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リアクション
第11章 カノン、崩壊
「ついたぜ。あれが、ガガ山か」
山葉涼司(やまは・りょうじ)は足を止めて、目の前の森林の向こうにそびえたつガガ山の青空の彼方に潜り込んでいくような姿を眺めて、いう。
どこかで龍の吠え声がしたように思ったが、気のせいだろうか。
「高い山ですねー。あれを登るんですか?」
花音・アームルート(かのん・あーむるーと)も涼司の隣で、目を細めた。
「ああ。御剣紫音、そしてプルクシュタール・ハイブリットからの連絡では、カノンが、あの山で開催されているバトルロイヤルに参加しているというんだ。精神が崩壊寸前の、危険な状態でな。これを、放っておけるか?」
涼司は、拳を握りしめた。
「強制参加という話ですね。それで、私たちもバトルロイヤルに介入するんですか?」
「もちろんだ。といっても別に、『勝利者』を目指すわけじゃないぞ。目的はあくまで、カノンを止めること!」
カノンへの想いから足を早める涼司は、みえない壁に頭をぶつけて、転倒する。
「いてててて。何だ、これは?」
「例の結界ではないですか?」
花音も、そこから先に行くことはできない。
「バカな! 外から結界の中に入るのは自由なはずだ!」
涼司は必死で結界を突破しようとダッシュするが、そのたびに壁に身体を打ちつけ、全身が傷だらけになっていく。
(蒼空学園の生徒よ。いま、おぬしをこの結界に入れるわけにはいかん)
涼司の脳裏に、コリマ校長が精神感応で語りかける。
「うん!? お前がコリマか!! カノンをどうするつもりだ? 俺もこの中に入れろ!」
(お前が会いたがっているサンプルは、いま、極限の状態にある。慎重に分析を続けているところだ。余計な刺激を加えられると、正確な分析が難しくなる)
「サプリメントだって!? 人を栄養剤みたいにいうな!」
「サンプルといったんですよ」
激昂する涼司に、花音がすかさず突っ込む。
「同じことだ!」(?)
涼司は完全に頭に血がのぼっているようだ。
(心配するな。あのサンプルが死ぬようなことはない。むしろ、周囲の生徒たちの方が危険なのだ。私も監視している。ここはひけ。以上だ)
感応が切れた。
「こ、この野郎! 誰でも入れるんじゃなかったのか!? インチキ! 八百長!」
涼司は思いつく限りの悪態を並べた。
「コリマ校長が監視しているというのですから、大丈夫ではないですか?」
花音はいった。
「だけどよ。俺はいま、無性にカノンに会いたいんだよ! カノンが殺人マシーンのようになってたら、誰かが止めなきゃいけないんだよ!」
涼司は結界に拳を叩きつけ、拳から流れる血を舐める。
すると、別の誰かが感応で語りかけてきた。
(残念ながら、校長のいうとおりだ。いま、君が彼女に接触するのは、かえって崩壊を促進させる恐れがあり、危険だ。このバトルロイヤルで彼女が人を殺すことがないように、僕が最大限の努力をすると約束しよう)
「だ、誰だよ!? 名乗れよ。参加者の中の誰かか?」
涼司の叫びに、感応の主は答えず、もう声が聞こえることはなかった。
「校長の結界を抜けて精神感応を仕掛けられるなんて、強い力を持った人がいるみたいですね。その人が約束するというのですから、大丈夫なのでは?」
花音はいまの感応の主を信頼できると判断したようだ。
「くそっ! 他人に任せていられるなら、俺は、来ねえよ!」
涼司はうつむいて吐き捨てるようにいい、がっくりと膝を落とした。
「カノン、カノン! しっかりしろ!」
「ダメだ、御剣のサイコダイブでさえ失敗したのだ。龍が倒されるまでは落ち着かないぞ! それまで、静かな場所に寝かせるんだ!」
カノンの周囲の生徒たちは、わめき声をあげ続けるカノンの身体を全員で取り押さえて、どこかに運ぼうと四苦八苦した。
深紅の龍との闘いには、別の生徒たちが向かっている。
自分たちはいま、カノンを安全な場所で保護すべき役割を担っているのだ。
「みなさん! カノンをアルバトロスに乗せて下さい!」
影野陽太(かげの・ようた)が、こんなこともあろうと準備しておいた小型飛空艇を示していう。
「おう。どこに運ぶんだ?」
生徒たちはカノンを影野の飛空艇に押しこみながら、尋ねる。
