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リアクション
序の二 無償のヒーロー
別のフロアに降りた太郎達は、次々とバズーカ攻撃を行っていた。そして、それを受けた中の1人に閃崎 魅音(せんざき・みおん)がいた。彼女は1人、デパートの中をさまよっていた。落ち着かない。
「うー、なんかそわそわするよー。ボクが薄くなってるって言うのかな?」
歩き回っていた時に目に留まったのは、車椅子の少女と黒髪の少年。少女は、悩みがあるようだった。
『わたしは、これからもずっとこのままなのかな? もう、あれから半年近く経つのに……少しは、エネルギー、溜まったのかな? もし、動けるようになるのが何十年も先だったら……わたしはちゃんと、皆の役に立つ事が、出来るのかな?』
何のことを言っているのかは分からなかったが、少女は真剣だ。それに対し、少年は面倒くさそうに、呆れたような視線を向けていた。そこに、魅音と同じくらいの少女が来て――
少年が立ち上がり、突き放したような冷たい言葉を少女に放つ。それを見ていた魅音は……
不安になって、またデパートを歩き出した。
「静麻お兄ちゃんに会ってこよう」
1階
「ありがとうございましたー!」
店員の笑顔に見送られ、久世 沙幸(くぜ・さゆき)は菓子折りの入った紙袋を提げて歩き出した。
「うう、さすがに今更な気もするんだけど、いつかの空京ホレグスリ騒動の時のことをラスに謝りに行かないとだよね……」
「沙幸さんがわたくし達を放って楽しんでいた時のお詫び……ですか。いささか納得はいきませんが……まぁいいですわ。2度とそのような事が無いようにしていただければ」
「も、もうしないよ。……たぶん」
「あら? 何か言いまして?」
最後に付け加えた一言を、藍玉 美海(あいだま・みうみ)は耳聡く聞きつける。
「な、なんでもないんだもん!」
「……どちらにしろ、わたくしがこうして付いてくれば間違いはありませんわね」
空京でホレグスリの試飲会を開き、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)率いるアニマル達から逃れようとダンボールに隠れたのは4ヶ月程前。ダンボールにうっかり『ナマモノ』系のシールを貼ったがために冷凍配送され――沙幸は、送り先に指定していたラス・リージュン(らす・りーじゅん)に解凍してもらったのだ。
ついでにすっぱだかも見られていたが。
「この菓子折りでも持っていくんだもん。……って、あそこにいるのはラスじゃない?」
「そうですわね。でも何か、必死でどこかに向かっているような……?」
同じ方向を見ていた美海も姿を認め、同意する。そんな会話をしている間に、ラスの姿は人混みに消えていく。
「何があったんだろう?」
そう言って立ち止まるのも束の間、沙幸はすぐに同じ方向に走り出した。
「急いで追いかけて、話を聞いてみるんだもん」
角を曲がると、他の客の中に彼の背中が見てとれた。店内にいる間に追いつき、声を掛ける。
「ラス!」
呼ばれて足を止め、振り返る。沙幸達の姿を認め、進行先にちらりと視線をやってから2人と合流した。その表情には焦りの色がある。
「どうしたの? 何かあった?」
「あ、ああ、ちょっと……。買い物か?」
言い淀み、こちらの用事を訊いてきたラスに、美海が言う。
「もう用事は終わりましたわ。お話を聞く時間も、それに対処する時間もありますわよ」
どうやら何らかのトラブルのようだが、沙幸は協力するつもりのようだし、美海もそのつもりだ。それを少し匂わせると、ラスは少し逡巡してから話し出した。
「ピノの様子が変なんだ。さっき、カフェで……」
一通り説明を聞いて、沙幸は言った。
「ふーん、それは確かに変だね?」
「誰かが乗り移ったみたいに見えたけど、ファーシーがルミーナを操ってた時とは全然違う。自己意思で動いているようだったし……」
「そのピノに言われて、フーリの祠? まで行かなくてはならないんだね」
「何があるのかも知らねーし、どうやって行くのかも分かんねーけどな」
「祠までの道は危ないかもだね。よし! 私も手伝っちゃうんだもん」
「急ぐ必要がありますわね」
迷わずに言って走り出す沙幸と美海に、ラスが後から追いついてくる。
「……いいのか?」
「先日の恩もあるしね。これはその時のお礼だよっ!」
