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リアクション
「……だから言っただろが楽しい話じゃねーって! もう2度と自分語りなんかしないからな!」
「ダメだよ!」
沙幸が強い口調でラスに言った。
「ピノが妹さんの身代わりじゃないって言うなら、そのことを、ラスの口からラスの言葉でちゃんとピノに伝えてあげなきゃダメなんだもん!」
「…………」
それには答えず、ただ、ラスは無言で飛空挺の速度をハイパーマックスにした。
「逃げましたわね……」
「逃げちゃダメなんだもん!」
「別にそういう訳じゃねー、今ので離されたから急いでるだけだ!」
そうだ、ここで離されるのは危険だ。主に、ピノが。この辺りは、確か……
「この辺は魔物が出るんだよ!」
「魔物だって!?」
「……どうして知ってるんですぅ」
「この方、まだ言ってないことがあるようですわね」
「この後に及んで、自分だけが分かっていて伝えない、後出しネタのような行為はどうなのでしょう? 私達に話しておくべきですぅ」
セシリア・ライト(せしりあ・らいと)とメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が続けて言う。
「……さっきまで確証が無かったんだ! あそこの名前なんて知らなかったからな」
『フーリの祠』。そんな名前が付いているとは。自分は、過去にそこに行ったことがある。だが、あまりにも由来が分からず、気付かなかった。
「ピノ……!」
木々の間を擦り抜けていく。森がざわついているのは気のせいか。それとも、自分の心がざわついているのか。
がたっ!
「……?」
飛空挺が妙な音を出した。何処かが限界を迎え、異常を起こしたかのような。直後、バランスが殆ど取れなくなる。
「なっ……こんな時に……!」
「きゃああっ!」
森の前方で、女の甲高い悲鳴がする。焦燥感が一気に跳ね上がった。
「このっ……ちゃんと動けよ!」
無理矢理飛空挺を動かして先に進む。スピードは落とさない。そんな彼を見たフィリッパが、慌てた声を出した。
「ラスさん! いけません。他の飛空挺に……!」
フィリッパは、彼の様子を見てずっと懸念していた。合流する前から、ピノを可愛がっているラスが心配のあまりどんな行動に出るか、と思っていたのだ。そして実際の彼は、冷静で落ち着いているように見えてやはり全然落ち着いていない。何かと皆を急かす上に、身の上をああもあっさりと喋るとは……
特に注意して見てはいたが、悲鳴を聞いて無茶に走ったようだ。
「ラスさん! 危ないよ! 自分達のバイクに乗って! 響子!」
ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)が言い、響子は軍用バイクのスピードを上げた。こちらは、まだ最高速度まで余裕がある。
しかし、ラスの耳にケイラの声は殆ど聞こえていなかった。頭の中にあるのは、いかに早く悲鳴の元に辿り着けるか。周囲に魔物が居るという経験則も、完全に吹っ飛んでいる。
その時。
彼の頭上に影が出来た。
「……?」
見上げると、自分よりも明らかに大きい鳥が嘴を開けて襲ってくる所だった。強盗鳥に似ているがそれより巨大で、羽が虹色に輝いている。
「あぶないですぅ!」
明日香に蹴り飛ばされ、ラスは飛空挺から空中に投げ出された。
「おっとぉ!」
そこで、社が彼の首根っこを掴んでキャッチした。
「わっ! やー兄、重量オーバーだよっ!」
日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)が慌てる。空飛ぶ箒は、みるみるうちに高度を落とす。
「よっしゃ、一旦着地や、ちー!」
「うん!」
箒が地上へと降りていく頃、明日香はファイアストームで巨大鳥を攻撃していた。
ギャアアアアッ!