「安全地帯を探します。山葉先輩のためにも、カノンさんの精神崩壊は阻止してみせます」
影野は飛空艇の操縦席に乗り込む。
「ちょっと待つのじゃ! ボクは、安全な場所を知っているぞ。傷ついた生徒たちが手当を受けている温泉があるんじゃ!」
リンダ・ウッズ(りんだ・うっず)が影野にいう。
「本当ですか!? 案内して下さい」
影野に促されて、リンダも操縦席に乗り込む。
「殺す、殺してやる! みんな、敵なのよ! 私から、『私の涼司くん』を奪って!」
悲鳴をあげ続けるカノンを搭載して、飛空艇は出発した。
「いっちゃったよ。大丈夫かな?」
飛空艇を見送る生徒たちは、みな不安そうだ。
というのも、飛空艇が小さいために、カノンの護衛役を務める生徒たちは同乗することができなかったのである。
影野とリンダだけで、カノンを保護することになる。
だが、いまはそうするしかないようにも思えた。
「あれが温泉ですね。アルバトロスを着地させます!」
リンダの案内により、ガガ山の山中に湯煙がたちのぼる箇所を認めて、影野は飛空艇を降下させた。
ちょうどいいことに、温泉は、深紅の龍が暴れる箇所とは、山頂を挟んで正反対の
位置にあった。
「どうした? うん、カノンか! 危険な状態だな」
温泉の警戒にあたっていたグレン・アディールが、影野たちによって飛空艇から降ろされたカノンの姿をみて、顔をしかめる。
「ソニア! 大至急きて欲しい! カノンを落ち着かせるんだ!」
グレンは、他の参加者の治療に追われていたソニア・アディールを呼ぶ。
「あんた達、忙しいのではないかな? ボクたちの手でカノンさんを温泉に入れるけん、大丈夫じゃ」
リンダは、うめき声をあげるカノンに肩を貸して歩かせながら、いった。
「カノンを温泉に!? それで落ち着くのか」
グレンは、リンダの言葉に首をかしげる。
「ヒールなどで治療しても、意味はない。温泉に浸からせ、天然の力に彼女を癒させるのじゃ」
リンダは自信たっぷりな口調で、カノンを温泉のすぐ側に連れていく。
「ちょ、ちょっと待って下さい! カノンさんの服、リンダさんが脱がせるつもりですか? どさくさに紛れて胸を触ろうとか考えてないですよね?」
影野が、カノンの衣服に手をかけたリンダを、慌てて制止する。
「影野のいうとおりだ。お前はさがれ。脱衣は、ソニアに手伝ってもらうとしよう」
グレンが強い口調でいった。
「えっ、い、いや、温泉は混浴じゃろ!? ボ、ボクも入ったって構わないわけで!」
「混浴ではない」
グレンは抗議するリンダの首根をつかむと、カノンからできる限り離れた場所へと引きずっていった。
「ハイ、それじゃ、私がカノンさんを温泉に入れますね。リンダさんのいうように、ヒールをするより、温泉に入れた方がいいかもしれませんね」
ソニアは優しい笑顔を浮かべて、カノンの脱衣を補助し、もうもうと湯煙をあげる温泉の中に浸からせた。
このとき、ソニアは、カノンの貞操帯を外すことまではできなかった。
「う、ううー」
温泉に肩まで浸かったカノンの顔が、真っ赤になってゆく。
硫黄の臭いが、カノンを若干落ち着かせるようにも思えた。
「しばらくそっとしておきましょう。リンダさんの覗きは、グレンさんが見張ってくれますし」
ソニアは、他の参加者を治療すべく、温泉を離れる。
だが、事態はかえって悪化した。
「はー。あ、熱いわ!」
ずっと温泉に浸かりっぱなしのカノンが、すっかりのぼせてしまったのだ。
頭がくらくらする中で、精神の崩壊が徐々に進行し、危険な破壊衝動が膨れあがってゆく。
ちょうどそのとき。
「はあ。ケガをしてしまいましたわ。治してもらって、カノンさんをまた探しに行かないと!」
バトルロイヤルで負傷したアンジェラ・アーベントロート(あんじぇら・あーべんとろーと)が、温泉の側にやってきたのだ。
「あら?」
ケガの治療を終えたアンジェラは、温泉の中に見知った影をみつけた。
「カ、カノンさん! こんなところに!」
思いがけないところでカノンを発見したアンジェラは、歓声をあげて温泉に駆け寄り、自分も温泉に入ろうとする。
「コロス。コロス!」
温泉の中のカノンは、しわがれた声で不吉な言葉を呟いている。
アンジェラは、温泉に入った後で気づいた。
「様子がおかしい!? カノンさん、大丈夫ですか?」
お湯の中をカノンの隣にまで移動し、声をかけるアンジェラ。
その瞬間。
ちゅどーん!
