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お見舞いに行こう! せかんど。

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第十四章 人形師さんといっしょ。そのよん。


「ふははは!! 俺様参上!」
 病院にも関わらず、いつも通りの騒がしい登場をした新堂 祐司(しんどう・ゆうじ)だったが。
「……っ痛てぇ……」
 すぐに蹲ってしまった。
「ねえ新堂。あんたのその恰好、入院患者だろ……」
 蹲る祐司の服装は病院着である。そして腕と足には包帯がぐるぐると巻かれおり、その太さからしてギプスが巻かれていることも予想がつく。
 つまり、骨折で入院しているはずなのだが。
「元気だね」
「ふははは! 入院自体が一生の不覚並の出来事だからな!」
「ていうか、怪我するんだね新堂でも」
「らしいな。俺様自身も驚きだ」
 自分で自分の腕と足を見て、「ふはは!」何かが面白かったらしく、祐司は笑った。
 そんな彼に呆れ気味の視線を向けつつ、リンスは「で?」と問う。
「何があったの。トラブル?」
 もしもそうであるのなら、大切な相手だから何か手助けでもと――
「美咲と美月と美雪にな、特注品をプレゼントしたんだ。そしたら美雪以外の三人からフルボッコに遭って全治二週間の骨折を負わされた」
「……いや、」
 どこにツッコめばいいのか。
 プレゼントをしてフルボッコ、ボコしてないのが天然要素を含んだ美雪だけという、『特注品』についてか。
 それとも、『全治二週間の骨折』についてか。
「あ、ちなみにお前にもプレゼントとして持ってきてるからな、その特注」
 嫌な予感しかしない。
 祐司が自分のベッドまで這うように進み、袋を手にして戻ってきて。
「これこれ」
「何」
「服だ」
 ……もう、本当に、嫌な予感しかしないが。
 広げてみた。
「…………」
「デザインはすべて、ザ・俺様だ。いい出来だろ? メイドナース服」
 フリルがふんだんに使われた、白とピンクが基調のその服は。
 そう、彼が言った通りのもの。ナース服にメイド服要素が追加されていると言った方がいいか。
「いや、……新堂、フルボッコにされて当然じゃないかな」
 プレゼントと言って渡されて、開いてみたらこれでしたなんて酷すぎるだろう。
「ご愁傷様」
「な!? なんでだ! ていうか着てくれないのか!? 美雪は着たのに〜!!」
 言われて、岩沢 美雪(いわさわ・みゆき)の姿を探した。かなりミニ丈で露出度も高いこの服を着て歩き回るのはきわどいものがある。
「祐司お兄ちゃ〜ん、花瓶のお水、取り換えてきたよ」
 探すことしばし、ぽえぽえと笑いながら病室に美雪が戻ってきた。
 この無防備な笑顔に、この服は、なんともデンジャラスな組み合わせである。
「みゆきおねぇちゃん……”えっちぃ”かっこうよ」
 思わずクロエがそう言うほどだから、相当。
「岩沢三女。それ、着替えなよ」
「え、お兄ちゃんがこれ着ると、怪我が早く良くなるからって……」
「ならないから。変わらないから」
「馬鹿な! 精神的な面で様々満ち溢れていれば治りの早さは変わるぞ!」
 なんだよその精神論、と思いつつも、プラシーボ効果などがあるため頭ごなしに否定もできず。
「でさぁ、リンス〜。美雪のこの恰好を見てるだけでも癒されるけどよ〜、足りねぇよ〜。お前も着て?」
「俺、男」
「クロエちゃんにも着てほしいな! というか、着てくれ!」
 思わず、すぱんと頭を叩いた。男にメイドナース服(しかもミニ)を着せようとするのもかなりアレだが、外見年齢7歳くらいの少女に着せようとするのはもっといただけない。
「リ、リンスが叩いた……」
「そりゃ叩くよ。アホか」
 もう一回言ったらもう一回叩くよ、と睨むと、「……ぐすん」拗ねてしまった。知らん、とそっぽを向くと、
「クロエちゃん、着ないの〜?」
「リンスが『めっ』ていうわ」
「岩沢三女……めっ」
 美雪までそそのかそうとしていたから、人差し指でおでこをつついた。美雪はぽえぽえとした表情のまま、「め?」とおうむ返し。
 それに頷き、あと着替えなよ、と言おうとしたところで。
「お前は反省もせずに何をしてるんじゃあ! 祐司〜!!!」
 岩沢 美咲(いわさわ・みさき)の、怒声が響き渡った。
 何、というのは、美雪に着せたメイドナース服のことか、それともリンスやクロエに着せようとしていたところを見ていたのか。どちらか把握しかねるが。
 一応はケガ人である祐司の頭を、ガシィと鷲掴み。アイアンクロー。メキメキという音が、離れているはずのリンスのところまで聞こえてきた。……怖い。
「いくらあんな悪趣味な服を着ることを強要されたからって、入院するほどボコるんじゃなかったって思ってお見舞いに来たけど! バカは死んでも治らないようねぇ!?」
「いぎゃぎゃぎゃぎゃ、待て美咲ィ! 死ぬぞこれ続けてたら俺様死――」
「それと! 祐司も祐司なら、リンス! あなたもあなたね!」
 祐司の叫びを遮って、怒りの矛先がこっちに向いた。うっかりクロエと美雪の後ろに隠れたくなるくらい、怖い。鬼の形相だ。般若だ。
「聞いたわよ! 貧血と栄養失調で倒れたんですってね! だから、あれほど身の回りのことをしなさいて言ったでしょ! 自己管理しなさいって言ったでしょ!
 ……正直言ってねぇ、私はそういう、仕事ばかりして自分のことを顧みない人が――心配している人たちも、ないがしろにするような人が大嫌いなのよ!」
 しん、と、病室が静まり返った。
 アイアンクローから解放されたので、祐司が叫ぶこともなく。また、反論することもなく。
 クロエと美雪は、リンスと美咲を交互に見て、戸惑い。
 リンスは、ただ視線を落とす。
 叫んだ美咲は肩で息をして、「……知らないからっ」泣きそうな顔にも見える怒りをはらんだ顔で病室を飛び出していって。
 どうしたものかと、誰かに助けを求めるように視線をさまよわせた。
「退屈だから、手伝ってやろう」
 そこにそう、言ってきたのは。
「あ。ボルトのパートナーの」
レン・オズワルド(れん・おずわるど)だ」
 レンは病室を出て行き、美雪を追いかける。

