく奮闘していた。
「ん〜、携帯無いとやっぱり不便ね」
 鏡を覗き込み、あらゆる角度から検討しながら呟く。鞆絵の至れり尽くせりは完璧で、どこから見ても不満はなかった。事実、鏡の中の彼女はリカインすら内心驚くほど環菜に似ていた。環菜の歩き方も表情も、マスター済みだ。目の色さえ隠せば、大抵の人は会話しても他人とは気づかない。遠くからならば、まず気づかれることはないだろう。
 彼女の携帯は現在壊れて使用できない。ついつい面倒で修理も買い替えもしないでいたため、件のメールが来ているのかいないのか、知る方法はなかった。もしかしたらデータセンターで溜まったままになっているかもしれないし、犯人の方に戻っているかもしれない。
 届いていたらこんな陽動は、あるいは不要だったかもしれなかったが、今から手続きをしに行っても今日には間に合わないのは分かりきっていた。
「こういうのは、もうやめることにしたのかと思っていたのですが…」
 環菜の好きなブランドの上着を手に、後ろに控えていた鞆絵が残念そうに言う。
「もうニセカンナはやめにしませんか? リカさん。今まで大事なかったのが不思議なくらいなんですから」
「だーいじょーぶ。私だってそう簡単にやられたりしないんだから」
 くるり。心配気な表情をした鞆絵を振り返って言うリカインは、自信満々だ。環菜のように。
「ほら、カンナさま」
 手洗い台に腰掛けていたシルフィスティが、リカインの手の中にサングラスを放り込む。
「心配いらないって。ちゃーんとフィスが後ろについてるから。ディテクトエビルでばっちり警戒してるし」
「頼りにしてます、フィス姉さん、トモちゃん」
 鞆絵から受け取った上着を腕にかけ、サングラスを装着し、リカインはトイレのドアを押し開ける。

 彼らは気づいていなかった。
 告白は1両日中に行う、という期限がある以上、さらわれるとしたら明日以降だということに…。