「恩……?」
差し出された菓子折りに目を瞬くするラス。4ヶ月前の宅急便について、沙幸は話した。
「溶かしてもらったし、いろいろお世話になったからね!」
「ああ、あれ……いやむしろ、いいもの見せてもらってありがとう、と……」
こんな時でも、裸で密着していた女子2人をまざまざと思い出せるのは男の性か。
「お、思い出さなくていいんだもん! それより、ピノを見失わないようにしないとだもん!」
「位置はGPSで分かるけどな、1人にしておくと気が気じゃねー……!」
その言葉に、沙幸達は顔を見合わせた。
「「……GPS?」」
「あのホレグスリ騒動の後に登録しといた。2度と変な筋肉に誘拐されないようにな」
「「…………」」
◇◇◇◇◇◇
「ん? あれは……」
鏖殺寺院リストラ組は、階段の踊り場にてカフェでの一幕を確認した後、黙々と仕事をこなしていた。その頃、デパートの事務所から各学園に『フーリの祠』なるものの情報、及び警戒要請が出始めていたが、そんな事は露知らず。
チェリーがバズーカを使いまくっている中、特に対象を定める必要の無い、平たく言えば実は用無しの太郎は適当に客達を眺めている。そこに車椅子の背を認め、彼は思わず目を凝らした。青い髪――間違いない。
「チェリー、あいつを追ってみるんだな」
「追うって……今日は放っておけばいいだろう。デパートを落とすのが先だ」
「さっき、あいつは何だかひどい事を言われていたんだな。その後にどうするのか……どんな行動を取るのか、興味が湧いたんだな。アクアのこともあるし……どうだな?」
「最後の『な』は少し無理やりだな……。あと、その喋り方、うざい」
「…………」
そうして2人は、ブラックコートで気配を消しつつファーシー・ラドレクト(ふぁーしー・らどれくと)の後を追った。しかし――
「…………」
「おい、エレベーターに乗ったぞ。どうする?」
「……1階まで急ぐんだな……階段を使って」
テロリストのはしくれとして、エレベーターを使うわけにはいかない。太郎は、ファーシーが1階に降りると予測した。今の状態で道草を食うとも思えなかったからだ。
「司君、あれ、ファーシーじゃありません?」
用事を終え、エスカレーターで1階まで降りた白砂 司(しらすな・つかさ)は、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)に突っつかれてその指先を追った。そこには、出入り口方面に進むファーシーの姿があった。
「少し元気がありませんねえ」
「……軽い挨拶でもしていくか」
ファーシーは今や、司の中で興味を超えた良き後輩である。ツァンダでのろくりんピックでは、なんだかんだで挨拶も出来ずに別れていたのが気になっていた。良い機会なので、司はファーシーを追って呼び止める。
「ファーシー」
振り返った彼女は、2人に気付くといつもと変わらぬ笑顔を浮かべた。
「偶然ね。何か買い物? って……すごい大荷物ね」
「……うちは物語本を大量に消費するからな。その仕入れという所か」
司は、両手に大きな紙袋を持っていた。購入した本の半分以上はサクラコ用だが、大半を押し付け、サクラコは身軽だ。
「物語? へえー」
ファーシーは紙袋の中に興味深げな視線を送った。しかし、そうして2人から目を外した時に、ふとそこに翳りが生まれる。司はサクラコと顔を見合わせた。やはり、何か悩みでもあるのだろうか。
ここの所、蒼空学園では様々な問題が起きている。主に校長関連だが、校長室によく出入りしていたファーシーが落ち込むのも無理ないことだ。だが、この表情は外での何かを憂いているというよりは、もっと別の、内側から来ているもののような気がする。
悩みに当たりがないわけではない。確認することも容易だが、恐らくそれは、司が助言できる類のものではないだろう。
だから、司は気軽な話題を彼女にふった。これで、少しは気が紛れるといい。
「そう、例えばこの本だが……」
紙袋の中から、比較的薄めの本を取り出す。
「己の生命を、人に分けてあげることができる英雄の話だ。弱っている人を必ず救い、悪人を少しでも放っておけない、まさにヒーローの鑑といっていい男の話だな」
「生命を? そしたら、そのヒーローさんは困っちゃうんじゃないの?」
少し心配そうにするファーシーに、本の表紙を見たサクラコが言う。