 あそこまで、言うつもりはなかった。
 でも、言葉が止まらなかった。
 悔いてはいない。
 だけど、あの空間にそのまま留まることはできなかった。
 だから飛び出して、屋上に出たら。
「男には、こうと決めたらやり通す熱意が必要な時がある」
 静かな声が、聞こえた。
「あなた……」
 以前、そう、月見のときに見かけたことがある。冒険屋の男だ。
「レン・オズワルド」
 男は――レンは、声をかけてきた時と同じように静かに名乗る。こちらも名乗るべきなのか迷った後、「岩沢、美咲よ」礼儀として、名乗った。
 ふ、と薄く笑うと、レンは美咲から少しの距離を取り、隣に立つ。
「俺は冒険屋だから、人形師の彼の気持ちを全て代弁できるわけじゃないが。
 岩沢は、彼のあのひたむきな部分に惹かれるところはないのか?」
 そりゃ、なくはないさ。
 一つの事に対して、真剣に取り組む姿。彼が作り出すもの。掃除だとかの家事一般はいい加減でも、仕事には真摯なリンスに惹かれている。もちろん、似たところを持っている祐司にもだ。
 だけど、だから、怖い。
「……幼いころにね。両親が」
 相手のことをあまり知らないからか。
 こんなこと、言う気になったのは。
「働き過ぎで、死んだの。私に対して頼るなんてこともなかったわ。私は、家事できるよ、なんでもできるよって、アピールしたんだけど。でもね、大丈夫って笑って、あたしの力なんて借りようとしなくて、それで、……。
 似てないのよ。顔立ちとか、雰囲気とか、全然違うの。違うのよ。
 だけど、そういうところが似すぎてて、思い出しちゃうのよ」
 滔々と語る重たい事実を、レンはただ黙って聞いてくれている。
「変なこと話してごめんなさい」
 だけど言うだけ言って、少しはすっきりした。これならあの二人にも、言い過ぎを謝るなりして、病室に戻れるかもしれない。
 だが、レンはただの聞き手ではなかったようだ。
「今のお前は、昔のお前ではないだろう」
「……え」
「昔、動けなかった自分を悔いるなら。今、動けばいい。お前は強い。目を見ればわかるぞ、俺は人生経験豊富だからな。
 だから、自身を持って愛してやれ。
 無茶な所も、無謀な所も、放っておけない所も、全部ひっくるめて。
 リンス・レイスという男を愛してやってくれ」
「……そうしたら、どこにも行かないかしら」
「ああ。行かないだろ。いつでもお前たちの傍にいる」
 風が吹いた。髪がなびく。その髪を掻きあげて、「はぁ」息を吐く。
「戻るわ」
「ああ。俺は少し風を浴びてから戻る」
「わかった。……ありがとう、レン」
 礼を言っても、レンはひらひらと手を振るだけ。
 そんな、多くは語らない男に背を向けて、美雪は病室へ戻る。