鳥が悲鳴を上げる。
「殺しちゃだめよ!」
上空にいた唯乃も近付いてくる。そして彼女は、木製のチャクラムを出した。刃は付いていないそれで、別の鳥を攻撃する。彼女達の周囲を10羽近くが包囲していた。
「そうです。モンスターといえど生き物です。簡単に殺しちゃだめですよ!」
美央が襲ってくる巨大鳥にシーリングランスを使った。鳥は、大きく開いた嘴を途端に閉じ、硬直したように羽ばたきを止める。技として「かみつく」とかあったのかもしれない。ダメージをも受けたらしく、悲鳴を上げて落下していく。それを、唯乃がチャクラムをサイコキネシスで操作してゆっくりと下ろした。
「……あの鳥が可愛いから、追い掛けて捕食するつもりでしょうか」
「いや、普通に私達を捕食するつもりだろう」
「……。……とにかく聖騎士として周りの皆、特に唯乃ちゃんに怪我させちゃだめです。唯乃ちゃんは絶対にわ・た・し・が・護りますからね!」
「……そうか」
としか言いようのないサイレントスノーであった。
「美央ちゃん、私が気絶させるわ!」
「分かりました。私は相手の攻撃を止めますね。博識で弱点も丸分かりです。唯乃ちゃん、あそこです!」
美央は唯乃と連携して巨大鳥と相対していった。美央がファランクスで構え、ラスターエスクードで受け止める。攻撃を押し返している間に、唯乃がチャクラムで弱点を攻撃するという寸法である。美央は、魔鎧の転移スキル護国の聖域で防御力を上げていた。
その頃、下ではお説教大会が繰り広げられていた。
「何、らしくもなく突進してるんですかぁ!」
「フィリッパの言った通りだったね!」
「ピノちゃんの事を考えるんだったら、怪我しちゃだめじゃん!」
「そうですよ。ラスさんは一番冷静に対処しなければならない立場にあるんです。ちゃんと対応できなくなったら、それこそピノちゃんの身に何かあるかもしれませんよ」
暗に、ピノがパートナーロストになったらどうするんだという事であろう。
「あ、ああ……」
メイベルとセシリア、真菜華とフィリッパに言われ、半ば放心状態で、ラスは応えた。頭をはっきりさせるようにぶんぶんと振った。
「大丈夫ですか〜?」
明日香達が箒から降りて近付いてきた。赤い金属の鎧を腕、脚、胴と全5箇所に纏っている。エイムが魔鎧化したらしい。
「お前なあ、何も蹴り飛ばすこたねーだろ! あっちを攻撃するとか、他に方法が……」
「あー、思いつきませんでした〜」
「わざとだな……」
「虹色鳥。強盗鳥の亜種で強力。見た目の綺麗さと違って極めて攻撃的。主食は肉、魚。主にネズミ、川の魚を捕って食しますが、縄張り意識が強く、一度足を踏み入れたものは帰ってこれない……」
ノルニルがのんびりと解説する。
「解説はええから、今のうちにピノちゃんを追いかけるで! いや、ピノちゃんてあんなに大きかったんやな。てっきり、小学生位かと……」
「うん、びっくりしたよ!」
「お前ら、やっぱり事態を把握してなかったな」
社と千尋にとりあえずツッコみ、ラスは言う。
「いや、ここにはあの鳥以外にも、でかいのがいた筈だ。確か……」
ぐるるるる……
「ぐるるる?」
ケイラがその声がした方を見る。そこには……
「狼だよ! 大きい!」
普通の狼の3倍ほどありそうな狼が、20匹程で群れを作って彼らを囲んでいた。そして、一気呵成に飛び掛ってきた。
「狼はこわいですぅ〜」
明日香が咄嗟に(?)ラスを盾にするように後ろに回った。
「お、おい!」
「か弱い女の子の盾になってください〜」
「どこがか弱いんだよ!」
漫才をしている場合ではない。狼は牙と爪を剥き出してすぐそこまで来ていた。そして。
きゃん!
と鳴いて狼が草の上を転がる。響子が轟雷閃を使ったのだ。
「……がんばってもんすたーを退治します……後ろに……」
続いて、起き上がり向かってくる狼に、響子はツインスラッシュを放った。殺さずといわれていたので手加減はしている。
「ピノ様の所に……早く行きましょう……。僕も、もしああいう風になったらケイラに助けてほしいかもって……ちょっとだけ思っている、かと。不謹慎だから……内緒だけど」
「不謹慎か……まあ、あいつはすっとんで行くと思うぞ。そういう時はな」
あらかた虹色鳥を戦闘不能にした唯乃も、シンベルミネのサンダーブラストで支援する。
「……光条兵器で……!」
リネン・エルフト(りねん・えるふと)は飛空挺から降り、光条兵器を出そうとする。しかし。
「光条兵器を使えな……っ!?」
リネンは、ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)を振り返った。同じく飛空挺から降りたユーベルは、手に光条兵器の大剣、ユーベルキャリバーを持っていた。ベスティエ・メソニクス(べすてぃえ・めそにくす)が、面白そうに2人の様子を眺めている。
「……ユーベル……!」
光条兵器を拒絶されて呆然とするリネンを尻目に、ユーベルは狼を蹴散らした。そして恍惚とした笑みで言う。
「ごめんなさいねぇ、リネン……あたしはベスティエ様の肉人形なのぉ……」
「……!」
リネンがショックを受けている傍で、ラスも驚いて振り返る。
「なんつー言葉を……」
「肉人形ってなに? やー兄!」
「に、肉で出来た人形ってことや! 言葉通りやで! 変な意味は無いで!」
素朴に問いかける千尋に、社は一生懸命だ。
「……武器が……無くても……!」
リネンは徒手空拳で狼に対抗する。無茶もいいところだが、1発1発、必死に叩き込んでいく。そして、ラスに言った。
「ここは私に任せて……! 先に行って!」
「な……んなこと出来るかよ!」
「ユーベルも……戦力には……なってる……大丈夫……彼女を……助けて……」
「大丈夫って……」
「……大事なのは過去じゃない……今と、その先だって……ユーベルは……言っていたわ。だから、諦めないで」
狼を見据え、リネンはラスと、そして自分自身に言う。
「私も……諦めない……!」
「……分かった」
「じゃあ、行きますよ〜。でも、飛空挺はもう使えませんね〜……そうですぅ」
明日香がラスの着ていたパーカーのフードを引っ張ってそこに箒で穴を開けた。そのまま吊り下げて、ふよふよと飛び始める。
「ちょっ……なにす……!」
「箒には乗せてあげません。でも、吊り下げるならいいですよ〜」
「……こんにゃろう……」
ということで、リネン達を残し、一行は森を先へと進んだ。