「ちょっとした悪さも見逃せず、自分のことなんて省みられない不器用な子なんですよ。ヒーローって言えば聞こえはいいですし、私も大好きですけど、報われない感じはちょっとありますよねっ」
「うん、そうね……、それでも、助け続けるのね?」
「そうだ。昔、こういうヒーローになりたいと思っていたことがある。パラミタに来ればなれるんじゃないか……ってのも、思ったな。結局、そんな奴にはなれなかったが」
そこまで言って、司ははたと気付いて口を閉じた。
何とか盛り上げようと思いつくままに喋っていたら、いつの間にか自分の話になってしまった。そんな彼を、ファーシーはじぃーっ、と見つめている。
「い、いや……」
やがて彼女は、少し明るい顔になって言った。
「ふぅん……? 人助けがしたかったのね。うん、司さんは、やっぱりいい人だわ。無愛想だけど」
「…………」
面と向かっていい人と言われ、司は返す言葉も無い。
「そう、無愛想ですけどいい人なんですよっ」
サクラコも楽しそうに同意して、横目で司を見上げた。
「司君、そんな突っ走るヒーローさんになれなかったこと、それだきゃ感謝してあげてもいーんですよ?」
にやにやとしつつ胸を張り、良い姉貴ぶって後を続ける。
「突っ走られたら心配しちゃいますからね」
「む……そ、そうか」
照れくさくなり、司は端的に答えた。しかし、駄目だったことを感謝されるというのも複雑な気がする。
「ふふ……あ、司さん、この間は電池ありがとう! 校長先生に怒られてたみたいだけど……あれから嘘つきとかになってない? 大丈夫?」
冗談めかしてファーシーが言う。試薬を勝手に持ち出し、エリザベートに『泥棒は嘘つきの始まりですぅ〜!』と迫られたことを茶化しているのだろう。
「試薬は弁償した……。問題無い。ちなみに、諺としては『嘘つきは泥棒の始まり』が正しい。……間違って覚えてはいないよな」
「あ、そうなの?」
……間違って覚えていたらしい。
「……でも、本当にありがとう。これからもまた必要になって、お願いすると思うけど……」
「ああ、その時は持っていこう」
請け負いながらも、ファーシーが僅かに顔を俯けるのを見て、彼女が車椅子という今の現状を気にしているのだと分かった。だが、そればかりは自分が癒せるものなどでもない。
この件についてやや距離を置いて見ている司は、言うべきことが思いつかなかった。そこで、サクラコがまたまたお姉さんっぽく言った。
「そんなに気にしなくても、いつか治ると言われたんですから、いつか治りますよ。治んないとわかったらそん時ゃそん時。どっしり行けばいいんですよ」
すっかり妹分扱いだ。楽観的で、素晴らしく専門家に丸投げな意見だったが、その大物な態度にファーシーは顔を上げてきょとんとして、それから微笑んだ。
「……うん、ありがとう。なおるといいな」
ファーシーは、空京の街に出ると2人と別れた。車椅子を進めながら、先程の本の表紙を思い出す。きりりとした顔で街を飛び回る英雄。
「無償のヒーローか……」
ころころと車輪を動かし、先程の会話を反芻する。そして、ふと思って振り返る。
「なんで、あの本を選んでくれたんだろう……?」
考えてみたが、結局それは良く分からずじまいだった。
……まあいいや、今度あの本を読んでみよう。
「……山田 太郎はまだ戻らないのか……」
チェリーは、デパートから少々離れた所でバズーカを構えたまま呟いた。デパートの外はロータリーのようになっていて、隠れる所が無かったのである。待機の間も、彼女は剣の花嫁らしき通行人をばんばん攻撃しまくっていた。しかし太郎は、あろうことか退屈だからと飲み物を買いに行ったのである。
『どこで道草食ってるんだな。いい根性持った女なんだな』
とか言っていた。……実の所、ただ立ち話をしているだけなのだが。
「ファーシーはまだなんだな?」
そこに太郎が戻ってきた。手に持っているのは――
「……なんだそれは」
とっくに通り過ぎたと言う前に、チェリーはツッコまざるを得なかった。
「コーンポタージュなんだな」
「なぜこの時にそんなものを……。山田 太郎、おまえ、1粒残さず飲まないと気が済まないタイプじゃないか……」
「いい暇つぶしになるんだな」
そう言って、太郎はプルトップを開けた。
「……! さっさと飲め……!」
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