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リアクション
●これからも ずっと / 思えば色々あったもんだ
メイベル一行といくつかのテーブルを挟んだ先では、買い物を終えた高峰 結和(たかみね・ゆうわ)ら一行が、わいわいと各人の『cinema』を操作している。
「いいですか、アドレスの設定はこの操作でできますからねー」
結和はいちはやく説明書を読み自身の電話の設定を終えたので、他のメンバーの指導役に回っていた。
エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)は眉毛が八の字になってしまっている。元々機械が苦手な彼なのだ。それでも、以前の機種は時間をかけてなんとか使えるようになったものの、修行に集中するあまり、標的と間違えてうっかり粉砕してしまったのである。
そんなエメリヤンをからかうのは占卜大全 風水から珈琲占いまで(せんぼくたいぜん・ふうすいからこーひーうらないまで)なのである。
「この程度で行き詰まるとはエリーは古代人だな。俺かい? 結和ちゃんのおかげで設定ができたよ」
ふふっ、と占卜が鼻で笑うので、
「……」
エメリヤンは軽くむくれながら、「ほっといてくれ」とでも言いたげに彼を押しのけるのである。そもそも、年齢だけの話をするなら古代人なのはそっちのはずだろ……とも思っているようだ。くるりと占卜に背を向ける。
「みっちゃんは?」
エメリヤンが画面を隠すようにするので、占卜はアンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)に水を向けた。
「再起動したばかりなので携帯は初めてなんだ。操作には自信がないな……」
というみっちゃんこと三号なのだが、結和は彼の画面を見て目を丸くしてる。
「設定完璧にできてるじゃないですか。それに壁紙まで変更して……すごいですね、私にもその方法教えて下さい」
ということなので実は、一人遅れているエメリヤンなのだ。内心焦ってなんとか設定までは済ませるものの、初メールを打とうにもスムーズには行かない。よく考えるとエメリヤンは、言葉を選ぶことも苦手だったりする。慣れぬ手つきで書いては消し書いては消し……。
一方で占卜は、誰にも見えないようにさりげなく、結和にタイムカプセルメールを作成している。
(「今届いてもエリーやみっちゃんの手前困っちゃうだろうし、夜一人でいるときに読んでもらおーっと……まー困った顔もとりわけかわいいんだけどね」)
などと思って笑みがこぼれそうになる。
(「おっと、にやけてる場合じゃなかった。愛のメッセージ愛のメッセージ、と」)
三号もタイムカプセルメールを作成する。その相手は、10年後の自分だ。
一番最初に、三号のメールが完成した。
「10年後の自分へ。
拝啓、2020年の僕だ。覚えているかい、この携帯電話を買いに言った日のことを?
今の僕は、かつての僕より幸せかい?
僕は2020年に起動するまでの記憶がない。『3号』というナンバリングからすると、兄弟がいるはずだがやはり覚えていない。
今日まで結和やエメリヤンと暮らしたまだ短い時間が、僕の記憶のすべてだ。
だけど、それをずっと気にして立ち止まっていたけれど、『大事なのは未来だ』と言ってくれた人がいる。
まだまだ不安は残るし、やっぱり兄弟のことは気になるけれど、改めて未来を見据えることを誓うためにも、未来の自分にメッセージを送った。
仲間を大切にしていきたい。2030年の僕も、彼らとの絆を守っていてくれると嬉しい。
今の僕もがんばるから、未来の僕もがんばって欲しい。」
その間に、占卜もメッセージを完成させている。
到着予定時刻は、今日の深夜だ。
「TO:愛する結和ちゃん
愛は伝えてなんぼのもんでしょー、と常日頃思っているので、早速伝えることにしたよw
おニューの携帯から初メール、大切な『はじめて』を捧げちゃう。
いきなり核心を突く話!
好きだよ、結和ちゃん。
初めて会った時から好きだった。
ふわふわきらきらした笑顔も、
その優しい性格も、
なにもかも。
軽い文体だけど本気だから!
結和ちゃんを守るためなら、俺、何でもしたいと思ってる。
だからどうか俺の腕の中にいて……。
じゃ、また明日!