 姉さんは、甘い。
 岩沢 美月(いわさわ・みつき)は、強くそう思う。
 自分たちに、卑猥なミニスカメイドナース服を着せようとした、アホでドジでマヌケの見舞いに行くと言いだすし。
 アイアンクローも手加減するし。
 言われても当然のことを言われて、傷ついたような顔をする祐司やリンスに気を遣って部屋を出て行くし。
 だけどあたしは甘くない。
「俺。岩沢長女を追いかけたいんだけど退いてくれない?」
「嫌です。貴方を姉さんに会わせたくない」
 からから、点滴を引きながら廊下に出たリンスに対して美月は突き放すように言葉を放つ。
「あと、言いたいこともあるので」
「手短にどうぞ?」
「商売人としての自覚が足りな過ぎます」
「職人としての姿勢の違いだろ、そこは」
 だとしても、身体が資本であるのは商売人も職人も同じなはず。
「あんな弱々しい姿を晒すことが、どれほど愚かなことかおわかりですか。
 それに、仕事だって終わっていませんよね。『メルクリウス』が発注した人形は、まだ届いてませんから。
 なのにこの始末。そのくせなんてことのない顔をしてベッドに横になっている。事の重大さがわかっていないとしか思えませんが、反論は?」
「愚かなことは認める。事の重大さは、わかってるつもり」
 じゃあなんで、平然としていられるんだ。
 そう、半ば睨むようにリンスを見ると。
「俺がみっともなく騒いだら良くなるの?」
 それは、ならないけど。
 だけど、それにしたって。
「あ――」
 反論に対してもやもやとした想いを抱いていると、目の前の人形師がアホヅラを晒したので、何事かと振り返る。
 そこには、美咲が立っていた。
「岩沢長女。……ごめん、あんなに心配されてるなんて思わなかった」
「心配じゃないわよ、馬鹿? もういいの。決めたから」
 何をだろう。見限る事を、だったら美月としては願ってもないことなのだが。
「私は私で、勝手に世話を焼くわ。あんたが自分から頼ってこないなら、そうする」
「な――姉さん!?」
「あと私の名前は『岩沢美咲』よ。ちゃんと、名前で呼びなさい」
「ん、わかった」
「あ、ちょっ! な、あ、あたしは許しませんから!」
「わかった、岩沢次女は岩沢次女のままで」
 そういう意味ではなくて、いやそういう意味もあるけれど!
 内心でじたばたしているうちに、祐司まで「なんだ? 仲直りか? 仲良き事は美しきかな、ふはははは!」と笑いだすからどうしようもない。
 美雪も美雪で、満面の笑みを浮かべてリンスに近付いて、「これ、お守り」なんて手製のそれを贈っているし。
「ありがと、美雪」
「! リンスお姉ちゃん、名前で呼んでくれるようになったー!」
 しかも、名前を呼ばれて喜んでいる!
 ……なんだろう、この胸に湧き上がるムカムカは。大切な姉が、妹が、商売人として半端な男にほだされているなんて!
「おー、美咲。……その、変な服を着せようとして、悪かった」
「いいわよ、別に。あの程度の服で怒りすぎたわ」
「! じゃあ、着るか?」
「着ないわよ、懲りろバカッ!」
 美咲が祐司を殴る手も、優しめだ。
「よーし、俺様明日にも治って退院できそうな予感がするぞ。そうしたら、退院祝いの宴会だ! その時はリンスにクロエちゃん、絶対参加しろよ!」
 ああ、しかもまた宴会だなんて。
 自分に不利な状況が、形成され続けている気がする。
 絶望感にくらくらと眩暈を起こしつつ、「……あたしは、」不参加にしてください、とは姉と妹の手前言えなくて。
「先に帰ります」
 ぶすっとした顔で、病院を出ることしか選べなかった。


*...***...*


 しばらくして、レン・オズワルドが病室に戻ってくると、病室はだいぶ静かになっていた。
「強い彼女と元気な男の子らは?」
「売店行ったよ、『病室宴会だ!』とか言って。クロエもついてった」
 リンスに問うと、そういう答え。
 そうか、仲直りができたのか。リンスの表情が柔らかくなっていることから、そう推察して笑む。
「さっきは尻拭いさせちゃってごめん。けど助かった」
「何、気にするな。若者の成長を見守るのは年長者の務めだからな」
「? なにそれ」
 変わって行く人間を見守るのは、素敵なことだ。
 それはパートナーのメティスにも言えたこと。
「まあ、退屈だったからな」
「そう言えば、入院してるの?」
「ああ、EXPドリンクの飲み過ぎて腹を壊した」
 結構シンドイぞ? と笑ってみせると、リンスにしては珍しく「ぷっ」と噴き出したからしてやったり。
「俺は、お前のような熱意ある人間が好きだ」
「いきなり何?」
「だから、生き急ぐような真似はするな」
 休まないで、走り続けて。そうして倒れた方が、タイムリミットは早くやってくる。
 適度に休んで、自分のペースで歩んで行く方が、長く続けられるから。
「俺が、見ていて楽しい」
「え、オズワルドの観賞用?」
「さあな?」
 ふっふっふ、笑ってみせると、「並の人間じゃ途中でさじを投げるような珍獣かもよ」と切り返された。なんだそれは。むしろそこまでいけば歓迎だと、笑う。
「長生きしろよ、青少年」
「お互い様」
 ああ、廊下から四人分の足音と、騒ぎ声が聞こえる。