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intermedio 貴族達の幕間劇 (前編)

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第10章 襲撃

 そんな、皆の興奮冷めやらぬうちにその事件は起こった。
 観客席の中、それも百合園の生徒席から、異様な嬌声が響いたのだ。
「きゃははははっ」
 笑いながら立っているのは、魔鎧のラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)だった。
 そして、いち早く反応したのは綺人だった。
クリス!」
「はい!」
 神和 綺人(かんなぎ・あやと)がアレッシアの周囲に展開した“禁猟区”に、ぴりぴりとした震えが伝わる。
 二人は短い距離を駆ける。百合園生の席の方へ。他校生の彼らは、なんとなく端の席に座っていたのだった。
「アヤ、殺気は感じられませんでした」
「やっぱり愉快犯が現れたか。前も会ったことあるよ、契約者で、本気で殺しにかかる人にもね──」
 でも、それがこの状況で、百合園生だなんて。
 薄暗い観客席、林立するテーブルと椅子の間を“ダークビジョン”でクリスを先導しながら、彼は忍刀の柄に手をかける。
「くきゃははっ……遅いよっ!?」
 周囲の注目を受けながら、“神速”のラズンが、“ヒプノシス”を放つ。
 周囲にいた招待客の貴族たちが、次々に地面に倒れて行った。彼らがテーブルにぶつかる音、勢いでグラスが倒れる音、床に落ち割れる音が何重にも反響する。
 彼らが急に倒れたことに、何が起こったのかもわからず逃げ惑う貴族、あちこちから上がる悲鳴。
 それを楽しげに見ているラズン、そして彼女のパートナー達──地球人の契約者牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)ら総勢四人。
 綺人は彼女達の笑顔を見て、瞬時に判断する。
「このままだと危険だよ。クリス、舞台側にお客さんを誘導して。僕はあっちに行く」
「分かりました! ……皆さん、落ち着いて下さい、急がないで、走らないでこちらの出口に!」
 確認しておいた出入り口と動線。二人は別れ、慌てふためく貴族の誘導をしようとする。が、ラズンの“ヒプノシス”の連発は、次々と人という障害物を作り出していった。
日奈々、下がってっ」
 混乱の中、千百合が恋人の手を引く。日奈々は白杖を突き損ねて、倒れた椅子に足をもつれさせた。
「あっ……」
「大丈夫、日奈々!?」
 日奈々は転ぶのを覚悟したけれど、直後にふんわりと温かいものに抱きとめられた。良く知っているこの感触は、千百合のふくよかな胸だ。
「だい……じょうぶ。あのっ……急に……どうしたの……?」
「分からないけど……でも、大丈夫だから。日奈々はあたしが守る……から……」
「千百合ちゃ……」
 彼女たちにも“ヒプノシス”は放たれ、二人は抱き合ったまま深い眠りへと誘われていった。