占卜大全 風水から珈琲占いまで より」
このメールが届くとき、結和はどんな顔をするだろうか……。
占卜にとっては悲劇的なことに、結和には既に――想い人がいるのだ。
さてそれからようやく、エメリヤンから結和へのメールの作成が終わった。
「メール……エメリヤンから?」
すぐ正面にいるにもかかわらず、律儀にメールしてきたエメリヤンに、結和は微笑を向ける。
そして文面を見て、結和の微笑はくすくす笑いと抱擁に変化したのである。
「ありがとう、エメリヤン」
彼女の手が、エメリヤンの頭を優しく撫でていた。
それは彼らしい、とてもシンプルな文面だった。
「あて先:高峰結和
件名:(なし)
いつも
ありがとう
これからも
ずっと」
*******************
タイムカプセルメールの面白さは、日時を指定して発信できると言うことだろう。
(「新しい携帯を持つと、何だかワクワクしますよね」)
微笑がこみあげる。小さくて軽くて、それでもびっくりするくらいの高機能、それが『cinema』だ。三つの画面を表示させて、それを指先操作でくるくると入れ替えるだけで楽しい。
(「さて、それではファーストメール、送っちゃいます!」)
シャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)が『はじめて』のメールを捧げる相手、それはもちろん渋井 誠治(しぶい・せいじ)だ。ただし、その到着日は彼の誕生日こと、来年の1月20日に設定している。
文面を書いている間に照れてきたのか、頬を染めながら独り言している。
「用事もないのにメールを送るわけにもいきませんし……。……た、誕生日だから言えることとか、あると思うんですよう……! ……た、多分……!」
同じ頃、誠治もやはりシャーロットに宛て、タイムカプセルメールを作成していた。やはり携帯は『cinema』だ。あまりに集中してメールを打っているため、真剣そのものの表情になっている。なのに額にうっすら汗が浮かんでいるのは、内容が本人にとって気恥ずかしいものだからだろうか。
(「おっと、忘れずに設定しておかないと……到着予定日は2021年2月28日の日付変更直後……と。シャロもタイムカプセル使ってるのかな。オレんとこに届いたらいいなぁ……」)
シャーロットはメールを書き終えた。
「うう、メールって難しい……恥ずかしい文になっちゃいました……。やっぱり照れちゃいますね……これ……ええい!」
悩んで出せなくなってはいけない、と目を閉じて『送信』アイコンにタッチした。
「大好きな誠治へ。
誕生日おめでとうございます。
ええと……これで19歳になったんですよね? 成人まであと一年です。
今年も良い年になりますようにー。
タイムカプセルメールなんで、今日はまだ2020年です。今日は、新しい携帯を買ったんでメールしたんですよー。
実験メール? テストメール?
いえいえ、『はじめて』記念のメールとでも思ってくれれば嬉しい……です。
今日現在の時点では、誠治と私は彼氏彼女の関係、つまりラブラブです。
……うわ、何書いてるんでしょう、私!(汗
このメールを貴方が読んでいる時点でも、ラブラブだといいなぁ、と思ってます。
いや、いっそのこと、ラブラブの二乗くらいで!
……ああ、本当に何書いてるんでしょう、私ってば!(大汗
誕生日記念ということで、また今度、どこかに遊びに行きませんかー?
きっと雪の季節なので、景色の綺麗なところに行きたいですね。
このメールが届く時点では、誠治と付き合うようになってだいたい一年半ですね。
毎日幸せです。
この幸せを大切にしていきたいです。
ですので……これからもよろしくお願いします。
あなたのシャーロットより」
ほぼ同時に、誠治もメールを書き終えているのだった。
「いくらシャロが相手だからといって、こんな恥ずかしいメールを書いていいものだろうか……。これが届くのが来年二月……その頃にはオレももう少し大人になってるわけだし、後悔するかも……」
しかし! と誠治は意を決した。そのときはそのときだ。それに、偽りのない心情を書くことができたので気分は良かった。
未来に向けて送信する。
「シャロへ。
オレオレ、オレだよ! あ、10年くらい前に流行った詐欺じゃないぜ、誠治本人だからなw
今日は、携帯を新しくしたんで記念メールを書いたんだ。
思うところをつらつらと書かせてもらうよ。
オレたち、付き合いだしたのは2019年の8月だよな。思えば色々あったもんだ。
オレは蒼学、シャロはイルミン。学校が違うから、お昼ご飯一緒に食べるとか、授業の合間に会うとか出来ないんだよな。心は通じ合ってるつもりだけど、でも、中々会えないのは寂しいよなぁ……。
しかも今は東西シャンバラで分かれちゃったし、これからどうなるか不安ではあるよ。
お揃いの携帯を買おうって誘ったのも、なんかこう繋がってるって形が欲しかったのかもしれない。
へへへ、オレってヘタレだなぁ……。
普段はこんな事男らしくないしカッコ悪いから言えないけど、これもオレも一部だし、これを機に伝えた方がいいかな、と思ってな。悪ぃ、笑ってくれ。
だけどこれは断言させてもらうぞ。
今のオレはこんな風にダメダメだけど、いい男になってみせる。
シャロだけを守る騎士になってみせる。
……とか、こんな恥ずかしい事メールでしか言えないぜ、ハハハ。
そしてこれが一番言いたかったことだ。
誕生日おめでとう。これからも宜しくな!」
*******************
「ん……はい……何だ、お前か……どうした?」
蒼灯 鴉(そうひ・からす)はおもむろに電話を取り、弾んだ声の師王 アスカ(しおう・あすか)に返事する。
「おはろ〜鴉。突然だけど最新携帯電話初コール記念により今からゲームしまーす!」
「は? ゲーム? そんなの他の二人としろよ……」
取り合わない鴉だが、アスカはそれを無視して続けた。
「はい拒否は受け付けませ〜ん。題して、『私はどこにいるでしょう?』よ〜。頑張って探してね♪」
「おい」
「あ、電話は切っちゃ駄目よ。ヒントは……『私と鴉』ね、さあスタート!」
「お、おいっ! ……本気か」
呆れたような口調になるが、それでも、アスカの突拍子もない行動には免疫がついている彼である。上着を羽織って外に出た。
(「ヒントは俺達? とりあえず行った事がある場所を回るか……」)
「さっさと見つけて連れ戻す。だから動くなよ」
電話に告げると、言われたように回線を保持したまま鴉は歩き出すのだった。