爆発が、巻き起こった。
「何だ!?」
温泉で爆発が起きたことを知ったグレンは、急いで現場に向かう。
「カノンさん!」
影野とリンダも、慌ててカノンの様子を確認に向かう。
温泉の周囲では、爆発によって巻き上げられたお湯が、ぬるい水蒸気の幕となり、霧のように視界を悪くさせていた。
爆発によってほとんどのお湯がはね飛ばされ、からっぽに近い状態の温泉の中に、ほとんど全裸のカノンが立っている。
その目が、らんらんと光っているのが、ぬるい霧の中でもみてとれた。
「カ、カノンさん! どうしたのですか? のぼせておかしくなったのでしょうか?」
爆発に巻き込まれたアンジェラだったが、お湯を頭から浴びた状態で、気丈にも立って、カノンの身体をおさえようとする。
「触るナ!」
カノンは、しわがれた声で叫んだ。
「その声! 全く別人のようですわ」
アンジェラは、思わずびくっとして、身をひく。
「ワタシは、死楽ガノン(したら・がのん)。カノンの中にある、もうひとつのカノンにして、全く別の人格。いまワタシは、解放されタ! この身体は、ワタシのモノだ!」
カノン、いや、ガノンは、牙を剥いてアンジェラを睨む。
「そ、そんな! カノンさん! もとの自分を取り戻して!」
アンジェラは悲痛な叫びをあげながら、徐々に戦闘態勢へと移行する。
カノン(ガノン)と闘わざるをえない状況になると、本能が告げていた。
「お前タチ、死んだら楽になるゾ! きああああああ!」
ガノンは、アンジェラに襲いかかった。
「きゃあああ!」
悲鳴をあげるアンジェラの身体が、ぬるい霧の中から放り投げられてきて、グレンや影野たちの前に転がる。
「どうした!?」
「みんな、カノンさんが大変なことに! お湯にのぼせて、別人格が解放されていますわ!」
アンジェラは、ガノンにサイコキネシス勝負を仕掛けて、見事に打ち負かされたのだ。
「リンダさん! 温泉は、逆効果じゃないですか! って、いないし!」
影野はリンダを探すが、はぐれてしまったのか、見当たらない。
「と、とりあえず抑えつけないと! 誰か、周囲の人たち、協力して下さい!」
影野は叫び、グレンとともにガノンに立ち向かおうとする。
「カノン! 崩壊したんだね!」
緋王輝夜(ひおう・かぐや)は、温泉に急いだ。
精神感応で、カノンの異変を察知したところだった。
「輝夜さん、カノンの別人格が解放されたということですが、果たして止められるのでしょうか?」
緋王を追いかけるように後を追うエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が尋ねる。
「止めてみせるよ。いや、止めなきゃいけないんだ!」
緋王は、温泉にたどり着いた。
「ウン? あらたな獲物カ?」
死楽ガノンが、緋王を睨む。
ガノンの周囲には、グレンや、影野といった生徒たちが倒れている。
ガノンを止めようとして、失敗したのだ。
全裸に近かったガノンは、薄い衣をまとっていた。
ソニアが、せめて着るものをと、必死の努力でかぶせたのだ。
「カノン! その胸を! お、おわあ!」
どこかから現れたリンダがガノンに飛びついて胸を触ろうとし、サイコキネシスで吹っ飛ばされて、倒れる。
「カノン、なんてことに!」
緋王は、サイコキネシスでガノンの身体をおさえつけ、動きを封じようとした。
「無駄ダ!」
ガノンもまた、緋王を睨みつけ、サイコキネシスで吹っ飛ばそうとする。
「す、すごい力だ!」
ガノンの超能力に触れた緋王は、心が揺さぶられるのを感じた。
プレッシャーが生じているのである。
「カノン! せっかく生きることができるのに壊れるなんて許さない! 強化の過程で生きることすらできなくなった人たちの分まで、あたし達は生きなきゃいけないんだよ!」
ガノンのサイコキネシスにあらがって、足をふんばり、緋王は叫んだ。
「あんたは強化人間なんて人じゃないだろ? あんたは人間『設楽カノン』だろ! 存在意義なんて自分で好きに決めろぉ!!」
「ワタシは、設楽カノンではない。死楽ガノンだ!」
ガノンは叫び、暴走する力の奔流を、緋王に叩きつけた。
「う、うわあ!」
緋王の身体が吹っ飛ばされる。
(ほう。上層部も注目してきている、あのサンプルの力を圧倒したか。これは素晴らしい。凶暴化傾向の最たるものだな。)
ガノンの様子を監視していたコリマ校長は、感嘆の念を禁じえない。
(この力、サロゲート・エイコーンにどういかすべきか?)
校長は、学院幹部にデータの収集を指示する。
(できることなら、サンプルXとの衝突をみたいところだが、奴め、防衛に専念しているからな。やはり戦士には向かん)
「輝夜、大丈夫ですか?」
エッツェルは、倒れた緋王の身体を抱え起こした。
「大丈夫だ。くそっ。海人! カノンがあたしに与えるダメージを抑える力があるなら、彼女を力ずくで止めてくれ! バトルロイヤル全体で死傷者が出ないように努めるのは大変かもしれないが!」
緋王の言葉に、エッツェルは眉をひそめる。
緋王は、何者かの力に守られ、ガノンに殺される運命を免れたのだ。
他の生徒たちも、同様だった。
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