「“ディテクトエビル”にはひっかからなかったなんて……」
 有栖は、どういうことか混乱していた。
 こんなこと、実力行使する必要が出るなんて、万が一だと思っていたのに。しかも、それが同じく百合園に通う生徒だなんて。
「やめてくださいっ!」
 有栖は彼女たちを止めるべく、手から光術を発し、怯ませようとする。続いて威力を手加減した細い雷術が宙を走り、ラズンの翻るベルフラドレスの裾を焼いた。
 ラズンは、有栖に続いて次々に周囲の百合園生が立ち上がるのを見て、心底から愉しげな笑い声をあげる。弱いのは殺しても意味がないから眠らせろ、と言われていたけれど。できるなら──。
「遅い遅い、どんどん倒れちゃうよ!? 来る、来るの!? アルコリアの友達と戦うかもなの!? 酷い! 悲しい! だから気持ちいぃぃぃっ! きゃははっ!」
 ……そして、あれれ、と手のひらを見る。
 どうやら“ヒプノシス”は打ち止めだ。
 ラズンはアルコリアを振り返ると、瞬時にその姿を鎧に変え、彼女の胸を覆った。そして、そのままラズン、いや“神速”を纏ったアルコリアは、もう二人のパートナーナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)を振り返った。
「イエス、マイロード・アルコリア様。貴女がわたくしの善、正義、貴女の向かう先に階がありますわ」
 ナコトの取り出した二挺拳銃から撃ち出された魔力の弾が、有栖の身体に吸い込まれていく。
「きゃあああっ!」
 悲鳴を上げ、有栖の体が吹き飛んだ。側のテーブルと椅子を幾つか巻き混んで止まるも、床に倒れた彼女に意識はない。
「誕生日を台無しにするなんて……」
 離れた位置で周囲を警戒していたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が駆けつけ、怒ったように言った。制服のスカートの下に隠した星輝銃を引き抜く。
 ──警護の警戒した空気をお客様に伝染させないように。何か起こっても、お客様に気付かれないように。せっかくの誕生日。お祝いの席だから、雰囲気も大事にしなきゃね。と。
 そこまで配慮していたレキの思いは、悲しいことに報われなかった。
 舞台の上からは、亜璃珠が舞い降りる。同じく、スカートの下から革製のガーターベルトに取り付けたダークネスウィップを手に取った。
 しかし彼女達はナコトの“炎の聖霊”に焼かれてしまう。
「アルにしても、既知の間柄、殆どが親しい友人だろうに。……ロザリンド班長、申し訳ない」
 小さく呟いて、アルコリアの前に立ったシーマが、彼女には背を向けて、自らの身体を盾に、アレッシアの全身を庇うように手を広げるロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)へと近づく。
 同じくアレッシアの護衛、秋月 葵(あきづき・あおい)も走りながら目を見開いた。
「ちょっと待って、もしかして犯人って……!?」
 薄暗い観客席も、“ダークビジョン”を使用した葵にとって障害にはならない。すぐさまアレッシアの側にたどり着いた葵が、『光精の指輪』から呼び出した光を高く上げて、照明代わりにする。
 残念ながら、パーティに配慮した葵は、武器らしい武器を持っていない。パーティバッグの中で携帯電話を開くと、そのまま手を入れ、光条兵器を取り出した。
「ケンカはやめてくださいです!」
 灯りを見つけ、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)もまた、天使の救急箱を片手に駆けつける。
「東シャンバラのロイヤルガードにして白百合団の班長三人……か」
 眠ってくれればよかったのに。そう思いながら、シーマはラスターエスクードを眼前に立てた。そして一息吸うと、床をたん、と踏んで、彼女らに突撃した。同時にナコトも、再び銃を撃つ。そして……。
「私は牛皮消アルコリア。強き者、美しき者の魂を喰らう者……アレッシア・バルトリ……その美しき魂喰らわせて貰います」
 アルコリアが口を開いた。
「眠らずこの場に立つ者は強者と見なし、全力で撃破・殲滅しますわ」
 アルコリアの口から“叫び”が轟く。すさまじい音が部屋に響き渡り、前方の三人とアレッシア、取り巻く契約者らに襲い掛かる。彼女たちが顔を腕で覆ううちに、アルコリアは床を蹴った。両手に握った魔道銃のトリガーを何度も絞る。
 それらはみなほぼ同時に行われた。
 葵が、治療に駆け寄ったヴァーナーが、ロザリンドが全身に銃弾と槍を浴びて、床に膝を突く。
「あ……」
 アレッシアは悪魔にでも出会ったような表情を浮かべたまま後ずさろうとして、だが、恐怖でそれは叶わないようだった。
「ふふ、亡骸は剥製にしましょう……女の子ですから、何歳になっても人形遊びが好きなんですよ」
 アルコリアは空いたテーブルの上に転がっている、銀のナイフを無造作に手にし、アレッシアに突き立てた──。

「……!」
 驚いたのは、アルコリアの方だった。
 突き刺すように見せて、懐に隠した血の入った袋を破って。そのまま浚って、撤退して。
 あの予告状が本物であれ、偽物であれ。叱られようとも、彼女の命だけは、救おうと。そう思っていたのに。
 彼女が刺すその前に、アレッシアは自分の口に何かを入れた。そして──倒れた。
 撤収に移ろうと、光る箒を取り出したナコトに、アルコリアは舌打ちをして、する必要がなくなったわ、と告げた。
「これじゃ叱られ損ね」